日銀の「一国マネタリズム」は終わり、空洞化の時代が始まる

日銀がやっとYCC(長短金利操作)の実質的解除に踏み切った。植田総裁の会見ではいろいろややこしい留保条件をつけているが、上限が1%というのは現状では青天井に等しく、2016年から続けてきたYCCという筋の悪い政策を7年ぶりにやめるわけだ。

もともとYCCは日銀当座預金の付利をマイナス0.1%にしたとき、長期金利が下がりすぎることを防ぐ一時しのぎの措置だったが、その後は逆に0.25%以上の金利上昇を防ぐ金融抑圧になった。世界的にも金融調節は短期金利でやるもので、長期金利を統制している中央銀行は他にない。

その理由は2%のインフレ目標が実現できないからだが、長期金利とインフレ率には相関がない。植田総裁みずから認めたように、インフレ率は(コロナ以前の2019年までは)0~1%で寝てしまっている。


フィリップス曲線(日銀)


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大分岐から大収斂そして再分岐へ

あすから日銀の金融政策決定会合が始まるが、外為市場では「植田総裁は動けない」とみて、円安が進行している。コアCPIは3%台で頭打ちになり、日銀が利上げ(YCC上限引き上げ)で抑制する必要はないからだ。もともと今のインフレの最大の原因はウクライナ戦争による資源価格の上昇というグローバルな供給ショックであり、日銀がコントロールできない。

むしろ本質的な問題は、このインフレが長期的に続くのかということだ。1990年以降のdisinflationは、冷戦終了後の大収斂の結果である。歴史の大部分で世界の最先進国は中国だったが、19世紀以降の大分岐でヨーロッパが逆転した。

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世界のGDPに占める先進国(G7)のシェア

大分岐をもたらしたのは、物のアンバンドリングだった。ローカルに閉じていた伝統社会がヨーロッパ諸国の植民地支配で統合され、商品は国際的に流通する一方、生産技術などの情報は国内に閉じていたので、東西の格差が広がった。

それに対して大収斂をもたらしたのは、情報のアンバンドリングだった。コンピュータや通信の発達でグローバルな情報の流通コストが下がり、高賃金国から技術をアンバンドルして低賃金国に移転する水平分業が急速に進んだ。これによってアジアが豊かになり、1820年から上がっていた先進国のGDPシェアが、1990年から下がり始めた。

日本の賃金が上がらない最大の原因も、このような情報のアンバンドリングによる要素価格均等化である。図のように1995年には中国の約8倍だった日本の単位労働コスト(名目賃金/付加価値)が急速に収斂し、2010年代はほぼ一致した。これはかつて世界の製造業で独占的な地位をもっていた日本の競争力が失われたことを示している。

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各国の単位労働コスト(2015年=100)

そして今、ウクライナ戦争を契機にして、ユーラシア国家と西欧型国家の再分岐が始まろうとしている。それは金融政策でも財政政策でも止められない歴史的な変化である。

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物価が上がるのに、なぜ賃金が上がらないのか

6月の消費者物価上昇率(前年比)は、コアCPIが3.3%、コアコアが4.2%で、今年になってほぼ同じだ。物価はもっぱら日銀の政策との関連で語られるが、今回のインフレはコロナ対策のバラマキと、その後のウクライナ戦争後の資源価格上昇によるもので、日銀にはコントロールできない。

図表(日本の物価伸び率、米国を8年ぶり逆転 賃金上昇は鈍く)_DSXZQO3619280021072023000000
日本経済新聞より

ただ日銀がYCCを続けて予想インフレ率を上げることはできる。おかげで日本のインフレ率はアメリカをやや上回ったが、このまま発散するとみる人はいない。インフレ率は図のように世界的に鎮静の局面に入ったからだ。

日本の物価が上がらない原因はいろいろあるが、最大の原因は賃金が上がらないことだ。それは労働生産性が上がらないからだとよくいわれるが、次の図のように労働生産性は低いが、上昇率はそれほど低くない。

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OECD諸国の労働生産性(ドル)小川製作所

問題は単位労働コスト(ULC)である。これは名目賃金/労働生産性を示す指標で、マクロ経済的には名目雇用者報酬/実質GDPで計算する。これは次の図のように大幅に下がっており、これが名目賃金の低下にほぼ見合う。

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つまり労働生産性が上がらないから賃金が上がらないのではなく、労働生産性が上がったのに賃金が上がらないことが、2000年代以降のデフレなのだ。これは結果なので、日銀がマネーをばらまいて結果を変えても、原因を変えることはできない。ではその原因は何か。

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「気候危機は存在しない」という世界の科学者1500人の声明

