2009年09月

脳はいいかげんにできている

脳はいいかげんにできている: その場しのぎの進化が生んだ人間らしさ (河出文庫)
脳が驚異的に複雑で巧妙にできていることは誰でも知っているが、それは脳の性能が高いことを必ずしも意味しない。むしろ脳は進化の過程で行き当たりばったりに複雑化し、古い脳の上に新しい脳がつぎ足されているため、機能が重複して効率が悪いというのが本書のテーマだ。

進化の初期の段階でつくられたまま、ほとんど使われていない古い機能も常に「オン」になっているので、わずか1.3kgの器官を維持するために人間の摂取するエネルギーの2割が使われている。素子(ニューロン)の性能は半導体の数万分の一以下しかなく、処理速度も正確さもはるかに劣る。その代わり脳は、1000億のニューロンと500兆のシナプスからなる恐るべき超並列コンピュータで、この並列処理によって素子の低性能を補っている。

たとえば眼球の機能は不完全なので、情報の入力は不安定だ。次の図はサッカード(視点運動)とよばれる現象の実験で、左側の写真を4分間見ると、右側のように眼球は頻繁に動くが、被験者はまったく静止した写真として知覚する。これは実際には激しくぶれている視覚情報を脳が編集しているからだ。


また処理能力の足りないニューロンの断片的な入力情報を編集して物語をつくるのが、脳の重要な機能だ。その典型が夢である。眠っているときの脳内のランダムな連想を脳が無理やり編集するため、荒唐無稽な物語になる。古い脳の処理能力をカバーするために、あらゆる情報に意味をつける機能は「オフ」にできないのだ。

こうした実験は、行動経済学の知見を説明する役に立つ。Kahneman-Tversky以来よく知られているように、情報を一定の枠組の中で解釈するフレーミングは遍在的で強力な行動だが、それは脳の構造に深く根ざしているのである。

クルーグマンはどこで間違えたのか

先日、紹介したクルーグマンのエッセイにレヴィンも池尾さんも怒っているが、いちばん頭にきているのは、名指しでバカ扱いされたコクランだ(原論文はここ)。
クルーグマンは効率的市場仮説(EMH)を批判しているが、それを理解してないようだ。彼は「経済学者がバブル崩壊を予想できなかった」というが、誰も市場の動きを正確に予想することはできないというのがEMHの基本命題で、今回の事件はそれを証明したのだ。いっておくが、市場が「効率的」だというのは「安定している」という意味じゃないよ。

市場経済の本質はそれが完全だということじゃなく、ハイエクが言ったように、それが不完全な知識でもどうにか動くということだ。クルーグマンは政府が市場より賢明だと想定しているが、超低金利を続けて資金過剰を作り出し、ファニー・フレディーに事実上の債務保証を与えて住宅バブルを生み出した政府が、市場より賢いと信じている経済学者は彼ぐらいのものだろう。人々が不合理だという行動経済学の主張は正しいが、同様に政府も不合理なのだ。

特に支離滅裂なのは、彼が70年前のケインズ理論を擁護している部分だ。ケインズが書いたように穴を掘って埋めようともGDPさえふくらめばいいというのなら、マドフは英雄だ。彼は投資家の余剰資金を預かって、それを派手に使う人々(彼自身を含む)に与え、「有効需要」の増加に貢献した。この理論によれば、政府の財政資金がすべて盗まれるのがいちばん簡単で効果的だ。泥棒の限界消費性向はきわめて高いからだ。

