新型コロナワクチンは予防接種の安全基準を満たしているのか

コロナワクチン(特にmRNAワクチン)をめぐる議論は専門的になりすぎ、反ワクチン派の偽情報が乱れ飛んで、一般の人にわからなくなっているが、ちょっと問題を整理しておこう。予防接種の安全性には、次のような基準が考えられる。
  1. コロナワクチンは絶対安全なのか?
  2. リスクがゼロでない場合、予防接種としての安全性基準を満たしているのか?
  3. ワクチン接種で避けられた被害はワクチンの薬害より大きかったのか?
このうち河野大臣や医クラの主張していた1は問題外であり、厚労省も死亡例を認めている。では2はどうなのか。Geminiにきいてみた。

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プラトンの「イデア」はなぜ支配的な理念となったのか

反哲学史 (講談社学術文庫)
哲学的にはまったく異質なポパーとハイデガーには、一つだけ共通点がある――プラトン批判である。ポパーはプラトンの思想を本質主義と呼び、ハイデガーは形而上学と呼んで、それを解体する「反哲学」を構想した。

プラトンの哲学はイデア論としてよく知られている。これは日本では「理念」とか「理想」と混同されているが、原義は「形」という意味で、英訳ではformである。アリストテレスはこれを形相(エイドス)と呼んだが、語源は同じである。プラトンはそれを次のようなたとえで語る。

いま二つの家具のそれぞれを作る職人は、そのイデアに目を向けて、それを見つめながら一方は寝椅子をつくり、他方は机をつくるのであって、それらの製品をわれわれが使うのである。(『国家』第10巻)

ここではイデアは超越的な理念ではなく、家具をつくるために職人が思い描く形である。このように自然を<つくる>ものと考える思想は、自然と人間を一体とみなす古代ギリシャでも異質だった。それが西洋哲学の原型となり、現代に至るまで支配的な思想になったのはなぜだろうか。続きを読む

原子力とは何だろうか

技術とは何だろうか 三つの講演 (講談社学術文庫)
ハイデガーの主著『存在と時間』は、その第1部「現存在の解釈と時間の解明」だけが出版され、第2部「存在論の歴史の現象学的解体」は未完に終わった。その問題についてハイデガーが一つの答を出したのが、戦後に書かれた一連の技術論である。

そのキーワードが、技術の本質を表現する言葉としてハイデガーがつくったGe-Stellという言葉である。これは以前の訳本では「集-立」という意味不明な日本語になっていたが、本書では「総かり立て体制」。これも訳し過ぎだろう。

英訳ではenframing、「枠に入れること」という意味である。これでも何のことかわからないが、文中で何度も出てくる文脈から考えると、ハイデガーは原子力をイメージしていたと思われる。彼は核兵器に強い興味をもち、それにたびたび言及しているので、この1953年の講演も「原子力とは何だろうか」と読むことができる。

ハイデガーの技術論を「原子力時代における哲学」として読む試みは國分功一郎氏がやっているが、これは反原発カルトの思い込みで台なしになっている。

ハイデガーの語っているのはそんな陳腐な話ではなく、プラトン以来の西洋の形而上学の批判である。これは黒いノートにも書かれた彼の終生のテーマだったが、彼は原子力という異形のエネルギーの中にその一つの答を見出したのだ。

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保険医療の赤字の原因は経営効率の悪い医療体制

医療崩壊の真実
医療費の窓口負担一律3割は、医療体制を改革する上でも重要だ。新型コロナでも、日本の被害は欧米よりはるかに少なかったのに「医療が崩壊する」などと騒がれた。本書は新型コロナに対する病院の対応について、医療コンサルタントが全国700以上の病院のデータで分析したものだ。

日本の病床数は人口1000人あたり13.7床で世界一なのに、なぜコロナ患者で医療が破綻したのか――という問いは逆である。分母と分子を逆にすると病床あたり人口が世界一少ないので、経営効率は世界最悪なのだ。

医療の質は大規模な病院ほど高いが、日本の病院の8割が民間病院で、7割が200床未満の中小企業だ。急性期病床が多いが、重症患者の多くは大病院に入院するので地域病院の空床率は高い。それを埋めるために外来ですませてもいい患者を入院させ、長期入院で埋めているので、急性期病床の平均在院日数も16.2日と世界一である。