このところ異常な暑さが続いている。こういうときマスコミに出てくるのが「地球温暖化で暑くなった」という話だが、これは錯覚だ。日本の都市部で体験する暑さのほとんどは建物や道路の照り返しによるヒートアイランド現象で、その効果は地球温暖化の2倍以上である。

地球は国連のいうような気候危機に直面しているのだろうか。世界の科学者が結成した世界気候宣言は、2019年に「気候危機は存在しない」という声明を発表した。


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フランクフルト学派と批判理論

フランクフルト学派と批判理論:〈疎外〉と〈物象化〉の現代的地平
日本でもLGBTや移民など、アイデンティティをめぐる議論が盛んになってきた。これはアメリカの流行の輸入だが、その理論的背景として持ち出されるのが、批判的人種理論、批判的ジェンダー理論、ポストコロニアリズムなどの批判理論である。

その元祖は、フランクフルト学派である。これはワイマール時代のドイツで生まれ、ヒトラーの弾圧を逃れてアメリカに亡命した知識人のつくった理論で、その代表作は『啓蒙の弁証法』である。

これはきわめて難解な著作だが、アドルノとホルクハイマーの問題意識は一貫している。啓蒙すなわち近代科学が、強制収容所や核兵器を生んだのはなぜか。人間を豊かにするはずだったテクノロジーが、人類を滅ぼす一歩手前になっているのはなぜだろうか。

それは啓蒙が疎外を生み出し、世界を物象化したからだというのが彼らの仮説だが、これはドイツ人以外にはほとんど理解できない概念である。アメリカ人にもわからなかっただろうが、彼らの結論はわかりやすい。資本主義を否定しろということだ。

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反原発運動はソ連が西側に送り込んだ「トロイの木馬」

Green Tyranny: Exposing the Totalitarian Roots of the Climate Industrial Complex
脱炭素運動もウクライナ戦争で頓挫し、終幕を迎えたようだが、いまだにわからないのは、この科学的にも経済的にもナンセンスな運動が、なぜこれほど長く続き、世界的に拡大したのかということだ。本書はこれを冷戦期のドイツの歴史から説き起こす。

1960年代に西ドイツでも、ベトナム反戦運動が起こった。そのイデオローグはアメリカから帰国したフランクフルト学派で、マルクーゼは旧左翼が敗北したのは労働者が豊かになって体制に取り込まれたからだと考え、資本主義の豊かさを否定する闘いが必要だと学生を煽動した。

豊かさを否定する闘いの目標としてアメリカで選ばれたのは人種差別だったが、ドイツでは環境破壊だった。ドイツ人には自然回帰の傾向が強く、森林破壊に反対する右派が1977年に「緑の党」を結成した。そのロゴマークを描いたのは元ナチス党員で、太陽はナチスのシンボルだった。


緑の党のロゴマーク

他方ベトナム反戦運動が衰退すると、学生運動の残党は反公害運動に転身し、泡沫政党だった緑の党への「加入戦術」で党を乗っ取った。1980年代にNATOの巡航ミサイルと戦術核がドイツに配備されると、全ヨーロッパで平和運動が起こり、緑の党はその中心となった。

ソ連は「平和運動」を支援し、東ドイツの秘密警察は西ドイツ国内に多数の工作員を送り込んで原爆と原発を混同させる宣伝戦を繰り広げた。これによって反原発運動が始まり、環境活動家が生まれた。それは冷戦でソ連が西側を分断するために送り込んだ「トロイの木馬」だったのだ。

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「お化粧」を落としたグローバル企業は日本に帰ってこない

為替が急速に円高(ドル安)になっている。今は1ドル=137円台である。この短期的な原因は明らかだ。アメリカのインフレが沈静化し、FRB(連邦準備制度理事会)の利上げが打ち止めになったことである。ドル円レートは、日米の実質金利差ときわめて強い相関があるので、外為市場は日米の金利差が縮むことを織り込み始めているのだ。

もう一つの要因は、日銀の量的緩和の「出口」が近づいてきたことだろう。今月27日からの金融政策決定会合で、日銀がYCC(長短金利操作)の上限金利を上げ、実質的に解除する見通しが強まった。


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LGBTはアメリカ発の「新しい新左翼」

American Marxism (English Edition)
最近、ジェンダーや移民などの差別の話題が日本でも騒がれるようになった。経産省トイレ訴訟で、トランスジェンダーが女子トイレを利用する権利というきわめてマイナーな問題を最高裁が取り上げたのは、LGBT法と並んで日本も「ジェンダー先進国」になろうということだろうが、トランスジェンダーは人口の0.5%程度の超少数派である。

