2004年11月

ザスーリチへの手紙

中沢新一氏とは、かつて1年以上いっしょに仕事をしたことがある。私がサラリーマンをやめるとき、彼に相談したら「リスクは大きいと思うけど、君はサラリーマンに向いてないから止めないよ」といってくれた。

そのころ、私が「文化人類学に興味をもったのは、マルクスのヴェラ・ザスーリチへの手紙がきっかけだった」といったら、中沢氏は「網野さんみたいなこというね」と笑っていた。彼の新しい本『僕の叔父さん 網野善彦』(集英社新書)には、網野氏がザスーリチ書簡について語る話が出てくる。

この手紙は、マルクスの手紙のなかでもっとも重要なものの一つとして知られている。それは、彼が『資本論』の分析の射程は「西欧諸国に明示的に限定されている」とのべているからだ。これは彼の歴史観を「単線的な進歩史観」だとする通俗的な批判への反証であるばかりか、近代西欧の「自民族中心主義」への批判として、レヴィ=ストロースよりも100年近く先行するものだ。

晩年のマルクスは、西欧文化圏の特殊性を自覚し、ロシアの共同体などを研究していた。パリ・コミューンがわずか72日間で終わったのに対して、こうした「原コミューン」は何百年も存続してきた。その知恵は未来社会にも生かせるはずだ、というところで彼の研究は途絶えた。しかし、このマルクスの問題提起は「マルチチュード」の概念として現在にも受け継がれているのである。

大陸型と英米型

大陸型の「市民法」の影響の強い国よりも、英米型の「コモンロー」の国のほうが成長率が高いというShleiferたちの実証研究は有名だが、官僚制についても同じような類型がある。

Silberman, Cages of Reasonによると、日仏の官僚制度は中央集権・終身雇用・「組織特殊的」な技能形成などの特徴でよく似ており、英米の官僚制度は分権的・専門家志向・ローヤー中心という点で似ている。ここでも著者が指摘しているのは、実は米国の官僚制が「最古」だということで、英国の制度はそれに追随したものだという。各州ごとに政治・司法システムがばらばらにできたのをつなぎあわせたのが英米型で、それにあとから追いつくために国家に権力を集中して工業化を行うシステムが日仏型だというわけだ。

この2類型は、企業組織の「アーキテクチャ」についての一般的な類型にも対応している。Holmstrom-Milgrom(1994)などの「マルチタスク」モデルで知られているように、複数の業務に補完性がある場合、「強いインセンティヴと弱いコーディネーション」(英米型)か「弱いインセンティヴと強いコーディネーション」(大陸型)の組み合わせが望ましく、これ以外の組み合わせは安定な均衡にはならない。

この二つの均衡のどちらが最適になるかは環境に依存し、帝国主義の脅威に対抗して短期間に国家建設を行うには日仏型が向いていたという見方もありうる。ただ経済が成熟してくると、英米型の「モジュール的」な官僚制のほうが、柔軟にシステムを組み替えられるぶん有利になる。民間のほうはかなり「英米型」への移行が進んでいるが、行政の転換はこれからだ。

インターネット・ガバナンス

私は、昔からこの意味不明な言葉がきらいなのだが、Vint Cerfも同じらしい。

もともとインターネットは「ネットワーク」ではなく、通信プロトコル(TCP/IP)にすぎない。だから、それによってコントロールできるのはアドレスやドメインネームぐらいのもので、ICANNがそれに目的を限定したのは正しかったのだ。それが知的財産権やら「デジタル・デバイド」やらにまで責任を負う理由はない。こういうのは、行政がインターネットに介入する口実にすぎない。

特に国連が旗を振っているWSISは、独裁国家の多い途上国が言論統制に悪用するおそれも強い。ドメインネームの問題も、もう一時ほど騒がれてもいないし、ITUがでしゃばるような問題でもない。アドレスが「枯渇」するとかいう話も、どこかに消えてしまった。「インターネット・ガバナンス」と称して議論されているのは、ネットワーク社会をめぐる世間話にすぎない。

RIETIの求人広告

けさの日経新聞に、経済産業研究所の「常勤研究員公募のお知らせ」が出ている。研究員が大量に抜けたあと集まらなくて、よほど困っているのだろう。まちがって応募する人がいると気の毒なので、条件を補足しておく:

  • 経産省の意向に反する政策提言を行った研究員は、懲戒処分を受ける。1年契約なので、雇用も保障されない。
  • 研究計画が承認されても、上司にきらわれると経費は支給されない。
  • 研究員の電子メールは、すべてシステム管理者に監視されている。問題のあるメールは、経産省の官房長まで転送される。
  • 研究所がいつまで存続するかも不明である。研究員の7割以上が辞めて、2006年までの「中期目標」を達成するのは不可能なので、統廃合される可能性が強い。

日本版FCC

5GHz帯についての答申案が出た。欧米並みに、レーダーの使っている帯域でも室内ではオーバーレイで無線LANを認めようというものだ。

5年前に今の「全面禁止」の方針が出たときも、批判が強かった。常識的に考えても、10mWの無線LANが数MWのレーダーに「干渉」することは考えられない。実測調査でも、レーダー画面に無線LANの部分で小さな点が出るだけだったが、審議会では「災害時に、もしものことがあったらどうするのか」という気象庁の主張が通ってしまった。

こういう議論をみていると、「日本版FCC」を作っても大した効果はないだろう。インカンバントの立場に立つ行政が、既得権をおかさない範囲でしか新規参入を認めないからだ。むしろ電気通信事業部や電波部の許認可権をなくし、Peter Huber(Law and Disorder in Cyberspace)のいうように、すべて裁判所やADR(紛争処理委員会)で決めたほうがいいのかもしれない。




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