消費減税は「物価高対策」にも「生活支援」にもならない



参院選で与党の過半数割れが確実な情勢になってきた。参政党が自民党右派の票を食ったため、自民党が40議席を割り、公明党と合計しても50議席を大きく割ると、追加公認しても過半数の125議席には届かず、衆参両院で少数与党になる。

その場合には、いきなり大連立はむずかしいが、当面は石破内閣が続くという前提で野党と政策協定を結ぶことになろう。そのパートナーは野党第一党の立民党になるが、全野党が消費減税を要求している状況では、何らかの形での減税を条件とせざるをえない。

そのとき有力なのは、立民と維新と自民党の一部が主張している食料品ゼロ税率だろう。これによって何が起こるか。コロナ流行のときVAT(付加価値税)を下げた欧州の例で考えると、消費税の効果は限定的で、経済に混乱を引き起こすおそれが強い。

たとえば2020年7月から21年9月まで飲食業・ホテル業に限定してVATを20%から5%に下げたイギリスでは、次のような結果が報告されている。
  1. 多くの飲食店で値下げは行われず、価格はそのまま維持された
  2. ただコロナで大幅な赤字が出ていた時期なので、収益の回復には寄与した。
  3. 消費喚起にも生活支援にもならなかったが、雇用維持には効果があった。
  4. 財政赤字が拡大し、長期金利が上がって財政が不安定になった。
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治安維持法が戦後リベラルを生んだ(アーカイブ記事)

治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)
参政党の神谷代表が治安維持法を正当化して批判を浴びているが、これをコミンテルン陰謀史観で語るのは歴史を二重に誤解している。1925年に治安維持法ができたとき、それは世界的には珍しい法律ではなかったが、日本に「共産主義の脅威」はなかった。

欧米でも共産党を規制する法律が制定されていたが、日本共産党はコミンテルンの日本支部で、党員は数十人。しかも内部にはスパイが入り込み、党の方針は公安にだだもれだった。今でいえばNHK党ぐらいのトンデモ政党で、一般人はその存在も知らなかった。

しかし公安はその脅威を過大評価した。他の国の治安立法は「暴力革命」を禁じるものだったが、治安維持法は「國体を變革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は十年以下の懲役又は禁錮に處す」という規定で、結社(共産党)を禁じた。

最高刑はのちに死刑に引き上げられたが、死刑に処せされた者はいない。これについて清水幾太郎は「戦後の左翼は治安維持法に復讐しようとした」と書いた。日本独特の平和主義的リベラルは、治安維持法で植えつけられた国家への恐怖から生まれたのだ。

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物理学の素朴実在論を否定する「量子もつれ」

世界一わかりやすい量子力学 (ハヤカワ文庫NF)
量子力学には例外がない。シュレーディンガー方程式に反する現象は、素粒子から宇宙に至るまで、今のところ一つも見つかっていないのだ。1972年にその反例を見つけようとした大学院生ジョン・クラウザーがいた。

彼が実験したのは、ベルの不等式だった。これは粒子と粒子の間に相互作用がないことを示す式で、シュレーディンガー方程式が正しいと成り立たない。これを観測するには次のように観測装置AとBの間にまったく相互作用のない実験装置をつくり、粒子aとbのスピンに相関があるかどうかを観測する。

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実験の結果、クラウザーの予想に反して相関が観測され、ベルの不等式は成り立たないことがわかった。遠く離れた粒子の間にも量子もつれと呼ばれる(光速を超える)遠隔作用があり、実験装置がいかに離れていても粒子aとbのスピンは相関するのだ。

これは単に量子力学が正しいことを証明しただけの実験結果として忘れられたが、クラウザーは2022年に(本書の著者など2人とともに)ノーベル賞を受賞した。それは量子もつれを応用した量子コンピュータが実現したからだ。

