日銀はインフレ目標から「為替ターゲティング」に転換するとき

きょう終わった日銀の金融政策決定会合では、予想どおり「現状維持」という方針が発表された。植田総裁は記者会見で政策金利に言及したが、読売新聞で「マイナス金利の解除」とも受け取られる発言をしたことについては、既定方針は変わらないと述べた。



彼はいまだにインフレ目標2%にこだわっているようだが、そんな数字に意味はない。きょう発表された8月のコアCPI上昇率は3.1%と前月と変わらず、もう17ヶ月も2%を「持続的に安定的に上回っている」が、日銀は目標は未達とのスタンスを変えない。これではインフレ目標は、本来の非裁量的で透明な政策ターゲティングという役割を失ってしまった。

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グローバルな実質金利に「ゼロ下限制約」はない

あすから日銀の金融政策決定会合が開かれる。今度の会合が注目されているのは、植田総裁が読売新聞のインタビューで「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可能と判断すれば(年内に)解除する」と語ったからだ。これまでもっぱらYCC(長短金利操作)だけが注目されてきたが、植田総裁が政策金利に言及したのは初めてだ。

マイナス金利という異常な政策を正常化することが彼の使命だが、その最大の障害になっているのがインフレ目標である。しかし現在の世界で、インフレ目標を厳格に守っている中央銀行はほとんどない。日銀でさえコアCPI上昇率が3%を超えても、緩和をやめない。その理由は、インフレ目標には理論的根拠がないからだ。一般的にいわれる根拠は、

 A.名目賃金の下方硬直性
 B.名目金利のゼロ下限制約

の二つだが、日本ではAは問題にならない。非正規労働者の増加という形で、名目賃金を切り下げたからだ。

問題はBだが、これも実質金利を考えれば、ゼロ以下になることがある。図1は日米の実質金利差(ドル-円)をみたものだが、実質金利の高い国の通貨は高くなるという金利平価説がほぼなりたっている。名目金利の下限はゼロだが、ドル建てでみると大幅なマイナスもあった。つまり開放経済では実質金利にゼロ下限制約はないのだ

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図1 日米の実質金利差とドル円レート(ファイナンシャルスター)

10月6日からのアゴラ経済塾「グローバリゼーション後の世界経済」では、こういうグローバルな視野から日本経済を考えたい。

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バブルは2度崩壊する

最後の防衛線 危機と日本銀行
中国経済が「日本化」しているといわれるが、日本の1990年代のバブル崩壊とは何だったのだろうか。それをリアルタイムで経験した私の世代が退場する今、その経験を語り伝える意味はあるだろう。その特徴は、バブルは2度崩壊するということだ。

最初は1990年初めからの株価下落だが、当時は誰もそれがバブル崩壊とは思わなかった。「バブル」という言葉が新聞に出てくるのは91年からで、バブルの象徴として有名なジュリアナ東京が開業したのは91年5月である。景気があやしくなったころ、よく使われた言葉が不良債権だが、それは「借金のこげつき」ぐらいの意味で、誰も銀行が債務超過になっているとは思わなかった。

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ジュリアナ東京

それが金融危機として表面化した第2のバブル崩壊が、著者が日銀の信用機構課長になった1997年である。11月3日に三洋証券が会社更生法を申請したことは大した事件ではなかったが、その結果コール市場で三洋証券がデフォルトになった。これで短期資金の市場が凍りつき、銀行がインターバンク市場に出していた資金を引き上げた。

これが拓銀や山一証券の破綻につながったのだが、そこには日銀の誤算があった。金融行政の常識では、特別な救済措置を必要とするのは、債権者(預金者)が非常に多い預金取扱金融機関だけで、証券会社は会社更生法で破綻処理するのが当然と考えられていた。顧客の株式は証券会社が保管しているので、全額返還できる。債権者は法人だけなので、破産管財人が債権者会議で債務整理すればいい。

