Law/Politics

鳩山由紀夫氏のモラトリアム宣言


コメントで教えてもらったが、これは驚いた。総選挙で鳩山由紀夫氏は「返済猶予法案は川内博史氏のアイディアだが、私も応援する」と明言した。これでは亀井氏もいうように、彼を更迭するのは不可能だろう。亀井氏の抱き合い心中で、さっそく内閣総辞職か。


亀井静香氏を更迭する方法

鳩山首相と小沢幹事長が日本にいない間に、亀井金融・郵政担当相の暴走はエスカレートし、テレビ番組で「モラトリアムに反対なら私を更迭してみろ」と首相に挑戦状をたたきつけた。民主党が参議院で単独過半数に満たないことから強気に出ているものと思われるが、彼を更迭することは可能だ。

首相が臨時国会を10月25日の参議院補欠選挙のあとに設定したのは意味深長だ。参議院の定数242のうち、今は民主党系113、国民新党5、社民党5の連立で過半数(122)を1議席上回っているが、補選で民主党が2議席とも取り、無所属の川田龍平氏と糸数慶子氏が民主党の会派に入れば117となるので、社民党を入れると122で過半数に達する。補選で勝って国民新党との連立を解消し、野党の標的になる亀井氏を更迭して臨時国会にのぞむ戦略とも考えられる。

亀井氏の発言は、財務相も官房長官も反対している個人的見解をメディアに宣伝する常軌を逸したもので、このように閣内不一致をさらしていると政権の指導力が疑われる。首相は小沢氏と協力してまず亀井氏の暴言を封じ、補選で勝てば国民新党を連立から追放すべきだ。

フランス革命は正しかったのか

総選挙では民主党が「革命的な変化」を強調したのに対して、自民党は保守主義の立場から「継続的変化」を主張した。これは昔から続いている論争で、歴史の教科書ではフランス革命は近代社会を生み出した偉大な出来事とされているが、バークからハイエクに至る保守主義にとっては、それは理性や人権の名のもとに大量殺戮を行ない、ロシア革命に至る「計画主義」の端緒となった大規模テロリズムだということになっている。

経済学者のほとんどは後者の立場だが、Acemoglu et al.はこの通説に挑戦し、数量経済史的な手法でバークが誤っていたと主張する。彼らは当時の人口データを使って、図のようにフランス革命とナポレオン戦争によって占領された地域で都市化(人口の都市集中)が進み、成長率が上がったことを示している。補完的な制度は「ビッグバン」によって一挙に変えないとだめなのだ、と彼らは主張する。フランス革命はすべてを破壊したため、アンシャンレジームに戻すことが不可能になったのだ。
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Acemogluたちは「経済発展にとっても最も重要なのは民主主義や財産権の保護などの制度である」と主張しているが、これに対して台湾や韓国の例をあげて、逆に「経済が発展すれば民主主義になるのだ」として、むしろ経済発展には「開発独裁」のほうが効率がいいと主張する人々も多い。この論文は、フランス革命とナポレオン戦争が全欧の旧秩序を破壊したことが近代化の原因だったことを示し、「制度が経済に先立つ」と主張している。たしかに欧州ではそうだったかもしれないが、これがそれ以外の文化圏にも適用できるのかどうかは疑わしい。最大の反例は中国だろう。

自民党が参院選に勝つ唯一の道



自民党の総裁選がおもしろい。特に河野太郎氏は、森喜朗氏や町村信孝氏が彼の推薦人集めを妨害したことを実名で暴露し、「派閥の親分でありながら、小選挙区で当選されず比例代表で上がった[町村氏のような]方は、比例の議席を次の順番の若い世代に譲って頂きたい」と発言した。谷垣禎一氏の「全員野球」という方針については、「全員野球には私は反対です。あしき体質を引きずっている人はベンチに入れるべきではない」と、青木幹雄氏も名指しで批判した。

小泉改革の評価については、他の2人が曖昧な態度に終始したのに対して、河野氏は「方向性として官から民へ、中央から地方へという動きは正しかった」と小泉政権の構造改革路線を肯定的に評価し、「小さな政府」路線を明確に打ち出した。

