秋本真利議員の洋上風力疑惑についての国会質問

きのう国会の予算委員会で、自民党の秋本真利議員の疑惑について、立憲民主党の源馬謙太郎議員が質問した。

最大の疑惑は、秋本議員が国交省の政務官になる前に買っていた洋上風力業者「レノバ」の株式である。図のように秋本議員が国交省の政務官になる前の2018年初めには200円程度だったが、2021年に洋上風力の落札が確実といわれていた時期には、6000円に値上がりした。

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秋本議員がレノバの株式を2600株もっていたとすれば、約1500万円の値上がり益が出たはずだが、2021年12月にレノバが落札に失敗すると、株価は1200円に急落した。続きを読む

「大学無償化」は社会的な浪費である

大学なんか行っても意味はない?――教育反対の経済学
東京都や大阪府が大学を無償化するが、この問題についての経済学者の意見はほぼ一致している:大学教育の私的収益率はきわめて高いが、社会的には浪費である。大卒で高い所得を得られるのは教育で能力が上がるからではなく、学歴のシグナリング効果である。これは親が子供にアクセサリーを買ってやるのと同じなので、公的支援は正当化できない。

本書はこういう理論・実証研究をまとめたもので、原題は『教育に反対する理由』。大学教育の収益率は明らかにマイナスだが、高校教育も(それに投じられる公費以上に)役に立つ証拠がない。小中学校は役に立つので、その外部性(誰もが字を読めるなど)を考えると公的投資は正当化できるかもしれない。

先進国でも途上国でも、教育投資と成長率は無関係である。20代前半まで多くの子供が学校に行くのは、社会的には大きな損失である。多くの途上国では子供は10代前半から働くが、学校教育の長さとGDPに有意な相関はみられない。

ほとんどのスキルは職場で身につけるので、学校教育は効率的ではないが、多くの人が子供への教育投資を増やしているので、世界中で学歴のインフレが拡大している。欧米では修士以上でないとエリートになれないが、学歴エリートの労働者としての能力は低い。

だから大学無償化は、そのねらいとは逆の結果をもたらす。子供を大学に進学させる親は平均より豊かなので、所得は逆分配になる。学歴のインフレが激しくなり、必要のない子供が長期間、教育を受けるので効率は落ちる。これに比べれば、非裁量的な児童手当のほうがましだ。

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N分N乗で「130万円の壁」はなくなるのか

国会で珍しく税と社会保障についての中身のある議論が行われた。少子化対策として所得税のN分N乗方式について、自民党の茂木幹事長が言及し、維新と国民民主も同じ趣旨の提案をした。これは所得を家族の数N人で割り、それぞれの税額をN倍して課税するものだ。

次の図は国民民主の案だが、夫の年収が1200万円だと、社会保険料や給与所得控除などを引いた課税所得が762万円。これに23%の税率を適用すると、所得税額は112万円となる。これに対してN分N乗では、妻を1人、子供を0.5人とカウントする。



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日銀は賃上げを実現できるのか


令和臨調なるものをきょう初めて知ったが、次の日銀副総裁とも目される翁百合氏が共同座長とあって注目され、ドル円が午前中に急落した。その原因は、2013年に結ばれた政府と日銀の共同声明を見直し「2%を長期の物価安定目標として新たに位置付ける」という緊急提言が金利上昇をほのめかしたためらしい。

この提言は、全体としては財務省=日銀主流派の理論で、「大政奉還」ともいえる内容だが、気になるのは政府と日銀の共通目標として「生産性向上、賃金上昇、安定的な物価上昇が起こる持続的な経済成長が実現するための環境を作る」と書かれていることだ。「日銀が賃上げを実現する」というのは黒田総裁の謎理論だが、具体的に何をするのだろうか。

