2008年12月

「すり合わせ」の神話

トヨタの渡辺社長が辞任し、豊田家に「大政奉還」される。世界のトヨタも、古い同族企業だったわけだ。遅きに失したが、トヨタ・バブルがようやく崩壊したのは結構なことだ。こうした古いシステムを「ものづくり」だの「すり合わせ」だのと賞賛してきた経営学者も、反省してほしいものだ。

日経BPnetにも書いたことだが、すり合わせ型のアーキテクチャは日本的組織の要請で採用されたもので、戦略的な最適化の結果ではない。それは高級乗用車のような補完性のきわめて高い特殊な製品には結果的に有効だったが、情報革命によってすべての工業製品は組み合わせ型に移行しつつある。私の修士論文にも書いたように、要素技術のモジュール化と組織の水平分業化は不可逆の流れである。

もちろんすり合わせ型の高級車も残るが、それは成長部門ではなく、スイス製の時計やカメラのようなすきま商品になろう。自動車も中国ではモジュール化し、インドでもタタが30万円以下の自動車を出した。トヨタが赤字になった一つの原因も、高級・大型指向の北米市場に依存し、新興国の市場を開拓できなかったことにあるといわれている。北米市場の落ち込みは循環的なものではなく、アメリカの過剰消費の縮小なので、この低迷は長期化するだろう。

トヨタがこれまで奇蹟的な高収益を上げてきたのは、GMなどの恐竜がトヨタより劣悪で、コンピュータにおけるPCのような破壊的イノベーションにさらされなかったからだ。そういう競争に遭遇した電機メーカーは、すでに情報通信機器の世界市場ではマイナー・プレイヤーに転落した。自動車産業は設備投資がきわめて大きく参入が困難なために、アーキテクチャ競争がコンピュータから四半世紀おくれてやってきたのである。

すり合わせ神話の最後の砦だったトヨタが没落した以上、「日本的ものづくり」を輸出しようなどという中谷巌氏の主張も時代錯誤だ。むしろ運転系統の電子化、GPS、燃料電池などの技術によって、自動車のモジュール化は急速に進むだろう。今でも自動車の特許の半分は電子部品だといわれている。すり合わせを柱にしてきた経産省の産業政策も、これで崩壊したわけだ。ビジネスを知らない官僚が経営に口を出すのは有害無益である。

だから好むと好まざるとにかかわらず、日本人はこれから最も苦手とするグローバルな水平分業に適応しなければならない。しかし私は、このハンディキャップは宿命的だとは思わない。戦前の日本では、勤続3年以下の「短期工」が半数を超え、流動的な労働者の分業体制で製造が行なわれていた。彼らを「終身雇用」の大組織に組み込んだのは戦時体制である。だから野口悠紀雄氏もいうように、われわれの直面している課題は、いまだに戦時体制からの脱却なのだ。

プログラムされた父殺し

おとといの短い記事が、予想外の波紋を呼んでいる。コメントも50以上ついているが、その多くが学生運動がらみであるところがおもしろい。今の若者にとっては神話的な時代なのかもしれないが、そのころを知る者として少し書いておこう。

最近もギリシャで反政府暴動が起きているが、こういうのは基本的に学生がエリートとみなされる後進国の現象だ。日本でも60年代の全共闘運動まではその傾向があり、1969年に東大に機動隊が導入されたとき、全共闘が「入学おめでとう」という看板を掲げたのは有名なエピソードだ。今はよくも悪くもそんなエリート意識はないので、「われわれが社会を指導する」という運動は不可能だ。

しかし若者が親の世代を否定する父殺し(patricide)の衝動をもつことは人類学で知られており、生物学的にも合理的だ。生物は生まれた以上、死ぬのが当たり前だと思われているが、実はバクテリアは死なない。個体に一定の寿命があるのは、有性生殖を行う原生生物や多細胞生物だけである。老化は細胞分裂の際にコピーに少しずつ誤差が出ることによって起こるが、それは細胞がもともとそなえているしくみではなく、進化の過程で個体は一定期間後には死ぬようにプログラムされたのだ。