きわめつけは、総裁選に敗れた場合の身の処し方として「自民党が再生できなかったら、みんなの党と一緒にやるかは別にして、何らかのことを考えることはあり得る」と離党をほのめかしたことだ。これは彼の父親の河野洋平氏も新自由クラブでやったことだが、あのときに比べれば自民党本体はボロボロなので、彼のグループが集団離党してみんなの党と合流すれば、野党第一党になる可能性もある。

自民党にとって来年の参院選は生命線だ。ここで民主党が単独過半数をとったら連立を解消して安定政権になり、自民党が政権に復帰する道は絶たれて消滅の道をたどるかもしれない。逆に河野総裁を選出してみんなの党が復党し、新しい保守主義を掲げて闘えば、金融社会主義をとなえる亀井郵政・金融担当相やテレビ局べったりの発言を繰り返す原口総務相など、迷走し始めた鳩山政権に政策論争で勝つことはむずかしくない。

もちろん河野氏の主張は自民党の国会議員の中では超少数派だから、だれも過半数を取れなかった場合に国会議員の決選投票に持ち込まれたら不利だ。その場合も、河野氏がかつての小泉氏のように地方票(国会議員の1.5倍ある)で圧勝した場合に、それを無視して国会議員が選挙で勝てない候補者を総裁に選ぶことは考えにくい。かつて河野氏に劣らず少数派だった小泉氏が自民党を救った経験に学べば、自民党の取るべき道はおのずから明らかだろう。

亀井金融・郵政担当相という「爆弾」

国民新党代表の亀井静香氏が、金融・郵政担当相に内定した。取り沙汰されていた防衛相をはずされたのは、訪米したとき暴言を吐いたのが原因といわれるが、こっちのポストも大問題になるだろう。亀井氏は閣僚になる前から、さっそく中小企業に「徳政令」の発令を宣言し、日本郵政の西川社長の解任を要求するなど暴れている。

亀井氏は、闇金融の世界では有名人である。20年前、仕手戦で有名だった「コスモポリタン」の池田保次社長が「失踪」した事件で、亀井氏は重要参考人だった。池田は山口組の企業舎弟で、株の暴落で組からの借金が返せなくなって殺されたとみられている。当時の読売新聞(1989/10/6)は、こう書いている:
破産した仕手集団「コスモポリタン」(本社・大阪)グループと亀井静香・自民党代議士の株取引をめぐる疑惑で、同グループが昭和62年8月、東証一部上場の環境設備メーカー「タクマ」(本社・大阪)の約60万株についても、当時の株価より約4億円も高い総額13億4千万円で亀井氏から買い取っていたことが6日、読売新聞の調べで新たにわかった。すでに判明している別の仕手株2銘柄の5億円買い戻しと同様、時価の4~5割高。亀井氏は関与を否定している。コスモの破産管財人は「常識では考えられない、不自然な取引」として亀井側に説明を求める。
これ以外にも暴力団のからんだ多くの仕手戦で、亀井氏の名前が取り沙汰された。「光進」の小谷光浩の国際航業乗っ取りをめぐる恐喝事件では、株を買い占められた国際航業側と、国際航業のスキャンダル記事を書き続けていた旬刊紙の「手打ち」を亀井氏が仲介し、2000万円を受け取ったと朝日新聞(1990/5/27)は報じている(亀井氏側は仲介の事実は認めた)。

亀井氏は警察ルートで政治家の弱みを握る大物だから、鳩山氏が彼をコントロールするのはむずかしい。こんな人物が金融行政を握ったら、鳩山内閣のフレッシュなイメージを台なしにし、日本経済を破壊する爆弾になるだろう。

追記:コメントでも指摘されているが、国民新党の「経済政策」は恐るべきものだ。無利子国債の発行による200兆円の超バラマキ景気対策や、時価会計の無期限停止や自己資本規制・先物取引の廃止などの「緊急金融安定化策」を提言している。

閣僚候補の「小鳩」迷言集


鳩山内閣の組閣が、早くも始まったようだ。岡田外相・菅国家戦略局長などは妥当なところだろうが、他の「小鳩」には閣僚としての資質の疑わしい人物も混じっている。「身体検査」も大事だが、過去の言動を野党・自民党に追及されないように気をつけたほうがいいのではないか。

