複雑な言語は「目的の共有」のためにできた

思考の自然誌
チャットGPTを初めて使ったとき驚いたのは、それまでの機械翻訳などと違って、自分で考えて文を組み立てる(ように見える)ことだった。これは霊長類の中でも人間以外にはない能力である。チンパンジーやボノボは、人間の言葉をまねることはできるが、自分で言葉を組み立てることはできない。

おもしろいことに、進化の系統では人間とまったく違う位置にいるイルカの鳴き声には文法があることがわかってきた。人間とイルカにはまったく共通点がないように見えるが、一つだけある。協力して獲物を獲ることだ。イルカは群れをなして魚を追い込む。人間は協力して大型動物を追い込む。

複雑な分節言語は、このような共同作業の目的を共有して協力するためにできた、というのがトマセロの仮説である。チンパンジーも血縁集団の中では協力するが、それを超える集団はできない。たとえば敵に襲われると傷つくという因果関係は学習できるが、「あそこに危険な敵がいる」という情報を他の個体に伝えることはできない。

人間の2歳児の知的能力はチンパンジーとほとんど変わらないが、親が「それはしてはいけない」と教えると従う。チンパンジーはいくら訓練しても、そういう指示を理解できず、他の個体に伝えることもできない。目的を共有する必要がないからだ。

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「国営ネズミ講」が国を腐らせる(アーカイブ記事)

The Socialist System: The Political Economy Of Communism (Clarendon Paperbacks)
社会保障は財政問題である。社会保険料という名前はついているが、給付に対して保険料は大幅に足りないので、一般会計から毎年40兆円近く補填している。これは一般歳出(政策的経費)の半分以上で、財政危機は社会保障の危機である。

これを今までは次世代にツケを回す国営ネズミ講で負担を先送りしてきたが、それはゼロ金利の時代には成り立つように見えた。MMTは、そういう錯覚の代表である。ビル・ミッチェルは次のように答える。

MMTは政府の予算制約(Government Budget Constraint)では始まらない。我々はその概念を明らかに拒絶している。[…]政府の購入能力は金融的には無限である。

政府(中央銀行)はいくらでも通貨を発行できるので国家に予算制約はなく、問題は「実物的なインフレ」だけである。物価は政府が統制でき、金利は国営銀行が操作できるので、インフレにならない限り政府支出はいくらでも拡大できる。続きを読む

OTC類似薬を保険から外したら患者負担は増えるの?

自民・公明・維新の3党合意でOTC類似薬の保険適用除外が決まりました。これに対して医師会や共産党が「保険適用をはずしたら患者負担が増えて貧しい人が薬を買えなくなる」と反対しています。

これは来年度予算の「骨太の方針」に入りましたが、具体的に何を適用除外するかは決まっていないので、戦いはこれからです。保険適用をはずしたら高くなるのか、チャットGPTに聞いてみました。

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Q. OTC類似薬って何ですか?

  • 「OTC」は Over The Counter の略で、薬局のカウンターで買える市販薬 のことです。
  • OTC類似薬は市販薬と同じ成分・効果ですが、病院だと保険が適用されて安く買える薬。正式には「医療用医薬品」と呼ばれます。

Q. なぜそれがこんなにもめるんですか?

  • 同じ薬なのに、薬局で買う市販薬より病院で処方された方が安いためです。
    • 処方薬:保険がきいて1割~3割負担
    • 市販薬:全額自己負担
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アゴラセミナー「人生100年時代:超高齢社会の制度と生き方」

いま日本の100歳以上の人口は約9万5000人。団塊の世代が100歳になる2050年には、50万人を超えると予想されています。そのころ人口は約1億人に減るので、実に20人に1人が100歳以上という超高齢社会になるわけです。



これはおめでたいことですが、喜んでばかりもいられない。2050年には65歳以上の高齢者は3800万人。それを5200万人の生産年齢人口が支えなければなりません。この政府の予測はかなり楽観的で、昨年の出生数は過去最少の68万人となり、予想を超える少子化が進んでいます。

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言語は社会の内面化である

トマセロ 進化・文化と発達心理学: 人の認知と社会性の個体発生をさぐる言葉を使うことが人間を類人猿からわける特徴だという説は、チョムスキーを初めとして多い。しかし最近の研究では、人類に特有だと思われていた次のような能力は、ゴリラやチンパンジーのような大型類人猿にもみられることがわかってきた:
 
 ・言葉を使う
 ・道具を使う
 ・集団で狩猟をする
 ・友達をつくる
 ・他の個体を助ける

もちろん類人猿は人間と同じではない。チンパンジーに言葉を教えても使えるのは単語だけで、複雑な文はつくれない。石などの道具を使うことはできるが、石器をつくることはできない。友達の範囲は、毛づくろいできる程度に限られている。しかし人類だけができて、大型類人猿にまったくできない能力はほとんどない。

では人類がここまで繁栄した原因は何だったのか。本書はその秘密は個体発生にあるという。多くの動物の能力は肉体的なハードウェアで決まるが、人間は「半製品」で生まれ、知能の大部分は子供が育つ段階で、環境との相互作用で形成される。その成果は文化として次の世代に継承され、社会に蓄積される。これが人類の驚異的な進歩の原因だという。

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消費減税の先には地獄が待っている

もう消費減税の話は終わったと思ったら、また立民が「食料品ゼロ%」とか参院選の公約を出したので、先月収録したFCチャンネルの動画をAIで要約しておく。



◉ 減税ムードの拡大

* 現在SNSでは「消費税を下げるべきだ」という意見が多数を占めている。
* 特に20代の若者の間で消費税減税や廃止への支持が高い。
* X(旧Twitter)やTikTokでは「財務省陰謀論」や「インフレは嘘」といった主張も見られる。