その理由は、個体は遺伝子のコピーを最大化するための「乗り物」にすぎないからだ。同じ個体がずっと生きて人口が増え続けると、新しい個体の生活する余地がなくなり、最後には食料がなくなって種全体が滅びてしまう。親は個体としては死ぬが、遺伝子を子供に残し、その成長を助けることによって遺伝子プールとしての個体群は繁殖する。若者が父親を殺そうとする(権威を倒そうとする)暴力は、群淘汰によって遺伝子に埋め込まれた本能なのだ。

いわゆる未開社会には、権力者を定期的に殺す「王殺し」の制度が広くみられた。国家が老化して効率が落ちたとき、それを壊す最強のメカニズムは戦争である。古来、戦争と内乱はほとんど同じもので、権力者を外部から規律づける装置として機能していた。マルクス主義が強い影響をもったのも、こうした破壊衝動に訴えるからだろう。しかし近代のような大規模な国家で暴力革命を起すと、エドマンド・バークも指摘したように旧体制より悲惨な結果になることが多い。

これを歴史的に実証したのが社会主義の失敗だが、最近はその逆にすべての変革を拒否して、ケインズ的なピースミール社会工学で社会をコントロールするのが賢明だという風潮が強い。しかし北朝鮮で、いくら「将軍様」のもとでピースミールな改良を続けても社会は改善しない。晩年のハイエクも気づいたように、バーク的な保守主義では制度を変えることができないのだ。資本主義は、古い企業を殺すことによって社会が生き延びる群淘汰のメカニズムである。

このまま「景気対策」でごまかしを続けていると、20年後には日本は――北朝鮮とはいわないまでも――ラテンアメリカのように国家として破綻するおそれが強い。私の世代は、そのころには食い逃げしているのでちっともかまわないが、今の30代以下には地獄のような老後が待っていることは覚悟したほうがいい。世代間の負担だけでなく、日本経済の衰退によって分配の分母となる所得が減少してゆくからだ。父殺しのエネルギーは、暴力革命以外の方法で使うこともできる。2ちゃんねるのようなゴミためで騒いでいても、悲惨な未来は変わらない。

資本主義はなぜ自壊したのか

中谷巌氏には学生時代からお世話になったので、こういう記事を書くのは心苦しいが、率直にいって8年前の本あたりからおかしくなったといわざるをえない。本書は、経済学者が書いたとは信じられない本だ(画像にはリンクを張ってない)。たとえば、著者はこう書く:
シニョレッジ(通貨発行益)が発生するのは、基軸通貨だけである。たとえば日本の円は国際間の取引に使われることはまずない。だから日本が1万円札をいくら刷ったところで、それでシニョレッジを稼ぐことはできないのだ。(p.358、強調は引用者)
このためアメリカは「ドルを過剰に印刷してシニョレッジを稼ぐ誘惑」に勝てず、それがインフレを起してドルの暴落をまねく・・・と続くのだが、「円が国際間の取引に使われない」のなら、外為市場は何のためにあるのか。ドルを印刷するだけでインフレになるのなら、アメリカのデフレはとっくに終わっているだろう。シニョレッジについては、たとえば高橋洋一氏はこう書く:
貨幣部門の超過供給は、広義の政府部門(政府と日銀)の通貨発行益(シニョレッジ)を生み、それが非貨幣部門の超過需要となっています。(p.111)
これが普通の理解だ。シニョレッジは別に基軸通貨に固有のものではなく、すべての通貨に発生する。したがって、この誤解をもとに展開される「ドル覇権の終焉」についてのありがちな話も、すべてナンセンスである。ドルの価値と「覇権」には何の関係もない。むしろドルが下がれば、アメリカ企業の国際競争力が強まって成長率は上がるのだ。その他にも、こうした初歩的な間違いがたくさんあり、全体の内容も
  • グローバル資本主義はなぜ格差を作るのか
  • 「一神教思想」はなぜ自然を破壊するのか
  • 今こそ、日本の「安心・安全」を世界に
  • 今こそ「モンスター」に鎖を
という目次から予想される以上のことは何も書いてない。「市場原理主義」を批判して規制強化や「格差是正」を求め、地球環境を守る日本の淳風美俗を世界に広めようという、『国家の品格』といい勝負の通俗的な話だ。 こんなでたらめな理解で「構造改革」を推進してきたのだとすれば、それが「間違っていた」のは当たり前だ。自壊したのは資本主義ではなく、著者である。

