その他

アゴラ読書塾「進化論的に考える」



ニュートン以来の近代科学のモデルは機械論でしたが、21世紀の科学は進化論が主流になるでしょう。生物学はもちろん、物理学でも現在の宇宙が無数の宇宙の中から進化したという「多宇宙理論」が注目されています。社会科学でも進化心理学が重視されるようになり、「ダーウィン的な経済学」が提唱されています。

進化論には、目的も必然もありません。世界は法則で決まるのではなく、ランダムな偶然で決まった初期条件に適応する競争だと考えます。生物には無数の異なる初期条件があるので、そこから出てくる結果も無数にありえますが、現実に存在する生物はそのごく一部です。99%以上の生物は滅亡したのです。

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集中豪雨の原因は地球温暖化か

最近の集中豪雨について「地球温暖化が原因だ」という話がよくあるが、本当だろうか。これについては国連のIPCCが、2011年に気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理という報告書を出し、熱帯低気圧(台風や集中豪雨)については、次のように書いている。
いくつかの地域では、激しい降雨の発生数に統計学的に有意な傾向が出てきている。発生数が減少している地域よりも増加している地域のほうが多い可能性が高い。但し、これらの傾向は地域間及び地域内でのばらつきが大きい。これまでの観測能力の変遷を考慮すると、熱帯低気圧活動について、観測されている長期的な増加はいずれも、確信度は低い

続きはアゴラで。

【早割優待中】アゴラ夏合宿「ポスト平成の民主主義を問う」



国会はここ1年半、森友・加計問題で空転し、政策論争はほとんど行われていません。官邸主導の改革も役所の「面従腹背」で停滞し、それを監視するはずのマスコミもスキャンダルを追いかけるばかり。日本の民主主義は、どこへ行くのでしょうか。

今年のアゴラ夏の合宿では、浅尾慶一郎さん(前衆議院議員)、田原総一朗さん、八幡和郎さんをお招きし、池田信夫とともに「ポスト平成」の民主主義について徹底議論します。テーマは

 ・国会はなぜ政策論争ができないのか
 ・官邸主導にはなぜ抵抗が強いのか
 ・マスコミはなぜスキャンダルばかり報道するのか

など、みなさんの疑問をぶつけてください。6月30日まで、早期割り引き優待中です。

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アゴラ読書塾「丸山眞男と戦後日本の国体」

丸山眞男は戦後を代表する思想家で、今もリベラルの教祖的存在です。1950年代の講和条約をめぐる論争から安保条約改正に至るまで、彼は戦後民主主義を擁護し、知識人を代表して闘いましたが、60年代には論壇から姿を消しました。

しかし50年代に丸山などのリベラルが設定した「憲法擁護」や「安保反対」というアジェンダは、いまだに国会の争点です。かつて丸山が恐れたのは、治安維持法に代表される戦前の「国体」が復活することでしたが、今は表で非武装の平和憲法を掲げながら、裏では日米同盟で国を守る「戦後日本の国体」が定着してしまいました。

政治から撤退した丸山が研究したのは、日本人の精神構造でした。彼は古代から続く「古層」に、既成事実に屈服しやすい日本人の潜在意識を見出し、それを克服する近代的な主権者を確立する「永久革命」が日本の課題だと考えました。しかしその学問的成果はほとんど知られないまま、彼のつくった戦後日本の国体は今も政治を呪縛しています。

続きはアゴラで。

【おしらせ】アゴラ読書塾 明治150年の「国のかたち」

「五箇条の誓文」で解く日本史―シリーズ・企業トップが学ぶリベラルアーツ (NHK出版新書)
今年は明治150年ですが、10月の記念式典まで安倍政権がもつかどうか、あやしくなってきました。森友学園の文書改竄は内閣をゆるがす大スキャンダルになり、久々の安定政権だった安倍政権にも終わりが近づいているようにみえます。日本はまた首相が毎年変わる国に戻るのでしょうか。

4月からのアゴラ読書塾では、明治以来変わらない「国のかたち」を最近の歴史研究でたどり、日本政治の構造を考えます。単なる昔話ではなく、現代の問題を解く手がかりを明治時代にさぐりたいと思います。3回目のゲストには、政治学者の片山杜秀さんをお迎えします。

続きはアゴラで。

【おしらせ】池田信夫ブログマガジンは「まぐまぐ」に移行しました

coverBLOGOSメルマガのサービスは2月19日で終わりましたが、池田信夫ブログマガジンは「まぐまぐ」で続けます。お手数ですが、まぐまぐに移行をお願いします(初月無料)。今週の目次は次の通りです。
  • クニがあっても「国家」のない国
  • 「黒い福沢諭吉」をどう理解するか
  • 「働き方改革」は霞ヶ関から
  • 陸軍を脱線させたのは「賊軍」だった
  • 麻美のグルメガイド:ミクニ・マルノウチ
  • 私の音楽ライブラリー:John Abercrombie "Up And Coming"

