西田昌司氏は国債がネズミ講だという事実を知らない

国債も賦課方式の年金も、今の負担を将来に先送りするネズミ講(Ponzi scheme)です。浜田宏一さんは「政府債務は実現可能なネズミ講システムだ。普通のネズミ講はどこかで終わって破綻するが、どこの政府でも次の納税者は必ずあらわれる」と言っていますが、西田昌司さんはそれも知らない。



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高度成長の夢は二度と来ない

GROWTH――「脱」でも「親」でもない新成長論
自民党総裁選に立候補した小林鷹之氏が、出馬会見で「子供のころ世界ナンバーワンの日本が誇らしかった。あのころの日本を取り戻したい」と言っていた。気持ちはわかるが、それは不可能である。財政バラマキやターゲティング政策で、高度成長期の日本は戻らないのだ。

人類の歴史を振り返ると、その大部分で平均年収は100ドル前後だった。それが1800年ごろから激増し、今は2万ドルを超えた。この指数関数的な増加がいつまでも続くはずがない。いま日本が「変曲点」に直面しているのは自然な現象である(図1)。

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図1 世界の一人あたりGDP(Maddison)

日本の高度成長はGDPが英米にキャッチアップして新古典派成長理論でいう定常状態(成長率=人口増加率+生産性上昇率)に到達する過程だったと考えるのが一番シンプルな説明だ。高度成長は戦争で破壊された生産設備の復旧(半減したGDPが6年で戦前の水準に戻った)と、人口の急増(戦後25年で1.5倍)と都市への集中、そしてアメリカからの技術移転で説明できる(図2)。

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図2 日米英の一人あたりGDP (Weil)

今後を悲観する必要もない。所得が必ずしも幸福度の指標にならないことはよく知られている。日本では年収700万円ぐらいまでは幸福感は所得の増加関数だが、それ以上では頭打ちになる。高度成長の夢を追い求めてターゲティング政策に税金を投入しても、日本人は幸福にはならないのだ。

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TRONはターゲティング政策の失敗例(アーカイブ記事)

Divided Sun: Miti and the Breakdown of Japanese High-Tech Industrial Policy, 1975-1993 (I S I S STUDIES IN INTERNATIONAL POLICY)
役所の失敗は赤字とか倒産という結果をともなわないので、担当者が異動したら忘れられ、10年ぐらいたつと政治家が同じような話を持ち出す。今回の自民党総裁選で小林鷹之氏の提唱する「経済成長を促す戦略分野への大胆な投資」はその典型だ。

本書は通産省の産業政策の失敗を分析した研究だが、その最大の失敗例が第5世代コンピュータとTRONである。それは坂村氏が「日の丸OS」として通産省に売り込み、だまされた官僚がメーカーと文部省を引っ張り込んで学校用コンピュータの標準にしようとしたが、MS-DOSと互換性のない国内規格をまじめに開発する企業はなく、物を実際に作っていたのはパソコンで出遅れた松下だけだった。

今でも工業用のITRONは使われているので、組み込みシステムとして地味にやればよかったのに、風呂敷を広げすぎて自滅した。セールストークは派手だが、設計は凡庸で、パソコン用のBTRONの中身はMacOSの物まねにすぎない。CPU(Gマイクロ)も、互換性がないのだからせめてRISCにして処理速度を上げればよかったのに、平凡なCISCで結局、商品にはならなかった。
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「日本発の国際標準」となるはずだったのに、通商交渉で米国がスーパー301条の制裁対象の候補にしてつぶしたというのは坂村健氏がいまだに繰り返している嘘だが、当時、彼と仕事で1年もつきあわされた被害者として断言する。TRONがものになる可能性は万に一つもなかった。

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自由の国と必要の国(アーカイブ記事)

遊びの中世史 (ちくま学芸文庫 イ 23-2)
人口の減少する日本経済が(GDPベースでは)衰退することは避けられない。それは人が老いて死ぬのと同じ宿命のようなものだが、GDPは幸福の指標ではなく、市場で使われた金銭の集計にすぎない。ルソーは「金をもつことは自由の手段だが、それを稼ぐのは奴隷になることだ」と言った。金銭は自由を得るための手段であって目的ではない。

労働を自由を奪われる苦役と考えるのは近代ヨーロッパに固有の発想で、歴史上のほとんどの時期において労働は遊びと一体だった。中世ヨーロッパの農業社会では、1日は時計の時間ではなく、鳥の鳴き声や太陽の光で始まる。仕事には決まった就業規則があるわけではなく、それぞれの共同体時間で始め、休憩して終わった。

しかし城壁で自然から隔てられた都市で多くの人々が生活するようになると、教会と世俗的な生活が分離し、工場で働くようになると労働が規則化された。都市には時計台が設置され、人々が厳密に同じ時間を守るようになった。時間が全国どこでも同じになり、暦がグレゴリオ暦で統一されたのは16世紀以降である。

就業規則が作られ、人々は工場の時計に従って働き、労働時間と余暇が分離した。工場では人々は限られた時間の中で、休む暇もなく懸命に働いた。仕事中の飲酒は禁じられ、日曜日に酒を飲んだために月曜日に仕事を休む「聖月曜日」の慣習もなくなった。

このように労働が人間から疎外されたことを批判し、労働が遊びになる「自由の国」をめざしたのがマルクスだった。

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「株高不況」の本質はグローバリゼーション

株高不況
日経平均は史上最高値を更新し続けている。バブルだという声もあるが、1990年を基準にすると、S&P500は18倍。日経平均は出遅れているというのが投資家の一般的な見方である。本書もいろいろな数字をあげて、日本株はまだ割安だという。

ところが実質成長率は0.7%、実質賃金はマイナス1.3%とさえない。不況とはいわないまでも、株高の中で個人が貧しくなっている状況は否定できない。これは2010年代から続く傾向だが、何が原因なのか?

