城山三郎氏の『官僚たちの夏』は、一九六〇年代の通産省の最盛期を描いた小説である。通産官僚である主人公・風越信吾は、資本自由化で外資が日本に進出してくることに危機感を抱き、企業の合併などによって外資に対抗し、国際競争力を高める法律をつくろうとする。しかし民間の経済活動への官僚統制をきらう政財界の抵抗によって、この法律は審議未了で廃案となり、風越は事務次官レースに敗れて通産省を去る。

風越のモデルは実在の通産次官・佐橋滋であり、特振法(特定産業振興臨時措置法)が一九六四年に廃案になったのも事実だが、特振法のような官僚統制が六〇年代に終わったわけではない。実際には、その後も特振法の精神は通産省の行政指導に受け継がれ、外資を排除して国内企業の「体質強化」をはかる産業政策が続いたが、そのほとんどは失敗に終わった。もはや日本は発展途上国ではないのだから、国内産業を保護することは有害無益だと批判され、産業政策は姿を消したはずだった。

ところが最近、経済産業省は再び特定の産業に補助金を投入する「ターゲティング政策」を打ち出し、死に絶えたはずの産業政策が亡霊のようによみがえろうとしている。この背景には、日本の官僚機構の深い病がある。

「よみがえる産業政策の亡霊」(『諸君!』2007年1月号)