量子もつれは電子と電子が相互作用するときつねに起こるので、あなたの身体の中でも起こっているが、直観的には理解できない。電子は他の電子から独立した客観的実在ではなく、観測によって初めて位置と運動量が一義的に決まるのだ。

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戦争が社会保障を生んだ

ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術 (中公新書)
厚生年金には「事業主負担」という奇妙な制度がある。月額報酬に対する社会保険料率は約30%だが、それを「労使折半」ということにして企業が15%負担する。企業にとってはこれは人件費なので、長期的にはすべて賃金に転嫁される。これを「労働者の負担をごまかす制度だ」という人がいるが、それは逆である。年金制度は、企業が労働者に年金を払う制度から始まったのだ。

その起源は19世紀のビスマルクにある。彼が世界に先駆けて社会政策を実施したのは、イギリスやフランスに遅れて統一国家になったドイツには新たに獲得できる植民地がほとんどなく、工業化で富を増やすしかなかったからだ。ドイツを統一するためにはプロイセンが他の諸邦を併合するしかないと考え、軍備増強につとめた。

その一環として兵士の体力を強化し、遺族の生活を保障する社会政策を整備した。1883年に健康保険法、84年に労災保険法、89年には老齢保険法を制定し、国民はいずれかの保険に加入を義務づけられた。保険料の2/3は労働者が負担し、残りは企業が負担する方式だった。

日本の厚生省も日中戦争の最中の1938年に設立され、傷病兵のために健康保険ができた。1941年に厚生年金ができたのも、戦争に行く兵士と家族の生活を保障する制度であり、引退後の老人の生活を保障するものではなかった。厚生年金ができたときの支給開始年齢は55歳だったが、当時の平均寿命は47歳だったのだ。

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「終末期の延命措置」への保険適用はやめるべきか

参政党の公約のほとんどは取るに足りないものですが、「過度な延命治療を見直す」という公約は大きな反響を呼んでいます。チャットGPTにファクトチェックしてもらいました。



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「自然エネルギー」は存在しない

技術への問い(日経BPクラシックス) (日経BPクラシックス)
有機農業や農薬禁止を訴える参政党が人気を集めているが、こういう「自然に帰れ」という主張は反原発や「自然エネルギー」などと同じで、新しい話ではない。

本書に収録されている「技術への問い」はそういう主張の元祖として利用されてきたが、これは誤解である。ハイデガーはこう書く。
人間を取りまとめて集めることでおのずと<覆いを取り去る>ようにして現れるものを、<徴用されたもの>として徴用する働きをする挑発の呼びかけのことを、<挑発性>(ゲシュテル)と呼ぶことにしましょう。(p.45)
このGe-Stellがキーワードだが、ハイデガーの造語なので対応する日本語はない。これを従来の訳本では「総かり立て体制」などと訳し、あたかもハイデガーが技術を否定しているかのように解釈していたが、彼の意図はその逆である。

技術が科学的真理の応用であり、その使い方を誤ると害を及ぼすという通俗的なヒューマニズムをハイデガーは批判し、技術は自然の<覆いを取り去る>ことによって科学を生み出したのだという。

「自然エネルギー」なるものは存在しない。人類が生まれてから自然はつねに人工的であり、技術は両義的な存在だった。薪は今でも原子力よりはるかに危険なエネルギーである。それは毎年380万人を室内大気汚染で殺しているのだ。

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参政党はオーガニック信仰から生まれた情弱マーケティング

共同通信の「トレンド調査」の比例投票先で、参政党が自民党に次いで野党第1党になりました。



ちょっと前まであやしげな泡沫政党だと思われていたのですが、国会議員が5人になって政党要件を満たしたため、既成政党に飽き足りない人々の注目を集めたのでしょう。でもその中身はほとんど知られていないので、チャットGPTに聞いてみました。

