当ブログへのアクセス元で多いのは、IT業界と大学とメディアと官庁だが、それ以外ではファイナンス業界が多い。中でもトップは、ゴールドマン・サックスだ。当ブログの記事を英訳して本国に送る企業もあるようなので、こうした読者のために、Economist 誌の今週の特集を、日本との比較で紹介しておこう:
もちろん、きっかけはベア・スターンズ(BS)の破綻だが、今回の危機がこれまでと違うのは、金融商品を通じたネットワークの相互依存(entanglement)が非常に強く、複雑になっていることだ。しかも、どこに毒が入っているかわからないので、疑心暗鬼で銀行が債権回収に走ることが、さらに信用収縮をまねき、資金繰りが行き詰まる・・・という悪循環に入った。
こうした投資銀行は自己資本の最大4.5倍という巨額の負債でレバレッジをかけているので、融資が引き上げられると、たちまち資金繰りが行き詰まる(図)。しかも、ここから読み取れる「次の候補」が破綻すると、影響はBSの比ではない。

このあたりは、1997年の山一証券の破綻のときとよく似ている。その少し前に三洋証券が破綻したとき、コール市場でデフォルトを発生させるという日銀の致命的なミスのために、山一はコール市場で資金が調達できなくなった。支援を約束していた富士銀行も、自分が危なくなってきたので、約束を反故にした。私の友人は当時、社長室でつなぎ融資に走り回っていたが、11月には万策尽きた。BSの破綻も、直接的には短期資金市場で借りられなくなったのが原因だ。
だから日本のバブルとのアナロジーでいうと、今のアメリカは、リアルタイムでは1991年ぐらいだが、プロセスタイムは一挙に1997年末ぐらいに飛んでいる。これは、ある意味ではいいニュースだ。危機が表面化することが「外科手術が必要だ」というシグナルを国民や政治家に送るからだ。そうなれば、日本のようにぐちゃぐちゃの処理をしても5年ぐらいで片づいたので、今回の危機もそう長期化しないだろう。
ただ今回の危機が日本と違うのは、このentanglementだ。邦銀の業務は単なる金貸しだったので、その債権債務関係はわかりやすく、大企業にはメインバンクがあったので、責任の分担もわかりやすかった。ここでは、ゾンビ企業を追い貸しで延命する soft budget constraint が問題だった。
しかし欧米の銀行はそういう「義理人情」で動かないので、一挙に破綻が表面化した。こうなると、問題は Blanchard-Kremer のいう秩序破壊(disorganization)の局面になる。日本の場合は、こうなっても公的資金を逐次投入して、そのほとんどを失った。その教訓からいうと、2002年の「金融再生プログラム」(竹中プラン)ぐらいまで飛ぶのが賢明だ。このプラン自体にはいろいろ問題があり、最後は(債務超過だった)りそな銀行を救済するなど中途半端だったが、これが邦銀に「soft budgetを断ち切れ」というシグナルを送り、一挙に処理が進んだ。これと日銀の量的緩和があいまって、ようやく日本経済は2003年に底を打った。
その教訓からいうと、FRBが流動性をジャブジャブに供給すると同時に、ブッシュ大統領のように公的介入をためらわず、「腐ったリンゴ」はただちに国費を投入して破綻処理し、できればBSのように事業譲渡で市場からつまみ出すべきだ(小さいリンゴは清算してもいい)。Economist誌は、まだ「内科療法」でやれると考えているようだが、これは甘い――と自信をもっていい切れるのが日本の悲しい強みだ。
要するに、今回の危機は日本の危機をフィルムの速回しのように加速し、一足飛びに公的介入の必要な最終局面に入っているのだ。金融庁や日銀がこういう教訓をFRBに積極的に提供してはどうだろうか。バーナンキは持論の「ルール型金融政策」が破綻して右往左往しているようだから、本質的な問題は信頼の回復だ、というケインズとハイエクがともに強調した1930年代の教訓をレクチャーすればいい。