新型コロナの被害が欧米よりはるかに少なかった日本で「医療崩壊」が起こった原因は、戦後ずっと日本医師会が守ってきた開業医中心の医療システムなのだ。

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医療費の「窓口負担3割」は社会保障改革のセンターピン

日本維新の会は、保険診療の窓口負担を一律3割とする提言の素案をまとめた。これによって保険医療費は3~5兆円削減でき、社会保障費の膨張に歯止めをかけることができる。



これは少子化対策の「支援金」とは別の話だが、3割負担で社会保障特別会計の公費負担が軽減されれば、その財源を少子化対策に転用でき、政府のいうように「新たな負担なしで」少子化対策の予算措置ができる。

これによって健保組合などから後期高齢者に仕送りされている「支援金」も減らすことができる。3割負担はボーリングでいうと、それを倒すとすべてのピンを倒せるセンターピンなのだ。

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ハイデガーは「反ユダヤ主義」だったのか

ハイデガーの哲学 『存在と時間』から後期の思索まで (講談社現代新書)
ハイデガーは20世紀最大の哲学者だが、彼にはナチスの暗い影がつきまとう。ドイツではナチスにかかわるものはすべて禁止なので、たとえばマルクス・ガブリエルはハイデガーを「筋金入りの反ユダヤ主義信者」、「完璧なまでのナチのイデオローグ」とこき下ろし、読むのをやめろという。

そういう偏見をさらに強化したのが、死後に発見された黒いノートである。2014年から刊行され始めたこの34冊に及ぶノートは、ハイデガーが備忘録として書いたもので、公開を前提としていなかったが、そこには一見して反ユダヤ主義が露骨に表現されていた。1939年のノートで、ハイデガーはそのころ始まった第2次世界大戦についてこう書いている。

端的に無目的性をめぐって戦われ、したがってせいぜい「戦い」の戯画でしかありえないこの「戦い」において「勝利する」のは、何者にも拘束されず、すべてを利用可能なものにする「地盤喪失性(ユダヤ性)」である。

これはユダヤ人が白人同士を戦わせて世界を征服しようとしているという陰謀論と読まれ、それまでハイデガーを擁護していた人も、ハイデガーが反ユダヤ主義だったことを認めた。

そうだろうか。そこにはもっと深い思索が含まれていたのではないか。ニーチェやハイデガーのような「黒い哲学」を切り捨てたために、戦後のドイツ哲学はガブリエルのような退屈な優等生ばかりになったのではないか。

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古代ギリシャで生まれた「否定的知識」

歴史主義の貧困 (日経BPクラシックス)
私の学生時代には、東大駒場の科学哲学ではポパーは「死んだ犬」だった。彼の反証主義は、クーンのパラダイム論によって完璧に否定されたからだ。その見事な例証が、本書の解説を書いている黒田東彦氏のやった「異次元緩和」である。

ポパーによれば科学的理論の必要条件は、具体的な事実で反証できることだ。黒田氏は自分の金融政策が科学的だと自負していたので「マネタリーベースを2年で2倍にして2%のインフレ率を実現する」という反証可能な目標を2013年4月に宣言した。

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毎日新聞

そしてこれは完璧に反証された。2年どころか10年たっても、黒田氏は退任会見で「2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現までは至らなかった点は残念であります」と正直に認めた。これは潔いが、彼がポパーの誤りに気づいたかどうかはわからない。

2年で2%という明確な目標が達成できなくても、黒田氏は「賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行、いわゆるノルムが根強く残っていた」という意味不明な言い訳をし、リフレ派は「消費税を上げたのが悪い」などと話をすり替えた。

つまり理論は事実で倒せないのだ。パラダイムを倒すのは新しいパラダイムであって反証ではない。それを反証とみなすかどうかというメタレベルの判断がパラダイムに依存するからだ。

これは科学史では常識だが、タレブはそれを承知の上でポパーを高く評価し、このような否定的知識の元祖をソクラテス以前の哲学者に求める。それを発見したのもポパーだった。