今年のベスト5(ジャズ)

このごろジャズはあまりおもしろくないので、新譜はほとんど聞かない。ハードディスクに入れたチャーリー・ヘイデンやパット・メセニーなどを、流しっぱなしで聞いていることが多い。そんな中で、久々に感動したのは1だった。ウォルドロンの最後の録音で、最初の1小節で彼の音楽だとわかる。マレイはこういう静かな曲が意外にうまく、"Home""Ming"などバラードに傑作が多い。
  1. David Murray & Mal Waldron: Silence David Murray & Mal  Waldron - Silence
  2. Charles Mingus Sextet: Cornell 1964
  3. Roy Hargrove: Earfood ロイ・ハーグローヴ - イヤーフード
  4. Maria Schneider: Sky Blue
  5. Bill Frisell: History, Mystery Bill Frisell - History, Mystery
このごろは、かなりマイナーな音楽もiTunesで買えるようになったが、2はCDでしか買えない。しかしミンガスの最盛期の貴重な録音で、ドルフィーもこのバンドがベストだったと思う。4はネット通販のみで、10ドル足らずで買える。

世代間戦争

当ブログの昔の記事が、またJ-CASTニュースで話題になっているようだ。断っておくが、私は「働かない中高年リッチ解雇せよ」などと書いたわけではない(そんなことは不可能)。しかし最大の問題は、実はデフレでも格差でもない。日本経済が長期的に衰退し、かつその負担が将来世代にとって加速度的に重くなることだ。世代会計で各国を比較すると、
不均衡絶対額の最も大きい国は日本である。将来の日本人は、誕生とともに30万ドル以上の純税(納税額-給付額)を納めなければならなくなる。この数値を異なる角度から見ると、20歳で実質5%の割引率で複利計算してみよう。最終的な額は80万ドル超となる。これらは驚くべき数値である。
1ドル=90円で換算しても、これから生まれる日本人は生涯に自分が受け取るより7200万円も多い税金・年金を納めなければならない。これは財政赤字とか消費税とかいう問題ではない。日本の財政は、世界最悪のねずみ講なのだ。

私の世代は払った以上の年金を受け取れるので、これはすばらしい制度だ。しかし若年世代は、私の世代の最大18倍の税金を負担する。本当は、若者は暴動を起して、フリードマンのいうように公的年金制度を廃止させるべきなのだが、幸い彼らはそれに気づかない。景気対策がどうとかいう話は、その目くらましである。リフレを賞賛して「世代間の負担は生じない」などとうそぶいている辻説法師は、ノンワーキング・リッチの既得権を代弁しているのだ。

[中級経済学事典] インフレ目標

ひところ「世界標準」だとか騒がれたインフレ目標も、本家のバーナンキが沈黙し、クルーグマンが撤回し、スティグリッツも否定して、誰もいなくなった。10年前の日本のデフレで有効なら、ほとんど同じ状況の今のアメリカでも有効なはずだが、それを提唱する経済学者がひとりもいない「世界標準」って何なのか。

自称リフレ派の議論には、二重に誤りが含まれていた。まず第一に、欧州の一部の国で採用されているのは、インフレを抑制するために中央銀行が通貨供給を絞る物価安定目標だが、スティグリッツもいうように、今のような非常事態に、資産価格も信用不安も無視して物価水準だけを政策目標にすることはありえない。現実にもインフレ目標を採用しているのは、ドルなどのペッグから変動相場制に移行して、物価を安定させなければならない小国が多い。

