経済

防災インフラ整備は地元にまかせてはいけない

台風19号の被害が堤防やダムで防げたことで、インフラの役割が見直されている。特に民主党政権が完成を遅らせた八ッ場ダムが、完成直後の試験貯水で洪水を防いだという評価が高い。利根川の流域全体の水量からみると大きな差がなかったという意見もあるが、ないよりあったほうがいいことは明らかだ。

こういう公共事業に反対するのが、10年ぐらい前まで流行した。田中康夫知事が「脱ダム」を打ち出した長野県が千曲川の氾濫で大きな被害を出したことが批判を浴びているが、大部分のダムは農業用水のための利水ダムだったので、治水設備としては効率が悪い。

治水は100年に1度ぐらいの洪水にそなえるものだから、自治体の防災対策は99年は空振りになり、過少投資になりやすい。だが日本全体としてみると、去年の西日本豪雨に続いて今年と、大型の台風や集中豪雨はほぼ毎年、全国のどこかに来る。

つまり国レベルで考えると、ほぼ確率1で起こる出来事にそなえる災害予算を組めばよい。政府の一般会計予算で治山・治水費用は約1兆円あるから、これを水害の被害の大きい都市部の堤防に優先的に配分すればいいのだ。このとき地元の意見を聞いてはいけない。

続きはアゴラで。

消費税を10%で凍結すると何が起こるか

きょうから消費税が10%に上がった。軽減税率やらポイント還元やらで、コンビニのレジは大混乱になるかと思ったら意外とそうでもない。POSシステムの対応はもう終わっているので、淡々と精算するだけだ。

安倍首相は「今後10年は消費税を上げる必要がない」と明言しているが、今後増える社会保障の財源はどうするのだろうか。その方法としては、次の5つが考えられる。
  1. 法人税の増税
  2. 所得税の累進性強化
  3. 社会保険料の増税
  4. 相続税の増税
  5. 国債の増発
続きはアゴラで。

最低賃金の引き上げで中小企業を減らせ

国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか (講談社+α新書)
労働人口が毎年1%減る日本でGDPを維持するには、労働生産性を高めるしかない。これは算術的に自明で、アトキンソンもかねて主張してきたことだが、どうやって生産性を高めるかは自明ではない。それについて本書は、中小企業を減らすという具体的な政策を提案している。

その理由は単純である。中小企業が多すぎるからだ。その原因を著者は「1964年問題」に求める。戦後日本の企業の平均従業員数は25人程度で推移してきたが、1964年から大きく減り始め、1986年には12.9人まで減った。この原因は明らかで、図のように労働人口の増加以上のペースで企業の数が増えたからだ。

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1964年に日本は OECD に加盟して資本の自由化を義務づけられ、100%外資企業が認められることになった。これに対して日本の企業は株式の持ち合いを進め、非上場の中小企業を増やした。1963年には中小企業基本法が制定され、中小企業には税の優遇策がとられた。法人税率は40%だったが、資本金1億円以下の中小企業の税率は28%だった。

このように税制で優遇され、補助金や規制で手厚い保護が行われたため、高度成長期に増えた労働人口の受け皿として中小企業が激増した。特に地方の小売業・サービス業の規模が拡大しないまま、大型店に反対して経営の効率化が立ち遅れた。サービス業では中小企業の労働生産性は大企業のほぼ半分で、賃金もそれに見合っている。それが日本のサービス業の生産性が低い原因だ。

これを打開するために著者が提案するのは、最低賃金の引き上げである。安倍政権も、最低賃金を全国一律1000円に引き上げることを検討している。これには地方の中小企業が強く反対しているが、それが著者のねらいである。最低賃金も払えない非効率な中小企業を退場させ、経営統合を進めるのだ。

続きは9月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「正社員」はグローバル化できない

日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学 (講談社現代新書)
小熊英二氏の本はいつも冗漫だ。本書も新書なのに600ページもある。「日本社会のしくみ」と銘打っているが、中身は日本的雇用慣行の話で、ほとんどは経済学の文献サーベイだ。おさらいとしては便利だが、経済学を学んだ人が読む価値はない。

終身雇用・年功序列などと呼ばれる日本的雇用慣行は、普遍的なものではない。日本の労働政策は大企業の正社員を理想としているが、こういう「大企業型」の雇用形態は労働者全体の25%程度で、それ以外の「地元型」(中小企業)が35%、「残余型」(非正規)が40%である。

