法/政治

石油の禁輸に「逆切れ」した日本軍



エネルギー問題は、安全保障と表裏一体である。アゴラで岩村昇さんが書いているが、きのうの「言論アリーナ」で山本隆三さんも「中国が北朝鮮への石油供給を止めるのは危険だ」といっていた。

日米韓は中国に北朝鮮への圧力を強めるよう求めたが、これは両刃の剣である。北朝鮮軍は石油を全面的に中国に頼っているので、それがなくなると戦争はできない。だから圧力をかけるということを聞くだろう――と考えるのは常識ある人だ。金正恩にはそんな常識はないので、逆に「戦争のできるうちにやろう」となる可能性もある。

1941年8月、アメリカは南部仏印進駐への制裁として、日本への石油輸出を禁止した。日本は石油の8割をアメリカから輸入していたので、これでアメリカの撤兵要求に従うと考えたのだ。ところが日本軍は「逆切れ」して、真珠湾を攻撃した。それは「無謀な開戦」といわれるが、主観的には目算がなかったわけではない。

続きは4月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「戦争のできない国」は危険である

日本を「戦争のできる国」にするなという話がよくあるが、これをゲーム理論で考えてみよう。戦争はチキンゲームと考えることが多いが、同時に両国から起こる戦争はないので、これを次のようなフローチャートで表現する(図の数字は各国の利益)。このように時間的な順序を織り込んだゲームの表現を展開形ゲームと呼ぶ。

chicken

北朝鮮が攻撃してきたとき、日本が反撃すると全面戦争になって両方の利益が-10になるが、日本が譲歩すると休戦になって北の利益が1になるとする。北朝鮮も日本も何もしない状態(0,0)がベストだが、日本が攻撃すると北朝鮮は損する(-1, 1)。この問題を戦略的に考えるというのは、相手の立場になって考えることだ。

金正恩からみると、日本が憲法を守って「戦争のできない国」になると、彼がどんな行動をとっても日本はつねに譲歩する(図の青線)ので、利益は1(北が攻撃して日本が譲歩)か0(北が譲歩して日本も譲歩)になる。攻撃の利益のほうが大きいので、日本が手の内を明かすと、彼の攻撃するインセンティブを強めてしまうのだ。

続きは4月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

安倍「一強」は民主党の掲げた「政治主導」の実現

二つの政権交代: 政策は変わったのか
「一強」を批判する朝日の政治部は、安倍首相が特異なファシストだといいたいのだろうが、それはお門違いだ。本書も指摘するように、2000年代に日本で政治の集権化が起こったことは政治学の常識である。具体的には
  • 首相および首相周辺の政治家・官僚の役割が強まった
  • 各官庁の内閣からの独立性が弱まった
  • 政府外の与党議員や利益集団の政治力が低下した
これは多くの分野で共通に観察される傾向で、最初に実現したのが小泉政権だったが、その後は揺り戻しがあった。それを空想的な形で実現しようとしたのが、民主党政権の掲げた政治主導だった。これは民主党にそれを実現する組織がなかったので散々な失敗に終わったが、政治主導が消えたわけではない。

本書は外交・安全保障だけでなく、農業、電力、税制など多くの分野で政治主導が強まったと分析している。その原因は1990年代の選挙制度改革と「橋本行革」以来の内閣の権限強化、そして最近の内閣人事局による政治任用の拡大だ。この点で民主党政権と安倍政権は連続している。つまり「一強」は、民主党の夢見た「政治主導」の実現なのだ。

続きは4月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「一強」の何が悪いのか

「強すぎる自民党」の病理 老人支配と日本型ポピュリズム (PHP新書 1058)
朝日新聞の「パノプティコン」シリーズは、ますます意味不明になってきた。けさの記事では経産省が執務室に施錠したことを「息苦しい」と批判しているが、この記者はアメリカ連邦政府に行ってみればいい。各階ごとに空港のようなボディチェックがあり、記者が政府内をうろつくことなんかできない。

この連載は持って回った表現で、安倍首相の「一強」状態をファシズムとダブらせ、「安倍はヒトラーだ」とほのめかしている。シリーズの名づけ親である、元革マルの石田英敬氏は「安倍政権はファシズムだ」と攻撃している。

