安全神話崩壊のパラドックス

安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学
オウム真理教の事件が起こった1995年ごろから、日本社会の「安全神話の崩壊」がいわれるようになったが、私は疑問に思っていた。オウムが殺した人数は27人だが、地下鉄サリン事件の直後に起こったオクラホマ州政府ビル爆破事件だけで168人が犠牲になったし、アルカイダの犠牲者はさらに一桁多い。オウム程度のテロリストが騒がれる日本は、むしろまだまだ安全なのではないか。

本書は、これを統計的に実証する。統計上の犯罪が増加している最大の原因は、警察が犯罪被害の届け出を受理しない「前さばき」が減ったため、実際の犯罪件数と統計とのギャップが縮まったことだ。検挙率の低下している原因も、この母集団の増加にくわえて、軽微な犯罪や余罪の追及に要員をさかなくなったことでほぼ説明がつくという(ただし、捜査能力が低下していることは事実だ)。

日本社会は、今も相対的には安全で、たとえば殺人事件の実質的な発生率は米国の1割以下だ。ただ従来は、凶悪犯罪は暴力団などの特殊な隔離された社会で行われてきたが、都市型犯罪によって一般社会にも広がってきたため、実感上の「安全神話」がゆらいでいる、というのが結論である。

著者の父親は河合隼雄氏だが、彼の「ユング心理学」なるものは、街の占い師と大して変わらない。本書の後半の日本人論は、父親のそれと同じく凡庸で冗漫だが、前半の実証データはおもしろい。

1970年体制

日本の経済システムを戦時体制の延長上にある「1940年体制」とよんだのは野口悠紀雄氏だが、原田泰氏などは「1970年体制」という考え方を提唱している。一般には、石油危機をきっかけに日本は「成熟経済」に入ったと理解されているが、成長率の減速は石油危機の前から始まっており、原油価格が下がっても元に戻らなかったからだ。

増田悦佐『高度経済成長は復活できる』(文春新書)は、田中角栄が「弱者保護」と称して都市の金を地方に再分配するシステムを作り出したことが成長率低下の原因だと主張する。たしかにそういう面はある(その典型が放送業界だ)が、これが田中個人による「社会主義革命」だというのは、短絡的にすぎよう。

日本の社会資本投資は、70年ごろまでは私的投資よりも収益率が高かったし、日本が急速な成長にともなう都市のスラム化を避けることができたのも、このためだ。公共事業は、高度成長にともなう過剰貯蓄を地方に再分配して票田を守る自民党の集票戦略だったが、こうした「弱者にやさしい政治」は与野党を問わないコンセンサスだった。

この「田中角栄型システム」は、バブル崩壊とともに破綻したが、1970年体制に代わる新しい「アーキテクチャ」ができていないことが、混乱の長期化する原因である。著者のいうように単なる都市化で「高度経済成長が復活できる」とは思えないし、それが望ましいわけでもない。

録画ネット

海外在住の日本人向けにテレビ番組を録画して配信するサービスを差し止めるようテレビ局が求めていた訴訟で、差し止めの仮処分決定が出た。

このサービスが違法なら、ケーブルテレビもDVDレコーダーも違法だ。グローバルな戦略のない日本のテレビ局も、ブロードバンドで地上波の番組の配信を許さないとかJASRACとの包括契約を許さないとか、著作権を名目にして既得権を守る戦術だけは、米国の業者に学んでいるようだ。

産業政策の終焉

今回のダイエー騒動には、不可解なことが多い。最初からメインバンクが「自主再建」では債権放棄に応じないといっているのだから、こういう結論しかないことは日本の常識だろう。死に体のダイエーがここまでねばったのは、経産省が「応援」したためだが、土壇場でハシゴを外されて立ち往生。これが「民間主導」とは笑わせる。

この迷走の最大の責任者が、北畑隆生・経産政策局長だ。省内でも「再生機構には経産省からも幹部を出しているのに、いい加減にしろ」「何か成算があるのか」と批判が強かったが、結局、何も策はなかった。「官邸が北畑の暴走を押さえ込んだ」という説もあるが、むしろ官邸の調整機能がなくなったから、ここまで泥沼になったのではないか。

