法/政治

デモクラシーの本質は差別である

三浦瑠麗氏の騒ぎをみて、カール・シュミットの「デモクラシーの本質は異質な者の排除ないし絶滅である」という言葉を思い出した。北朝鮮のテロリストを排除しない「寛容な国家」が、国民の安全を守ることはできない。主権者たる国民のアイデンティティは、自動的に保証されるものではないのだ。デモクラシーの根底には、主権者の同質性を守る差別がある。

近代国家は、いつもケルゼンかシュミットかの対立に引き裂かれてきた。ケルゼンは「有権者の多数を得た者が議員になる」といった手続き的整合性だけで国家が成り立つと考えたが、これはシュミットが批判したように誤りである。この法は「誰が有権者か」という定義なしでは意味をなさない。

身分制議会の有権者は貴族と納税者だったが、20世紀には税金を払わない大衆も有権者になった。男性は兵役の義務を負ったので戦争に必要だったが、婦人参政権は納税にも戦争にも役に立たない。シュミットが指摘したように、普通選挙には主権者の同質性が欠けているのだ。このような大衆政治の不安定性が顕在化したのがワイマール体制だった。

続きは2月19日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

「日韓併合」以外の道はあったのか

アゴラの記事の補足。「日本は植民地支配でいいこともした」とか「白人がアジアでやったことを日本もやっただけだ」という話は、1910年の「日韓併合」までは正しい。植民地支配は19世紀まで悪ではなく、強い国が弱い国を支配するのは当たり前だった。「民族自決」などという原則もなかったので、日本の朝鮮支配は世界に認められた。

しかし第一次大戦で、植民地戦争が莫大な損害をもたらすことを認識したヨーロッパ諸国は、1928年の不戦条約で戦争を違法化した。その時点の植民地を「権益」として認め、それを軍事的に変更する行動は「侵略」とされた。これは列強の既得権を合法化するご都合主義だが、日本も不戦条約を批准したのだから、1931年の満州事変以降の戦争は明らかに国際法違反の侵略だった。

だが日本の朝鮮・満州支配には、戦略的な必然性があった。1905年のポーツマス条約で日本の得た満州の権益は、国際連盟も認めた。日清・日露戦争で日本が負けていたら、独立国として統治能力のなかった朝鮮は、ロシアの植民地になったおそれが強い。そして第一次大戦後はソ連の植民地になり、今の北朝鮮のような社会主義国が朝鮮半島を支配したら、第二次大戦は朝鮮から起こったかもしれない。植民地支配以外の道はあったのだろうか。

続きは2月12日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

戦後左翼は歴史を変えた

戦後の歴史を振り返ると、左翼の役割が意外に大きいことに気づく。今では左翼は無力な万年野党だと思われているが、1950年代までそうではなかった。1955年に左右の社会党が統一したことが、保守合同のきっかけだった。当時の社会党は、自民党と対等に闘う力があった。彼らがドイツの社民党のように現実的な社会民主主義で結集できれば、政権交代の可能性はあった。

しかし60年安保が、社会党に誤った成功体験を与えた。議会では多数を取れなくても、街頭デモの「直接民主主義」で岸内閣を倒したからだ。それが自民党にも恐怖感を与え、池田内閣以降の自民党ハト派は「低姿勢」になった。岸のような「強行採決」を控えて国会対策で野党を尊重する慣行も、このころできた。無能な野党を「生かさぬよう殺さぬよう」飼い慣らすことが、自民党の知恵になったのだ。

これは野党にとっても快適な状況だった。現実的な政策を掲げることは政権を取るには必要だが、それが不可能になると、野党には自民党のような「不純な」政策を提案するインセンティブがない。逆にいうと、どんな非現実的な政策を掲げても反証されないので、彼らは「平和憲法」や「福祉国家」の美しい理想を語ることができた。この意味で、左翼は政治的には敗北したが――というより敗北したがゆえに――理念的には勝利したのだ。

続きは2月12日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

テクノロジーが戦争を変える

Economistの特集は、人工知能やロボットやドローンなどの無人兵器が戦争をどう変えるかを論じている。20世紀の戦争を変えた最大のテクノロジーは、いうまでもなく核兵器だった。それによって国家間の戦争(interstate war)は大幅に減り、ほとんどなくなった。核兵器禁止条約を求める人々の信じるのとは逆に、核兵器は世界大戦を防いだのだ。