ところが証券会社のインターバンク市場への影響が予想外に大きいことがわかったので、山一は会社更生法ではなく、11月24日に自主廃業という形をとった。これが「四大証券の一角が消滅する」というショックとなって、一挙に金融収縮が拡大したのだ。なぜこんな前代未聞の形をとったのか。

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福島第二原発を再稼動せよ

世界的に化石燃料の値上がりで、原子力の見直しが始まっている。米ミシガン州では、いったん廃炉が決まった原子炉を再稼動させることが決まった。

アメリカではシェールガスの価格が下がったため、原子力の競争力がなくなったが、ウクライナ戦争以降の化石燃料の値上がりで、ミシガン州は原発を動かす方針に転換した。今回はこれを受けて、いったん廃止されたパリセード原発(出力85.7万kW)を再稼働し、その電力を地元の発電組合に売ることが決まったものだ。

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電力自由化はなぜ「敗戦」したのか

電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦 (日本経済新聞出版)
本書の副題は「戦略なき日本のエネルギー敗戦」。エピローグには今の電力危機が「第三の敗戦」だと書いてある。第一の敗戦は日米戦争、第二の敗戦が何かは書いてないが、1990年代の「経済敗戦」だろう。

著者は第一の敗戦と第三の敗戦が似ているというが、第一の敗戦の原因は明らかだ。勝てるはずのないアメリカと戦争を始めたことがすべての原因で、敗戦はその必然的な結果だった。それを今の電力危機と重ねるなら、第三の敗戦の原因は、福島第一原発事故である。このとき津波対策を怠ったことが最大の原因で、事故はその必然的な結果だった。

だから8・15と重なるのは3・11だが、そこからの道筋はまったく違う。8・15ではGHQのダメージ・コントロールで、日本経済はほぼ10年で開戦前の状態に戻った。その最大の原因は、マッカーサーという強力な指導者がいて、日本を冷戦の橋頭堡として再建する明確な戦略があったことだ。

それに対して3・11後の電力自由化は迷走を続け、12年たっても電力インフラは事故前の状態を回復できない。その点では、現状は1990年代の第二の敗戦に似ている。

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アゴラ経済塾「グローバリゼーション後の世界経済」

日本経済の「失われた30年」の原因については多くの議論がありますが、見落とされがちなのは、それが中国や旧社会主義国の世界市場への参入によるグローバリゼーションの時代だったことです。

これはそれほど古い出来事ではありません。自由貿易という意味でのグローバリゼーションはアダム・スミスの時代から始まっていますが、情報ネットワークに乗って国際資本移動が自由になり、海外直接投資できるようになったのは、1990年代以降なのです。


世界のGDPに占める先進国(G7)のシェア

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黒田日銀のゼロ金利政策が製造業の空洞化を招いた

Pursued Economy: Understanding and Overcoming the Challenging New Realities for Advanced Economies (English Edition)
本書は『追われる国の経済学』の改訂版で、中身もほとんど変わらないが、重点の置き方がちょっと違う。前著では経済の成熟した「追われる国」では金融政策はきかないので「最後の借り手」としての政府の役割に重点が置かれていたが、本書では為替レートの役割を強調している。

昔の貿易理論では為替レートは購買力平価で決まり、貿易赤字の国の通貨は弱くなると考えたが、現実には大きな貿易赤字を抱えるアメリカのドルが世界の「一強」になり、ユーロも円も弱くなっている。「正しい為替レート」を決める理論は存在しないが、その動きを説明するのは実質金利の均等化である。

日本の長期金利は2010年代、実質金利でみると、ほぼ一貫してマイナスだった。アメリカの実質金利はこれより2~3%高かったので、投資家は円を売ってドルを買う。黒田日銀はゼロ金利の円資金を大量に供給したが、これがドルに転換され、円安が進んだ。

結果的に投資機会の少ない日本から、資金需要の旺盛なアジアの新興国に直接投資が増え、製造業の空洞化が起こった。これは黒田総裁にとっては意図せざる結果だった。彼は円安で輸出が増え、景気がよくなると思ったのだが、その逆に貿易赤字になり、円安が続いても企業は帰ってこなかった。これが今に至る長期停滞の大きな原因である。