  • 原口一博「民主党が政権をとったら、テレビ局の電波利用料を思いっきり下げる」
  • 仙谷由人「日銀は円を必要以上に安くし、庶民の金融資産に金利がほとんど発生しない状況を続けている」
  • 枝野幸男「労働者派遣法の規制緩和と偽装請負が労働者を不幸にした」
  • 小沢幹事長は「二重権力」になるか

    民主党の幹事長に小沢一郎氏が内定し、「二重権力」が懸念されているが、先日の「闇将軍」の記事を書いたTobias Harrisは、小沢氏は過去の失敗から学んだはずだと期待している。私も、16年前とは状況が違うので、あのときのような混乱は起こらないと思う。その理由は、諸悪の根源だった社会党が消滅したからだ。

    細川内閣は偶然の産物で、連立政権といっても統一した政策はほとんどなく、与党第一党は社会党だった。内閣が崩壊した遠因は、今では記憶している人も少ないと思うが、社会党の山花貞夫委員長の「敗戦の弁」だった。彼は社会党の右派で、党内の主流だった左派の反対を押し切って連立に参加し、政治改革担当相として入閣した。ところが組閣後の幹部会で「敗北の責任をとる」と言い出した。

    山花は、当選者は減ったとはいえ政権を取ったのだから慰留されると思って修辞的に言ったのだが、党内では「踏まれてもついて行きます下駄の雪」と揶揄された新生党の小沢代表幹事の強引な政権運営に対する不満がつのっていたため、山花の辞意は承認されてしまった。次の委員長選挙で左派の村山富市氏が当選し、政権の中で同じく不満分子だった武村正義さきがけ代表が村山氏を抱き込んで自民党と手を結んだ。

    武村氏は連立政権で総理の座をねらっていたが、それを小沢氏に阻止されたため、社会党の野坂浩賢と自民党の梶山静六などが「国対ルート」で築いた人間関係を利用して、社会党の委員長を首相にするという「禁じ手」を使って、連立政権を倒すクーデタを実行した。このとき小沢氏は海部俊樹氏を引き込んで「保保連立」をはかろうとしていたが、武村氏はその裏をかき、政局のために政治理念を捨てて自社を野合させてしまったのだ。

    これがその後の日本政治の迷走の原因であり、混乱の主犯は小沢氏ではなく、理念なき「バルカン政治家」武村氏である。その後、鳩山兄弟が民主党を結成したとき、このときの武村氏の策動を批判し、「排除の論理」で彼の参加を拒んだ。したがって鳩山由紀夫氏も、さきがけの失敗の原因が理念を捨てて政局に走ったことだと考えているだろうから、その失敗は繰り返さないと思う。

    それにもう社民党は、参議院では5議席もっているだけのゴミみたいな政党だ。民主党も一応、連立協議をしているが、象とアリぐらいの差があるので、「下駄の雪」扱いしたってかまわない。社民党が「インド洋の給油反対」などの極左的な方針をとったら、たたき出せばいいのである。政権を離れたら誰も相手にしないので、鳩山氏もご存じのナッシュ交渉解でいえば、社民党の威嚇点(交渉が決裂した場合の利得)はゼロに等しく、いくら脅してもついてこざるをえない。

    この16年、日本政治を迷走させてきた一つの要因は小沢氏の失敗だが、本当の原因は政権を取る気もないのに「総評(連合)政治部」として労働組合の既得権を主張し、「何でも反対」の幼児的な政策を唱え続けてきた社会党と、それを利用して政権を延命した自民党である。このように「政策より政局」を旨としてきた無内容な政党が政権から追放されたのは一歩前進だ。あとは来年の参院選で社民党が消滅し、民主党の単独政権になれば、日本の政治も変わるだろう。

    霞ヶ関というITゼネコン

    民主党の圧勝は、予想以上に大きな変化をもたらすかもしれない。ここまで大差になれば、参議院のねじれも自民党からの鞍替えや公明党の「中立化」によって解決でき、実質的に民主党単独政権になる可能性がある。そうなれば、小沢一郎氏の悲願だった「強い与党」として、思い切った改革もできよう。特に重要なのは、民主党がマニフェストにかかげた「官僚主導の政治の打破」である。