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しかしそれは戦争が減ったことを意味しない。中東やアフリカなど国家が不安定な国では、都市と都市の間で起こる内戦(intrastate war)が増えた。その原因は民族や宗教の違いで、200年ぐらい前までのヨーロッパと同じだ。こうした変化は、国家の統治形態にも影響を及ぼす。

ヨーロッパ型の主権国家は、国内では武力を独占すると同時に、国外に対しては徴兵制で一致して戦うシステムだった。特に第一次大戦以降の総力戦では国民の動員力が重要なので、全国民を「わが国を守る」という意識で動員できるデモクラシーが有利だったが、それは技術進歩によって変わるかもしれない。

続きは2月12日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

誰が本土と沖縄を分断しているのか

名護市長選挙では、辺野古反対派の現職が敗れた。市長には基地の許認可権はないので実質的な影響はないが、地元が意思を表明した政治的な意味は小さくない。辺野古移設が20年以上もめている背景には「戦後日本の国体」の矛盾があるからだ。

続きはアゴラで。

「フルスペックの集団的自衛権」は必要だ

国会で安倍首相が「第9条2項を変えることになれば、書き込み方でフルスペック(全面的)の集団的自衛権が可能になる」と答弁して、石破茂氏の提案する第2項の削除案を否定した。これに対して石破氏は「集団的自衛権を何でもやりますなんて、党として決めたわけでない」とし、第9条2項の削除が全面的な集団的自衛権の行使容認につながらないという。

首相の見解は公明党に配慮した「加憲」だが、石破氏の話は奇妙だ。第2項を削除すれば、少なくとも憲法の法文上は集団的自衛権を制限する規定はなくなる。個別の法令で制限することはできるが、それは憲法改正とは別の話だ。

続きはアゴラで。

「対米従属」以外の道はあったのか



戦後日本の「論壇」では保守はつねに少数派で、圧倒的多数は左翼だった。そんな中で保守主義を自称した西部邁氏は「国家を否定する左翼が日本を亡ぼす」と警告したが、左翼は一度も政権を取れなかった。政権を独占した自民党は、既得権を守る保守政党だった。現実の世界では、圧倒的多数は保守派だったのだ。

しかし保守派は、自分たちの理念を語る言葉をもっていなかった。何を保守するのかがはっきりしないのだ。戦前なら、その答は簡単だった。万世一系の天皇を中心とする「国体」である。しかし戦後はそうは行かないので、「押しつけ憲法」を否定して自主憲法を制定する改革が保守派のアイデンティティになった。

逆に左翼は「平和憲法」を保守することがアイデンティティになった。これは既成事実に弱い日本人に向いた戦術だったので、この点だけは左翼が勝利した。憲法は保守されて「戦後日本の国体」となり、それを押しつけたアメリカが、日本の外交・防衛の意思決定を行う「主権者」となった。これを「対米従属」というのは間違っていないが、それ以外の道はあったのだろうか。

続きは1月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

日本にはアメリカの「核の傘」が不可欠だ



ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)のベアトリス・フィン事務局長は、来日前から「安倍首相に面会を拒否された」と騒ぎ、来てからも「日本政府は国際社会の仲間外れになる」などと説教して反発を買った。しかしICANの進めている核兵器禁止条約には、核保有国もその同盟国も参加していない。それは現状が合理的だからである。

続きはアゴラで。

韓国人はなぜ90年代から日本を憎むようになったのか

慰安婦問題をめぐる日韓合意は事実上、白紙に戻った。日本にまた謝罪を求める文在寅大統領は異常だが、これは昔からの問題ではない。80年代までは、こんなに強い反日感情はなかった。韓国政府が戦時賠償の話を蒸し返すようになったのは、1990年代に軍事政権から民政に移行した後である。

続きはアゴラで。

憲法改正という「偽の問題」はなぜ終わらないのか

キャプチャ

希望の党の玉木代表が「安倍総理が提案している9条の改憲案については、私は反対です」と表明した。自民党は両論併記で、「改憲政党」だったはずの希望の党までこんな状態では、通常国会では憲法改正の発議どころか、まともな審議もできないのではないか。

彼は「安倍総理は9条を改正しても自衛隊の役割は変わらないと言った。変わらないなら変える必要はない」というが、変わらないのなら反対する理由もないだろう。少なくとも自衛隊の根拠が明確になり、玉木氏のような神学論争がなくなるだけましだ。

憲法改正は今では無意味な「偽の問題」だが、こんな明白な欠陥を抱えた憲法が70年以上も改正できないのはなぜかという問題は簡単ではない。そこには自民党にも野党にも共通の「無責任の体系」があった。

続きは1月15日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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