本書の答は平凡だが明快である。「海外で稼いだ利益はGDPに入らない」ということだ。日本の大企業は縮小する国内市場に見切りをつけ、産業空洞化が起こった。1990年には4%だった日本企業の海外生産比率は、今では23%に増え、しかも円安で海外法人の利益は(円ベースで)増えるので、連結経常利益は増える。

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しかし海外法人の利益は国内居住者の所得にはならないので、GDP(国内総生産)にはカウントされない。円安で海外法人の利益は大きくなるが、国内の雇用は増えず、賃金も上がらない。これを理解できないトランプ大統領や高橋洋一氏は、いまだに通貨安で豊かになると思い込んでいる。



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「聖なるアナキスト」はいかにして救世主となったのか

偶像の黄昏/アンチクリスト:ニーチェ・コレクション (白水Uブックス/思想の地平線)
ニーチェは1889年、トリノで御者に鞭打たれる馬に抱きついて号泣し、それ以後、1900年に死去するまで狂気から回復しなかった。その原因は進行麻痺(梅毒による脳神経障害)と診断されたが、最近は統合失調症とする説もある。

発狂の直前に書かれた『アンチクリスト』は、未完に終わった大著『力への意志』の最初の部分となる予定だったが、後半には統合失調症を思わせる妄想と「キリスト教呪詛」(副題)ともいうべき激しい批判がくり返されている。

特にニーチェが強調するのは、歴史上のイエスの行動と聖書のパウロの教義が大きく異なる点である。これは聖書の文献考証がまだほとんどなかった当時は区別が困難だったが、共観福音書でイエス自身の言葉をある程度は確認できた。ニーチェはイエスを「聖なるアナキスト」と呼んだ。
かの聖なるアナキストは、下層の民衆、社会の除け者や「罪人」、ユダヤ教内の賤民などを煽動して、支配秩序に反抗するように仕向けた張本人であり、もし福音書を信用してよいなら、今日生きていたらシベリア流刑に処されるような言辞を弄した、一人の政治犯だった。(『アンチクリスト』27節)

その弟子にとっては、イエスが十字架という極悪人の刑罰で死んだことは深刻なパラドックスだった。彼らはユダヤ教に復讐するために、聖書に登場する「パリサイ人」をイエスを罠に陥れる卑劣な集団として描いた。だがパウロが考えたのは、そんな平凡な物語ではなかった。

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アゴラセミナー「日本経済はどこで間違えたのか:バブル崩壊からアベノミクスまで」

今年はプラザ合意から40年です。あれから始まった円高・株高・地価上昇の波は、あっという間に日本経済を飲み込み、それが崩壊したのは1990年。バブルと呼ばれた時期はたった5年間でしたが、その後遺症は続き、今も経済は低迷したままです。


ジュリアナ東京が開業したのは1991年5月(毎日新聞)

ところが国会でも自民党の総裁選でも、政治家はこの経済低迷の根本原因に手をつけず、現金給付や減税などのバラマキを競っています。経済を低迷させている構造問題が大きく、むずかしいからです。それはこの40年間に政治が何をし、何をしなかったかをみればわかります。

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仏教はなぜ<空>の思想なのか

空の思想史 原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)
日本人は無宗教だといわれるが、これは宗教という言葉がよくない。これは明治時代に井上毅がreligionを訳したもので、西洋文明を見た彼は近代国家には国教が必要だと考え、キリスト教のような教義宗教をモデルにした。

しかし日本の伝統には真言宗や浄土宗などの「宗」はあったが、それは「教」として教えるものではなく、信者は経典も読めなかった。それは世界の大部分でも同じで、教義や経典をもつのは、約3000年前の枢軸時代以降にできた世界宗教だけである。

世界宗教には「2本の手」があったと著者はいう。1本は広域の農耕社会を支配するための社会的規範であり、ユダヤ教にはこっちの手しかなかった。しかしそれを批判して生まれたキリスト教には個人の救済という2本目の手があった。これが多様な民族の住む古代ローマ帝国全域に広がった原因だった。

古代インドでも、バラモン教にはカースト制を維持する1本目の手しかなかったが、それを批判した仏教には身分秩序の中で苦しむ民衆を救済する2本目の手しかなかった。仏教のコアが<空>の思想だというのも、この特徴によるものだ。

ユダヤ教もバラモン教も秩序を維持する宗教なので、絶対的な存在がないと民衆を支配できない。誰も神を見たことがないが、その存在を疑う者は国家から排除される。それに対して仏教は秩序を維持する必要がないので自由な思想が生まれ、世界には意味がないという事実を素直に受け入れた。

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金利が上がったら国債の価格が下がるのはなぜ?

日本の長期金利が上がっています。長短金利差(5年物~30年物)は2%以上も開き、主要国の中でも最大になりました。これは短期金利に対して国債のリスクプレミアムが上がっていることを示しています。

…といっても金利の意味を知らない三橋貴明さん(およびその信者)には何のことかわからないと思うので、小学生にもわかるように解説しましょう。

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【言論アリーナ】再エネで「グリーン成長」するという夢は終わった



三菱商事グループが洋上風力事業から撤退し、脱炭素化で日本経済が成長するという夢は終わりました。再エネで電気料金が上がる日本で成長を維持するには、エネルギー政策を転換する必要があります。

【出演】
山本 隆三(常葉大学名誉教授)
池田 信夫(アゴラ研究所所長)


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