第二に、リフレ派が騒いだのは人為的インフレ政策で、これは物価安定目標とは理論的にも実務的にもまったく別だ。両者を混同してインフレ目標と呼んだのが混乱のもとだった。クルーグマンも認めたように、中央銀行がデフレをインフレにする手段はない。日銀の「時間軸政策」は、長短金利差を縮める効果があったというのが白川総裁の評価だが、これはインフレ目標とは別の単なる金融緩和だ。

したがって特定の物価上昇率にコミットするという意味の強いリフレは、誰も主張しなくなった。いまFRBなどがやっている非伝統的な金融政策は、目標を設定しない弱いリフレだ。理論的には、すべての長短金利がゼロになるまでFRBがあらゆるリスク資産を買いまくれば一定の緩和効果は出るだろう。しかしそれによってFRBに巨額の損失が出たら財政で穴埋めされ、財政赤字がさらにふくらんで、ドルの暴落で危機が拡大するリスクもある。

リフレ派の議論は、期待形成やmicrofoundationの欠けたいい加減な話が多い。たとえば岩田規久男氏の『デフレの経済学』は素朴なIS-LMモデルだが、この種の理論には期待が入っていないので、そもそもインフレ期待の効果を論じることはできない。クルーグマンの論文には期待が入っているが、外生的に与えられているので、中央銀行がそれをどうやって操作するかは「経済学の領域外の問題」だと彼自身が認めている。

当時はいろいろ愚劣な議論があって、「バーナンキ=野口の背理法」というのもあった。これは日銀が通貨供給を無限に増やせば(メカニズムは不明だが)いずれインフレになるはずだという無責任な話で、過剰な通貨供給のコストはゼロだと想定している。それに近いことを実際にやったのが2003年のテイラー=溝口介入だが、結果的には円キャリー取引でアメリカの住宅バブルを促進し、円安で輸出産業に所得を移転して輸出バブルの原因になった。異常な金融政策のコストはゼロではないのだ。テイラーも、今回はリフレを否定している。

金融政策は、本質的な改革までの時間稼ぎにすぎない。リフレ派は金融政策でごまかしていれば経済は自然治癒すると思っているのかもしれないが、そんなことは絶対に起こらない。そもそも彼らの使っている古い「どマクロ理論」には長期の変数が入っていないので、長期については何もいえない。金融政策は短期の補助的な政策で、長期の成長率を変えることはできないというのは、世界の中央銀行のコンセンサスである。

だからテイラーもいうように、まず経済をどう立て直すのかという長期戦略を設定することが重要だ。アメリカの場合は金融システムの再建、日本の場合は資本・労働市場の改革で国内産業の効率を高めることが長期目標だろう。短期の政策はそれと時間整合的でなければならないというのが最近の経済政策の考え方で、行き当たりばったりのバラマキ財政や資金需要を超えた異常な超緩和政策は、また意図せざる副作用をもたらすおそれが強い。

今年のベスト10(本)

今年も(半分は仕事で半分は趣味で)たくさん書評を書いた。週刊ダイヤモンドの書評は、まもなく10周年だ。当ブログのBooksカテゴリーにも、この記事を含めてちょうど100本の記事がある。ここで取り上げたのは必ずしも買うことをおすすめする本ではなく、読んではいけない本にはリンクを張っていない。左側の欄からリンクを張った本は★★★★☆以上なので、買っても損はないと思う。その中から10冊を選ぶと、
  1. When Markets Collide
  2. The Venturesome Economy
  3. 市場リスク 暴落は必然か
  4. まぐれ
  5. The Illusions of Entrepreneurship
  6. テロと救済の原理主義
  7. CIA秘録
  8. Against Intellectual Monopoly
  9. 生政治の誕生
  10. 暴走する資本主義
今年のテーマは何といってもサブプライム危機あらため世界同時不況だが、最近の状況をふまえた本としては1がベスト。そのメカニズムを解説した3もおもしろい。本命の"The Black Swan"はまだ翻訳が出ないが、4は同じぐらいおもしろい。金融危機で威信の失墜したアメリカがどこへ行くのかも重要なテーマだが、10はオバマ政権の「リベラル2.0」路線を考えるうえで参考になる。私の専門領域では、2はこの種の研究の傑作。「知的独占権」を撤廃せよという8の主張とも一致している。ベンチャーの実態を理解する上では、5も参考になる。