メンバーには経済学者もいるのでわかっているはずだが、賃金は労働生産性の従属変数であり、それ自体を政府が目標とすべきものではない。生産性向上も定性的な目標としてはわかるが、中央銀行のミッションではない。中央銀行の目的は次の二つである:
  1. 最後の貸し手として金融システムの安定をはかること
  2. 物価や資産価格を安定させ、経済の変動を減らすこと
このうち日銀の中の人にとっては1が圧倒的に重要だが、それ以外の(黒田総裁を含む)人にとっては、日銀の態度は過剰に慎重にみえるようだ。この対立が、ここ20年の不毛な政策論争の原因だった。

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マフィアとソーシャルキャピタル

イタリア・マフィア (ちくま新書)
イタリアはソーシャルキャピタル(社会関係資本)の教科書である。ミラノなど北部はパトナムの『哲学する民主主義』が描いたように都市国家以来の市民的公共性が成立し、豊かな工業地帯があるが、シチリアなど南部にはソーシャルキャピタルが欠如し、犯罪が多く貧しい。

その原因は、南部が中世にながくスペインの支配下にあったためだ。スペインはイタリア人の反乱を恐れてコミュニティを徹底的に分断した。その結果、村の対立抗争が起き、治安を守る広域的な警察がなかったため、財産権の保護が成立しなかった。この空白を埋めるため、私的な警察としてマフィアができたのだ。

しかし安全という公共的なサービスを市場メカニズムにゆだねることは危険である。安全が達成されるとサービスへの需要がなくなるので、市場を維持するためにつねに危険を作り出す。マフィアは顧客の競争相手を暴力的に排除し、抗争を起こすことによって安全への需要を作り出すのだ。

公共インフラがこのように私的に独占されると、すべての人々がマフィアに従わないと生きていけなくなる。警察も教会も、マフィアの暴力には勝てない。検事にも裁判官にも、容赦ないテロが繰り返される。それと対決すべき政府の首脳にも、ベルルスコーニのようなマフィアと関係のある人物が就任し、「マフィアとの共存」を呼びかける。

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グリーン経済学は「カーボンゼロ」をめざさない

グリーン経済学――つながってるけど、混み合いすぎで、対立ばかりの世界を解決する環境思考
90年前、世界が大恐慌に陥ったとき、計画経済によってすべての問題が解決すると考えた人々がいた。彼らの理想郷はソビエト連邦であり、その教義はマルクス主義だった。それが錯覚だとわかるまでに70年以上かかり、多くの人がその犠牲になった。

そして今、世界を環境社会主義がおおっている。今度の彼らの理想は計画経済ではなく、CO2排出ゼロであり、理想郷は原発ゼロにして再エネで経済を維持しようとしたドイツだった。その理想はウクライナ戦争で崩れ去ったが、今なおそれに固執する人がいる。

彼らは、かつての社会主義が陥ったのと同じ錯覚に陥っている。経済を計画的に運営すること自体は目的ではなく、人々が豊かで快適な生活を送る手段にすぎない。同じように地球の平均気温を一定に保つことは人間が快適に生活する手段であり、気温はその条件の一つにすぎない。

世界の大部分の国では、100年後の地球の平均気温が2℃上がるか3℃上がるかなんて気にする人はいない。電力もない途上国の人々にとっては、化石燃料だろうと原子力だろうと、安価で安定したエネルギーが必要なのだ。

次の図のように排出規制と所得はトレードオフになっているが、快適な環境は外部効果なので、価格で計測できない。たとえばガソリンの価格が安いのは、大気汚染やCO2排出などの外部性が反映されていないためだ。

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ここで炭素税(横軸)をかけると化石燃料の消費が減り、名目所得は減るが、環境が改善されて本当の所得(true income)は増える。それが最大になる点が、最適な炭素税率である。これ以外に、排出量などの数値目標を設定することは望ましくない。「カーボンゼロ」なんてナンセンスな目標である。

国連で1.5℃目標や2050年排出ゼロなどの非現実的な目標が出てくるのは、それが法的拘束力のない努力目標なので、いくらでも美辞麗句がいえるからだ。損するのはそれをまじめに実行する日本のような国で、利益を得るのは中国のようなフリーライダーである。

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三浦瑠麗氏は成長戦略会議に「事業者」として要望を出していた