その待遇の差は大きく、大企業型以外の労働者は雇用を保障されていない。正社員と非正社員の賃金格差は(時給ベースで)ほぼ2倍というのが、戦後の定型的事実である。 これが「二重構造」として多くの労働経済学者が批判してきた問題だが、正社員はメンバーシップなので、社員が会社に人的投資するには、レント(競争的な水準を超える賃金)が必要だ。

こういう本書の労働観は、もう一昔前の話だ。グローバル化やITで正社員の価値は下がり、大企業型の必要な仕事はもう労働人口の1割もないだろう。それでも厚労省は正社員を理想とし、安倍首相は「非正規という言葉を一掃する」という。この言葉は逆の意味で実現するだろう。雇用規制をきらう大企業は海外に出て行き、非正社員はコンピュータに置き換えられ、正社員を抱える中小企業は消えてゆくからだ。

続きは9月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

年金はゼロサムゲームではない



懸案の年金財政検証が出たが、野党は批判しない。批判すると、今より年金を減らせという話にしかならないからだ。マクロ経済スライドはほとんど実施されていないため、今の年金は大幅な過剰給付になっている。今のままだと積立金は2030年代に枯渇し、年金は完全な賦課方式になるだろう。

そうなると年金を一般会計とは別の特別会計で管理する理由はない。賦課方式の年金は国債と同じ将来世代からの借金だから、社会保障支出はすべて一般会計に計上し、一元管理すべきだ。そうすると当初予算の半分以上が社会保障費になり、「財政とは社会保障である」ということが可視化されるだろう。

年金純債務は今でも1300兆円あり、これを将来世代が負担すると大幅な増税(あるいは社会保険料の増額)が必要なので、年金は世代間のゼロサムゲームになるが、政治的にはもっと楽な方法がある。年金会計の赤字を国債で埋めるのだ。それを社会保障国債と名づけ、建設国債のように財政法で認めれば、合法的に財政赤字が増やせる。

オフバランスの年金債務を一般会計に計上すると、政府債務は2500兆円を超えるが、債務残高そのものは大した問題ではない。マイナス金利が今後もずっと続くとすると、借り換えで借金が減るのでネズミ講が可能になり、将来世代も利益を得る。しかし金利が上がって国債が暴落すると、金融危機が起こるだろう。つまり年金財政はゼロサムゲームではないのだ。

続きは9月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

年金危機は予定より早くやってくる

参議院選挙の前に出るはずだった年金財政検証がようやく出たが、予想されたほど数字が悪化していない。実質成長率がマイナス0.5%という「ケースⅥ」でも、所得代替率が50%になるのは2043年と、前回の最悪のケースより遅くなっている。

財政検証

これには一見すると気づかないトリックがある。ここでは「マクロ経済スライドを機械的に続ける」と書いているが、これは正確ではない。マクロ経済スライドは所得代替率を徐々に下げて将来世代の負担を下げるしくみだが、これには名目下限措置があるので、年金支給額は名目的には減らないのだ(図で年金額が減るのは実質に直しているため)。

名目下限措置というのは「名目賃金が上がったときは年金支給額を上げるが、名目賃金が下がっても支給額を下げない」という非対称なルールで、インフレで賃金が上がるときは問題ないが、最近のように名目賃金が下がったときは所得代替率は上がってしまう。西沢和彦氏によれば、次の図のように所得代替率は2014年までに59.3%から62.7%に上がった。

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これは今年の改正で61.9%に下がったが、それでも大幅な過剰給付になっている。このままでは所得代替率が50%になるのは、2040年代より先になるだろう。それはいま年金をもらう世代にとってはいいことだが、年金積立金を先食いするので、積立金が枯渇する年金危機は予定より早く(おそらく2030年代に)やってくるのだ。

続きは9月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本政府は「小さな規模で大きな負担」

世界的に金融政策がきかなくなり、これからは財政政策の出番だというのが常識になりつつあるが、問題は財政支出を何に使うかだ。短期的には財政で失業を減らして効率を上げる効果もあるが、長期的には「大きな政府」の浪費で効率が落ち、潜在成長率が下がるというのも常識である。

こういう議論では、政府の「大きさ」の基準を明確にする必要がある。国民負担率(税・社会保険料)でみるとGDPの43.9%、政府債務を含めると約50%だ。これが超高齢化で2040年ごろには60%を超えると予想され、日本は今のフランス並みの世界最大規模の政府になるだろう。

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図1 国民負担率(内閣府調べ)

しかし公務員数(特殊法人などの準公務員を含む)は436万人。これは図2のように人口の3.67%で、先進国で最小である。つまり日本政府は「規模は小さいが負担の大きな政府」なのだ。これはなぜだろうか?

