「40日抗争」は再来するか

自民党戦国史 下 (ちくま文庫 い 67-2)
石破内閣の支持率が28%と発足直後としては前例のない低さになる一方、高市早苗氏は100人以上から応援を要請されて全国を飛び回り、分裂選挙の様相を呈してきた。多くの人が連想するのが、1979年の「40日抗争」である。

著者は当時の大平首相のアドバイザーで、政治家の駆け引きを(カネの話を除いて)赤裸々に描いている。当時は主流派(大平・田中)と非主流派(福田・三木・中曽根)の対立があり、前年の総裁選で大平が田中の支持を得て福田を破った経緯をめぐって怨恨が残っていた。

当時は第2次石油危機の最中で、財政が逼迫し、新たな財源の必要に迫られていた。大平は財政を再建するために一般消費税を創設しようと考えたが、党内では賛否両論があった。このため大平は解散・総選挙で国民の支持を得て増税を実行しようと考え、9月17日に解散した。

ところが選挙が始まってからも党内では反対論が続出し、地元で「私は増税に反対だ」と演説する議員まで出てきた。このため大平は方針を変更し、9月末に「一般消費税を断念する」と発表したが、時すでに遅く、10月7日の投票では248議席と自民党は過半数を割った。これに追加公認を加えても258議席で、過半数をかろうじて上回った2議席減となり、非主流派からは大平の退陣を求める声が上がった。

しかし田中派の支持を得た大平は譲歩せず、11月6日に開かれた臨時国会では、首班指名に自民党から大平と福田の2人が立候補する前代未聞の事態となった。このとき野党が福田に投票すれば福田が選ばれる可能性もあったが、結果は大平138票、福田121票だった。これが40日抗争だが、派閥抗争はこれで終わらなかった。

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皇国史観に殉じた平泉澄

物語日本史(上) (講談社学術文庫 348)
戦後80年たっても、高市早苗氏や百田尚樹氏のような皇国史観が語られるが、それは百田氏も認めるようにフィクションである。今では百田氏でさえ継体天皇の前で皇統は断絶したという説をとるが、本書は「万世一系」の立場から日本史を「物語」として語る。

平泉澄は歴史学界から葬られた人物だが、彼の「国史」は戦前の主流であり、東大の国史学科の指導者として天皇に進講し、その国体論は教科書にも記載された。

本書はさながら戦前の国定教科書で、天照大神などの「神代」から始まり、神武天皇に始まる天皇家の「皇紀」を中心として日本史を語る。おもしろいのは、南北朝時代が南朝の「吉野57年」として語られ、北朝が無視されていることだ。

平泉はこんな歴史を信じていたのだろうか。そうでないことは、彼が終戦後すぐ東大教授の職を辞して、故郷の宮司になったことでわかる。彼は皇国史観という歴史神学に大日本帝国のアイデンティティを求めたのだ。それはカール・シュミットが「政治神学」の哲学者としてナチスに殉じたのと似ている。

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「消費税率20%」で社会保障危機は解決できる

総選挙では政治とカネをめぐってしょうもない議論が続いているが、いま日本で進行している最大の危機は、140兆円の社会保障支出が毎年3兆円以上も増え、2040年には190兆円になる社会保障危機である。特に来年から団塊の世代が後期高齢者になり、医療保険の赤字が激増する。



ところが石破政権はこれについて何も語らず、野党の中でも維新と国民民主が問題にしているだけだ。その彼らも消費税減税を主張しているので「財源はどうするの?」ときくと、沈黙してしまう。

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維新と国民民主は消費税から逃げないで財源を示せ

党首討論は予想どおり不毛な議論だった。どうでもいい政治とカネの話にほとんどの時間がついやされ、60兆円を超える赤字がこれから激増する社会保障がほとんど取り上げられない。維新と国民民主だけがこの問題を取り上げたが、自民党と立民党が逃げるからだ。


維新の馬場代表が医療費の3割負担に踏み込んだのはいいが、財源論で公明党に突っ込まれていた。

石井(公明) 維新の公約で、窓口負担を現役世代と同じく原則3割と主張している。どれくらいの負担増を見込んでいるのか。

馬場(維新) 年金制度などを一本化して所得保障制度を導入し、実行したい。3割負担では、病院に行かなくても良い人には受診を控えてもらえるのではないか。適正な医療を受けられるよう実現したい。

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プラトンの「本質主義」からコペルニクスの「否定的知識」へ

開かれた社会とその敵 第一巻 プラトンの呪縛(上) (岩波文庫)
ポパーはプラトンの思想を本質主義と呼んで批判し、それが西洋の形而上学の起源だと考えた。ポパーが理想としたのは、ターレスやアナクシマンドロスなどのソフィストだった。彼らは特定の学派をもたず、各地の広場をめぐり歩いて議論し、弟子が自分の理論を批判することを奨励した。

それは哲学が学問として制度化される前の知的アナーキズムだったが、学問を生活の糧にするようになってからは、弟子は先生の学説を忠実に模倣し、発展させて出世するようになった。プラトンが創設したアカデメイアは、そういうアカデミズムの最初だった。

そこでは講義ではなく対話によって学問が進められ、先生と生徒は対等な関係で議論したが、やがて学派がわかれ、アリストテレスはリュケイオンを創設した。このころになると、自然哲学は制度化されるとともに反論を許さなくなり、4世紀にギリシャがローマ帝国に併合されると消えていった。