Q. 参政党はどんな政党ですか?

  • 参政党の成立と経緯
    • 2020年に設立された新しい保守系政党。
    • 幹部の多くが内部対立で離脱。
    • トランプ支持、バイデン不正選挙論などQアノンの陰謀論が主流に。
  • 政策と主張
    • 3つの重点政策:「教育」「食と健康」「国のまもり」。
    • 特に「食と健康」では、有機農業や無添加食品などのオーガニック信仰が中心。
    • 外国人参政権の反対、外国資本の規制などの国粋主義もある。
  • オーガニック信仰の影響
    • 食品添加物、農薬、人工甘味料などを「病気の原因」とみなす。
    • オーガニック食品の好きな専業主婦に人気がある。
    • コロナワクチンへの反対姿勢も強く、反ワクチンと結びついている。
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  • 「曖昧な予算制約」によるバラマキが国を滅ぼす

    コルナイ・ヤーノシュ自伝: 思索する力を得て
    参院選は「給付金か消費減税か」というバラマキ合戦になってきたが、これは今に始まったことではない。20世紀に慢性的なインフレが続いた大きな原因はケインズ政策による政治家のバラマキで、その反省から総需要のコントロールは金融政策でおこなうことになった。

    しかし21世紀にはゼロ金利で金融政策がきかなくなり、財政の時代が戻ってきた。かつてはそれに財政赤字の制約があったが、今は低金利でそれがなくなり、曖昧な予算制約(soft budget constraint)の時代になったのだ。これはコルナイが、社会主義の崩壊した原因として指摘したものだ。

    ハンガリーでは「モノバンク」と呼ばれる国営銀行がすべての国営企業に資金を供給したので、企業に予算制約はなく、生産は政治で決まった。赤字が出ても国営企業がつぶれることはなく、モノバンクが紙幣を印刷すればいい。

    それが社会主義の最大の欠陥だった。破綻しない国営銀行は政治的に声の大きい企業に資金を提供し、赤字になっても追い貸しで延命する。その結果、多くの非効率な企業が生き残り、無駄な商品の膨大な在庫が積み上がる一方、必需品には行列ができた。

    日本の社会保障が問題なのは、財政が破綻するからではない。日銀が国債を買えば、デフォルトは起こりえない。問題は曖昧な予算制約(SBC)で過剰投資が起こり、資源配分がゆがむことなのだ。それはかつて社会主義を滅ぼし、日本でも医療・介護の労働人口は900万人で、2030年代には製造業を超える最大の産業になる。その膨大な非効率性が日本経済の衰退の原因である。

    きょうから始まるアゴラセミナー「人生100年時代」でも、このような経済問題として社会保障を考えたい。

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    少子化の原因は女性の地位向上(アーカイブ記事)

    参政党の神谷代表の「高齢女性は子供を産めない」という発言が話題を呼んでいるので、2008年の記事を再掲する。

    本書のタイトルは、ハンチントンの『文明の衝突』へのアンチテーゼである。かつて世界の人口爆発は指数関数的に加速すると予想されたが、そういうことは起こらなかった。最近の人口予測では、ますます増加率が低くなっている。この原因としてもっとも有意な説明変数は女性の識字率である、と著者はいう。

    経済発展によって女性の教育水準が上がると、避妊を禁じる宗教的なタブーの拘束力が弱まり、産児制限が進む。こうした人口の抑制によって一人当たり所得も上がって社会保障も充実し、知的・経済的な近代化が始まるのだ。

    その結果、大多数が文盲で宗教的権威の影響が圧倒的に強い旧世代と、科学的知識を身につけた新世代の衝突が起こる。現在のイスラム原理主義は、一見ムハンマドの時代に戻る反動的な運動のようにみえるが、その担い手は知識層である。続きを読む

    与野党とも物価を上げる政策ばかり公約するのはなぜ?

    きょうは参議院選挙の公示。7月20日の投開票に向けて、選挙戦が始まりました。

    国民の最大の関心事は最近のインフレですが、与党の公約は給付金、野党は消費減税。これって「物価高対策」になるんでしょうか? チャットGPTに聞いてみました。

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