本質なき世界を構造化する「言語アラヤ識」

意識と本質-精神的東洋を索めて (岩波文庫)
イスラエルとアメリカがイランを攻撃し、新たな中東戦争が始まろうとしている。思えば1978年のイラン革命は、世界のグローバル化=西洋化の転換点だった。イランでもパーレビ国王が西洋化を進め、井筒俊彦は王立研究所でイスラムの文献を収集・刊行していたが、革命に遭遇して日本に帰国し、日本語の著作を書き始めた。

彼の目的は欧米中心のグローバル化を超える普遍的な知の探求だった。イスラム神秘主義から大乗仏教や老荘思想まで横断する「東洋思想」の中心概念は、言語アラヤ識である。これは唯識派の阿頼耶識に由来するが、アプリオリな概念ではなく、コトバから生まれる経験的知識である。

ある一つの文化共同体に生まれ育ち、その共同体の言語を学ぶ人は、事前に、それと自覚することなしに、その文化の定める「本質」体系を摂取し、それを通じて存在をいかに分節するかを学ぶ。学ばれた「本質」 体系は全体的に「文化的無意識」の領域に沈殿してその人の現実認識を規制する。さきに私が、「言語アラヤ識」と呼びたいと言ったものがそれだ。

コトバは狭い意味の分節言語だけではなく、イマージュを含む。言語アラヤ識が分節化した言語やイマージュの要素を、井筒は(唯識にならって)「種子」と呼んだ。われわれが見ている世界は種子の集合体で、コトバは「本質」から生み出されるように見えるが、それはプラトン以来の西洋哲学の生んだ錯覚である。

世界に先験的な「本質」は存在しない。逆にコトバが言語アラヤ識として構造化され、本質を生み出すのだ。それは大規模言語モデル(LLM)に辞書も文法もなく、膨大な文脈(共起行列)から次の言葉を生成するのと同じである。

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社会保障のネズミ講を延命して給付金や減税に走る与野党

国会は野党7党の提出したガソリン減税案をめぐって紛糾し、閉会が23日に延期された。自民党はこれを財源のない「ま・る・な・げ」だと批判したが、お互い様だ。自民党が臨時国会で予定しているのも財源なき給付金のバラマキである。



日本の社会保障は持続不可能な状態だが、財政的に破綻している国民年金の赤字を年金流用法で埋め、老人医療の膨大な赤字を健保組合からの仕送りでまかなう状況に与野党とも異を唱えない。これは社会主義国の末期を思わせる。

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仏教は「死に方の思想」である

宗教論集〈第1〉宗教とは何か (1961年)
7月からのアゴラセミナー「人生100年時代」では、年金・医療の問題とともに「死に方」の問題も考えたい。長すぎる老後は「ゆるやかに死ぬ」時期であり、そこに何を求めるかは切実な問題である。仏教は今では葬式仏教とバカにされているが、最初から「死に方の思想」だった。

ブッダが生きたのはアーリア人の地域国家が、西域から進出してきたアケメネス朝ペルシャとの戦争の中で滅びた時代だった。多くの人が戦乱や疫病で死に、平均寿命が30歳に満たない古代インドで、死と隣り合わせで生きる人々を救済する思想が、のちに仏教と呼ばれるようになった。

その教えの中心は<空>である。これはバラモン教の因果応報を否定し、万物は相関して絶対的な主体は存在しないという思想だ。この世の苦しみが悪の報いだとすると救いがないが、世界が無意味な<空>だとすれば悩む必要もない。修行を重ねて悟りを開けば涅槃(ニルヴァーナ)の境地に至り、死によって<空>に帰る。

このような仏教のニヒリズムは、無宗教といわれる日本人にも通じる。むしろ世界を唯一神が支配するというキリスト教が特殊なのだ。西谷啓治はハイデガーに師事し、彼のプラトン批判を継承して仏教にヨーロッパ中心主義を否定する思想を見出し、ヴァレラなどポストモダンの思想に影響を与えた。

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大規模言語モデルは「家族的類似性」でパターンを学習する

ウィトゲンシュタイン 『哲学探究』という戦い
ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」のコア概念は、家族的類似性である。これは記号(シニフィアン)の意味はその本質(シニフィエ)にあるというアウグスティヌス以来の言語観を否定し、言葉に本質的な意味はないと考えるものだ。

言語と呼ばれるすべての現象に共通なものは存在しない。何か共通点があるからそれらを同じ一つの言葉で呼ぶのではない。――それらは多くの異なった仕方で互いに血縁関係にある。この血縁関係のゆえに、われわれはそのすべてを「言語」と呼ぶのである。(65節)

この「血縁関係」を彼は家族的類似性と呼ぶ。親子の顔には同一の部分はないが、全体としては似ている。言葉の意味はその本質ではなく、このようなパターンの類似性なのだ。

哲学や数学は曖昧さを排除するが、家族的類似性は曖昧である。犬と狼の境界は厳密にははっきりしないが、近所にいる動物は犬で山の中にいるのは狼である。この曖昧さが言葉の本質であり、1対1に対応する集合論の意味は人工的な概念である。

したがって思考も論理的に本質を明らかにするのではなく、パターンの類似性を見出すことだ。これは前期のウィトゲンシュタインが言葉を対象の写像だと考えたのとはまったく異なる思想だが、大規模言語モデル(LLM)に通じるものがある。チャットGPTに続きを書いてもらった。