三浦瑠璃氏は、夫の再エネファンド「トライベイキャピタル」が家宅捜索を受けてから1週間、毎日ツイッターのトレンドのトップを独走しているが、きょうになって夫が業務上横領の容疑で捜査を受けていることがわかった。

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三浦氏は「私としてはまったく夫の会社経営には関与しておらず、一切知り得ないことではございますが、捜査に全面的に協力する所存です」というコメントを出したが、これは本当だろうか。

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「交換」を拒否して「贈与」を守った縄文人

アイヌと縄文: もうひとつの日本の歴史 (ちくま新書)
アイヌは先住民族かという問題がちょっと話題になっているが、この答は自明である。本書もいうように、縄文人は1万3000年前から日本列島にいたが、それが北方のオホーツク人と混血したアイヌが出てきたのは、いくらさかのぼっても縄文後期の続縄文時代(2300年前~)である。

アイヌは民族というより文化であり、縄文人が弥生人と同化した後も独自の言語を守った。「アイヌ文化期」と呼ばれるのは13世紀以降だが、この時期にアイヌが生まれたわけではない。彼らは北海道に残って弥生人との同化を拒否した縄文人なのだ。

だから現在のアイヌから縄文人の生活を推測できる。その最大の特徴は贈与と返礼を大事にし、商品交換をきらうことだ。贈与は自分の余剰生産物を贈って返礼を求める共同作業であり、相手は同じ部族の中に限られる。それに対して商品交換は他の部族との間で行われ、両者は厳密に区別されていた。

9世紀以降の「擦文時代」と呼ばれる時期には、北海道のアイヌは本州の和人との間に中立地帯を設けて取引をおこなった。たとえば毛皮を米と交換するとき、アイヌは中立地帯の同じ先祖をもつ親族に毛皮を贈与し、その親族は婚姻関係をもつ和人に贈与し、その逆のルートで和人はアイヌに米を贈与した。直接交換すれば簡単なのに、なぜこんな奇妙な取引をしたのだろうか。

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アイヌは「先住民族」ではない


北海道大学の教員(大学院保健科学研究院の境信哉教授)が「アイヌは先住民族でないことは確かです」などとツイッターに書いたことが「不適切発言」だとして、大学が削除させた。これは大学に活動家が「差別発言だ」と抗議したためらしい。

2019年にアイヌ民族支援法で、アイヌを「北海道の先住民族」と規定したが、これは学問的には誤りである。境氏の話は、歴史的には正しい。

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黒田日銀の最大の罪


週刊東洋経済に載った白川前日銀総裁の寄稿が話題を呼んでいる。著書『中央銀行』では控えていた黒田日銀の評価が、慎重に言葉を選んで語られるが、ひとことでいうと、量的緩和は有害無益だったということだ。

物価目標未達の理由として、今日、消費税増税の影響や「適合的物価予想」が指摘されることが多いが、最終的に物価を決めるのはマネタリーベースであり(リフレ派)、中央銀行の期待への働きかけであるはずだった(期待派)。最近は物価を決めるのは賃金だという議論が有力になっている。[…]「デフレは貨幣的現象」の議論はどこに消えたのかという思いは禁じえない。

これは量的緩和の失敗を消費増税のせいにするリフレ派への皮肉である。彼らは2014年の3%増税だけで日本経済が失速し、量的緩和の効果が台なしになったというが、消費需要が足りなくなったら、日銀がもっとマネタリーベースを出せばいいのではないか。

それとは別に「期待派」と書かれているのが黒田総裁である。これはリフレ派の素朴な貨幣数量説とは違い、インフレ率がforward-lookingな予想で決まるというニューケインジアン理論だが、これも反証された。国民の7割はインフレ目標さえ知らないからだ。

無益だというのは予想されたことだが、量的緩和は予想以上に有害だった。いまだに「緩和が足りなかった」とか「財政バラマキが足りなかった」という人がいるが、むしろ緩和が事態を悪化させたのだ。

続きは1月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)


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