捜査は結局、会計担当者を起訴しただけで幕引きになるようだが、この事件の本質は、橋本龍太郎氏に渡った1億円よりも佐藤勉代議士のルートにある。国民政治協会を通じて迂回献金を行うしくみは、大規模かつ組織的に行われているといわれ、今回の事件はそれを摘発する絶好の機会だったのに、検察は結局、見送った。

この種の「特殊権益」の原因は、政治家のモラルの問題ではなく、民主制の構造的な欠陥にある。たとえば歯医者の初診料というのは、ほとんどの人には何の関心もない問題だが、歯医者にとってはきわめて重要であり、彼らは詳細な情報をもっている。したがって日歯連がこれを引き上げるために政治家を使うインセンティヴは強く、その利益も大きい。これに対して、引き上げを阻止することによる消費者の利益は、集計するとはるかに大きいが、個人にとっては小さい。その結果、消費者の無関心(情報の非対称性)を利用してロビイングを行うモラル・ハザードが生じるのである。

これはゲーム理論でよく知られる「囚人のジレンマ」の一種で、一般的な解決策はない。根本的な問題は、議会制民主制の基礎にある投票というシステムの欠陥にあるからだ。ひとつの対策は、インターネット投票などによって投票コストと利益の乖離を縮めることだが、その差は原理的にゼロにはならない。政治資金規正法などによって規制する方法には、処罰される側が立法するというもっと明らかな限界がある。

地方分権によって地方政府どうしの競争原理を導入するというのもひとつの方法だが、これは逆効果になる可能性もある。ひもつき補助金をやめて自主財源にすると、みんな「箱物」やバラマキ福祉に化けてしまうというのが、これまでの経験である。特殊権益の構造そのものは地方政府でも変わらないので、行政官の質が落ちると、モラル・ハザードは大きくなるかもしれない。

現実的な対策は、ロビイストたちの利益の源泉になっている情報の非対称性を減らすことだろう。たとえば、歯科診療報酬が政治によっていかに歪められているかという情報がメディアやインターネットで明らかにされれば、消費者がそれを基準にして投票行動を変え、特殊権益に奉仕することが割に合わなくなるかもしれない。

こうしたモラル・ハザードが最大になっているのは、電波である。数兆円の価値のある電波が浪費されているのに、消費者は気づかず、それを知っているメディアが問題を隠しているためだ。ここでも、対策はインターネットによって情報に競争原理を導入するしかない。