経済学の現状についてのクルーグマンの理解は、30年前で止まっている。われわれはKydland-Prescottの1982年の理論を復唱しているわけではなく、現在の研究の主眼はどのような不完全性や摩擦があるかを実証的に検証することだ。クルーグマンは実証には関心がないようだが、「真水理論」は実証研究のベンチマークにすぎない。彼は「経済学は数学的に複雑になりすぎた」というが、問題は逆だ。今のマクロ経済学は、この複雑な経済を扱うには単純すぎるんだよ。
私はマクロ経済学の専門家ではないので印象論でいうと、レヴィンも指摘するように、ケインズ的な財政政策を支持するクルーグマンの議論は理論的にあやふやで、実証的にもおかしい。オバマ政権の巨額の財政政策がほとんど執行されないうちに、景気は回復してきた(これは日本でも同じ)。クルーグマンの素朴ケインズ主義は、コクランもいうように、民主党政権を応援する政治的なにおいが強い。

ただしその他の部分については、クルーグマンの批判は理解できる。超合理的個人=計画当局による永遠の未来までの計画(ダイナミック・プログラミング)をベンチマークとする理論に異質性や不完全性を入れても、それは天動説に惑星の「異質性」を入れるようなものだ。コクランのいうように、今後もっと複雑なハイテク経済理論が生まれる可能性は(論理的には)否定できないが、それは今の真水理論の延長ではないだろう。トマス・クーンも指摘したように、科学と宗教に本質的な違いがないとすれば、多くの若い研究者が真水理論への信仰を失い始めていることは間違いない。

バフェットの「ケータイ音痴」がリーマンを破綻させた?

磯崎さんのツイッター経由で知ったが、「ウォーレン・バフェットがリーマンを破綻させた」という都市伝説は本当だったようだ。彼に対するCNBCのインタビューによれば、バークレイズがリーマンを買収するには、同社の保有する「毒入り資産」についての米政府の債務保証が必要だったが、財務省は株主の同意を要求した。バークレイズの首脳は、バフェットが出資を約束すれば財務省を説得できるかもしれないと考えて、土曜(9月13日)の夜8時に彼の携帯に電話したが・・・
Buffet: Oh, I got a call. I was in Edmonton at a social event. I was at the hotel at about 6:00 or so Edmonton time. [...] They described the transaction to me that I really couldn't grasp quickly. And so I asked them to send me a fax at the hotel. When I got back to the hotel that night around midnight, there was no fax.
なぜバークレイズの連絡は途切れたのだろうか。Telegraphによれば、実はバークレイズの首脳は(たぶんファックスが使えないため)追加情報をバフェットの留守電に入れたのだが、彼が留守電の使い方を知ってそのメッセージを聞いたのは、10ヶ月後だった。バフェットの結論は、
“Don’t try to get in touch with me by cell phone.”

上半期の経済書ベスト10

週刊東洋経済の恒例のリストの8位に、めでたく池・池本が入った。
  1. いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ
  2. アニマルスピリット
  3. 戦後世界経済史
  4. だまされないための年金・医療・介護入門
  5. ブラック・スワン
  6. 世界恐慌と経済政策
  7. 金融危機の経済学
  8. なぜ世界は不況に陥ったのか
  9. 金融革新と市場危機
  10. 誰から取り、誰に与えるか
1は連載記事をまとめたもので、ケインズとシュンペーターの議論がばらばらに紹介されていて焦点が定まらない。あとはほとんど当ブログで紹介した本だが、6は世界恐慌のときの日本の政策対応を数量経済史の手法で分析したもの。高橋財政がリフレ政策だったという説を批判して、金融システムの再建が重要だったとし、赤字財政によって財政規律がゆるんだことが戦時経済に突入するきっかけになったと指摘している。

「記者クラブの壁」の崩壊

きのう日本のツイッターで最大のアクセスを集めたのは、「岡田外相 全メディアに記者会見を原則開放」というスポニチの記事を伝えた私のメッセージだった。その後、この記事を毎日、産経、共同、時事が追いかけたが、今に至るも朝日・読売・日経はまったく伝えていない。

昔ならこの3紙が情報カルテルを組めば、発生した事件もなかったことにできたかもしれない。しかし今では、グーグルで上の記事を検索しただけで2160件も出てくる。かつて国境を越えた電波が東欧の民主化を進めてベルリンの壁を壊したように、今やウェブは記者クラブの壁を壊したのである。

