ニーチェは1889年、トリノで御者に鞭打たれる馬に抱きついて号泣し、それ以後、1900年に死去するまで狂気から回復しなかった。その原因は進行麻痺(梅毒による脳神経障害)と診断されたが、最近は統合失調症とする説もある。
発狂の直前に書かれた『アンチクリスト』は、未完に終わった大著『力への意志』の最初の部分となる予定だったが、後半には統合失調症を思わせる妄想と「キリスト教呪詛」(副題)ともいうべき激しい批判がくり返されている。
特にニーチェが強調するのは、歴史上のイエスの行動と聖書のパウロの教義が大きく異なる点である。これは聖書の文献考証がまだほとんどなかった当時は区別が困難だったが、共観福音書でイエス自身の言葉をある程度は確認できた。ニーチェはイエスを「聖なるアナキスト」と呼んだ。
その弟子にとっては、イエスが十字架という極悪人の刑罰で死んだことは深刻なパラドックスだった。彼らはユダヤ教に復讐するために、聖書に登場する「パリサイ人」をイエスを罠に陥れる卑劣な集団として描いた。だがパウロが考えたのは、そんな平凡な物語ではなかった。
続きは9月15日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)
発狂の直前に書かれた『アンチクリスト』は、未完に終わった大著『力への意志』の最初の部分となる予定だったが、後半には統合失調症を思わせる妄想と「キリスト教呪詛」(副題)ともいうべき激しい批判がくり返されている。
特にニーチェが強調するのは、歴史上のイエスの行動と聖書のパウロの教義が大きく異なる点である。これは聖書の文献考証がまだほとんどなかった当時は区別が困難だったが、共観福音書でイエス自身の言葉をある程度は確認できた。ニーチェはイエスを「聖なるアナキスト」と呼んだ。
かの聖なるアナキストは、下層の民衆、社会の除け者や「罪人」、ユダヤ教内の賤民などを煽動して、支配秩序に反抗するように仕向けた張本人であり、もし福音書を信用してよいなら、今日生きていたらシベリア流刑に処されるような言辞を弄した、一人の政治犯だった。(『アンチクリスト』27節)
その弟子にとっては、イエスが十字架という極悪人の刑罰で死んだことは深刻なパラドックスだった。彼らはユダヤ教に復讐するために、聖書に登場する「パリサイ人」をイエスを罠に陥れる卑劣な集団として描いた。だがパウロが考えたのは、そんな平凡な物語ではなかった。
続きは9月15日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)