それがこれほど大きな騒ぎになるのは、アメリカからの輸入である。アメリカは移民の国だから人種差別が日常的に起こっており、特に黒人差別は政治の最大の争点である。もう一つは性差別で、女性の社会的地位の問題はほぼ解決したが、ゲイなどの性的マイノリティ(LGBT)に対する差別を糾弾する運動が盛り上がっている。

その背景にはアメリカの価値を破壊しようとするマルクス主義の陰謀がある、というのが本書の見立てで、2020年にBLMが始まったあと出版され、ベストセラーになって100万部以上売れた。中身はまじめに論じるには値しないが、おもしろいのは、ジェンダーや黒人問題が騒がれるようになった背景に、批判理論があるという指摘である。

日本の陰謀論者は「フランクフルト学派」と訳すのでピンと来ないが、これは1960年代に流行した新左翼の理論で、その中心はヘルベルト・マルクーゼだった。彼は左翼の伝統がなかったアメリカにマルクス主義を持ち込み、新左翼のアジテーターになった。それを焼き直したのが、今のジェンダー理論や批判的人種理論(CRT)などの「新しい新左翼」である。

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日本人はなぜ放射能のケガレを恐れるのか

Risk and Culture: An Essay on the Selection of Technological and Environmental Dangers (English Edition)
ALPS処理水についてのIAEA報告書をめぐる騒ぎを見て、あらためて日本人のケガレ意識の強さを痛感した。このような感情は、遺伝的なものではない。人類は600万年の歴史のほとんどを狩猟採集の移動生活で過ごしてきたので、汚物を避ける習慣を身につけていないからだ。

乳幼児は、しつけないと排泄物の処理ができない。今でも移動生活するブッシュマンにはゴミや排泄物を処理する習慣がなく、それが汚いという感情もない。ケガレの感情は、1万5000年前から人類が定住し始めたあと身につけた文化遺伝子なのだ。

中でも疫病は、最大のタブーだった。人々はそのリスクをケガレとして表現し、疫病で死んだ人を集落から隔離した。彼らには感染の原因はわからなかったが、死者から距離を置かないと危険だということは経験的にわかったので、死者を墓地に埋葬して集落から隔離した。

現代の環境主義運動もこのような宗教的カルトだ、とメアリー・ダグラスは指摘する。彼女が『汚穢と禁忌』で明らかにしたように、リスクは自然現象ではなく、個人の心理の問題でもない。それは社会的につくられ共有されるタブーなので、科学的に啓蒙するだけではカルトはなくせないのだ。

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ローザ・ルクセンブルクの予言した「資本主義の永続革命」

ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性: 世界システムの思想史
不況の原因が有効需要の不足だという理論をケインズの『一般理論』より早く述べたのは、ポーランドのミハイル・カレツキだったが、彼は自分の発想は(同じくポーランド出身の)ローザ・ルクセンブルクから得たものだと書いている。

ローザの大著『資本蓄積論』のコアになっている再生産表式は計算ミスが多く混乱しているが、その本質的な洞察は今も有効である。資本主義は植民地から略奪した富を蓄積する本源的蓄積で生まれ、拡大してきたという歴史観は、ウォーラーステインの世界システム論の先駆でもある。

帝国主義は19世紀に始まった現象ではなく、資本主義は16世紀から暴力と戦争で世界を支配してきた。それは新古典派的にいうと先進国と新興国の国際分業だが、新興国の安い労働力で生産した商品を先進国で高く売って鞘を取る不等価交換である。それはロシアや中国の脱線で70年ぐらい止まったが、冷戦終了後の1990年代に再開した。

これはトロツキーの永続革命に似た資本主義の永続革命である。ローザもトロツキーも、ロシアのような周辺国で社会主義革命が維持できるとは思っていなかった。資本主義が全世界の鞘を取り尽くした先に経済的な熱死状態が生まれ、それを国境を超えた労働者が乗っ取ることで世界革命は実現するのだ。

アジアの低賃金労働を使った海外生産で日本経済は空洞化し、日本の賃金(単位労働コスト)はアジアに近づく。欧州にはアラブの移民が流入し、単純労働者の職を奪う。このグローバルな資本蓄積は、全世界が一体になってレントが消失するまで続く。それは遠い先のことだが、先進国ではレントが失われ、ゼロ成長になり、ついにはマイナス金利が生じる。

世界革命が実現する日は遠くないとローザもトロツキーも考えたが、『資本蓄積論』から100年以上たった今も、世界は熱死状態からはるかに遠い。それは本書のいうように「資本主義の不可能性」を示すものではなく、むしろミラノヴィッチのいうように、グローバルな経済システムとしては資本主義しかないことを示しているのだ。

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