原子力とは何だろうか

技術とは何だろうか 三つの講演 (講談社学術文庫)ハイデガーの主著とされる『存在と時間』は、その第1部「現存在の解釈と時間の解明」だけが出版され、第2部「存在論の歴史の現象学的解体」は未完に終わった。その問題についてハイデガーが一つの答を出したのが、戦後に書かれた一連の技術論である。

そのキーワードが、技術の本質を表現する言葉としてハイデガーがつくったGe-Stellという言葉である。これは以前の訳本では「集-立」という意味不明な日本語になっていたが、本書では「総かり立て体制」。これも訳し過ぎだろう。

英訳ではenframing、「枠に入れること」という意味だ。これでも何のことかわからないが、文中で何度も出てくる文脈から考えると、ハイデガーは原子力をイメージしていたと思われる。彼は核兵器に強い関心をもち、それにたびたび言及しているので、この1953年の講演も「原子力とは何だろうか」と読むことができる。

ハイデガーの技術論を「原子力時代における哲学」として読む試みは國分功一郎氏がやっているが、これは反原発カルトの思い込みで台なしになっている。

ハイデガーの語っているのはそんな陳腐な話ではなく、プラトン以来の西洋の形而上学の批判である。これは黒いノートにも書かれた彼の終生のテーマだったが、彼は原子力という異形のエネルギーの中にその一つの答を見出したのだ。

プラトンの本質主義が科学を生んだ

科学と技術を二分して後者を低くみる近代の発想は誤りである。古代ギリシャでは自然をあらわす言葉はピュシスであり、それを利用する技術はテクネーだった。これは自然の中の真理を人間が開示することを意味し、詩や芸術を含んでいた、とハイデガーは指摘する。

だから技術が対立するのは科学ではなく、自然がおのずから立ち現れてくるポイエーシスである。西洋以外の多くの文明圏ではこのような自然観が支配的だったが、西洋ではテクネーが圧倒的な成功を収めたため、人々は自然を工学的に駆り立てることが技術だと思っている。

その先駆けがプラトンだった。彼はあるがままのピュシスに自然の本質を見るのではなく、それを超えたイデアに本質があると考えた。このように世界を本質の現前とみる本質主義はキリスト教に受け継がれ、圧倒的な成功を収めた。

自然を「挑発」する技術から自然に住みつく芸術へ

ハイデガーも指摘するように、近代のテクノロジーは自然を挑発し、そこに潜在的に含まれているエネルギーを徴集するものである。原子力の核分裂エネルギーは世界中に遍在するが、その利用は核兵器や原子炉などの高度な技術で初めて可能になる。

それを可能にする原子力技術は、量子力学というテクネーにもとづくものであり、これはプラトン以来の形而上学の極北である。その意味はほとんどの人にはわからないが、その有効性は広島と長崎での大量殺戮によって証明された。

ここには自然をブラックボックスとみなして数学的にコントロールする態度がある。科学は自然を徴用物質として道具にし、人を存在の真理から遠ざけてしまった。

だがハイデガーは「科学が人間を疎外する」などという陳腐なヒューマニズムで反原子力を語るのではなく、ピュシスに住みつく芸術に立ち返ろうとして、ヘルダーリンの詩を引用する。

だが、危機のあるところ
救いとなるものもまた育つ

プラトンが創造し、キリスト教が世界に広めた形而上学は、近代科学として世界を支配したが、その利用可能なエネルギーの大きさゆえに人間のコントロールを超えるに至った。それを取り戻すには、芸術を含む総合的なテクネーの再構築が必要だ――という曖昧な結論で本書は終わっている。

