今年は、サブプライムに端を発した世界不況のあおりで、年末の日経平均株価は5年ぶりに年初を下回った。しかし日米欧のチャートをよく見ると、最大の打撃を受けたはずのアメリカのダウ平均は年初に比べて7%上がっているのに、日経平均は11%も下がっている。この原因は、外人投資家が業績の低迷する日本株を売り、中国やインドに投資を移したためだといわれる。つまり日本経済の最大の問題は格差でもデフレでもなく、経済の衰退なのである。
この意味で政府の「成長力重視」という目標は正しいが、具体的な政策として出てくるのは、「日の丸検索エンジン」や「京速計算機」のような「官民一体でガンバロー」みたいな産業政策ばかり。この背景には、成長の源泉をもっぱら技術開発に求める発想があるようだが、最近の実証研究で注目されているのは「再配分の生産性」だ。別に新しい技術を開発しなくても、古い産業から新しい産業に人材を移し、グーグルのように既存技術を新しい発想で組み合わせるだけで生産性は高まる。シュンペーターも、イノベーションを新結合と定義した。
イノベーションは、経営学ではもっとも重要なテーマだが、経済学の教科書にはほとんど出てこない。新古典派経済学の扱うのは、経済が均衡状態になってエントロピーが最大になった結果なので、イノベーションはその途中の一時的な不均衡でしかないからだ。これに対してミーゼスは、市場で重要なのは資源配分の効率性といった結果ではなく、人々が不確実な世界で答をさがす過程だとした。これを継承したKirznerは、競争の本質は分散した情報の中で利潤を追求する企業家精神にあると論じた。
企業家精神のコアにあるのは技術革新ではなく、どこに利潤機会があるかを察知するアンテナ(alertness)である。技術や資金がなくても、人よりすぐれたアンテナをもっていれば、ベンチャーキャピタルを説得して資金を調達し、エンジニアに発注して技術を開発できる。だから物的資産の所有権を企業のコアと考える現代の企業理論では、サービス産業は分析できない。もちろん正しいアンテナをもっている起業家はごく少数だから、ほとんどのスタートアップは失敗するだろう。そうした進化の結果としてしか、答は求められないのだ。
いいものをつくれば売れるというのは、こうした市場の情報伝達メカニズムとしての機能を知らない製造業の発想だ。自動車や家電のようなありふれた商品ならそれでもいいが、まったく新しい製品やサービスを開発したとき、それがいくらすぐれたものであっても、だれも知らなければ使われず、したがって普及しない。つまり革新的な製品であればあるほど、消費者のアンテナにシグナルを送ることが重要になるのだ。実は新古典派理論では、広告の存在も説明できない。そこでは消費者は、すべての財についての情報を知っているから、広告は社会的な浪費である。
しかし市場の情報機能が資源配分機能よりも重要になってくると、企業にとっても消費者にとってもアンテナの感度が生産性を決める鍵になるので、検索エンジンのようなサービスが経済の中核になる。こうしたアンテナが機能しているかぎり、独占の存在も問題ではない。独占があるところには超過利潤があるので、それは新規参入のシグナルとなるからだ。問題は、その参入を阻止する人為的なボトルネックである。それは情報産業では、ASCII.jpでも言ったように、通信の「最後の1マイル」と電波、それに著作権だ。
だからイノベーションを高める上で、政府が積極的にできることは何もないが、消極的にやるべきことは山ほどある。最大の役割は、こうしたボトルネックをなくして参入を自由にすることだ。上の3つのうち、最後の1マイルと電波の問題は表裏一体である。光ファイバーの8分岐を1分岐にするとかしないとかいう論争が続いているが、それよりも700MHz帯やVHF帯の電波を早急に開放し、有線と無線で設備競争を実現するほうが有望だ。次世代無線技術(LTE)では、もう173Mbpsという光ファイバー以上の速度が出ている。
しかし2.5GHz帯の美人コンテストは談合に終わり、WiMAXは既存インフラの補完だと公言するキャリアが当選してしまった。WiMAXは、もともと最後の1マイルを無線で代替するために開発された技術なのに、これではKDDIは、帯域を押さえるだけ押さえてサービスは先送りし、いまブローバンドで優位にあるEV-DOをなるべく延命しようとするだろう。
著作権というボトルネックを維持・強化することを最大の使命としている文化庁については、今さらいうまでもない。彼らが好んで使う経済学用語が「インセンティブ」だが、クリエイターにとって重要なのは、金銭的インセンティブよりも彼らを創作に駆り立てるモチベーションである。そのためには既存のコンテンツの「新結合」を含めて、あらゆる可能性をさぐるアンテナの自由度がもっとも重要だ。それを違法化してまで妨害する文化庁は、日本経済のみならず文化の敵である。