北畑氏は、かつて通産省が繊維や造船を整理したときのような「産業政策」的な手法が、まだ通用すると思い込んでいたのだろう。今回のドタバタは、不良債権問題の最終局面の始まりとともに、彼に代表される「古い霞ヶ関」の終わりを告げているのだ。

経済学の「ノーベル賞」

今年の受賞者は、KydlandとPrescottだった。一番びっくりしたのは、本人だろう。理論的にも実証的にも葬られ、政策的にもナンセンスな「実物的景気循環」が、今ごろ学問の墓場からよみがえるとは・・・

この賞は、正確には"The Bank of Sweden Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel"であってノーベル賞ではない。ノーベル家の遺族からは「まぎらわしい名前は変えてほしい」という要望がかねてから出ており、最近の受賞者にも疑問が多い。

数学にノーベル賞がないのは、ノーベルが数学ぎらいだったからだというが、それなら応用数学にすぎない経済学が「ノーベル賞」を自称するのはおかしい。やめるのが一番いいと思うが、せめてメディアも通称を「スウェーデン銀行賞」に変えてはどうか。

Jaques Derrida

ジャック・デリダが死んだ。

学生時代に『グラマトロジー』を読んだときは、意味不明の造語でレヴィ=ストロースにからんでいるだけの小物だと思っていた。「音声中心主義」などというのは、フランスのローカルな習慣の問題にすぎない。特に1970年代後半に、小説みたいなわけのわからない文章を書き始めてから、読まなくなった。

しかし、1993年の『マルクスの亡霊』には強い印象を受けた。文献学的にはナンセンスだが、マルクスを形而上学の現代的形態として読む「脱構築」は、きわめて重要だ。廣松渉が本質的な人格的関係の錯視として認識論的な意味を与えた「物神化」のメカニズムを転倒し、物神=亡霊こそ本質なのだという読解は新鮮だった。

『亡霊』の訳本(藤原書店)が10年以上たっても出ないのは、レヴィ=ストロースの『神話学』の訳本(みすず書房)が30年以上たっても出ないのと並ぶ、日本文化に対する犯罪である。

予報円

また台風が来た。台風情報では、暴風雨圏とまぎらわしい「予報円」というのが表示されるが、こんな曖昧な進路予測を出すのは日本だけである。

台風の進路は、最近はスーパーコンピュータでかなり正確に予測でき、海外の予報では進路は線で表示される。ところが日本では、かつて進路予測の精度が悪かったとき、長崎で漁船が沈没して、国会で気象庁長官がつるし上げられた。予報円ができたのは、それ以来である。要するに、これは気象庁の責任逃れのためのものなのだ。

気象庁の予報官会議を取材したことがあるが、その内容の大部分は、ピンポイントで出てくるスパコンの予測をどれぐらいぼかすかという議論である。こういう役所も悪いが、予測が外れたといって国会で追及する国民も悪い。役所の予測を無条件に信用しないという大人の常識を身につけることが最良の防災対策である。

制度設計と設計主義

最近「制度設計」という言葉がよく使われるようになった。竹中平蔵氏は「郵政民営化は戦後最大の制度設計だ」という。しかし、こうした発想そのものを批判する人も多い。

小谷清氏は、竹中金融行政は、ハイエクの否定した「設計主義」(constructivism)だというが、これは設計主義という誤訳にひきずられた誤解である。Constructiveというのは特定の目的のために構造物を建設してゆくことだから、「構築主義」とか「計画主義」などと訳すべきだろう。「設計」は英語でいえばdesignで、明らかに別の概念である。

制度設計というのは、ルールを決めることであって、特定の目的を実現することではない。「自生的秩序」に早くから注目したハイエクも、秩序が自生的に維持されるにはルールが厳密に守られる必要があることを認識していた。彼の評価したプリゴジンの理論でも示されるように、物理系の挙動にも不規則性が大きいと、散逸構造は生じないのだ(だから、この種の「カオス理論」は経済学では実用にはならない)。