弟子が実証データにもとづいて先生に反論できるようになったのは、16世紀にコペルニクスが地動説をとなえたころからだ。アリストテレスから1200年もたってから、否定的知識を使う自然科学が出てきたのはなぜだろうか。

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厚生年金の適用拡大は中小企業の大増税と15%の賃下げになる

10月から厚生年金の適用範囲が拡大された。労働者の適用要件は年収130万円から106万円に下がり、企業規模は「101人以上」から「51人以上」に拡大した。厚労省は企業規模の要件を来年度から撤廃し、すべての企業に厚生年金への加入を義務づける方針だ。自民党もこれを公約に明記した。
結構な話のようにみえるが、ここには落とし穴がある。「基礎年金の受給額底上げ」という奇妙な言葉が使われているが、基礎年金という年金をもらっている人はいない。これは国民年金と厚生年金・共済年金の1階部分を一つの年金勘定にプールした仮想的な年金なのだ。

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最低賃金1500円の「清算主義」は韓国に学べ

石破首相は所信表明演説で2020年代に最低賃金1500円という公約を打ち出した。これは岸田前首相が「2030年代なかばまでに」と言っていたのを前倒ししたものだ。今度の総選挙では、最低賃金に関しては与野党の公約が一致したが、それは実現できるのだろうか。

2024年度の最低賃金の全国平均は1055円。これをあと5年で1500円にするには年率7.3%、合計445円の賃上げが必要で、過去5年の150円をはるかに上回る。


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「反啓蒙」のナショナリズムはなぜ大衆を魅惑するのか

反啓蒙思想 他二篇 (岩波文庫 青 684-2)
自民党総裁選で印象的だったのは、マージナルな極右とみられていた高市早苗候補が決選投票まで進んだことだ。その支持者が都市部で石破茂候補を上回ったのも特徴的だ。

石破氏が地方の高齢者という伝統的な自民党支持者を動員したのに対して、高市氏は「新しい右派」を発掘したようにみえる。彼女のイデオロギーは旧態依然たる皇国史観だが、それがいつまでも大衆を魅惑するのはなぜだろうか。

こういう啓蒙思想に反対するナショナリズムは、近代の初めからあった。バーリンがその元祖とするのは、イタリアのヴィーコである。彼はルソーの同時代人だったが、フランスの啓蒙思想を徹底的に批判した。デカルト以来の機械論は、世界を数学に帰着させる普遍主義だが、数学的に説明できるのは物理空間だけで、文化は各国ごとに違い、普遍的な法則はない。

これはヒュームやバークの懐疑主義と共通の思想だった。ヒュームはニュートン力学も疑い、その法則は心理的なものだとのべたが、その思想を継承したのがドイツの神学者ハーマンだった。科学は実用的な役には立つが、芸術を理解する役には立たない。ニュートン力学は、1篇の詩も生み出すことはできないのだ。

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脳・心・人工知能(アーカイブ記事)

脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす (ブルーバックス)
今年のノーベル物理学賞は、ニューラルネットワークに与えられた。ホップフィールドやヒントンの業績は1980年代のものだが、ホップフィールド・ネットワークと同じ理論を甘利俊一(1972)が提唱しており、甘利氏も共同受賞すべきだった。

いま人工知能と呼ばれているのは知能ではなく機械学習で、そのハードウェアはPCなどとは違うニューラルネットである。これが実装されるようになったのは1990年代だが、甘利氏は1967年にその原理を論文で数学的に定式化した。時代の先を行きすぎてハードウェアに実装できなかったが、これが今の深層学習の原型である。

脳の情報処理は、外界からの刺激によるニューロンの興奮の伝達で行われる。たとえば猫の映像は網膜で多くの画素に分解され、ニューロンはその刺激を隣のニューロンに伝える。こうした多くの刺激を総合して画像認識が行われ、そのとき多くのニューロンの出力の重みWの合計で出力値(猫か否か)が決まる。

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日経XTRENDより

これをモデルにしてニューラルネットでは素子の入力層と出力層の間に中間層を設定し、出力値を答と照合して誤差に応じて重みを補正する。これは1990年代に誤差逆伝播法として実用化されたが、この重みづけの変化を微分方程式で表現したのが甘利氏の確率降下学習法だった。

多くのニューロンが猫と知覚したら猫と判断する脳のしくみは、民主主義に似ているという。出力の重みは人間の影響力のようなもので、多くの人が賛成すると重みが大きくなる。他人に影響されやすい人が多いと社会全体が興奮しやすく、付和雷同が起こる。続きを読む

インフレ目標は廃止して金融調節は「中立金利」で

立憲民主党の政権政策の中で、多くの人を驚かせたのが、物価目標0%超である。これは本文の中に小さな字でこう書かれている。
日銀の物価安定目標を「2%」から「0%超」に変更するとともに、政府・日銀の共同目標として、「実質賃金の上昇」を掲げます。
それほど大事な話だとは思わなかったのだろうが、これはアベノミクスの憲法ともいうべき2%のインフレ目標を改正する大きな変化である。もし石破政権が過半数を割ると、これが政策協議の対象になるかもしれない。だがその説明は支離滅裂である。

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