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後期高齢者医療費はなぜ9割引になったのか

社会保障の中でも、年金はわかりやすい。今回の年金流用法案は、立民党がどう言い訳しても、子供の世代からの収奪であることは明らかだ。

年金債務の推定もむずかしくない。個人が積み立てた場合に比べると純債務ベースで1100兆円というのが、2019年の財政検証の試算である。これを是正する提案も昔から出ており、アゴラでも13年前に河野太郎氏の提案を紹介した。

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グーグルはコロナ言論を検閲して過剰反応をあおった

尾身茂氏の発言を機に、コロナ感染中のワクチンや行動制限についての異常な言論統制があらためて問題になっている。その被害者であるアゴラとしても、当時の言論を検証しておきたい。

2020年3月にコロナが欧州で話題になりはじめたとき、日本でも小池百合子氏などが「大流行が起こる」と騒ぎ始めた。このとき「コロナで60日間に85万人が重症になって42万人死ぬ」という予想を厚労省で発表し、緊急事態宣言の発令を求めたのが西浦博氏だった。私は当時の感染状況から考えて、そんなことはありえないと批判した。

実際には、60日間のコロナ死者は約900人。42万人の1/450だ。これを「何もしなかったら42万人死んだはずだ」と弁護する医クラもいたが、どうやったら死者をそんなに短期間で劇的に減らせるのか。

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複雑な言語は「目的の共有」のためにできた

思考の自然誌
チャットGPTを初めて使ったとき驚いたのは、それまでの機械翻訳などと違って、自分で考えて文を組み立てる(ように見える)ことだった。これは霊長類の中でも人間以外にはない能力である。チンパンジーやボノボは、人間の言葉をまねることはできるが、自分で言葉を組み立てることはできない。

おもしろいことに、進化の系統では人間とまったく違う位置にいるイルカの鳴き声には文法があることがわかってきた。人間とイルカにはまったく共通点がないように見えるが、一つだけある。協力して獲物を獲ることだ。イルカは群れをなして魚を追い込む。人間は協力して大型動物を追い込む。

複雑な分節言語は、このような共同作業の目的を共有して協力するためにできた、というのがトマセロの仮説である。チンパンジーも血縁集団の中では協力するが、それを超える集団はできない。たとえば敵に襲われると傷つくという因果関係は学習できるが、「あそこに危険な敵がいる」という情報を他の個体に伝えることはできない。

人間の2歳児の知的能力はチンパンジーとほとんど変わらないが、親が「それはしてはいけない」と教えると従う。チンパンジーはいくら訓練しても、そういう指示を理解できず、他の個体に伝えることもできない。目的を共有する必要がないからだ。

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「国営ネズミ講」が国を腐らせる(アーカイブ記事)

The Socialist System: The Political Economy Of Communism (Clarendon Paperbacks)
社会保障は財政問題である。社会保険料という名前はついているが、給付に対して保険料は大幅に足りないので、一般会計から毎年40兆円近く補填している。これは一般歳出(政策的経費)の半分以上で、財政危機は社会保障の危機である。

これを今までは次世代にツケを回す国営ネズミ講で負担を先送りしてきたが、それはゼロ金利の時代には成り立つように見えた。MMTは、そういう錯覚の代表である。ビル・ミッチェルは次のように答える。

MMTは政府の予算制約(Government Budget Constraint)では始まらない。我々はその概念を明らかに拒絶している。[…]政府の購入能力は金融的には無限である。

政府(中央銀行)はいくらでも通貨を発行できるので国家に予算制約はなく、問題は「実物的なインフレ」だけである。物価は政府が統制でき、金利は国営銀行が操作できるので、インフレにならない限り政府支出はいくらでも拡大できる。続きを読む

OTC類似薬を保険から外したら患者負担は増えるの?

自民・公明・維新の3党合意でOTC類似薬の保険適用除外が決まりました。これに対して医師会や共産党が「保険適用をはずしたら患者負担が増えて貧しい人が薬を買えなくなる」と反対しています。

これは来年度予算の「骨太の方針」に入りましたが、具体的に何を適用除外するかは決まっていないので、戦いはこれからです。保険適用をはずしたら高くなるのか、チャットGPTに聞いてみました。

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Q. OTC類似薬って何ですか?

  • 「OTC」は Over The Counter の略で、薬局のカウンターで買える市販薬 のことです。
  • OTC類似薬は市販薬と同じ成分・効果ですが、病院だと保険が適用されて安く買える薬。正式には「医療用医薬品」と呼ばれます。

Q. なぜそれがこんなにもめるんですか?

  • 同じ薬なのに、薬局で買う市販薬より病院で処方された方が安いためです。
    • 処方薬:保険がきいて1割~3割負担
    • 市販薬:全額自己負担
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アゴラセミナー「人生100年時代:超高齢社会の制度と生き方」

いま日本の100歳以上の人口は約9万5000人。団塊の世代が100歳になる2050年には、50万人を超えると予想されています。そのころ人口は約1億人に減るので、実に20人に1人が100歳以上という超高齢社会になるわけです。



これはおめでたいことですが、喜んでばかりもいられない。2050年には65歳以上の高齢者は3800万人。それを5200万人の生産年齢人口が支えなければなりません。この政府の予測はかなり楽観的で、昨年の出生数は過去最少の68万人となり、予想を超える少子化が進んでいます。

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