法/政治

中島岳志氏の恥ずかしい「パターナル国家」

中島岳志氏のインタビュー(聞き手は江川紹子氏)は立憲民主党が「理性に対する謙虚さを持つ保守を打ち出しつつ、セーフティーネットを構築していこうというリベラル」だという応援演説だが、おもしろいのは(江川氏の描いた)次の図である。

キャプチャ


中島氏によると「リベラルは、個人の内面の問題について国家が踏み込まないのが基本。その反対語は保守ではなく、パターナルです。権威主義ですね」という。彼は大学でもこう教えているのだろうか。学生から「先生、paternalというのは意味が違うんじゃないでしょうか」という質問は出なかったのだろうか。これは「父親の」とか「父系の」という意味であり、「権威主義の」という意味はない。それはpaternalisticという別の言葉である。

まぁそれは大した問題ではない。本質的に間違っているのは、彼の「自民党政権は、権威主義的でかつ小さな政府です。90年代以降の改革によって、日本はすでに小さすぎる政府になっています」という話だ。確かに租税負担率は26.1%とアメリカに次いで低いが、それは日本政府が「小さすぎる」からではない。社会保険料や財政赤字などの「見えない税」が大きいからだ。そしてそれは今後10年で激増し、日本は世界でもっともpaternalisticな国になるのだ。

続きは10月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

日本人はなぜ55年体制が好きなのか



昨夜の言論アリーナ(放送事故で申し訳ありません)でも話したことだが、今回の総選挙は55年体制への先祖返りになるだろう。かつて社会党は、国会の1/4前後の議席をもって自民党の憲法改正を阻止する力があったが、立憲民主党はたかだが50議席で、万年野党以外の何者にもなれない「劣化社会党」である。

自民党が農村部で圧倒的に強かったときは、それに対抗する理念は社会主義だった。野党を支持した人々の動機は明らかな貧しさであり、後進国の日本で労働者が豊かになる道は公平な再分配しかないと知識人は考えた。農村から都会に入ってきたサラリーマンも美濃部都政などの革新自治体を支持し、朝日新聞などのマスコミも一貫して社会党支持だった。

それは1960年代までは一定の説得力をもったが、労働者が豊かになると、大企業では資本家の分け前を増やしてもらう同盟系の「第二組合」が増え、民社党が都市部では一定の勢力をもつようになった。先進国の社会主義政党はこういう社民になるのが普通だが、日本はならなかった。「平和憲法」という社会主義の代用品があったからだ。

続きは10月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

小池百合子氏はなぜヒトラーになれなかったのか



希望の党は9月下旬には「政権交代」をうかがう勢いだったのに、今週の情勢調査ではほぼ立憲民主党と並んでしまった。産経によると、都議選まで高い支持率を得ていた小池百合子都知事の支持率も66%から39%に急落し、バブルが崩壊した。彼女は一部の人の恐れていた「ヒトラー」にはなれなかったのだ。

続きはアゴラで。

立憲民主党のアイドル 小林よしのり氏の「心情倫理」

今回の総選挙のスターは希望の党ではなく、立憲民主党である。世論調査で小池百合子氏が失速したのは、枝野幸男氏が結党宣言した直後だった。その立憲民主党の応援に駆けつけたのが、小林よしのり氏だ。彼の応援演説は「安倍はヒトラーだ」みたいなありきたりの話だが、それなりの「つかみ」がある(写真はBuzzfeedより)。
なんで保守がリベラルを応援するのか。それはね、保守じゃないからですよ、自民党が。あれは単なる対米追従勢力です。アメリカについて行って戦争しろと。それだけですよ。自衛隊を自衛隊のまま集団的自衛権に参加させるんですか? こんな恐ろしいことはないですよ。枝野さんは安保法制の議論のときに個別的自衛権を強化しろと言った。実はこれがね、保守の考え方なんですよ。

