テクニカル

政府に「会社更生法」が適用されるとき

Interest and Prices: Foundations of a Theory of Monetary Policy
学生のころ、フリードマンの自然失業率の論文を読んで目からウロコが落ちたが、シムズのジャクソンホール論文は、それ以来だ。フリードマンが見事にスタグフレーションを説明したように、FTPLは長期停滞を説明した。それをフリードマンになぞらえると、自然失業率に相当する重要な概念が非リカーディアン均衡である。

政府の本源的な収入は税収だけだから、長期的には均衡財政になるというのがバローのリカーディアン均衡(中立命題)だが、政府は通貨を印刷して債務を返済できるので、理論的には「無税国家」も可能だ。ウッドフォードはFTPLの指導的な理論家だが、本書でも「政策が非リカーディアンなら、政府予算は外的な制約を受けない」という(p.315)。

つまりケインズ政策で景気は無限によくなるように見えるが、長期的には金利が上昇するとインフレで実質債務のデフォルトが起こり、金利と物価が発散する。それを防ぐために財政赤字を減らすと財政黒字の現在価値が上がり、民間投資をクラウディングアウトして物価が下がる。それは次の均衡条件で説明できる。

 物価水準=名目政府債務/財政黒字の現在価値

これは日本やEUが「非リカーディアン不均衡」にあるからで、それを非リカーディアン均衡に近づけて安定させようというのがシムズの提案だ。それには政府の過剰債務の整理が必要だ。会社更生法のように国民がインフレで「債権放棄」すると同時に、政府が社会保障などの債務を踏み倒してリストラするのだ。

続きは2月6日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

消費税の増税延期では何も起こらない

シムズが来日し、「消費税の増税を延期せよ」と提言している。これはクルーグマンのいい加減な話とは違い、検討に値する。彼は安倍首相とも会うようで、「アベノミクス2.0」としてFTPLが採用される可能性も出てきたが、彼のインタビューには気になる部分がある。
――物価上昇が止まらなくなり、ハイパーインフレーションにはなりませんか。

(シムズ)そんなに大きな危険はない。人々はなぜハイパーインフレが良くないかを理解している。インフレは政治的にも不人気だ。どう対処すべきかも分かるし、対処のための政策手段も整っている。物価が上がるよりも素早く金利を上げる。財政政策でも対処できる。[…]

むしろ低金利環境が長引き、なかなか物価上昇率が高まらないケースの方が心配だ。最初は動かなくても、やがて急激に上がる瞬間が来る。急な調整を迫られる可能性もある。だからこそ物価上昇率が早めに、少しずつ上がるようにしておくべきなのだが。
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政府は東芝を救済すべきか

GEPRの記事は結論だけ書いたが、巨額のサンクコストが発生した企業を政府が救済すべきかというのは重要な問題なので補足しておく。事実関係は経営陣が説明するまでわからないが、一般論としては救済することが合理的だ。
sbc

図で括弧の中の左は債権者(銀行)、右は債務者(東芝)の資産とする。原発1基あたりの投資が5000億円で、プロジェクトが成功した場合は銀行が1000億円、東芝が2000億円の利益が出るとする(これは問題ない)が、規制強化で1000億円コストが増えたとしよう。

清算して原発の建設を中止すると両者の資産はゼロになるが、銀行が救済すると資産が減損処理されて4000億円になるとする。この場合は銀行は1000億円損するが清算するよりましなので、融資を維持することが合理的だ。債務者にとってはもちろん融資の維持(1000億円の利益)が望ましいので、事後的には両者にとって救済が合理的(パレート効率的)である。

東芝の損失7000億円の最大の原因も、福島事故後の規制強化による固定費(追加投資や工事の遅れ)だといわれる。原発はほとんど完成しており、運転すればキャッシュフローは大きな黒字が見込まれるので、向こう20年ぐらいを考えれば銀行は融資を回収できるだろう。債務超過かどうかは、サンクコストの問題だから破綻処理とは無関係だ。

普通の銀行にはそういう長期的な融資は困難だが、政投銀なら融資できる。図のように1000億円損しても、「公益」1000億円を足せば合計5000億円でマイナスにはならない。国費を投入するには何らかの「けじめ」が必要だろうが、会社更生法がいいのか私的整理がいいのかはわからない。確実にいえるのは、完成した原発は運転すべきだということだ。

続きは1月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「空気」とは出世主義である

『丸山眞男と平泉澄』のテーマは、この2人が闘った敵は何か、ということだ。結論だけいうと、彼らの共通の敵は、山本七平のいう「空気」と考えることができるが、丸山も平泉も山本も、その正体を解明しないまま世を去った。晩年の丸山はそれを「まつりごと」と名づけたが、その原因はまったく語らなかった。

空気はゲーム理論でいうと共有知識だが、図のようにナッシュ均衡は複数ある。ここでペイオフを対称として「保守」を1に標準化し、「革新」のペイオフがX>0だとする。読売新聞ではX<1、朝日新聞ではX>1だとすると、読売(左上)では自分だけ革新的な記事を書くと出世できず、朝日(右下)では自分だけ保守になると出世できない(ペイオフが0になる)。

空気


ナッシュ均衡はXが1より大きくても小さくても、初期値のみで決まる。朝日の「革新」のペイオフXが1より小さくなっても、上司が革新である限り、自分だけ保守では出世競争に生き残れない。これは読売も同じで、図のようなペイオフが社内の共有知識になっている限り、空気を読んで上司に迎合することが合理的(部分最適)なのだ。

