本書は20世紀を代表する歴史家ホイジンガが、その研究成果を晩年に「遊び」というテーマでまとめた古典である。ホモ・ルーデンスとは「遊ぶ人」という意味だ。学生時代に読んでよくわからなかったが、ベラーの本を読んで、その意味がようやくわかった。
遊びは多くの動物にも見られる。類人猿はいたずらしたり、からかったりする。鳥は空中で競争し、鳴き声を競う。これは天敵に見つけられやすいが、そういう遊びが多くの動物に残っていることは、生存競争で有利になることを示す。
遊びは衣食住などの生活の役には立たないが、すべての子供は遊ぶ。だが人間も動物も、見知らぬ相手とは遊ばない。競技のためには、ルールを共有しないといけないからだ。遊びは互いが同じ集団に所属することを確認する共同行動なのだ。
遊びは日常生活の中に非日常を作り出し、文化を生み出す。音楽もダンスも絵画も、人類の歴史とともに古い。縄文式土器と一緒に出てくる膨大な数の土偶には実用的な意味はないが、祭や儀式に使われたと思われる。それが制度化され、宗教になった。
しかし大人が遊びを忘れるように、近代人も遊びを忘れてしまった。それは資本主義の発達で、労働が遊びより重要になり、かつて人々が遊んでいた時間にも働くようになったからだ。それによって人間は幸福になったのだろうか。
続きは10月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)
遊びは多くの動物にも見られる。類人猿はいたずらしたり、からかったりする。鳥は空中で競争し、鳴き声を競う。これは天敵に見つけられやすいが、そういう遊びが多くの動物に残っていることは、生存競争で有利になることを示す。
遊びは衣食住などの生活の役には立たないが、すべての子供は遊ぶ。だが人間も動物も、見知らぬ相手とは遊ばない。競技のためには、ルールを共有しないといけないからだ。遊びは互いが同じ集団に所属することを確認する共同行動なのだ。
遊びは日常生活の中に非日常を作り出し、文化を生み出す。音楽もダンスも絵画も、人類の歴史とともに古い。縄文式土器と一緒に出てくる膨大な数の土偶には実用的な意味はないが、祭や儀式に使われたと思われる。それが制度化され、宗教になった。
しかし大人が遊びを忘れるように、近代人も遊びを忘れてしまった。それは資本主義の発達で、労働が遊びより重要になり、かつて人々が遊んでいた時間にも働くようになったからだ。それによって人間は幸福になったのだろうか。
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