法/政治

韓国の「戦勝国史観」が日韓関係をゆがめる

韓国大法院の元徴用工判決が大きな反響を呼んでいる。これは外務省も指摘するように、日韓の請求権問題は日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決」されたという合意に違反し、日韓関係を1965年の国交正常化の前に戻すものだ。

中央日報によると判決は11対2で、少数意見は「日本企業でなく韓国政府が強制徴用被害者に正当な補償をすべき」として請求を棄却すべきとしたという。これが日韓条約の正しい解釈である。

続きはアゴラで。

日本が韓国に「賠償」する理由はない

韓国の大法院が戦時中の徴用工について新日鉄住金に賠償を求めた判決が話題になっているが、「賠償は日韓基本条約で終わった」というコメントは事実誤認だ。日韓条約と請求権協定は賠償ではない。外務省の大臣談話にもあるように、
日韓請求権協定は,日本から韓国に対して,無償3億ドル,有償2億ドルの資金協力を約束する(第1条)とともに,両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題は「完全かつ最終的に解決」されており,いかなる主張もすることはできない(第2条)ことを定めており,これまでの日韓関係の基礎となってきました。
日韓条約は「資金協力」であって「賠償」ではない。1910年の日韓併合条約は国際法にもとづき、当時の国際社会でも広く認められた条約だから、日本に賠償の義務はない。これは普遍的な原則で、植民地支配について賠償した旧宗主国はない。日本政府も一貫して、賠償も謝罪もしないという立場だ。これに対して韓国は「日韓併合は武力で強要されたものだ」と主張して賠償を求めたため、サンフランシスコ条約で国交が結べなかった。

しかし1960年代に韓国経済が行き詰まったため朴正熙大統領が妥協し、日本が賠償ではなく5億ドルの「資金協力」を行う協定が1965年に結ばれた。これは当時も根拠不明の「つかみ金」と批判されたので「完全かつ最終的に解決」されるという文言が明記されたが、これをくつがえしたのが1990年代に出てきた慰安婦問題だった。

続きは11月5日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

人質はビジネスである



安田純平事件はいろいろな波紋を呼んでいるが、こういう人質事件は世界的にみると珍しくない。岡本行夫氏の国会証言によると、ホルムズ海峡では2000年以降にソマリア海賊の襲撃は1000回を超え、4000人を超える人質が取られたという。

海賊やテロリストの目的は、第一義的にはカネである。過去の人質事件では自衛隊の撤退や囚人の解放を求めたりしたので「彼らの話を聞いてやれ」などという平和ボケもいるが、いくらテロリストの話を聞いても、カネを払うまで人質は解放しない。ときには他のグループに転売することもある。今回はカタール政府が身代金を払ったともいわれるが、それは最終的には日本政府が負担することになろう。

この種の事件は、今後も起こる可能性がある。そのとき大事なのは、アドホックに対応しないことだ。事前にルールを決め、それに違反した者にはペナルティを課す。今回のように政府が渡航禁止した国に入国した場合は救出費用を請求し、パスポートを没収して出国を永久に禁止する。これは旅券法の運用でできると思うが、施行規則として明文化してはどうだろうか。

続きは10月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

教育勅語は国民を戦争に動員できたのか

柴山昌彦文科相が就任会見で、教育勅語を「現代風にアレンジした形で道徳に使うことができる」と述べたことが問題になっている。彼は日本人の精神が荒廃した原因は個人主義的な日本国憲法と教育基本法にあるので、教育勅語のような「無私の心」が必要だという。これは伝統的な自民党の考え方だが、彼の世代にしてはかなり古めかしい。

野党は「教育勅語は国民を戦争に動員した危険思想だ」と騒いでいるが、これは「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」という部分のことだろう。これは「戦争になったら天皇のために戦え」という意味だが、兵士が君主国家で主権者たる君主のために戦うのは当然だ。それは民主国家で主権者たる国民のために戦うのと同じである。

むしろ疑問なのは、こんな難解なわずか315字の文句で、国民を戦争に動員できたのかということだ。教育勅語は明治憲法と一対で1890年に発布されたが、明治憲法を起草した指導者も、憲法だけでは国民を統合できないことを心配した。実際には、明治国家は天皇の国ではなかったからだ。その実態は長州閥の支配であり、天皇は彼らの私物化した国家を飾る「みこし」にすぎなかったので、それを美化する道徳が必要だった。

続きは10月8日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

北方四島は日本の「固有の領土」なのか

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先週ロシアのプーチン大統領が「年末までに平和条約を前提条件なしで結ぼう」と提案したことに、安倍首相も外務省も当惑しているようだ。領土問題を棚上げして平和条約を結ぶという話は「固有の領土である北方四島をロシアが返還しない限り平和条約を結ばない」という日本政府の方針とは相容れないからだ。しかし北方四島が日本の固有の領土だという根拠は何だろうか。外務省ホームページによれば、
1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。(強調は原文)
ソ連が千島列島の領有権を主張した根拠は、1945年2月の「ヤルタ協定」だが、これは米英ソの密約であり、法的効力はない。7月のポツダム宣言にはソ連は署名していないので、これも根拠にならない。サンフランシスコ平和条約には、日本は「千島列島に対するすべての権利を放棄した」と書かれているが、これはソ連との平和条約ではない。

ソ連との領土交渉では合意できなかったので、1956年の日ソ共同宣言でソ連は「平和条約の締結後に歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡す」と約束したが、国後・択捉の返還は約束していない。これを日本政府は「不法占拠」と批判しているが、ロシアにしてみると、日本は「千島列島に対するすべての権利」を放棄したじゃないか、ということになる。