こうしたナンセンスな政策が次々に出てくる原因の一端は、市場を単なる物的資源の配分メカニズムと考え、その情報機能を理解できない現在の経済学にもある。しかし行動経済学など人間の意識を扱う実証研究が出てくる一方、ミーゼスやハイエクの考えていた分散ネットワークとしての市場の機能は、脳科学や計算機科学でも解明されつつある。来年は、こうした成果を取り入れた経済学のイノベーションを期待したい。
この意味で政府の「成長力重視」という目標は正しいが、具体的な政策として出てくるのは、「日の丸検索エンジン」や「京速計算機」のような「官民一体でガンバロー」みたいな産業政策ばかり。この背景には、成長の源泉をもっぱら技術開発に求める発想があるようだが、最近の実証研究で注目されているのは「再配分の生産性」だ。別に新しい技術を開発しなくても、古い産業から新しい産業に人材を移し、グーグルのように既存技術を新しい発想で組み合わせるだけで生産性は高まる。シュンペーターも、イノベーションを新結合と定義した。
イノベーションは、経営学ではもっとも重要なテーマだが、経済学の教科書にはほとんど出てこない。新古典派経済学の扱うのは、経済が均衡状態になってエントロピーが最大になった結果なので、イノベーションはその途中の一時的な不均衡でしかないからだ。これに対してミーゼスは、市場で重要なのは資源配分の効率性といった結果ではなく、人々が不確実な世界で答をさがす過程だとした。これを継承したKirznerは、競争の本質は分散した情報の中で利潤を追求する企業家精神にあると論じた。
企業家精神のコアにあるのは技術革新ではなく、どこに利潤機会があるかを察知するアンテナ(alertness)である。技術や資金がなくても、人よりすぐれたアンテナをもっていれば、ベンチャーキャピタルを説得して資金を調達し、エンジニアに発注して技術を開発できる。だから物的資産の所有権を企業のコアと考える現代の企業理論では、サービス産業は分析できない。もちろん正しいアンテナをもっている起業家はごく少数だから、ほとんどのスタートアップは失敗するだろう。そうした進化の結果としてしか、答は求められないのだ。
いいものをつくれば売れるというのは、こうした市場の情報伝達メカニズムとしての機能を知らない製造業の発想だ。自動車や家電のようなありふれた商品ならそれでもいいが、まったく新しい製品やサービスを開発したとき、それがいくらすぐれたものであっても、だれも知らなければ使われず、したがって普及しない。つまり革新的な製品であればあるほど、消費者のアンテナにシグナルを送ることが重要になるのだ。実は新古典派理論では、広告の存在も説明できない。そこでは消費者は、すべての財についての情報を知っているから、広告は社会的な浪費である。
しかし市場の情報機能が資源配分機能よりも重要になってくると、企業にとっても消費者にとってもアンテナの感度が生産性を決める鍵になるので、検索エンジンのようなサービスが経済の中核になる。こうしたアンテナが機能しているかぎり、独占の存在も問題ではない。独占があるところには超過利潤があるので、それは新規参入のシグナルとなるからだ。問題は、その参入を阻止する人為的なボトルネックである。それは情報産業では、ASCII.jpでも言ったように、通信の「最後の1マイル」と電波、それに著作権だ。
だからイノベーションを高める上で、政府が積極的にできることは何もないが、消極的にやるべきことは山ほどある。最大の役割は、こうしたボトルネックをなくして参入を自由にすることだ。上の3つのうち、最後の1マイルと電波の問題は表裏一体である。光ファイバーの8分岐を1分岐にするとかしないとかいう論争が続いているが、それよりも700MHz帯やVHF帯の電波を早急に開放し、有線と無線で設備競争を実現するほうが有望だ。次世代無線技術(LTE)では、もう173Mbpsという光ファイバー以上の速度が出ている。
しかし2.5GHz帯の美人コンテストは談合に終わり、WiMAXは既存インフラの補完だと公言するキャリアが当選してしまった。WiMAXは、もともと最後の1マイルを無線で代替するために開発された技術なのに、これではKDDIは、帯域を押さえるだけ押さえてサービスは先送りし、いまブローバンドで優位にあるEV-DOをなるべく延命しようとするだろう。
著作権というボトルネックを維持・強化することを最大の使命としている文化庁については、今さらいうまでもない。彼らが好んで使う経済学用語が「インセンティブ」だが、クリエイターにとって重要なのは、金銭的インセンティブよりも彼らを創作に駆り立てるモチベーションである。そのためには既存のコンテンツの「新結合」を含めて、あらゆる可能性をさぐるアンテナの自由度がもっとも重要だ。それを違法化してまで妨害する文化庁は、日本経済のみならず文化の敵である。
こうしたナンセンスな政策が次々に出てくる原因の一端は、市場を単なる物的資源の配分メカニズムと考え、その情報機能を理解できない現在の経済学にもある。しかし行動経済学など人間の意識を扱う実証研究が出てくる一方、ミーゼスやハイエクの考えていた分散ネットワークとしての市場の機能は、脳科学や計算機科学でも解明されつつある。来年は、こうした成果を取り入れた経済学のイノベーションを期待したい。