続きはアゴラで。

憲法第9条は戦後リベラルのコアではない

戦後リベラルの終焉 なぜ左翼は社会を変えられなかったのか (PHP新書)
三浦瑠麗氏のコラムが左翼から批判され、右翼には評判がいいらしい。その論旨は「日本型リベラルの核心には憲法9条がある」という言葉に尽きるが、これは事実誤認である。拙著でも書いたように、終戦直後から60年代にかけて日本の左翼のコアは「全面講和」に代表される非同盟だった。その代表と目される丸山眞男は、1964年に次のように書いた。
第九条の理想としての平和主義を堅持するという主張によって、なにが否定されているのか。「戦争主義」が否定されているのか。そうだとすれば、およそ戦争主義、あるいは軍国主義を理想として憲法に掲げる国家というのは、現実にもなかったし、今後は一層考えられません。(「憲法第九条をめぐる若干の考察」)
ここで彼は第9条そのものは否定していないが、その理想とする平和主義(pacifism)が政治学的には無意味な概念だと指摘している。彼は日米同盟には強く反対したが、「第9条を守れ」と主張したことはない。彼を中心とする戦後リベラルが憲法問題研究会に結集して改正を阻止しようとしたのは、第9条ではなく第1条(国民主権)だった。晩年の丸山はこう明言している。
僕はこういう条件[国連軍]がかなえば、憲法は第二の条件であって、憲法改正の議論も自由にしていいです。九条も含めていいですよ。[…]あれは「国家の自衛権」がないという意味です。僕もそれは書いたけど、いつ「国民の自衛権」を否定しましたか。国民が自己防衛するのは憲法は許していますよ。(『丸山眞男話文集』続3、pp.270~71)
今のガラパゴス憲法学者とは違い、丸山にとって憲法は理想ではなく、それ自体には価値のない政治的手段に過ぎなかった。では彼の究極の目的は何だったのだろうか。

続きは10月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

立憲主義は単に「憲法に従う」ことではない

立憲民主党が結成されて、また「立憲主義」についての議論が盛んになっている。私にからんでくるツイートをみると、かつての「護憲」の代わりに立憲主義が左翼のスローガンになっているようだ。この立憲民主党の御用達マンガが一番わかりやすい。

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ここでは立憲主義とは単に「憲法に従う」という意味だということになっている。だから「戦力を保持しない」という憲法に従わない安倍内閣は「非立憲」らしい。ここでは立憲主義は一方的に国家権力を拘束するものだから、朝日新聞も「首相が改憲を訴えるのは立憲主義を傷つける」というのだが、ではその憲法を制定するのは誰だろうか?続きを読む

民主党政権の罪は永久に消えない


立憲民主党のツイッターが人気で、フォロワーがもう11万を超えたという。「反自民」が明確だから、政権に対するスタンスのはっきりしない希望の党より現状に不満な人々の支持を集めやすいのだろう。その政策のトップは、あいかわらず「原発ゼロ」である。

続きはアゴラで。

「立憲主義」という欺瞞の終わり



希望の党の公認を得られそうにない枝野幸男氏などの左派が「立憲民主党」を結成する。このネーミングは象徴的だ。彼らの最後のよりどころは「立憲主義」。左翼の衰退を象徴するスローガンである。戦後の「革新勢力」の最盛期には、憲法なんか争点になっていなかった。彼らのめざしたのは社会主義だった。

続きはアゴラで。

「戦後リベラル」を葬送するとき

希望の党に公認されない辻元清美氏や赤松広隆氏や枝野幸男氏などの自称リベラル派が、「左派新党」を結成しそうな情勢だ。民進党はこういうガラパゴス左翼を党内に抱えていたため、党としての路線がはっきりせず、昔でいうと「社公民」と「社共」の間をゆれ動いていた。今回の新党は「社共共闘」だから、これで自公と希望と左派の三極になり、争点がわかりやすくなる。

続きはアゴラで。

「密約」で進められた戦後の日米外交

歴史としての日米安保条約――機密外交記録が明かす「密約」の虚実
希望の党は小池百合子氏の人気と民進党の政党交付金が目当ての同床異夢だが、結果的には歴史に残るかもしれない。それは彼女が「リベラルを排除する」と明言し、その基準として憲法と安保法制をあげているからだ。彼女が民進党左派を切り捨てると、戦後の政治を混乱させてきた「安保反対」勢力が一掃される可能性もある。

「軍隊をもつべきか」とか「集団的自衛権をもつべきか」などという問題が、議会で論争になる国はない。こういう奇妙な論争が始まったのは、1951年の安保条約をめぐるボタンの掛け違えからだった。それは本来は講和条約と一体の「日米相互防衛条約」になる予定だったが、吉田茂がダレス国務長官の要請を拒否して再軍備しなかったため、米軍が一方的に日本を守る条約になった。続きを読む






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