科学/文化

ベノワ・マンデルブロ 1924-2010

マンデルブロが死去したようだ。今のところTyler Cowenなどのブログ記事しか情報源がないが、彼の親友だったTalebのホームページに告知があるので間違いないだろう。

マンデルブロは、アインシュタインやフォン=ノイマンと並ぶ20世紀最大の科学者だが、自分を「経済学者」と呼んでいた。フラクタルの概念も、彼が株価のチャートを見ているとき気づいた自己相似性が出発点だった。本書はそれをコンピュータを使って理論化した古典である(絶版)。『禁断の市場』は彼の理論を経済に応用してやさしく解説したもので、その後の金融危機を見事に予告している。

経済学が市場の動きを予測できる実証科学になるためには、古典物理学をモデルにした古い解析的な手法を卒業して、マンデルブロの開発した計算論的な手法を活用する必要があろう。そういう経済物理学の試みも始まっているが、当初の期待ほどの成果は上がっていない。マンデルブロもいったように、現在の経済学は複雑すぎるのではなく、まだまだ複雑さが足りないのである。

資本論の哲学

資本論の哲学 (平凡社ライブラリー)廣松渉の代表作が、久々に文庫でよみがえった。内容は、デリダより20年早く「価値の幽霊的性格」を論じたもので、マルクスがヘーゲル的な実在論を否定しながら「抽象的人間労働」という価値実体に依拠して価値論を展開した矛盾を問題にしている。しかしデリダが「マルクスもヘーゲルの限界を超えられなかった」と突き放しているのに対して、廣松は「限界効用説のような唯名論も一面的だ」とマルクスを擁護する。

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魯迅の嘆き

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)尖閣問題をめぐってナショナリズムが沸騰しているが、中国の非常に政治的な対応をみていると、私は魯迅を思い出す。特に「阿Q正伝」(青空文庫でも読める)には、彼の母国への痛切な思いがこめられている。

無名の主人公(かりに阿Qと呼ばれている)は、村では人々から軽蔑されている与太者だが、あるとき隣の村に「革命党」がやってきたと聞いてそれに便乗し、革命が何を意味するかも知らずに自分も革命党の一員だと吹聴して騒ぎ回り、村人から恐れられる。しかし結局、村には革命党はやってこず、阿Qは無実の罪を着せられて処刑される。

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飛び級のすすめ

ツイッターで外交官試験の「大学中退」の話を書いたら大きな反響があったので、少し補足しておこう。昔の外交官は大学3年で合格したら中退しても入省できたので、外務省のエリートには中退が多い(今は外交官試験が廃止されたので普通の公務員と同じ)。

同じように企業もどんどん青田買いをして、3年生で内定を出したら中退で入社させれば、大学を悩ませている就活の繰り上げ問題も解決する。就職が決まった学生には、4年までの授業料を払えば卒業の資格を与えればいいのだ。授業が必要な場合は、企業が残りの期間の奨学金を出して通学させればいい。

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宇宙のグランド・デザイン

The Grand Design日常生活でむしゃくしゃすることがあったときは、宇宙論の本を読むとよい。本書の冒頭に書かれているように、宇宙の歴史の中ではわれわれの人生は一瞬であり、広大な宇宙の中では人間なんてゴミのようなものだ。

本書は最近の宇宙論を一般向けにやさしく解説したものだが、目新しいのはスティーヴン・ホーキングがM理論に依拠していることだろう。彼はこれを「主流派の理論」と紹介しているが、今のところこれを支持する実験や観測は一つもない。検証に必要なエネルギーが大きすぎるからだ。M理論は今のところ、検証も反証もできない数学理論にとどまる。

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「近代の超克」論

「近代の超克」論 (講談社学術文庫)サンデルが来日し、東大で講義して大盛況だったようだ。しかし彼の議論は、モダニズム批判としてはそう新しいものではなく、むしろ日本のほうが早い。その代表が、「近代の超克」と題して有名になった1942年の『文学界』の座談会である。ここではニーチェやフッサール以来の近代批判を継承し、自由主義や個人主義を否定して「アジアとの連帯」を求める議論が展開された。これを廣松渉が解説するのは奇妙な組み合わせにみえるが、彼の哲学は非常に「日本的」で、本書はその問題意識をよく示している。

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砂漠化する日本


バブル初期に、「篠山紀信、東京を飛ぶ」という番組をつくったことがある。ヘリで篠山氏と一緒に飛んで45分間すべて空撮という前衛的な番組だったが、一緒にラッシュを見ていたとき、彼が「東京砂漠っていうけど、空から見ると本当に砂漠だね」とつぶやいた。いま思えば、これがバブルの原因だった。

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リバタリアンとしての福沢諭吉

新しい福沢諭吉 (講談社現代新書)雇用の流動化が必要だというと、「人々の不安が増す」とか「モチベーションが下がって生産性が落ちる」いった批判がよくある。たしかに会社という繭にくるんで、すべての人をやさしく守ることができれば理想だろう。戦後の一時期には、それが実現したと錯覚された時代もあった。しかし残念ながら、もはやそういうユートピアは失われたのだ。

今われわれが直面しているのは、福沢諭吉以来の「個の自立」という問題である。『福翁自伝』などを読むと、100年以上前の本なのに不思議に単純明快でわかりやすい。本書は、その「新しさ」をハイエクなどオーストリア学派のリバタリアンに重ねて解釈したものだ(絶版)。

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日本人はなぜリスクをゼロにしようとするのか

佐々木俊尚氏がツイッターでこういう疑問を出している:
よく言われることだけど、日本は「リスクはゼロにすべき」と思ってる人がやたらと多く、リスクマネジメント(リスクを減らすコストとリスクが生むコストを天秤にかける)の意識が欠如している。なぜそういう思考にいかないのか。日本人の民族性となんか関係があるんだろうか。
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自我の源泉

自我の源泉 竏昼゚代的アイデンティティの形成竏驤€大ベストセラーになったサンデルの師匠、テイラーの主著が20年ぶりに翻訳され、今月末に出ることになった。9975円という値段は一般の読者には無理なので、ビジネスマンには本書を要約したラジオ講演、『「ほんもの」という倫理』をおすすめする。

本書は訳本で700ページもあるが、大部分はよくも悪くも常識的な西洋哲学史のおさらいである。著者はカナダの哲学者だが、昔は新左翼の活動家でヘーゲルの研究者という経歴からもわかるように、近代的自我を自明なものとは考えず、特殊西欧的なイデオロギーととらえ、この人工的な概念がどのようにできたかを明らかにする。

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