    その試金石は、すぐやってくる。来年度予算の編成だ。例年なら、きょう概算要求が出そろって省庁間の話し合いも7割ぐらいついているが、今年は民主党が「国家戦略局」によってゼロベースで見直すとしているので、各省庁とも骨格しか出していない。新組織は「戦略室」として発足を急ぐそうだが、スタッフの人事が完了するには、どう急いでも1ヶ月はかかる。正味3ヶ月で一般会計+特別会計の200兆円をゼロから見直すのは、現実には無理だろう。細川政権のときも、政権が成立したのは8月だったが、翌年度の予算はほとんど手つかずで、「国民福祉税」など、かえって大蔵省主導が強まった。

    大事なのは、国家戦略局の制度設計である。私がこれまで民主党の政策決定を外野でみていて危惧するのは、自前主義が強くて専門家の意見をあまりきかないことだ。数ヶ月前に、私が「民主党の政策には成長戦略が欠けている」と政調会長も出席した勉強会で指摘したのに、きいてくれなかった。選挙戦に入ってから自民党に指摘されて、あわててマニフェストを修正する始末だ。

    このように専門家を軽視する自前主義は、霞ヶ関とよく似ている。官僚が審議会の委員に選ぶのは、自分たちのいうことをきく御用学者だけで、結論も役所が用意する。霞ヶ関が日本最高のシンクタンクだと信じているからだ。民主党内でも、自前のシンクタンクをつくろうという話があったが、小沢一郎氏は「政権を取ったら霞ヶ関を使えばよい」として自前主義を続けてきた。

    たしかに個々の官僚は優秀だし、清潔だ。しかし組織になると、自己保存本能が強く働き、権限や予算を拡大した者が出世する。それをチェックしようとしても、政策が法律によってスパゲティ状にコード化され、省庁間で合意形成されているため、その内部構造を理解しないと手がつけられない。結果的に法案化作業はブラックボックスになり、自民党の政治家はペラ1枚だけみてOKを出し、官僚は実装の段階で省益を最大化するようにコーディングしてきた。英米型のシステムでは議員の政策を議会事務局が法案化するが、日本では法案化が官僚機構に丸投げされているため、立法機能が実質的に行政と垂直統合され、政策の中身まで官僚に囲い込まれているのだ。

    これはゼネコン構造とよく似ている。きのうネットラジオ中継で、ITゼネコン出身の田端信太郎氏が「設計段階から丸投げされたら、自社のシステムでないと動かないように設計するのは当たり前だ」といっていた(*)。システムの設計を独自規格で囲い込み、アプリケーションも同じ会社でないと開発できないようにして末永くもうけるのが優秀な営業だ。この構造を変えないまま政治家を霞ヶ関に100人送り込んでも、今の副大臣や政務官のように「お客さん」になるだけである。

    ITゼネコンが役所を食い物にするのは、官僚が専門知識をもっていないからだ。同じように官僚が政治家を食い物にしてきたのも、政治家が地元利益にしか関心のない素人だからである。「政治主導」を実現するには、自前主義を捨てて国家戦略局に外部の専門家を入れ、各省庁の法令担当を戦略局に集めて議会事務局のような機能をもたせる必要がある。民主党には「日本版ケネディスクール」をつくって自前の政策スタッフを養成しようという構想もあるようだが、そこでも法案化の訓練が重要だ。このようにして立法と行政を水平分離することが、官僚主導を打破する第一歩である。

    (*)田端氏によれば、このテクニックを業界では「シャブ漬け」というそうだ。のりピーより、こっちのほうがはるかに深刻な中毒だ。

    Shadow Shogun


    選挙報道では、日本のメディアより海外メディアのほうがはるかに的確なコメントをしていた。彼らが注目しているのは、もう明白な選挙の結果よりその後の人事だ。特に100人以上の「小沢チルドレン」が当選して、かつての田中派のような「党中党」になりそうな小沢グループの動向が焦点だ。1993年の細川政権のときの小沢一郎氏の政策は高く評価されているが、彼が幹事長になると「二重権力」になって政策決定が不透明になるので重要閣僚として処遇すべきだ、とForeign Policyはアドバイスしている。

