ブラック=ショールズ式は金融工学の基本定理として有名だが、これでノーベル賞を受賞したショールズとマートンの運営したLTCMというヘッジファンドは破産した。これは当時、経済学がだめな証拠といわれ、ノーベル賞を取り消すべきだなどという議論もあったが、実際の破綻の原因は、理論を無視してロシアの国債を大量に買うなどの単純な投機の失敗だった。

・・・というのが定説だが、高安秀樹『経済物理学の発見』(光文社新書)によれば、やはりブラック=ショールズ式はまちがっているのだという。それが非常にエレガントなのは、価格の変動が正規分布に従うと仮定しているからだが、外国為替市場などのデータは、横軸に変動の大きさ、縦軸にその頻度をとると、左端にピークがあり、右側の裾野が広い「ベキ分布」になる。つまり、極端に高い価格や低い価格のつく「不均衡状態」が起こりやすいのである。

価格が正規分布になるのは、それが完全にランダムなブラウン運動になる場合だが、為替ディーラーの行動は、ランダムどころか、互いに他のディーラーをみながら行動するので相関が強く、特定の方向にひっぱられる「カオス的」な動きを示すことが多い。その結果、極端に大きな変動が5%ぐらいあるが、ブラック=ショールズ式で近似できるのは残りの95%の小さな変動だけなのである。