今年の累計アクセスは2000万PVを超え、アマゾンのアフィリエイトの売り上げも去年の1.5倍ぐらいになった。たぶん駅前の本屋と同じぐらいだろう(ただしマージンは低いので、これだけで生活はできない)。売り上げ点数のベスト5は拙著を除くと、
  1. さらば財務省!
  2. 生命とは何か
  3. まぐれ
  4. 資本主義と自由
  5. クラウド化する世界
2や4のような古典が入っているのは驚いた。特に4は、現代の日本で読まれるべき名著である。ケインズの亡霊がよみがりつつある今こそ、すべてのビジネスマンに強く推薦する。


代引きが「為替取引」?

あまり知られていないが、ネット通販の利用者にとっては他人事ではない規制が進められている。金融庁が、荷物を受け取って代金を払う「代引き」を規制しようとしているのだ。その理由が驚きだ。代引きが為替取引だからというのである。

犯罪収益移転防止法では、マネーロンダリングを防ぐために為替取引の際に本人確認を義務づけている。今度、これまで銀行に限定されていた為替取引を一般の電子商取引業者に開放するにあたって、金融庁は宅配業者も「金融業者」とみなして、10万円超の荷物は本人確認や委任状がなければ、家族でも代引きで受け取れないことにしようというのだ。当然ネット通販業者やコンビニは大反対だが、為替って外国との貿易の話じゃなかったの?

違うのだ。そもそも日本の法律には「為替取引」の定義がなく、2001年の最高裁判例では「隔地間で直接現金を輸送せずに資金を移動する」ことと定義されている。なるほど、これだと確かに代引きも「為替取引」にあたる。アルカイダがあなたの名をかたって、アマゾンを使って本国に送金・・・するはずないじゃないか。この最高裁判例には、肝心の「外国」という言葉が抜けているので、すべての「隔地間取引」を規制しようとすると、こういう珍妙なことになるのだ。

薬のネット販売規制といい、この代引き規制といい、「セキュリティ」の名による過剰規制が横行している。いま歯止めをかけないと、官製不況はさらに悪化するだろう。

新たな「失われた10年」が始まる

トヨタが半世紀ぶりの赤字に転落する見通しになった。これはさほど驚くにはあたらないが、問題はトヨタやソニーがこけると、日本経済全体が沈没する産業構造だ。現状は一時的な景気後退ではなく、1990年と似た輸出バブルの崩壊が起こったと考えたほうがいい。利下げは、そのショックを緩和する「痛み止め」の意味は少しはあるかもしれないが、いくら麻酔を打っても病気は治らない。

輸出産業の大幅な業績下方修正は、長期的な水準からの一時的な乖離ではなく、むしろ為替が均衡レートに戻り、アメリカの消費バブルが剥げ落ちて、これまで上方に乖離していた輸出産業の業績が長期トレンドに水準訂正されたのだ。したがって今後の不況は、残念ながら麻生首相のいう「全治3年」といった短期的なものではなく、90年代のような「失われた10年」がまた始まるおそれが強い。

ただ今回の長期不況が90年代と違うのは、金融システムはあまりいたんでいないことだ。ボトルネックは金融ではなく、非製造業の低生産性である。図のように、日本の設備投資効率は製造業と非製造業で3倍ぐらい違い、前者(特に輸出産業)の効率の高さが、ここまでかろうじて日本経済を支えてきた。