希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学

希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学
次の本が、ようやく来月上旬にダイヤモンド社から出ることになった。タイトルは、当ブログで過去最高のアクセスを集めた記事からとったが、別に絶望をすすめる本ではなく、政権交代後の日本経済と経済政策を考えるものだ。まえがきから一部引用すると、
長期停滞についての処方箋を書くのは経済学者の仕事だが、日本では政策論争に経済学者がほとんど登場しない。経済学者は学術論文を書くのが本分で、ジャーナリスティックな仕事は「エコノミスト」にまかせておけばよいと思っているのかもしれないが、経済学はもともと「経世済民」のための実用的な学問であり、純粋理論に意味はない。ジョン・メイナード・ケインズは経済学者を歯科医のようものだと考えていた。
 
ただ経済学者は歯科医と違って、自分の力で経済問題を直すことはできない。それはむしろ自動車の運転技術のようなもので、多くの人々がそれを理解しないと意味がないのだ。ドライバーが自動車の製造技術を知っている必要がないように、誰もが経済学の論文を書く必要はないが、それがどう動くかを理解する必要はある。特に政策担当者は、法律職や行政職でも、学部の教科書ぐらいの知識をもっていないと困る。

この意味で経済学のロジックをわかりやすく伝え、合理的な政策を提案することは、その研究と同じぐらい重要だ。ケインズは師アルフレッド・マーシャルの追悼文で、経済学者の本業はパンフレットを書くことだとのべた(『人物評伝』)。特に日本が今、直面している問題は、戦後ずっと続いてきた産業構造や雇用慣行の行き詰まりなどの経済システム全体の問題であり、これを金融・財政などのマクロ政策や労使紛争と考えているかぎり、解決の糸口は見出せない。1990 年代から続いている経済の停滞は、まもなく「失われた20 年」になろうとしているが、その終わりは見えない。

目次

はじめに

第1章 格差の正体
 1.何が格差を生み出したのか
 2.新しい身分社会
 3.事後の正義
 コラム:情報の非対称性

第2章 ノンワーキング・リッチ
 1.社内失業する中高年
 2.働きアリの末路
 コラム:補完性

第3章 終身雇用の神話
 1.終身雇用は日本の伝統か
 2.日本型ネットワークの限界
 3.雇用のポートフォリオ
 コラム:効率賃金仮説

第4章 長期停滞への道
 1.長い下り坂が始まる
 2.輸出立国モデルの「突然死」
 3.希望の消えてゆく国で
 コラム:長期的関係

第5章 失われた20年
 1.どこで間違えたのか
 2.90年代をどう見るか
 コラム:自然利子率と自然失業率

第6章 景気対策の限界
 1.財政政策の欠陥
 2.金融政策の功罪
 コラム:リフレ論争

第7章 日本株式会社の終焉
 1.会社は誰のものか
 2.官僚社会主義の構造
 コラム:負の所得税とベーシック・インカム

第8章 「ものづくり立国」の神話
 1.「すり合わせ」ではもう生き残れない
 2.ITゼネコンの末路
 コラム:ホワイトスペース

第9章 イノベーションと成長戦略
 1.株主資本主義が必要だ
 2.リスク回避からリスクテイクへ
 3.イノベーションの意味
 4.創造的破壊の可能性
 コラム:コンテンツ産業の未来

おわりに

「第四権力」の政権交代

きのうの「アゴラ」は「『記者クラブ開放』の約束は嘘なのか」という記事にアクセスが集まり、1万5000ユーザーと過去最高を記録した。これ以外にも、ネット上の首相会見についての記事のほとんどは、鳩山氏が「首相会見を記者クラブ以外のメディアに開放する」と約束したにもかかわらず、ネットメディアを閉め出したことへの批判だった。

ところが驚いたことに、けさの新聞各紙にはまったくこの問題への言及がない。その代わり彼らが集中攻撃しているのが、「官僚の記者会見禁止」だ。確かにこれはおかしい。ブリーフィングまで禁止したら、細かい実務的な話まで大臣や政務官が答えなければならなくなって、業務は回らないだろう。事務次官会見の廃止はいいとして、他の官僚の取材については政治家が管理すればよい。

