当ブログは匿名の批判はすべて無視しているが、先日の『Voice』の記事を読むと、ネット上の民間信仰が「作家」や「評論家」に与える影響は無視できないようなので、よくある迷信をまとめてみた。
追記:私の政策提言は「アゴラ」に書いた。
- 不況の原因は「需要不足」だから、景気対策で需要を追加すれば問題は解決する:需要不足には、短期的な要因と長期的な要因がある。前者は金融・財政政策によってコントロール可能なGDPギャップ、後者はコントロール不可能な潜在GDPの低下である。マクロ政策によって達成可能な成長率の上限は、後者によって決まる。今回の日本のように、アメリカの過剰消費が正常化することによる潜在GDPの低下を「一国ケインズ政策」で埋めることはできない。
- 財政支出によって「完全雇用」が実現できる:たとえば輸出企業に20兆円のGDPギャップがあるとき、土木事業に20兆円出しても、輸出企業のギャップは縮まらず、土建業に超過需要が発生するだけだ。不況の本質は資源配分のゆがみにあるので、経済全体に薄く広くばらまいても、必要な部門には回らない。この点では、市場メカニズムを活用する金融政策のほうがすぐれている。
- 日銀が通貨を供給すれば、いくらでもインフレにできる:しかし金融政策は、今のように事実上ゼロ金利になると、きかなくなるという限界がある。この場合、日銀が通貨供給を増やしても、資金需要を超える分は「ブタ積み」になるだけである。ただしCPの買い入れなどによってリスクプレミアムを縮める政策には、一定の有効性がある。
- 日銀が「インフレ目標」を掲げればインフレが起こる:バーナンキが「インフレ目標」に言及したと喜んでいる向きもあるが、この程度のゆるやかな目標なら、日銀も「物価安定の理解」として公表している。バーナンキやクルーグマンがかつて主張したのは、デフレ状況で日銀が「インフレにするぞ」と言ってめちゃくちゃに通貨を供給すればインフレが起こる、という人為的インフレ政策である。今そういう愚劣な主張をしている経済学者は、日本以外にはいない。
- 不況の最中に構造改革を行なうと、供給を増やしてGDPギャップが拡大する:構造改革によって、供給だけが増えて需要は増えないという根拠は何だろうか。構造改革(産業構造の改革)は、潜在GDPを高めるものだから、需要と供給をともに高める。たとえば土建業から医療・福祉に労働力が移動すれば、労働供給も労働者の需要も増える。
- 構造改革は「清算主義」である:清算主義とは、1930年代のフーバー政権のメロン財務長官の“Liquidate labor, liquidate stocks, liquidate the farmers, liquidate real estate”という言葉だとされるが、彼がそのような発言をしたことを証明する1次資料はない(これはフーバーの回顧録の表現)。今そういう主張をしている経済学者もいないので、清算主義という言葉は無内容な藁人形である。
- 賃金を上げればGDPは上がる:Cole-Ohanianも指摘するように、ワグナー法によって実質賃金が上がったことが、大恐慌を長期化した疑いが強い。賃上げによって所得が波及する「乗数効果」より、企業が雇用を減らす「価格効果」のほうが大きいからだ。「分配を平等にすればGDPが上がる」という類の主張もナンセンス。ジニ係数と1人あたりGDPに有意な相関はない。
- 財政赤字は「国民の国民に対する借金」だから心配する必要はない:債権(国債)を買う世代と、債務(増税による償還義務)を負う世代は別である。国債を買うのは資産選択による合理的行動だが、将来世代が国債を償還するのは国家による強制的な徴税だ。両者が同じなら、増税が政治的争点にはならないだろう。政府紙幣も国債の日銀引き受けと同じで、丸もうけにはならない。
追記:私の政策提言は「アゴラ」に書いた。