ここ30年近く、日本経済は衰退を続けてきた。むしろ2000年代の「景気回復」が、異常な金融政策によって輸出産業を支えた長期衰退の中休みだったのだ。それでも製造業の生産性は15年以上かかって1990年ごろの水準に復帰したが、非製造業は1980年の半分以下の生産性のまま低迷している。しかも製造業のGDPシェアは2割(輸出産業は1割)に落ちたので、低金利や為替介入で輸出補助金を与える政策の効果は、ますます小さくなっている。

もう日本経済を一つの経済とみることが間違いなのだ。1割の働き手(輸出産業)が9割の扶養家族(国内産業)を支える産業構造は、これ以上維持できない。輸出産業は今後ますますグローバル化し、海外生産にシフトするだろう。それを「空洞化」などと非難するのはお門違いである。彼らには、規制に守られて生産性を上げないで、不況になったら政府の「景気対策」を求める扶養家族を食わせる義務はない。

中休みが終わって、また暗いトンネルが始まる。深刻なのは、政策当局が問題の所在を認識しないで、金利や財政赤字などのマクロ指標ばかり見ていることだ。むしろ急性の症状が出たアメリカのほうが問題を認識し、国民にも危機感が共有されているので、立ち直るのも早いだろう。日本でもっとも危機的なのは、危機感が欠如していることである。

イノベーションは技術革新ではない

経済成長の最大の要因がイノベーションだということは、今日ほぼ100%の経済学者のコンセンサスだろう。したがって成長率を引き上げるためには、マクロ政策よりもイノベーション促進のほうがはるかに重要である。これについて先進諸国で採用されている政策は、政府が科学技術に補助金を投入する技術ナショナリズムだが、これはどこの国でも失敗の連続だ。著者は、この背景にはイノベーションについての根本的な誤解があるという。

イノベーションについての経済理論はほとんどないが、唯一の例外が内生的成長理論である。この理論は成長のエンジンを技術革新に求め、政府の補助金が有効だとする。しかし本書は、100社以上のベンチャー(startup)の聞き取り調査にもとづいて、イノベーションの本質は技術革新ではないと論じる。アップルやグーグルのように既存技術の組み合わせによってすぐれたサービスが実現される一方、日本メーカーのように特許はたくさん持っているが収益の上がらない企業が多い。

製品開発には多くの補完的な要因がからむので、全体の効率を決めるのはボトルネックになっている要因だ。本書によれば、多くの場合にボトルネックになっているのは、技術ではなくマネジメントである。凡庸な技術が優秀なビジネスモデルによって成功するケースはあるが、その逆はない。マネジメントの優秀さは、経営者がテッキーであることと関係ない。重要なのは、経営者が技術の生産者ではなく消費者としてすぐれたサービスを実現することだ。これを著者はventuresome consumptionとよぶ。

本書は、日本経済の今後を考える上でも重要だ。日本メーカーは技術の生産者としてはすぐれているが、日本のサービス業は技術の消費者として最悪だ。その原因は、経営者が古いビジネスモデルにこだわることだ。ITの最大のメリットは新しいサービスを実現することなのに、彼らは既存のサービスのコスト削減の手段としてしかITを扱わない。アメリカがすぐれているのは、ITの新しい使い方を実験するベンチャーが継続的に出てくることで、その背景には冒険を支援するVCがある。

したがって「日の丸技術」に補助金をばらまくのは逆効果だ。本質的なイノベーションを高めるには、要素技術の開発は中国やインドなどにアウトソースし、それを有効に使うビジネスモデルやマネジメントの革新に力を注ぐべきだ。リスクの高い事業に資金を供給する資本市場の改革も重要だ。「技術の流出」を恐れて対内直接投資を制限する財界の資本鎖国は逆である。過剰な「知的財産権」保護はユーザーの自由度を下げてイノベーションを低下させるので、こうした権利保護を緩和することが政府の重要な役割である。

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