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図2 公的部門の職員数(内閣人事局調べ)

続きは7月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

MMTは「日銀流理論」である



ケルトンが帰国してもMMTをめぐる話題は尽きないが、いまだにその中身はほとんど理解されていない。MMTは財政赤字の理論ではなく、インフレの理論でもない。そのコアは、マネーストックは資金需要で決まるという内生的貨幣供給理論である。

たとえば銀行が企業に1億円貸し出すとき、金庫から1億円の札束を出して企業に渡すわけではない。銀行がその企業の預金口座に「100,000,000」と書いた瞬間に、貸し出しが行われる。つまり預金が信用乗数で増えて銀行貸し出しになるのではなく、預金は銀行貸し出しで生まれるのだ。これはMMT独特の理論ではなく、異端でもない。
企業や個人が保有する現預金の総量は、金融機関や企業・個人の意思決定の結果として決まるものであるが、信用乗数理論ではロボットのような金融機関行動が想定されている。現実の金融機関はロボットではなく、それが利益の拡大につながると判断してはじめて行動を変化させる。
これは白川元日銀総裁の『中央銀行』の34ページの記述である。こういう話は日本では日銀流理論とバカにされたが、世界の中央銀行では白川氏の理論がスタンダードである。たとえばイングランド銀行のホームページでも、信用乗数理論を明確に否定している。
もう一つの一般的な誤解は、中央銀行がマネタリーベースをコントロールして経済における貸し出しと預金の量を決定するという、いわゆる信用乗数アプローチである。

続きは7月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

MMTはアベノミクスを否定する

MMTはマクロ経済学的には新しい話ではないが、正しい点もある。ケルトンも日本で明言したように、ゼロ金利では量的緩和でマネーは増えないということだ。MMTは預金が「信用乗数」で増えて信用創造が行なわれるという通説を否定し、信用創造は資金需要で決まるという。これは内生的貨幣供給説と呼ばれる理論である。

教科書的な説明では、中央銀行がマネタリーベースを増やすと、マネーストックはそれに信用乗数をかけた分だけ増える。つまり

 マネーストック=マネタリーベース×信用乗数

だから信用乗数が安定している短期では、マネーストックはマネタリーベースにほぼ比例して増えるはずだ。これに対してMMTによれば、マネーストックは資金需要で決まるので、マネタリーベースを増やしてもマネーストックは増えず、信用乗数(マネーストック/マネタリーベース)が下がるはずだ。これはデータで検証できる命題だが、どっちが正しいだろうか?

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信用乗数の変化(三井住友アセットマネジメント調べ)

この図で明らかなようにMMTが正しい。日銀がマネタリーベースを激増させた2013年以降も、マネーストックはあまり増えず、信用乗数が大幅に下がった。つまりマネーの量は資金需要で決まるので、日銀の量的緩和は無意味である。MMTはアベノミクスを否定しているのだ。続きを読む

バブルはなぜ一挙に崩壊するのか

日本経済の停滞は1990年から始まった。最初は「失われた10年」といわれ、そのうち「失われた20年」といわれたが、最近は「長期停滞」といわれるようになった。先進国でも2008年の世界金融危機から「失われた10年」が始まっているからだ。

しかしサマーズやブランシャールのように、それを標準的なマクロ経済理論で理解することには限界がある。日本の1990年には、欧米の2008年のような決済機能の崩壊は起こらなかった。むしろ大手銀行はかなり早めにバブルの処理を始めていた。イトマンやEIEの処理が始まったのは1990年である。

不動産バブルが起こっていたことは明らかなので、公定歩合を引き上げた日銀の対応は正しかったが、それもすぐきいたわけではない。日銀が公定歩合を上げても、地価も株価も上がり続けた。1990年初めからの下げも、当初は一時的な調整だと思われていた。その流れを変えたのが、1990年3月に大蔵省の出した不動産融資の総量規制だった。

だがこれは結果論である。当時の新聞論調は「地価バブルを完全につぶそう」(朝日)、「居座り許せぬバブル地価」(毎日)、「地価対策の手綱を緩めるな」(読売)、「地価は落ち着いても楽観できない」(日経)という感じだった。NHKもバブルつぶしのキャンペーンを張ったが、誰もバブルがあれほど一挙に崩壊するとは思わなかった。

続きは7月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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