法/政治

デモクラシーは民主主義ではない



トランプの就任演説は予想通り凡庸で無内容だったが、これがデモクラシーである。アメリカ国民の多くは後悔しているだろうが、これから4年間、彼らは自分たちの選んだ「平均的に愚かなアメリカ人の代表」とつきあっていかなくてはならない。

丸山眞男が直面したのも、同じパラドックスだった。「[新憲法で]いちばん予想外だったのは、第9条の戦争放棄ではなく、第1条の人民主権でした。[…]社会党でさえ国家に主権があるという国家法人説で、高野岩三郎さんの私案と共産党以外はどこも人民主権を謳っていなかった」(「戦後民主主義の『原点』」)。その人民主権が生んだのは、彼の憎んだ岸信介首相だった。

主権者たる国民の自由な選択が最悪の結果をもたらす――この矛盾を解決しようとして出てきたのが「民主主義は永久革命である」という丸山のスローガンだった。Democracyは「民衆による支配」という制度で「主義」という意味を含んでいないが、彼はあえて民主主義という言葉を使い続けた。そこには制度を超えた理念を掲げることで自民党という既成事実を超えようとする志があったが、それは思わぬ原因で挫折してしまう。

続きは1月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

小池知事のヒトラー的手法

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東京都の小池百合子知事が、きのうの記者会見でこう述べた。
石原元知事に対しまして平成24年に東京地裁に訴状が提出されています。これは2011年3月、東京都と東京ガス株式会社、および東京ガス豊洲開発株式会社との間で行われた売買契約に関しまして、東京都は石原元知事に対して約578億円を請求せよという中身になっております。[…]

東京都といたしまして、豊洲の土地購入に係る当初からの事実関係をまず明らかにしていこうと。そしてこれまでの住民訴訟への対応をあらためて検討し直したいと、このように考えております。

続きはアゴラで。

「自粛の全体主義」をもたらす戦後の国体



ゆうべの言論アリーナは、マスコミの語らない「天皇」がテーマだったが、一つ小さな誤りがある。橋本大二郎さんが昭和天皇の容態を毎日報告し始めたのは、1988年9月からだった。入院のとき、NHKが間違えて「危篤」のマニュアルを適用してしまった。すぐ終わると思ったら100日以上かかり、各社がNHKに追随したため、全国で「自粛」が始まった。

皇居のすべての門の前に各社のテントが並び、真冬にお堀端に徹夜で張り込んだおかげで、カメラマンが1人死んだ。現場から「24時間ベタ張りはやめてほしい」という声が出たが、当時の島桂次会長が「NHKが抜かれたら私は腹を切らなければならん」といった。その結果、撮れたのは、半蔵門から侍医が皇居に入る一瞬の映像だった。張り込みのコストは1日100万円といわれたので、あのワンカットに1億円かかったわけだ。

丸山眞男も1988年11月の座談会で、この異様な雰囲気を自粛の全体主義と呼んだ。それは大正天皇の崩御のときはなかった現象で、むしろ1930年代の「国体」騒ぎの雰囲気に似ているという。「戦争と非常によく似ている。誰が戦争をここまで拡大し、誰の命令でああいうふうになったのか、ついにわからないわけ」。朝日新聞も彼を招待した創立110周年記念行事をキャンセルしたが、理由は不明だった。

続きは1月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

豊洲移転の中止はコストが大きすぎる


毎日新聞によると、東京都の小池知事は豊洲移転について、こう答えている。
--豊洲には既に6000億円をつぎ込んでいる。築地市場をもう一度活用するとか、あるいは第三の場所の検討は。
(小池)これまで都も、ありとあらゆる方策を考えてきたのだろう。豊洲という場所に決めたことには私自身、もともと疑義がある。サンクコストにならないためにどうすべきか客観的、現実的に考えていくべきだ。
ここで彼女は「サンクコスト」の意味を取り違えているが、これはすでに発生して回収できないコストなので、豊洲の移転費用のほとんどはすでにサンクコストになった。設備に再利用可能なものは少しあるだろうが、特殊な建物なので、再移転費を考えると6000億円と大きく違わないだろう。

