きのうのICPFセミナーでは、新聞協会の後藤秀雄氏に話を聞いた。オフレコなので、くわしいことは書けないが、「再販制度があるのに、なぜ特殊指定が必要なのか?」という点については、「新聞の乱売合戦を防ぐため、昭和28年に再販制度ができたが、それでも乱売が止まらないので、昭和30年に特殊指定ができた」とのことだった。50年以上前のことだ。今でも特殊指定を廃止したら、終戦直後と同じ状況になるのだろうか。
「新聞の価格競争が始まったら、戸別配達網が崩壊するという根拠は何か?」という質問に対しても、あまり説得力のある説明はなかった。価格競争が始まったら、販売店の淘汰・再編は起こるだろう。それは、どこの業界でも起こっている流通の合理化であり、販売店の問題にすぎない。「活字文化」とは何の関係もない。
たとえ特殊指定や再販で価格を守っても、1世帯あたり1.1部という現在の購読率が欧米なみの0.7部ぐらいまで下がったら、戸別配達網は維持できなくなるかもしれない。それは斜陽産業の宿命であり、規制によって止めることはできない。むしろ今のうちに販売店を集約するとか、宅配便に業務委託するとか、いろいろな改革を試みる必要がある。規制を維持することは、効率の悪い販売店を温存して本質的な問題を見えなくするだけだ。
何よりも異様なのは、この問題をめぐる各紙の報道や論説が、まるで戦時中のように一致していることだ。「新聞協会としては各社に意思統一を求めていない」とのことだから、なおさら異様だ。「他の業界の規制についてはきびしく批判する新聞が、自分の業界については甘いダブル・スタンダードだ」と見られることが、新聞の信用を傷つけていることを自覚すべきである。
「新聞の価格競争が始まったら、戸別配達網が崩壊するという根拠は何か?」という質問に対しても、あまり説得力のある説明はなかった。価格競争が始まったら、販売店の淘汰・再編は起こるだろう。それは、どこの業界でも起こっている流通の合理化であり、販売店の問題にすぎない。「活字文化」とは何の関係もない。
たとえ特殊指定や再販で価格を守っても、1世帯あたり1.1部という現在の購読率が欧米なみの0.7部ぐらいまで下がったら、戸別配達網は維持できなくなるかもしれない。それは斜陽産業の宿命であり、規制によって止めることはできない。むしろ今のうちに販売店を集約するとか、宅配便に業務委託するとか、いろいろな改革を試みる必要がある。規制を維持することは、効率の悪い販売店を温存して本質的な問題を見えなくするだけだ。
何よりも異様なのは、この問題をめぐる各紙の報道や論説が、まるで戦時中のように一致していることだ。「新聞協会としては各社に意思統一を求めていない」とのことだから、なおさら異様だ。「他の業界の規制についてはきびしく批判する新聞が、自分の業界については甘いダブル・スタンダードだ」と見られることが、新聞の信用を傷つけていることを自覚すべきである。



新聞社→系列テレビ局、出版社のラインで言説が統一されるのは仕方がないとはいえ、全政党が一致団結して特殊指定を支持している。すでに言論の自由なんて失われているんでは?
新聞の寡占化は戦時中の言論統制のために行われたのは周知の事実ですが、戦後になってもほとんど構成が代わってないのは、競争制限があって、新規参入に障壁があるからなんでは?