◉ 減税に対する懸念

* 経済学者・池田信夫氏らは、赤字国債での補填は危険だと警告。
* 「減税しても大丈夫」と言われる背景には、金利のリスクや国債価格の暴落への無理解がある。
* 現在の国債利回りは上昇しており、借り換えコストが年々膨張している。

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国民年金は岸信介が自営業者を買収する年金だった

ルポ年金官僚―政治、メディア、積立金に翻弄されたエリートたちの全記録
年金流用法案を批判すると、「年金財政は磐石だ」という類の反論が関係者から来る。確かに厚生年金は、GPIFの積立金が258兆円もあるので当分は心配ない。問題は国民年金である。これは1961年にできたときから問題を抱えた制度だった。

1955年に左右社会党が統一され、自由党と民主党が保守合同して、日本でも左右対決の時代が始まった。このとき労働組合という大組織を集票基盤とする社会党に対して、自民党は各議員の後援会しかなく、組織力において劣っていた。

これを補うために、後援会の中核になる農民や自営業者を年金で買収するのが国民年金の目的だった。無職まで対象にした「国民皆保険」は世界になかったが、貧しい日本でともに助け合うという合意があったため、保険料も年金も定額という平等主義(所得に対しては超逆進的)の年金ができた。

岸内閣は1959年に「全国民に年金を保障する」と公約して総選挙に圧勝し、国民年金法案を閣議決定した。財源の乏しい中で実施を急いだため、1961年に始まったときの支給額は月額わずか1000円だったが、初期の受給者は保険料を払わないで年金をもらえたので大喜びだった。

のちに国の拠出金を入れて年金支給額は増額されたが、最低限度の生活を維持できる金額ではなかった。他方で初期には受給者より被保険者のほうがはるかに多かったので積立金が大幅に余り、政治家の利権になった。全国に「グリーンピア」などの保養所を建てて官僚が天下った。

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年金流用法案は廃案にして「加入45年化」を復活すべきだ

年金法改正案については、専門家にも流用(マクロ経済スライドの早期終了)は筋が悪いという意見が強い。制度・規制改革学会は「厚生年金を流用した基礎年金の底上げ」の復活は国民にとって無意味かつ有害という意見書を出した。

では流用をやめたらどうするか。その代案は、実は厚労省年金局の原案にあった。国民年金(基礎年金)は20歳以上60歳未満のすべての人が加入し、保険料(年額約20万円)の納付期間に応じて年金を原則65歳から受け取る。この保険料納付期間を、現在の40年から45年(20~64歳)に5年延長するのが年金局の原案だった。

国民年金ができた1961年には男女とも60歳台だった平均寿命は、今は男性81歳、女性は87歳に延びたが、保険料の納付期間は64年前と同じだ。60歳を過ぎても働く高齢者が増加した。自営業者も65歳以上が4割超を占める。厚生年金は(雇用が続く場合は)70歳まで納付するので、この格差も問題がある。

そしてこの加入45年化を実行すれば、不安定な国民年金の財源が安定する。納付期間を5年延長すれば、満額なら今より年額10万円ぐらい多い基礎年金を受け取ることができる。老後の基礎年金が増えれば、障害基礎年金や遺族基礎年金も増える。



「加入45年化」のイメージ(読売新聞)

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賃上げに必要なのは財政バラマキでも減税でもない

日本経済の大きな問題は、賃金が上がらないことだ。特に最近はインフレで実質賃金が下がっており、政府は「新しい資本主義実現会議」で実質賃金の1%上昇をめざす「賃金向上推進5カ年計画」を決めた。

しかし具体的な政策としてあがっているのは「中小企業支援」などの財政バラマキばかりで、賃金が上がる道筋は見えない。政府が賃上げできるのは、公務員だけである。民間企業の賃上げを政府が代わりにやることはできないのだ。

まず日銀が利上げでインフレを止めよ


他方、国民民主党は「実質賃金を増やすために減税が必要だ」という手前味噌のキャンペーンを張っているが、そのロジックがよくわからない。

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脳・心・人工知能<増補版>

脳・心・人工知能〈増補版〉 数理で脳を解き明かす (ブルーバックス)
名著の増補版。きっかけは著者が昨年のノーベル賞を取り逃がしたことだろう。ホップフィールドと同じ理論を1967年の甘利俊一氏の論文が提唱しており、彼も共同受賞すべきだったが、増補された3章では大規模言語モデル(LLM)が60年前の彼の理論の発展であることを示している。

いま人工知能と呼ばれているのは知能ではなく機械学習で、そのハードウェアはPCなどとは違うニューラルネットである。これが実装されるようになったのは1990年代だが、甘利氏はその原理を60年代に数学的に定式化した。時代の先を行きすぎてハードウェアに実装できなかったが、これが今の深層学習の原型である。

脳の情報処理は、外界からの刺激によるニューロンの興奮の伝達で行われる。たとえば猫の映像は網膜で多くの画素ベクトルに分解され、ニューロンはその刺激を隣のニューロンに伝える。こうした多くの刺激を総合して画像認識が行われ、そのとき多くのニューロンの出力の重みWをかけて出力値(猫か否か)が決まる。

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日経XTREND
より

これをモデルにしてニューラルネットでは、入力層と出力層の間に中間層(重み行列)を設定する。出力値を正解と照合して誤差に応じて重みを補正するのが甘利氏の確率降下学習法だが、この原理はLLMと基本的に同じである。

画素の代わりに言葉をベクトルと考え、それに重み行列(多くの文の中の言葉の分布)をかけて次の言葉を予測する――たったこれだけであれほど見事な文を書けるのはどうしてなのか、とニューラルネットの元祖もチャットGPTに驚嘆している。

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