こういう意味では、日銀総裁に財務官僚OBを起用することにこだわっている福田首相は、林文夫氏もいうように、どうしようもないアナクロニズムだというしかない。民主党の山岡国対委員長は「白川総裁ならすぐ飲む」と明言したのだから、白川総裁がベストだと思う。「若すぎる」なんて拒む理由にはならない。
もちろん、きっかけはベア・スターンズ(BS)の破綻だが、今回の危機がこれまでと違うのは、金融商品を通じたネットワークの相互依存(entanglement)が非常に強く、複雑になっていることだ。しかも、どこに毒が入っているかわからないので、疑心暗鬼で銀行が債権回収に走ることが、さらに信用収縮をまねき、資金繰りが行き詰まる・・・という悪循環に入った。
こうした投資銀行は自己資本の最大4.5倍という巨額の負債でレバレッジをかけているので、融資が引き上げられると、たちまち資金繰りが行き詰まる(図)。しかも、ここから読み取れる「次の候補」が破綻すると、影響はBSの比ではない。

このあたりは、1997年の山一証券の破綻のときとよく似ている。その少し前に三洋証券が破綻したとき、コール市場でデフォルトを発生させるという日銀の致命的なミスのために、山一はコール市場で資金が調達できなくなった。支援を約束していた富士銀行も、自分が危なくなってきたので、約束を反故にした。私の友人は当時、社長室でつなぎ融資に走り回っていたが、11月には万策尽きた。BSの破綻も、直接的には短期資金市場で借りられなくなったのが原因だ。
だから日本のバブルとのアナロジーでいうと、今のアメリカは、リアルタイムでは1991年ぐらいだが、プロセスタイムは一挙に1997年末ぐらいに飛んでいる。これは、ある意味ではいいニュースだ。危機が表面化することが「外科手術が必要だ」というシグナルを国民や政治家に送るからだ。そうなれば、日本のようにぐちゃぐちゃの処理をしても5年ぐらいで片づいたので、今回の危機もそう長期化しないだろう。
ただ今回の危機が日本と違うのは、このentanglementだ。邦銀の業務は単なる金貸しだったので、その債権債務関係はわかりやすく、大企業にはメインバンクがあったので、責任の分担もわかりやすかった。ここでは、ゾンビ企業を追い貸しで延命する soft budget constraint が問題だった。
しかし欧米の銀行はそういう「義理人情」で動かないので、一挙に破綻が表面化した。こうなると、問題は Blanchard-Kremer のいう秩序破壊(disorganization)の局面になる。日本の場合は、こうなっても公的資金を逐次投入して、そのほとんどを失った。その教訓からいうと、2002年の「金融再生プログラム」(竹中プラン)ぐらいまで飛ぶのが賢明だ。このプラン自体にはいろいろ問題があり、最後は(債務超過だった)りそな銀行を救済するなど中途半端だったが、これが邦銀に「soft budgetを断ち切れ」というシグナルを送り、一挙に処理が進んだ。これと日銀の量的緩和があいまって、ようやく日本経済は2003年に底を打った。
その教訓からいうと、FRBが流動性をジャブジャブに供給すると同時に、ブッシュ大統領のように公的介入をためらわず、「腐ったリンゴ」はただちに国費を投入して破綻処理し、できればBSのように事業譲渡で市場からつまみ出すべきだ(小さいリンゴは清算してもいい)。Economist誌は、まだ「内科療法」でやれると考えているようだが、これは甘い――と自信をもっていい切れるのが日本の悲しい強みだ。
要するに、今回の危機は日本の危機をフィルムの速回しのように加速し、一足飛びに公的介入の必要な最終局面に入っているのだ。金融庁や日銀がこういう教訓をFRBに積極的に提供してはどうだろうか。バーナンキは持論の「ルール型金融政策」が破綻して右往左往しているようだから、本質的な問題は信頼の回復だ、というケインズとハイエクがともに強調した1930年代の教訓をレクチャーすればいい。
こういう意味では、日銀総裁に財務官僚OBを起用することにこだわっている福田首相は、林文夫氏もいうように、どうしようもないアナクロニズムだというしかない。民主党の山岡国対委員長は「白川総裁ならすぐ飲む」と明言したのだから、白川総裁がベストだと思う。「若すぎる」なんて拒む理由にはならない。