まだスタートしたばかりだからしょうがないが、民主党の情報管理はちぐはぐだ。「官僚の情報支配を排除する」といいながら、首相会見の閉め出し騒動の原因は、どうやらメディア管理を内閣広報室に丸投げしたためらしい(*)。しかも広報室が内閣記者会(官邸クラブ)と「協議」して雑誌記者は5人だけ認めたというから、官僚支配どころか記者クラブ支配である。

企業でも、電話1本で社長が取材に応じるのは中小企業だけで、上場企業ではどんな細かい取材でも広報を通すのが常識である。ところが官庁だけは、記者クラブに加盟しているメディアであれば、広報を通さなくても直接、課長がインタビューに応じる。これは取材するほうは簡単でいいのだが、それを放送してから問題が起こると、広報からクラブに文句が来たりする。要するに、クラブが企業の広報部のような情報管理機関の役割を果たしているのだ(昔は取材の申し込みもクラブを通さないと受けなかったが、これは「NC9」のプロデューサーがつぶした)。

こういう情報管理体制は、メディアが数社しかなかった時代の遺物である。今のようにメディアが多様化した時代に、特定の新聞社・放送局だけを広報機関として使うシステムは実態に合わない。官僚の会見を禁止するのではなく、官庁の記者クラブを解散し、すべての情報を管理する報道官(政務官の兼務でよい)を官邸以下すべての官庁に置き、省庁の情報発信を政治家が一元管理すべきだ。

政権が交代しても官僚機構は交代しないが、政治家の支配下に置くことはできる。政権が変わってもコントロールできないのは、「第四権力」メディアである。特に没落しつつある大手メディアは、今後あらゆる手段で情報独占を守り、他のメディアを排除しようとするだろう。今回の記者クラブ騒動をめぐる報道カルテルのように、記者クラブ以外には報道機関は存在しないというのが彼らの立場だ。

民主党が闘うべき相手は官僚ではない。行政機関は立法府の目的を実現する手段であり、統治システムを変えれば命令に従う。民主党政権がまずやるべきなのは、記者クラブという奇習に象徴される日本の第四権力を交代させ、表現の自由と多様性をウェブを含むすべてのメディアに開放して、真の民意を政治に反映することである。

(*)コメントで教えてもらったが、神保哲生氏によれば、官邸の広報に「雑誌と海外プレスだけでいい」と伝えたのは平野官房長官だという。だとすれば、首相の約束を官房長官が破ったことになる。民主党は今回の経緯をきちんと説明すべきだ。

原口総務相のための周波数オークション入門

総務相に就任した原口一博氏が、記者会見で周波数オークションについてコメントしているが、意味がよくわからない。この記事で引用されている彼の発言は次のとおりだが、これが理解できる人はいないだろう(記者も理解していないようだ)。
地上デジタル放送の完全デジタル化を前にした現在の放送事業者の体力を見ると,オークションを前のめりでやる環境にあるのかなという思いがある。オークションによって,言論が一つになるなど,様々な弊害が出る可能性がある。
周波数オークションというのはかなりテクニカルな問題なので、彼が理解していないのは無理もない(電波部の官僚も理解してない)。そこで誰でもわかる周波数オークションFAQを書いてみた。

まずオークションと「放送事業者の体力」には何の関係もない。新規の帯域のオークションに放送局が応札する可能性はなく、「体力」が問題になるのは通信業者である。これについてはQ4に書いたように、免許料が料金に転嫁される可能性はなく、むしろ競争促進によって通信料金は下がる。Q8でも書いたように、周波数オークションはこれから割り当てられる電波についてのもので、既存の放送局がもっている電波を競売にかけようというものではない。ところが放送局のロビイストがこの点を誤解して周波数オークションが放送局の既得権をおかすものだと思い込み、原口氏に誤った情報を吹き込んだものと思われる。