続きはアゴラで。

朝日新聞の笑える「パノプティコン」

C9p-cJXUIAAU2mD朝日新聞が「(1強)第2部・パノプティコンの住人」という連載を1面で始めた。何かの冗談かと思ったが、どうやら本気で安倍政権が「パノプティコン」だといいたいらしい。この記事では、こう解説している。
もともとは監視者がいてもいなくても囚人が監視を意識する監獄施設のこと。転じて20世紀にフランスの哲学者フーコーが、権力による社会の管理・統制システムの概念として用いた。
これは三重に誤っている。第一に、パノプティコンは国家のメタファーだから、この中央で監視しているのは「1強」ではなく、国家権力である。囚人が逃げようとしたら拘束されるので、彼らは多くの看守に暴力で支配されているのであって、権力を「忖度」しているのではない。

第二に、パノプティコンは実際には建設されていない。これはフーコーが『監獄の誕生』で使った概念だが、ベンサムが描いた設計図にすぎない。このタイトルを思いついた記者はフーコーの本の帯ぐらいしか読んでいないのだろうが、デスクもチェックできなかったのか。

第三に本質的な問題は、パノプティコンはフーコーがのちに撤回したことだ。これは晩年の講義では「統治性」や「生政治」という概念に置き換えられ、その後も転々と名前が変わり、結局は著書になっていない。そこにはフーコーのアポリアがあった。

続きは4月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「世界の警察」は合理的ではないが必要だ



今週からアゴラ経済塾「合理的に考える」が始まったが、毎日その教材が(不幸なことに)提供されている。Vlogでは北朝鮮を例にしたが、「北朝鮮と日本」を「シリアとアメリカ」に置き換えても同じだ。

続きはアゴラで。

朝鮮半島情勢を合理的に考える

今週の金曜からアゴラ経済塾「合理的に考える」がスタートする(明日まで申し込み受付中)。ここではその宣伝もかねて、朝鮮半島の状況を合理的に考えてみよう。



続きはアゴラで。

朝鮮戦争はなぜ起こったのか

アメリカ外交50年 (岩波現代文庫)
韓国の政権が崩壊し、朝鮮半島に「力の空白」が生じている。1950年に朝鮮戦争が起きたのも、アチソン国務長官が、「アメリカが責任を持つ防衛ラインは日本までだ」と発言し、韓国に言及しなかったことがきっかけだった。本書はジョージ・ケナンが「封じ込め」戦略を書いたX論文で有名だが、1979年の増補版では朝鮮戦争についても書いている。

彼の「封じ込め」は冷戦期のアメリカの外交方針になったが、ここには誤解があった。Containmentは「中に入れておくこと」という意味で、軍事的に抑え込むという意味はなかった。モスクワ大使館に7年いたケナンは、ソ連が信頼できないことを知っていたが、アメリカを攻撃する実力はないので、その勢力拡張を防いで力の均衡を維持すべきだ、というのが「封じ込め」の意味だった。

ケナンは日本に再軍備を求めないで中立化し、朝鮮半島に「民主的な選挙で選ばれた政権」を樹立すべきだと考えていた。ソ連の南下を防ぐ前線基地は、日本ではなく朝鮮半島だと考えていたからだ。ところが彼は国務省の主流からはずされ、在韓米軍が大幅に削減された直後に朝鮮戦争が起こった。そこにはアメリカの大きな誤算があった。

続きは4月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

デモクラシーなき立憲主義

きのうのアゴラ政経塾は、伊藤隆さん(東大名誉教授)をお迎えして「ファシズム」の話をうかがったが、おもしろかったのは「戦争に積極的だったのはルーズベルトのほうだった」という話だ。何も決められなかった東條英機が日米開戦を決めたのは、あらゆる手段でルーズベルトに追い込まれたからだという。

1930年代の大恐慌に対して、ルーズベルトは大統領の権限を拡大して財政支出を拡大し、ドイツでもヒトラーが国債を発行して経済を回復させた。蝋山政道は、このように行政に大きな裁量権を与える「挙国一致」が世界の潮流だと考え、政党を超える立憲的独裁が必要だと内閣に提言した。これが国債発行による軍備拡大や、大政翼賛会による政党政治の終焉への道を開いた。

つまり第2次大戦をもたらしたのは日独のファシストと英米のデモクラシーの対立ではなく、議会を超えて行政の裁量を拡大するデモクラシーなき立憲主義だった、という解釈も成り立つ。これは「立憲主義なきデモクラシー」としてのポピュリズムの逆で、現代的にいえば行政国家だ。それをどうコントロールするかは、今も大きな課題である。

続きは4月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「こども」を食い物にする大人のモラルハザード



給付型奨学金を創設する法案が、参議院本会議で全会一致で可決された。これは大学生をもつ豊かな家庭に貧しい家庭から所得移転する逆分配であるばかりでなく、その財源を当の子供に負担させる世代間の逆分配だ。奨学金は親が消費し、大学は何も生産しないので、子供には国債の負担だけが残る。

続きはアゴラで。






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