続きは1月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「マイルドなインフレ税」は可能か

今年は安倍政権の経済政策が完全に行き詰まり、「インフレ税」が出てくる可能性がある。もちろん露骨にいうと反発をまねくので、出てくるのは政府と日銀の協調だろう。これ自体は正しい。国債の4割、ETFの6割を日銀が保有する日本経済は、実質的に「国有化」されているので、日銀のやっている財政政策をルール化する必要がある。

日銀の出口戦略にも、政府の協力が必要だ。黒田総裁は「政府が財政規律を守ることが重要だ」というが、これは逆である。インフレ税で政府債務を減らすには、政府は財政規律を守らないというコミットメントが必要だ、というのがSimsの提言である。
What is required is that fiscal policy be seen as aimed at increasing the inflation rate, with monetary and fiscal policy coordinated on this objective. In Japan, this might be achieved by explicitly linking planned future increases in the consumption tax to hitting and maintaining the inflation target.
「消費税の増税とインフレ目標を明示的にリンクする」というのは、たとえば「インフレ率が継続的に2%になるまで増税を延期する」という約束だ。これは財政赤字とインフレ率の関係が線形で、たとえば財政赤字が1割増えるごとにインフレ率が1%上がる、というような関係があることを前提にしているが、Del Negro & Simsのシミュレーションによると、そういう関係は必ずしも成り立たない。それをコントロールすることは可能だろうか?

続きは1月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「ケインズ時代の終わり」の終わり

小黒一正氏によると日銀の保有するETFは約9兆円で、国内ETF市場の6割を占めるという。すでに国債は日銀が最大の保有者だから、日本の株式市場も債券市場も「国有化」されるわけだ。これは金融政策ではなく(日銀法43条による)財政政策だが、株式市場も債券市場も日銀の下支えで安定した。

つまり日銀の量的緩和は、金融政策としては役に立たないが、財政政策としては有効なのだ。これは1980年代以降、経済学者の信じてきた「短期的な景気循環の調整には金融政策、長期的な成長には生産性の向上が必要で、ケインズ的な財政政策は有害だ」というコンセンサスとは違う。

これはケインズ派とフリードマン派(マネタリスト)の長い論争で後者が勝った結果だが、その原因は財政政策は長期的にはインフレを招くだけでGDPは持続的に上がらないという自然失業率理論だった。しかしこれは貨幣の存在しない経済の話で、広義の(国債を含む)貨幣を考えると成り立たない。現在世代は、将来世代から借金してGDPを持続的に拡大できるからだ。ケインズは、またよみがえるかもしれない。

続きは12月12日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

日本の政治を契約理論で考える

朴大統領のスキャンダルは韓国ではありふれた事件だが、日本では起こりえない。よくも悪くも、首相に「孤独な決断」はできないからだ。これは契約理論でいう残余コントロール権の問題と考えることができる。「主権者とは、例外状態に関して決定を下す者をいう」という『政治神学』の冒頭の有名な言葉は、残余請求権者の定義そのものだ。

続きは12月5日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

金利上昇でハイパーインフレは起こるか

日本の政府債務は異常な水準にあり、「国債バブル」が崩壊すると長期金利が上がって国債が暴落し、日銀がそれを買い取って通貨を大量に発行するとハイパーインフレが起こる――という話はよくあるが、それを具体的に証明した論文は意外に少ない。簡単な差分方程式による説明は先週の記事に書いたが、Del Negro & Simsはもっと高度なFTPLモデルで金利上昇をシミュレーションしている。
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財政インフレは発散する

今週のJBpressのコラムもむずかしいので、FTPLの理論をちょっと解説しておこう。「ドルの取り付け」というのはCochraneの表現で、彼もいうように「インフレは貨幣的現象だ」というフリードマンの時代は終わった。需給ギャップの小さい低成長時代に物価を決めるのは、通貨供給ではなく財政赤字である。各国でデフレが続いているのは、政府債務が積み上がって財政赤字を削減しているためだ。
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長谷部恭男氏の誤解しているゲーム理論

いま話題の長谷部恭男氏の『憲法と平和を問い直す』は、基本的には最小限度の自衛力を容認する「穏和な平和主義」だが、その論証に使われているゲーム理論に誤解がある。これは潮匡人氏とも同じなので、法学・政治学の人々に共通の誤解らしいから、この際あらためて訂正しておこう。

長谷部氏はホッブズの「自然状態」を囚人のジレンマ(安全保障のジレンマ)と考え、その解を求める手法として憲法を考えるのだが、このとき「ゴーティエの解」として、他人が協力したら自分も協力するが、他人が裏切ったら裏切るTFT(Tit-For-Tat)を紹介している。

これは誤りである。TFTは囚人のジレンマの最適戦略ではない。くわしい証明は、たとえばBinmore-Samuelsonにあるが、TFTは2人ゲームでは強いが、一般的な多人数ゲームでは、つねに裏切り続けるGRIMのほうが強い。「ジレンマ」という言葉がミスリーディングだが、裏切りは(相手の出方によらず)つねに最適の支配戦略なのだ。

長谷部氏はTFTの有効性を認めた上で「国際政治は囚人のジレンマではなくチキン・ゲームだ」というが、ここには唯一のナッシュ均衡がないので、自衛隊の「実質的な根拠は条文の外側にある」というように論理が迷走して結論が出ない。これは出発点が間違っているからで、国際紛争を共通利益ゲームと考えると、解は存在するのだ。

続きは6月21日に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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