これは電波利用料とも関係なく、むしろオークションを実施すれば電波利用料は廃止されるので、放送局の負担は軽くなるだろう。かつて原口氏がいったように「電波利用料を思いっきり下げる」という公約(?)も、オークションを実施すれば実現できる。民主党では、バラマキ福祉のコストをまかなう1兆円以上の財源として、財政金融部会で周波数オークションに注目が集まっているようだ。

「オークションによって,言論が一つになる」というのはまったく意味不明だ。上に書いたように、オークションは放送局とは無関係であり、インフラの問題であって言論とは何の関係もない。これは情報通信法に対して、放送局が「表現の自由」を大義名分にして水平分離を妨害しようとしている論理を、原口氏が取り違えて話したものと思われる。

論旨は不明だが、はっきりしているのは原口氏が放送局の利益の代弁者だということである。テレビ番組の人気者になって票を得た彼が、放送局に大きな「借り」があるのは当然だろう。これ以外にもテレビ局のきらう情報通信法のレイヤー別規制を批判する一方、テレビ局の要求する日本版FCCだけは「実施する」と強調するなど、彼のバイアスは明白だが、問題を論理的に理解していないので混乱している。せめて上のFAQと地デジFAQぐらいは読んで、基礎知識を身につけていただきたい。

政府の債務超過を「国債バブル」が救う

グローバルインフレーションの深層
高橋洋一氏のアンバランスシートは財務省でも物笑いの種になったらしいが、統合政府が大幅な債務超過だというのは周知の事実である。その規模は桜内文城氏の計算では696兆円である。

これを将来の増税で返済することは不可能だから、企業だったら倒産するが、日本の財政が破綻しないのはなぜだろうか。本書の紹介するBrunnermeyer et al.は、その原因をFTPLで考える。

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FTPLの均衡条件は

 物価水準=名目政府債務/プライマリー黒字の現在価値

だが、この式には複数均衡がある。右辺の分母が小さくなると物価が上がり、金利上昇を予想する投資家は国債を売り、ハイパーインフレになって大幅な実質債務のデフォルトが起こる。これが安定均衡である。

もう一つはシムズの指摘したハイパーリカーディアン均衡で、金融村は「自分の生きているうちに財政破綻は来ないだろう」と信じて国債を買い、リスクを先送りする。この均衡は、そこから逸脱して国債を空売りすればもうかるので不安定だが、日本ではずっと維持されている。その原因は国債バブルだという。

国債バブルを支えているのは金融村の「空気」

国債バブルの定義はテクニカルだが、これをXとすると、上の式が

 物価水準=名目政府債務/(プライマリー黒字の現在価値+X)

となる。名目政府債務が1400兆円のとき、プライマリー黒字の現在価値が400兆円だとすると、Xが1000兆円なら物価水準は1で安定する。逆にいうと、投資家は物価が安定しているという事実から将来、日本政府が1000兆円の価値を生み出す(あるいはインフレで飛ばす)と予想し、そういう「空気」が共有されているわけだ。

BrunnermeyerらはFTPLを使って政府がこの不安定な均衡を維持する条件を考え、政府が遠い将来にわたって緊縮財政を約束し、中央銀行が国債をマネタイズして金融抑圧を行なえば、投資家は国債の価格が安定すると予想してバブルが維持されるという。

これは通貨発行益と同じメカニズムである。1万円札の「本当の価値」は20円ぐらいだが、それが1万円の価値をもつのは、国民が財務省と日銀を信頼しているからだ。つまり国債バブルを「マイニング」しているのは財務省と日銀のコミットメントなのだ。

この均衡が崩壊するのは、金融村の「空気」を読まない海外ファンドが大挙して空売りをかけるときだろう。このとき日銀が国債を買い支えても、大幅な円安が起こって資本逃避が起こり、それが円安を加速する可能性もある。そういう「サドンデス」は今のところメインシナリオではないが、シムズもターナーも警告している。


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