法/政治

朝日新聞の笑える「パノプティコン」

C9p-cJXUIAAU2mD朝日新聞が「(1強)第2部・パノプティコンの住人」という連載を1面で始めた。何かの冗談かと思ったが、どうやら本気で安倍政権が「パノプティコン」だといいたいらしい。この記事では、こう解説している。
もともとは監視者がいてもいなくても囚人が監視を意識する監獄施設のこと。転じて20世紀にフランスの哲学者フーコーが、権力による社会の管理・統制システムの概念として用いた。
これは三重に誤っている。第一に、パノプティコンは国家のメタファーだから、この中央で監視しているのは「1強」ではなく、国家権力である。囚人が逃げようとしたら拘束されるので、彼らは多くの看守に暴力で支配されているのであって、権力を「忖度」しているのではない。

第二に、パノプティコンは実際には建設されていない。これはフーコーが『監獄の誕生』で使った概念だが、ベンサムが描いた設計図にすぎない。このタイトルを思いついた記者はフーコーの本の帯ぐらいしか読んでいないのだろうが、デスクもチェックできなかったのか。

第三に本質的な問題は、パノプティコンはフーコーがのちに撤回したことだ。これは晩年の講義では「統治性」や「生政治」という概念に置き換えられ、その後も転々と名前が変わり、結局は著書になっていない。そこにはフーコーのアポリアがあった。続きを読む

「世界の警察」は合理的ではないが必要だ



今週からアゴラ経済塾「合理的に考える」が始まったが、毎日その教材が(不幸なことに)提供されている。Vlogでは北朝鮮を例にしたが、「北朝鮮と日本」を「シリアとアメリカ」に置き換えても同じだ。

続きはアゴラで。

朝鮮半島情勢を合理的に考える

今週の金曜からアゴラ経済塾「合理的に考える」がスタートする(明日まで申し込み受付中)。ここではその宣伝もかねて、朝鮮半島の状況を合理的に考えてみよう。



続きはアゴラで。

朝鮮戦争はなぜ起こったのか

アメリカ外交50年 (岩波現代文庫)
韓国の政権が崩壊し、朝鮮半島に「力の空白」が生じている。1950年に朝鮮戦争が起きたのも、アチソン国務長官が、「アメリカが責任を持つ防衛ラインは日本までだ」と発言し、韓国に言及しなかったことがきっかけだった。本書はジョージ・ケナンが「封じ込め」戦略を書いたX論文で有名だが、1979年の増補版では朝鮮戦争についても書いている。

彼の「封じ込め」は冷戦期のアメリカの外交方針になったが、ここには誤解があった。Containmentは「中に入れておくこと」という意味で、軍事的に抑え込むという意味はなかった。モスクワ大使館に7年いたケナンは、ソ連が信頼できないことを知っていたが、アメリカを攻撃する実力はないので、その勢力拡張を防いで力の均衡を維持すべきだ、というのが「封じ込め」の意味だった。続きを読む

デモクラシーなき立憲主義

きのうのアゴラ政経塾は、伊藤隆さん(東大名誉教授)をお迎えして「ファシズム」の話をうかがったが、おもしろかったのは「戦争に積極的だったのはルーズベルトのほうだった」という話だ。何も決められなかった東條英機が日米開戦を決めたのは、あらゆる手段でルーズベルトに追い込まれたからだという。

1930年代の大恐慌に対して、ルーズベルトは大統領の権限を拡大して財政支出を拡大し、ドイツでもヒトラーが国債を発行して経済を回復させた。蝋山政道は、このように行政に大きな裁量権を与える「挙国一致」が世界の潮流だと考え、政党を超える立憲的独裁が必要だと内閣に提言した。これが国債発行による軍備拡大や、大政翼賛会による政党政治の終焉への道を開いた。

つまり第2次大戦をもたらしたのは日独のファシストと英米のデモクラシーの対立ではなく、議会を超えて行政の裁量を拡大するデモクラシーなき立憲主義だった、という解釈も成り立つ。これは「立憲主義なきデモクラシー」としてのポピュリズムの逆で、現代的にいえば行政国家だ。それをどうコントロールするかは、今も大きな課題である。