問題は「千島列島」に北方四島が含まれるかどうかだ。四島は千島列島に含まれないというのが日本政府の見解だが、ロシアの呼び方「クリル諸島」には四島すべて含まれる。戦前まで四島に日本人が住んでいた(ロシア人はいなかった)ことは事実だが、どこまでを「固有の領土」と考えるかは自明ではないのだ。

続きは9月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

不平等な日米地位協定は改正すべきだ

全国知事会が「米軍基地負担に関する提言」を全会一致で採択した。これは先日亡くなった沖縄県の翁長知事が発案し、研究会で2年かけて検討したものだという。その提言は次のようなものだ。
  1. 日米地位協定を抜本的に見直し、航空法や環境法令などの国内法を原則として米軍にも適用させることや、事件・事故時の自治体職員の迅速かつ円滑な立入の保障などを明記すること
  2. 米軍人等による事件・事故に対し、具体的かつ実効的な防止策を提示し、継続的に取組みを進める
  3. 飛行場周辺における航空機騒音規制措置については、周辺住民の実質的な負担軽減が図られるための運用を行う
  4. 基地の整理・縮小・返還を積極的に促進する
続きはアゴラで。

沖縄の戦後をリセットするとき

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沖縄県の翁長知事が急死したが、辺野古移設の承認を撤回する彼の最後の決定は正常な判断とはいえない。移設はもともと米軍基地の整理・縮小策の一環として日本政府が持ち出し、国も沖縄県も決めた話だ。翁長氏は自民党沖縄県連の幹事長として「県内移設」を推進した中心人物である。

ところがこの話を鳩山首相が「最低でも県外」と約束してぶち壊した。それ元に戻した仲井真知事は、2013年末に辺野古容認と引き替えに8年間で2.4兆円の補助金を獲得し、「有史以来の成果」と喜んだが、翁長氏はこれに反対した。すでに2000億円以上が地元に前払いされ、引き延ばせば毎年、数百億円が地元に落ちるからだ。

翁長氏は2014年の知事選挙では、仲井真氏に対して移設反対を掲げて当選した。戦後の沖縄では、労働組合や革新政党は反基地を叫び、保守陣営がそれを抑える見返りに本土から補助金を取る自作自演の茶番劇が続いてきたが、革新の力が落ちたので、翁長氏が反基地に転向したわけだ。ここに至る彼の屈折した軌跡の背後には、沖縄を利用してきた本土の罪もあるが、これを機に問題をリセットするときではないか。

続きは8月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

移民の受け入れには社会保障の改革が必要だ


ドイツの移民暴行事件(YouTubeより)

日本でも、移民問題が議論になってきた。安倍首相は先週の関係閣僚会議で、来年4月から「新在留資格」を認める方向で、制度を整備するよう指示した。従来は専門知識をもつ労働者に限定していた移民を単純労働者にも認め、技能実習のあと5年まで在留を認める方針だ。業種もこれまで検討していた介護・農業・建設・宿泊・造船の5業種から拡大する。

こういう政策には経済界だけでなく、マスコミも「開かれた日本」や「多文化の共生」などといって賛成し、それに反対する人は「閉鎖的だ」と批判されることが多い。しかし日本より先に移民が大量に流入したヨーロッパでは、各国で移民排斥を求める極右政党が台頭し、イギリスはEU離脱を決めた。トランプ大統領を生んだのも移民問題である。日本もそうなる前に、冷静に費用対効果を考える必要がある。

続きはアゴラで。

「危険地帯に住まない」という災害対策



西日本豪雨で最大の被害が出たのは、雨量が最大だった高知県ではなく、広島県と岡山県だった。特に被害の集中した倉敷市の真備町では1/4の地域が浸水したが、そのエリアは倉敷市が浸水区域や避難場所をまとめた「洪水・土砂災害ハザードマップ」で想定されていた。

次の図は日本経済新聞がハザードマップと実際に浸水したエリアを比較したものだが、小田川流域で「100年に1度程度」とされる雨が降った場合に「2階の軒下以上まで浸水する」(5.0メートル以上)と想定していた「想定浸水域」が、被災地とほぼ一致している。このマップは2016年につくられ、倉敷市は全世帯に配った。つまり水害は予想できたのだ。

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だから最善の水害対策は、想定浸水域に住まないことだ。人口の減少している日本でこれから必要な政策は、インフラ整備で「国土強靱化」することより、危険地帯に住まないように制度を変更することだ。土地利用計画を見直し、危険地帯から引っ越す人に補助金を出すなど、コストをかけないでできる対策はたくさんある。

続きは7月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「中世」の生んだデモクラシー

デモクラシーは普遍的な制度ではなく、これからそうなるとも限らない。それは歴史的には、西ヨーロッパだけに生まれた特殊な制度だ。歴史の教科書では、今も世界の歴史は古代→中世→近代という順で発展してきたと教えるが、古代とも近代とも区別される「中世」は、中国にもロシアにもイスラム圏にも存在しない。

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中世と呼ばれる時代があったのは、日本と西ヨーロッパだけだ。その原因は、図のような梅棹忠夫の「生態史観」によると、日本と西ヨーロッパが乾燥地帯から離れていて、戦争のために集権化する必要があまりなかったからだ。つまりもともと一つだった世界が、18世紀以降に「大分岐」でヨーロッパとアジアにわかれたのではなく、もともと別の世界だったのだ。

アジアの中で日本だけが西ヨーロッパと似ているのも、遊牧民の脅威が大きくなかったため、平和な連邦国家ができたからだ。これを「封建制」と呼ぶのはミスリーディングで、中国には分権的なfeudalismはなかった。特殊ヨーロッパ的なデモクラシーが、アジアで日本だけに根づいたのも偶然ではない。

続きは7月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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