晩年のハイエクの大著が『法と立法と自由』であることからも明らかなように、合理的なルールの設計こそ自由な社会にとってもっとも重要である。これから経済学がめざすべき一つの(規範的な)方向は、「制度設計の科学」ではなかろうか。

金子勝『経済大転換』の支離滅裂

著者は日本で数少ないマル経だが、本書では経済学者の名前をあげて、支離滅裂な「批判」を浴びせている。たとえば、著者は、ゲーム理論を次のように批判する:
ゲーム理論は融通無碍にできている。それは、このアプローチの前提となる契約理論では、モデル設計者が超越的な「観察者」の立場に立って、現にある制度を事後的に跡づけるモデルを設定することができるからである。(p.78)
この文章を理解できる経済学者はいないだろう。日本語として、意味をなしていないからである。「ゲーム理論の前提となる契約理論」とは、どんな理論 だろうか。ゲーム理論は、1944年のフォン=ノイマンとモルゲンシュテルンの本で始まったとされるが、契約理論(情報の経済学)の先駆とされるアカロフ の「逆淘汰」についての論文が発表されたのは1970年であり、後者が前者の「前提」となるはずもない。逆に契約理論は、最適な契約は戦略的な相互作用の 結果(ナッシュ均衡)として決まると考える「応用ゲーム理論」なのである。著者は、そもそもゲーム理論とは別の契約理論が存在することも知らないのだろ う。
ゲーム理論では、ゲームのルールは所与とされるが、このルールを決めるにはも う一度プレイヤーが一堂に集まってゲームをしなければならないと考えられる。では、そのゲームのルールを決めるゲームのルールは誰が決めるのか・・・とい うように、無限に遡及されなければならなくなる。こうした問題を避けようとして、ハイエクと同様に自主的なルールの形成を「繰り返しゲーム」、制度の変化 を「進化ゲーム」で描こうとする。(pp.78-9)
これも意味不明だ。繰り返しゲームはハイエクとは何の関係もなく、単に同じゲームが繰り返されると想定する理論である。 この程度のことは、どんな初等的な教科書にも書いてある。それも読まないで(あるいは読んでも理解できないで)「批判」する人物も問題だが、そのまま出版 する編集者も非常識である。筑摩書房は経済学の本は出していないから、編集者は素人なのだろうが、それなら専門家に原稿を読んでもらうべきだ。そうすれ ば、出版に耐えないことがわかるだろう。

京都議定書はEUの罠だった

環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態
地球温暖化に関する「京都議定書」が、2002年に国会で満場一致で批准された後、霞ヶ関の某所で関係各省庁の環境問題専門家による会議が開かれた。"OFF THE RECORD"という表示の掲げられた会場では、経産省の澤昭裕環境政策課長が「EUの罠にはまって過大な削減義務を課せられた」と反省した。

京都議定書は、基準が1990年になっていることがポイントだった。旧社会主義国がEUに加入し、その古い工場を改築するだけで楽にCO2が削減できるEUの削減義務が8%なのに、石油危機以降、省エネを続けてきた日本の削減義務が6%というのは無理だった。アメリカは7%だったが、これは無意味な数字だった。ゴア副大統領が日本に来る前に、上院は全会一致で京都議定書の拒否を決議していたからだ。

CO2を各省がどう分担して削減するかについての霞ヶ関の会議の結論は、驚いたことに「京都議定書の目標を達成することは不可能だ」。なぜ達成不可能な条約を批准したのかという質問に、環境省の課長は「京都で決めたというのが決定的だった。議長国の日本が抜けるわけにはいかなかった」という。

このエピソードが示すように、地球環境問題は現代の聖域であり、環境保護に異を唱えることはタブーである。本書はそれにあえて挑戦し、地球環境が危機に直面しているという俗説が誤りであることをを公式統計のデータによって実証したものである。その影響の大きさは、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』以来だといわれる。著者は今年、新たにできたデンマークの環境評価研究所の所長に任命された。続きを読む


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