エネルギー

原子力規制委員会の「専門バカの壁」



世の中で専門家と思われている人でも、専門以外のことは驚くほど無知だ。特に原子力工学のような高度に専門分化した分野だと、ちょっと自分の分野からずれると「専門バカ」になってしまう。原子力規制委員会も、そういう罠にはまっている。

続きはアゴラで。

原発ゼロは将来世代への「代表なき課税」

原子力規制委員会は、運転開始から40年が経過した日本原子力発電の敦賀1号機、関西電力の美浜1・2号機、中国電力の島根1号機、九州電力の玄海1号機の5基を廃炉にすることを認可した。新規制基準に適合するには多額のコストがかかるので、今後も再稼動できないまま廃炉になる原子炉が出るだろう。

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日本は「核武装のオプション」をもっている

日本はなぜ核を手放せないのか――「非核」の死角JBpressにも書いたが、来年、日米原子力協定が切れる。原発のほとんどが止まっている日本は、余剰プルトニウム47トンをどう処理するのか、アメリカに説明を求められるだろう。その理由は、高速増殖炉がなくなった今は、核武装の技術的オプションをもつことしかない。これはいま核武装するという意味ではないので、核拡散防止条約には違反しない。

それが本書のタイトルの答であり、秘密でも死角でもない。政府は国会で「核武装は合憲だ」と答弁している。著者は反原発派なので、核兵器そのものが悪だという前提で「核密約」を糾弾しているが、兵器は単なる手段であり、よくも悪くもない。アメリカの「核の傘」がなくなったら、日本が核武装する必要があるかもしれない。ただしプルトニウムは47トン(原爆6000発分)も必要ないので、余剰プルトニウムは売却すればいい。

ところが原子力推進派も、私が「日本の原子力開発には核兵器がからんでいたのでは?」と質問すると、血相を変えて怒る。「最初から100%平和利用であり、核兵器への転用なんか考えたこともない」というのだ。考えたことはないかもしれないが、客観的にみて原発はプルトニウム製造装置である。正力松太郎が東海村に導入したコールダーホール炉は、イギリスが兵器用プルトニウムの生産を目的に開発したものだった。

続きは5月1日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

日米の「核密約」をめぐるねじれ


朝鮮半島に「有事」の現実性が高まったが、国会の議論はあい変わらず憲法論争だ。憲法違反だろうとなかろうと、弾道ミサイルが日本国内に落ちたらどうするのか。米軍が北朝鮮を攻撃するとき、日本政府はそれを承認するのか――日米安保条約には、こうした問題について明確な規定がない。空母カール・ビンソンが北朝鮮を攻撃するときは事前協議するように日本政府は求めたが、これは協議するだけで拒否権はない。

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炭素税を「国境調整」する保守派の提案



パリ協定を受けて、炭素税をめぐる議論が活発になってきた。3月に日本政府に招かれたスティグリッツは「消費税より炭素税が望ましい」と提言した。他方、ベイカー元国務長官などの創立した共和党系のシンクタンクも、アメリカ政府が炭素税を採用するよう求める提言を出した。

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東芝危機と安全保障



きのうの言論アリーナで、諸葛さんと宇佐美さんが期せずして一致したのは、東芝問題の裏には安全保障の問題があるということだ。中国はウェスティングハウス(WH)のライセンス供与を受けてAP-1000を数十基建設する予定だが、これは2010年に東芝の佐々木則夫社長(当時)が中国に売り込んだものらしい。

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豊洲騒動は原発事故の「二度目の笑劇」



きょうで東日本大震災から6年である。マスコミも飽きたのか、ほとんど特別な報道をしなくなったが、原発事故の後遺症はまだ続いている。特に「風評被害」で被災者が9万人も帰宅できず、「汚染水」に騒ぐマスコミのおかげで廃炉作業は難航している。

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核廃棄物の最終処分地は六ヶ所村にある

使用ずみ核燃料の最終処分地をめぐる問題は混迷している。それを理由に、原発は「トイレなきマンション」だから「原発ゼロ」にすべきだという議論がいまだにあるが、これは技術的には誤りだ。フォン・ヒッペルなどの専門家が提言しているように、青森県六ヶ所村で「乾式貯蔵」すればよい。

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東電を分社化して原発事故処理の国民負担を明確化せよ



きのうの言論アリーナでは、東芝と東電の問題について竹内純子さんと宇佐見典也さんに話を聞いたが、議論がわかれたのは東電の処理だった。これから30年かけて21.5兆円の「賠償・廃炉・除染」費用を東電(と他の電力)が負担する枠組は可能なのか。そして望ましいのか。

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東電と東芝の会社整理を考える

朝日新聞の「(争論)21.5兆円、私も払う?」という記事で、アゴラにもたびたび登場する竹内純子氏と、反原発派の除本理史氏の意見が紹介されている。

このタイトルは意味不明である。21兆5000億円の「賠償・廃炉・除染」費用が本当に必要なら、誰かが払うしかない。それを東電が払っても最終的には利用者に転嫁され、東電が負担できなければ税金を投入するしかない。「なぜ私企業が起こした事故の尻ぬぐいを、私たちがしないといけないのでしょうか」という除本氏は、金がなくなったら事故処理をやめろというのか。

続きはアゴラで。






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