日米開戦に勝算はあったのか

武藤章 昭和陸軍最後の戦略家 (文春新書)
日本がなぜ対米戦争に突入したのかという問題は、毎年この季節になると話題になるが、決定的な答はない。誰が最終的に決めたのか、よくわからないからだ。

もちろん昭和天皇の詔書がなければ開戦できなかったので、形式的な責任は天皇にあるが、実質的な決定をおこなったのは内閣(東條英機首相)である。しかし東條は、できれば開戦を避けたいと考えていた。陸軍省の軍務局長だった武藤章も、対米交渉で妥協しようとしていた。

では誰が日米開戦を決定したのか。本書の見立てでは参謀本部の田中新一作戦部長だが、これは奇妙な話である。参謀本部は戦争の作戦を立てる部局であり、開戦の意思決定をする権限も、それを実行する機能もなかった。大本営も開戦の方向でまとまっていたわけではなく、交渉継続派と開戦派に二分されていた。

そのバランスを崩したのは、1941年11月26日に出されたハル・ノートだった。慎重派だった武藤も、これを「交渉打ち切りの通告」と考え、参謀本部の説得をあきらめた。しかし参謀本部は、どうやってアメリカに勝とうと考えたのだろうか。

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「資産所得倍増」のために知っておくべきたった1枚の図

岸田政権のスローガンは「資産所得倍増」だが、これは絵空事ではない。金融庁の資料によると、2000年から21年までにアメリカの金融資産は3.4倍になったが、日本は1.4倍にしかなっていない。この差の原因は、日本人の金融資産の54%が現預金だからである。

資産
日米の金融資産の推移(金融庁)

このリスク態度は昔から問題になっているが、私の学生時代とまったく変わらない。ドイツも昔はそういう傾向があったが、今は35%ぐらいだ。実質マイナス金利の日本で半分以上を預金しているのは、先進国には類を見ない異常な現象である。

経済学が生活の役に立つことはほとんどないが、私がたった一つ経済学を勉強してよかったと思うのは、ポートフォリオという概念を知ったことだ。これは次の図のように金融資産のリスクを横軸、リターンを縦軸にとると、リスクが大きいときはリターンも大きい(分散が上がると期待値も上がる)という当たり前の話である。

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ポートフォリオ理論は数学的でむずかしいが、普通の人が勉強する必要はない。この図だけを知っていればいいのだ。続きを読む

秋本真利はスラップ訴訟を取り下げて私に賠償せよ

衆議院議員、秋本真利が私に対して損害賠償請求訴訟を起こしたが、先月14日に弁護団8人全員が辞任してしまった。後任が決まらないので、訴訟が進まない。

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洋上風力の入札ルールを変更したのは河野太郎氏か

秋本真利が外務政務官を辞任した。まもなく自民党を離党するらしいが、それだけではすまない。日本風力開発からの贈賄の容疑は「競走馬の共同購入」ということだが、秋本の名義は馬主にはない。

これはどう見ても裏金だが、秋本の捜査は7月初めから始まっており、強制捜査は時間の問題だった。焦点はこんな小物ではなく、本丸に強制捜査が及ぶのかということだ。洋上風力のルール変更については、再エネ議連顧問の河野太郎氏が賞賛している。


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洋上風力疑惑と秋本真利についてのまとめ



再エネ議連事務局長の秋本真利議員の事務所が、東京地検特捜部の家宅捜索を受けた。これについては、私が昨年6月に

とツイートした。これに対して秋本は名誉毀損訴訟を起こしてきたが、先月14日に秋本の弁護団8人は全員辞任してしまった。後任は決まっていない。

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IPCCは1.5℃目標と「2050年排出ゼロ」を卒業する



国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の新しい議長に、イギリスのジム・スキー氏が選ばれた。彼はシュピーゲル誌のインタビューにこう答えた。

 1.5℃目標が実現できなくても世界は終わらない。

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円安のゆくえを実質金利差から考える



植田日銀がYCCを事実上、解除したことから、金融市場が動き始めた。一時は円高に振れた為替レートが、また142円になっている。短期的には、日米の為替レートは実質金利差で決まる。

 実質金利=長期金利-予想インフレ率

ここで長期金利は10年物国債の金利、予想インフレ率はBEI(ブレークイーブン・インフレ率)で考える。日本の実質金利がアメリカより低いと、円を借りてドルを買う円キャリートレードができ、ドルが上がって日米の金利差が縮まり、世界平均の実質金利に近づく、というのが教科書的な理論である。