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近代哲学はヒュームに始まり、ヒュームで終わった

西洋哲学史【新装合本】
廣松渉は近代哲学でもっとも重要な哲学者はヒュームだと言っていたが、ラッセルも本書で同じことを言っている。

ヒュームはロックとバークリーの経験論哲学を、その論理的帰結にまで発展させ、それを首尾一貫したものにすることによって信じがたいものとしたことから、哲学者の中でもっとも重要なひとの一人である。ある意味で彼は、一つの袋小路を代表している。彼のとった方向へは、もうそれ以上にゆくことは不可能なのである。(p.651)

ヒュームは25歳で『人間本性論』を書いたが、その過激な懐疑論は無神論だと疑われ、大学に職を得られなかった。彼はそれを否定しようとしたが、死ぬまで自分の懐疑論を乗り超えられなかった。

カントを「独断のまどろみ」から覚ましたのは、ヒュームの因果関係についての議論だった。今日まで万有引力で物が落ちたとしても、それは経験的な推測にすぎず、そこから因果関係は帰納できない。物が落ちたという事実を何百回列挙しても、万有引力の法則は証明できないのだ。

カントはこのヒュームの問題に取り組み、それを解いたというが、実際には彼の論証はヒュームの懐疑論で否定されたものだ、とラッセルはいう。ヘーゲル以降の哲学者も、誰ひとりヒュームの逆説を解くことはできなかった。近代哲学はヒュームに始まり、ヒュームで終わったのだ。

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みんなの党と「小さな政府」の終焉(アーカイブ記事)



ネットでちょっと「みんなの党」が話題になっている。私はみんなの党の結党のころは応援していたし、勉強会に呼ばれたこともある。そのとき渡辺代表に言ったのは、次の3点だった。
  • 党のコンセプトがはっきりしない。日本には小さな政府をめざす党がないので、それを掲げてはどうか。
  • (渡辺氏が自民を離党するきっかけになった)公務員改革はいいが、それだけが看板ではもたない。具体的な経済政策を出したほうがいい。
  • しかしリフレはやめたほうがいい。経済学を理解してない人がいい加減な政策を掲げると破綻する。特に高橋洋一には気をつけろ。
このあと、みんなの党が「小さな政府」を掲げたのはいいが、それを具体化する方針がないまま、日銀法改正などの過激なリフレ政策を打ち出した。量的緩和は、アメリカでは民主党が推進して共和党の反対する「大きな政府」の政策である。このへんから方針が混乱し、桜内文城氏などがそれを批判して離党した。

原発事故後は反原発を打ち出し、消費増税のときは増税反対を打ち出して、ほとんど社民党と変わらないポピュリストの党になってしまった。また渡辺氏の党運営が独善的(結党以来4年間、一度も党首選をしていない)で、それを批判する党員を彼が次々に除名しているうちに、とうとう4割が離党してしまった。続きを読む

政府の債務超過を「国債バブル」が救う

グローバルインフレーションの深層
高橋洋一氏のアンバランスシートは財務省でも物笑いの種になったらしいが、統合政府が大幅な債務超過だというのは周知の事実である。その規模は桜内文城氏の計算では696兆円である。

これは徴税権で担保されているというのが通常の説明だが、将来700兆円以上も増税することは不可能だから、企業だったら倒産するが、日本の財政が破綻しないのはなぜだろうか。本書の紹介するBrunnermeier et al.は、その原因をFTPLで考える。

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FTPLの均衡条件は

 物価水準=名目政府債務/プライマリー黒字の現在価値

だが、この式には複数均衡がある。右辺の分母が小さくなると物価が上がり、金利上昇を予想する投資家は国債を売り、ハイパーインフレになって大幅な実質債務のデフォルトが起こる。これが安定均衡である。

もう一つはシムズの指摘したハイパーリカーディアン均衡で、金融村は「自分の生きているうちに財政破綻は来ないだろう」と信じて国債を買い、リスクを先送りする。この均衡は、そこから逸脱して国債を空売りすればもうかるので不安定だが、日本ではずっと維持されている。その原因は国債バブルだという。続きを読む


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