続きは4月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「こども」を食い物にする大人のモラルハザード



給付型奨学金を創設する法案が、参議院本会議で全会一致で可決された。これは大学生をもつ豊かな家庭に貧しい家庭から所得移転する逆分配であるばかりでなく、その財源を当の子供に負担させる世代間の逆分配だ。奨学金は親が消費し、大学は何も生産しないので、子供には国債の負担だけが残る。

続きはアゴラで。

原子炉級プルトニウムでつくれる「自爆核兵器」



東芝の経営危機は核拡散の問題とつながっている可能性がある。これに対して「原子炉級プルトニウムで核兵器はできない」という意見があるが、核弾頭が発熱で崩壊するとしても、少なくとも3日は使えるようだ。それならこの映画のようにプルトニウムを盗んで、自分で組み立てて起爆する自爆核兵器として使うことはできる。

技術進歩は「戦力は経済力に比例する」という総力戦の常識を変えた。核兵器はローコストなので、北朝鮮のような最貧国でも保有できる。「イスラム国」のようなテロリストが保有する時代も遠くないだろう。このようなリスクが冷戦時代より大きくなったのは、彼らが従来の核保有国のように合理的に思考するとは限らないからだ。続きを読む

「劇場型政治」が政党政治を終わらせた

Park_Yeol_and_Fumiko_Kaneko国会はまだまだ森友騒動が続く。違法行為の証拠もないのに国有地の払い下げに首相が関与しているかのような印象操作が続けられ、学校法人への寄付まで問題にされ、絵になる話題が先行する劇場型政治だ。

こういう傾向は、今に始まったことではない。1926年に起こった朴烈怪写真事件は、大逆罪(天皇暗殺未遂)で逮捕された朝鮮人のアナーキスト朴烈が、東京地裁の取調室で愛人とともに撮影した写真が流出した事件だが、政友会は若槻内閣の「監督責任」を追及した。

これは政権と無関係なので、若槻首相は最初は軽視していたが、扇情的な写真が新聞・雑誌に掲載されると、政治家も普通選挙を前にして政策より大衆受けするスキャンダルに関心をもち、おりからの金融恐慌とあいまって若槻内閣は総辞職した。これが政党政治が行き詰まるきっかけだった。

写真を裁判所から持ち出したのは、北一輝だといわれる。この事件で天皇というシンボルの大衆動員力を知った彼は「天皇による革命」をくわだて、その後もテロで政権をゆさぶった。そして最大の「劇場」は、1931年に始まった満州事変だった。

続きは4月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

民進党が遊んでいても政治は回るか



森友問題は「辻元清美が塚本幼稚園に侵入した」という話をめぐって混乱し、さらに訳のわからない展開になってきた。民進党はニコニコ超会議に、VR蓮舫というゲームを出品するらしいが、「一体、こんなところで遊んでいる暇がどこにあるというのか教えてください」というセリフはブラックユーモアだろうか。

続きはアゴラで。

忖度と「しらす」で動く国

森友学園の騒動で、忖度という古風な言葉がよく出てくるのはおもしろい。これは臣下が天皇の「御意」をおしはかることで、これに対して天皇は臣下をしらすという形で受動的に統治する。天皇は監査役のようなものだから、臣下は「上奏」する説明責任を負うが、天皇は事後承認するだけなので無答責である。天皇が判断すると、失敗した場合に責任を負って退位しなければならないからだ。
天皇

この「まつりごと」の構造は、形式的には1000年以上前から同じである。名目的な主権者(プリンシパル)はつねに天皇だが、実権は摂政・関白や将軍などの代理人(エージェント)にあった。幕府の中でも、老中が将軍の意思を忖度して決定を行うので、将軍は合議に参加しない。老中や大目付は1ヶ月交代の輪番制で、すべての役職は二重化して相互に監視させ、特定の家(藩)への権力の集中を防いだ。

このように名目(権威)と実質(権力)を厳格に区別する「日本型共和制」は、権威と権力をもつ独裁者を防いで権力分立を守る巧妙なシステムだが、実権をもつ将軍が建て前上は代理人だという弱点がある。その矛盾を突いて出てきたのが、「幕府を倒して本来の主権者たる天皇に国家権力を取り戻す」という儒教イデオロギーにもとづく尊王攘夷運動だった。

続きは3月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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