西部邁氏の思い出

8西部邁氏が死去した。自殺と報じられているが、くわしいことはわからない。私は彼が1974年に東大に赴任したときの最初のゼミの学生で、その後も毎月のように飲み屋で会った。当時は「社会経済学」という境界領域を開拓しようとしたのだが挫折し、1988年に中沢新一事件で東大をやめた。

世間的にはそのころから有名になり、「朝まで生テレビ」の常連になってマスコミの流れを変えた。80年代までの論壇は左翼が圧倒的主流で、保守派は皇国史観の変なやつというイメージだったが、彼は左翼の一国平和主義を論破し、憲法の矛盾を追及して形勢を逆転した。

彼の主張は冷戦の終了とともに一定の支持を得るようになったが、次第に右寄りのスタンスを強めた。民主主義を否定して核武装を主張し、規制改革や民営化などあらゆる改革を否定する「反米保守」の教祖になった。「自虐史観」を否定する教科書グループに入って右翼を連れて飲み歩くようになり、私は飲み屋で彼の隣にいた右翼に殴られたこともある。

続きは1月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

丸山眞男は全共闘を「ナチスや軍国主義もやらなかった」と非難したか

また丸山トリビアで申し訳ないが、篠田英朗さんの記事でおもしろかったのは(本筋と関係ないが)「丸山眞男が、1969年の東大紛争で研究室を荒らされた後、全共闘の学生たちに『君たちのような暴挙はナチスも日本の軍国主義もやらなかった』と述べたことは、有名である」という話だ。これは「戦後民主主義の教祖」と全共闘運動の対立を象徴する発言として有名だが、彼の談話はもちろん、周囲の人の話でも確認できない。

唯一の出典は、吉本隆明が「収拾の論理」という1970年のエッセイで丸山が「君たちのような暴挙はナチスも日本の軍国主義もやらなかった。わたしは君たちを憎みはしない。ただ軽蔑するだけだ」と口走ったと書いたことだ。この出所は「新聞」だというが、それに近い報道は1969年1月19日付毎日新聞の次のような記事だ。
この日午後、封鎖が解けた法学部2階の研究室へ戻った丸山真男教授は、しばらく声も出せなかった。床にばらまかれ、泥に汚れた書籍や文献を一つ一つ拾いあげ、わが子をいつくしむように丹念に確かめながら「建物ならば再建できるが、研究成果は……。これを文化の破壊といわずして、何を文化の破壊というのだろうか」とつぶやいていた。
これは前日の安田講堂の封鎖解除のときの描写だと思われるが、彼が「ナチスや軍国主義」という発言をする状況ではなかった。このエピソードは、吉本の作り話である疑いが強い。

続きは1月15日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

あけましておめでとうございます

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今年も年賀状を出さないので、ブログでごあいさつ。

今年は憲法改正が国会で議論になりそうです。自民党では去年の安倍案をもとにして、第9条の2(あるいは第3項)に自衛隊を「必要最小限度の実力組織」として条文に明記する案が出ているようです。これは「戦力を保持しない」と定めた第2項を残したまま自衛隊を書き込む苦心の策でしょう。

しかしこれだと今の法制局見解を条文化したようなものだから、何が「必要最小限度」なのかという神学論争がまた続きます。石破茂さんのいうように第9条2項を削除するのがすっきりすると思いますが、これには公明党が反対しているため、話が進まない。他方、希望の党や維新には改憲派がいます。

そこで私が提案したいのは、党議拘束をかけないで議論すること。憲法改正は議員立法なので、超党派でやってはどうでしょうか。もちろんその後には国民投票があるので容易ではありませんが、時間をかけて議論すれば、国民が「国のかたち」を理解するいい機会になるでしょう。

アゴラ読書塾 2018年1~3月「戦後史を疑う」

集団的自衛権の思想史──憲法九条と日米安保 (風のビブリオ)日本の戦後史には、二つの見方があります。一つは侵略戦争の反省から日本は新憲法をつくり、平和国家を築いてきたというステレオタイプ、もう一つは憲法を占領軍の押しつけと批判し、日米同盟を「対米従属」と批判して、憲法を改正して日本の誇りを取り戻さなければならないというルサンチマンです。

しかし事実に即して歴史をみると、どっちの見方にも疑問があります。憲法の草案を書いたのは占領軍でしたが、それを修正して制定したのは日本の議会でした。講和条約のとき憲法を改正するチャンスはあったのに、なぜ日本は見送ったのでしょうか。自民党は憲法改正を党是としながら、なぜ今まで放置してきたのでしょうか。

1960年の安保反対運動は大きな盛り上がりを見せましたが、新条約のどこがいけなかったのでしょうか。1972年の沖縄返還では「核持ち込みの密約」が争点になりましたが、核は持ち込まれたのでしょうか。このとき集団的自衛権の行使を違憲とする政府見解が出されましたが、なぜ集団的自衛権だけが違憲になったのでしょうか。

続きはアゴラで。






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