    私は宮沢政権末期に、竹下派の事務総長だった小沢氏にインタビューしたことがあるが、そのころの彼は輝いていた。その後の16年間、不幸なことに彼を超える政治家はあらわれなかった。今の民主党のバラマキ福祉路線は、彼の本音ではないだろう。あのときの理想に立ち返り、全部リセットしてはどうだろうか。どうせ誰もあのマニフェストが実現できるとは思っていないし、政権交代は約束を破ることなのだから。

    今夜はライブドアのネットラジオでdankogaiと一緒に開票速報にコメントすることになった。日本政治の「失われた15年」を取り戻すにはどうすればいいか、twitter中継もまじえて議論したい。

    「東アジア共同体」という幻想

    鳩山氏のNYT論文は、予想どおりアメリカの専門家に酷評されている。
    オバマ政権は、(鳩山氏の)論文にある反グローバリゼーション、反アメリカ主義を相手にしないだろう。それだけでなく、この論文は、米政府内の日本担当者が『日本を対アジア政策の中心に据える』といい続けるのを難しくするし、G7の首脳も誰一人として、彼の極端な論理に同意しないだろう。
    中国が最大の対米輸出国になった時代に、グローバリゼーションを否定して「東アジア共同体」なるものを提唱する発想は信じられない。これもどうせ政権についたら修正するリップサービスだろうが、鳩山家に代々受け継がれている「反米のDNA」もあるのかもしれない。

    鳩山一郎はハト派ではなく、自民党の「右派」の源流の一つである。岸信介ほど過激な国家社会主義者ではなかったが、ロンドン海軍軍縮条約を「統帥権干犯」だと攻撃し、これがのちにGHQにとがめられて公職を追放された。戦後も、吉田茂が引退したあと「対米自立」をめざして安保条約や憲法を改正しようとしたが、果たせなかった。鳩山由紀夫氏は、こうした祖父以来のナショナリズムを継承しているのだろう。

    親米(欧)か反米(親アジア)かというのは、明治以来、日本の国家戦略の大きなわかれめだったが、戦前には前者は少数派だった。福沢諭吉の「脱亜入欧」はアジア蔑視として批判を浴び、北一輝や石原莞爾などの国家社会主義者は中国との連帯をめざした。それが満州国や中国侵略に拡大し、最後は対米戦争という自殺行為にゆきついた。

    思想的にも、「近代の超克」などの議論は、鳩山氏の「グローバリズム批判」よりはるかにレベルが高かった。社会を原子的個人に分解する近代化が伝統的社会に亀裂を生み、人々の精神的荒廃をもたらしているという批判は文明論としては正しいが、日本がそれに代わって発見したと称する「大東亜」の価値観は、単なる軍事的プロパガンダに成り下がった。

    現在の地政学的な状況をみても、東アジアがEUのような共同体になれる条件はない。第1に中国や北朝鮮という社会主義国を含み、政治的な合意が不可能だ。第2に国家の共同体とは基本的に軍事同盟であり、日本と中国が共同の敵と闘う事態は考えられない(中国が敵になる可能性はあるが)。第3に経済発展のレベルや賃金水準が違いすぎ、完全な自由貿易圏にして(EUのように)移動の自由を保障したら、中国から数億人の移民が日本に押し寄せるだろう。

    しいて共通点をあげれば、漢字文化圏で地理的に近いことぐらいだろう。しかし渡辺利夫氏も指摘するように、これは錯覚である。日本と欧米のほうが日本と中国よりはるかに文化的共通点が多く、政府が反日感情を国民に植え付けてきた中韓と「和解」するのは容易ではない。海を介した海洋国家同盟においては日米同盟も日中同盟も大した違いはなく、サイバースペースでは地理的な距離そのものに意味がない。

    要するに、東アジアで共同体を構築できる客観的条件はないし、それは望ましくもないのである。それよりFTAやEPAで個別に自由化を進めるのが現実的だ。もっとも日米FTAに農協がツッコミを入れたぐらいで腰砕けになる民主党が、東アジア自由貿易圏のリーダーになれるはずもないので、アメリカ政府が心配するには及ばないが。






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