ところがここ3年の日米の実質金利差は、次の図のように大きく開いている。コロナ騒動の起こった2020年までは日米の差はほぼゼロだったが、21年から日本の実質金利がマイナスになり、直近では約2%も差が開いている。為替レートは、日米の実質金利差ときれいな相関がある。

金利差

2022年末に黒田総裁が突然、YCCの上限金利を0.5%に上げたため、急激な円安が進んで1ドル=150円になったが、その後は120円台まで上がり、YCC解除でまた140円台まで下がったが、日米の金利差は2%近い。これは異常な状態なので金利差は縮まると予想されるが、問題は何が動いて縮まるかである。

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川口で騒いでいるクルド人は「移民」ではなく「不法滞在」

産経新聞が、今までマスコミがほとんど取り上げなかった埼玉県川口市のクルド人の暴動を1面トップで取り上げて話題になっている。

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国家に抗する社会

国家に抗する社会―政治人類学研究 (叢書 言語の政治)
レヴィ=ストロースは未開社会を平和な「冷たい社会」と考えたが、彼の弟子クラストルは北米の先住民を調査し、それがつねに他の部族と戦っていることを発見した。彼らが平和にみえるのは、国家を拒否して戦争を抑制しているからだ。

部族が生き残るためには、他の部族との戦争を指導する首長が必要だが、彼が王になることは許されない。必要もないのに戦争を始めると他のメンバーは離れ、首長は敵の矢を体中に受けて死ぬ。首長は一方的に命令するのではなく、部族の合意に従わなければならない。

この思想は、最近のグレーバーの「アナーキズム人類学」にも受け継がれている。従来は農耕が国家を生み、それが戦争を生んだと思われていたが、それは逆である。ドゥルーズ=ガタリがクラストルに触発されて書いたように、国家は戦争を抑止するために生まれたのだ。

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世界は「新しい奴隷制」に近づいている

Time on the Cross: The Economics of American Slavery by Robert William Fogel Stanley L. Engerman(1995-08-17)
アメリカ大統領選挙の共和党候補に名乗りを上げたフロリダ州のデサンティズ知事が批判を浴びている。フロリダ州の新しい歴史教育カリキュラムに「奴隷制にはいい面もあった」という表現があるからだ。

近代社会では、すべての個人はひとしく譲渡不可能な人権をもつことになっているので、人的資本を売買する奴隷制は禁止されているが、その合理的根拠は明らかではない。本書はアメリカの奴隷制が、賃労働より効率的だということを数量経済データで実証して大反響を呼び、フォーゲルはノーベル経済学賞を受賞した。

その主要な結論は山形浩生氏の仮訳によれば、次のようなものだ。
  • 奴隷農業は自由農業に比べて非効率ではなかった。大規模耕作、効果的なマネジメント、労働と資本音集約的な活用で、南部の奴隷農業は、北部の家族農業システムに比べて35%効率が高かった

  • 奴隷は確かに、生産した収入の一部が所有者により召し上げられたという意味では収奪されていた。だがその収奪の比率は、一般に思われていたよりもはるかに低い。生涯にわたり、平均的な奴隷農夫は、生産した収入の90%ほどを受け取っていた

  • 南北戦争以前の南部の経済は、停滞するどころかかなり急成長していた。1840-1860年の間に、一人あたり所得は、全米平均よりも南部のほうが急上昇した。1860 年には、南部は当時の基準では高い一人あたり所得を実現していた
これは常識に反するが、経済学の理論には合致している。もし奴隷制で人的資本が売買できるなら、労働者はロボット(物的資本)と同じなので、企業はその生み出す価値(キャッシュフロー)が人的資本のコストを上回るとき労働者を買い、価値がなくなったら売ればよい。奴隷制では雇用契約のような交渉問題が発生しないので効率的だ、というのが、ハートの不完備契約理論である。

これは空想的な話のようにみえるだろうが、現実の世界は新しい奴隷制に近づいている。たとえば機械学習ロボットで、年収500万円の銀行員の事務労働を100%代替できるとしよう。ロボットのリース料が年500万円なら、銀行員を雇うよりロボットを借りることがはるかに効率的である。ロボットには労使交渉は必要なく、将来の賃上げもないからだ。

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