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冷戦で政治的に勝利したのは東ドイツだった

ドイツリスク~「夢見る政治」が引き起こす混乱~ (光文社新書)
川口マーン恵美氏が、最近のドイツが「東ドイツ化」しているという考察をしている。冷戦の終了で西ドイツは東ドイツに勝ったと思っているが、必ずしもそうはいえない。

経済的には西ドイツが圧勝したが、政治的には16年間にわたってドイツの首相を務めたメルケルは東ドイツ出身だった。その後のショルツ政権で主導権を握ったのは緑の党であり、彼らは原発ゼロという社会主義的な政策を30年前から掲げ、今年それを実現してしまった。

これには多分に特殊ドイツ的な要因があり、本書もいうようにドイツ人の自然主義やロマン主義は、ヨーロッパでも他にはみられない。特にドイツ特有なのは、観念を事実より優先する傾向である。原発は悪のエネルギーだという観念で政治が動き、それによって国民が損するかどうかは考えない。

決まったことは一丸となって実行し、反原発というナンセンスな政策を理路整然と説明する。ウクライナ戦争で一時は考え直したかと思ったが、結局は原発ゼロにしてしまった。そしてエネルギー価格は暴騰し、成長率はEUで唯一マイナスになって、またヨーロッパの病人といわれている。

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量子力学の多世界解釈

量子力学の多世界解釈 なぜあなたは無数に存在するのか (ブルーバックス)
昨年のノーベル物理学賞が、アスペなどの量子もつれの証明に与えられたことをきっかけに、量子力学の観測問題が話題になった。その不思議な性格を示すのが、二重スリット実験である。

電子を2本のスリットを通して1個ずつ発射すると、スクリーンに干渉縞ができる。電子は1個だけなのに干渉が起こるのは、電子の位置が確率的にしか決まっていないためだ(これを純粋状態と呼ぶ)。ところが電子がどっちのスリットを通ったかを人間が観測すると干渉は起こらず、1個ずつ粒子として見える(混合状態と呼ぶ)。

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高エネルギー加速器研究機構の資料

これは純粋状態では複数の電子が干渉するが、人間が観測すると電子が1個しかなくなると考えるしかない。これは直観的には受け入れがたい解釈なので、アインシュタインはEPRパラドックスを提示したが、それがパラドックスではないことを示したのがアスペなどの実験である。

それによると2本のスリットが宇宙の端と端にあっても、一方を観測した瞬間に他方の状態が変わる。光速を超えて情報が伝わる遠隔作用が起こるのだ。この量子もつれが量子コンピュータに応用されているが、それを説明する理論はまだない。その中で最近、有力だといわれているのが多世界解釈である。これは「宇宙は一つしかない」というニュートン以来の仮説を否定するものだ。

続きは9月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

国債への「過剰な信頼」が民間投資をクラウディングアウトする

このごろ自民党だけでなく、国民民主党や維新まで財政バラマキ(あるいはバラマキ減税)を主張するようになった。ゼロ金利時代が長く続いたため、多少あらっぽく財政赤字を出しても、何も起こらないと思っているのだろう。

これはある意味では正しい。コロナのバラマキとウクライナ戦争による資源インフレで、アメリカは激しいインフレになり、政策金利が長期金利を上回る異常事態になっているが、日本はよくも悪くも何も起こらない。インフレ率は4%程度で頭打ちだ。

それは逆にいうと、財政バラマキをやっても大した効果はないということだ。日本経済のマクロ経済感度ともいうべきものが弱っており、黒田日銀があれほどめちゃくちゃの量的緩和をやっても、インフレにならなかった。

その原因は、国債が民間投資をクラウディングアウトしているためではないか。普通のクラウディングアウトは、財政赤字で金利が上がって民間投資を締め出す現象だが、日本では政府が過剰に信用されているため国債が魅力的になり、銀行が民間に融資しないでゼロ金利の国債を買っている。これがシムズのいうハイパーリカーディアンな状態である。

続きは9月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)
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