続きはアゴラで。

「国家の伝統を守る」という虚妄

生前退位は大した問題ではないが、これを語る人の知的水準を知るメルクマールにはなる。まずいえるのは、この問題に大騒ぎする人は歴史を知らないということだ。天皇家は「万世一系」ではなく、1000年以上にわたって貴族や武士が天皇を政治的に利用して対立抗争を続けてきた。天皇家が長く続いたのは単なる飾りだったからで、それを「国家を統治する主権者」としてかついだ明治政府が異常だった。

もう一つは「退位は国家の安定性をそこなう」などという人々が、国家とは何かを知らないということだ。彼らが守ろうとしているのは「日本の伝統」どころか西洋近代の主権国家であり、150年前まで日本には存在しなかった。昔、新宿の飲み屋で西部邁氏に「先生のおっしゃる『国柄』は江戸時代にはどうなってたんですか?」と聞いたら、隣の右翼が殴りかかってきた。

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トランプのポピュリズムと日本のパターナリズム

キャプチャ

トランプの記者会見は予想以上に支離滅裂だったが、娯楽としてはおもしろい(クリックで動画)。これを見ていて、彼のポピュリズムは日本のパターナリズムと対角線上の位置になっていることに気づいた。

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現在の憲法は「押しつけ」ではない

憲法が「押しつけ」かどうかという事実関係は「戦後レジーム」を否定するかどうかという価値判断とは独立だが、しばしば両者は混同される。今年は憲法改正が日程にのぼってくるだろうが、同じ論争が繰り返されるのは不毛なので、歴史的事実を整理しておこう。

続きはアゴラで。

靖国神社という「偽の伝統」


慰安婦像の騒ぎにからんで、また韓国が稲田防衛相の靖国参拝を持ち出している。靖国には朝鮮人日本兵2万1000人(すべて志願兵)の霊も祀られているので、彼らがそれを攻撃するのは天に唾する行為だが、それはともかくとして、こういう非生産的な紛争を避けるために、閣僚の参拝はやめたほうがいいと思う(論理的な反論は歓迎する)。

続きはアゴラで。

慰安婦問題とトランプ大統領の奇妙な類似

キャプチャ

「少女像」が釜山の日本総領事館前に設置されたことに抗議して、日本政府は駐韓日本大使・総領事を帰国させ、日韓スワップ協定の協議を中断した(写真は産経新聞)。これに対するネット上の反応は、圧倒的支持だ。

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ポピュリズムは「国家の民営化」

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1月13日(金)から、アゴラ政経塾「ポピュリズムの時代」がスタートする。あえてタイトルに「時代」とつけたのは、これが一時的な現象ではないことを示すためだ。といっても私がドナルド・トランプの政策に賛成しているわけではない(ほとんど反対だ)。彼のような独裁的な意思決定が、世界に広がる理由があるのだ。

これは企業経営では、1980年代から始まった。それまでは19世紀型のオーナー企業から、所有と経営を分離した「経営者資本主義」に移行するのが必然だといわれた。その手本が、資本家が弱く労使協調の「日本的経営」だった。

アメリカでは大企業の経営者がキャッシュフローを浪費するエージェンシー問題が深刻化し、ファンドが多角化した企業を買収して無駄な部門を売却する公開企業の民営化(privatization)が始まった。企業の民営化という日本語は変だが、これはLBOなどによって上場企業を「非公開企業」にすることで、意思決定が効率的になった。日本でソフトバンクやユニクロなど独裁的なオーナー企業が強いのも同じ理由だ。

そしてアメリカの独裁的経営者トランプが大統領になると、連邦政府を民営化するだろう。これはリベラルなエリートを「中抜き」して、合衆国のオーナーたる国民が独裁者に政治をゆだねる「直接民主制」であある。

続きは1月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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