科学/文化

天皇家は「ウルトラマンファミリー」である

産経新聞が、また女系天皇を否定するコラムを載せている。「男系男子」の皇室典範を守れというのが社論なのだろうが、その根拠に「神武天皇から今上天皇まで126代にわたる天皇の系図」をあげるのはいただけない。これは聖書を根拠にして進化論を否定するようなものだ。

保守派が「男系天皇」に執着する理由がよくわからない。産経も認めるように、天皇家が男系で継承されるべきだという論理的な根拠はなく、女系なら女系で一貫していればいい。日本古来の伝統は天照大神でも明らかなように女系であり、男系は中国から輸入した儒教思想である。それもかつては王位継承をめぐる戦争を防ぐ意味があったが、今は「系図がごちゃごちゃする」という程度の問題でしかない。

そもそも天皇家が古代から「万世一系」だったという根拠がない(したがって「例外なく男系で継承した」という根拠もない)。「天皇」とか「日本」という称号ができたのは天武天皇の時代であり、それまでの「大王」は一つの家系ではなく、多くの氏族が戦争や離合集散を繰り返す状態だった。本郷和人氏はこれを「ウルトラマンファミリー」にたとえている。

1966年に「ウルトラマン」が放送され、翌年「ウルトラセブン」が放送されたが、これは当初まったく別のシリーズだった。その後「ウルトラマンエース」や「ウルトラマンタロウ」や「ウルトラの母」などが創作され、これが後にウルトラマンファミリーになった。「天皇ファミリー」もこのように多くの氏族を統合する物語なのだ。

続きは12月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「定住革命」の終わり

人類の歴史上最大の変化は産業革命ではなく、約1万年前に狩猟採集生活から定住生活に移行した定住革命である。従来はこれを「農業革命」の結果と考えたが、最近の研究では農耕の始まりは定住より数千年も遅いことがわかってきた。つまり農業革命は定住革命の結果であって原因ではないののだ。

では定住が始まった原因は何か。今のところ決定的な説はないが、戦争だったという説が有力である。近代国家も基本的には国境で区切られた領土の中で土地の所有権を分配する農業国家であり、それを発展させる方法は対外的な領土の拡張、すなわち植民地支配だった。 土地は産業革命でも生産要素の一つになったが、その供給量には制約があるので、今では大して重要ではない。

20世紀は人的資源がもっとも重要な生産要素になった時代といえようが、21世紀に重要になったのは情報や権利などの無形資産(intangible assets)である。これをコントロールする上では土地は無意味であり、人的資源もITで代替できる。GAFAに代表されるグローバルIT企業の資産の大部分は知的財産権と個人情報であり、その配分を最適化するように人間がグローバルに移動する。1万年前に始まった定住革命が終わろうとしているのだ。

こういう時代には国家の役割も物理的な領土を守ることではなく、独占を守ることである。この点でアメリカ政府の姿勢はきわめて戦略的であり、特許や著作権は一貫して強化し、個人情報は一貫して規制しなかった。それに対して日本政府は個人情報保護法という世界にもまれな規制強化をやって、インターネット時代に大きく立ち遅れてしまった。

続きは11月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。


シルクロードが世界史の中心だった時代

興亡の世界史 シルクロードと唐帝国 (講談社学術文庫)
シルクロードといえば、ほとんどの日本人はNHKの番組ぐらいしか知らないだろうが、それはかつては「東西文明を結ぶ道」ではなく、世界史の中心だった。著者によれば、世界史は次の8段階に分けられる。

 1.農業革命(1万1000年前~)
 2.4大文明の時代(5500年前~)
 3.鉄器革命(4000年前~)
 4.遊牧騎馬民族の時代(3000年前~)
 5.中央ユーラシア型国家の時代(1000年前~)
 6.火薬革命(500年前~)
 7.産業革命(200年前~)
 8.自動車と航空機の時代(100年前~)

このうちわれわれがよく知っているのは6以降の時代である。その最大の特徴は、銃や大砲などの火器が最強の武器になった時代だが、それまで3000年にわたって最強の武器は馬だった。戦争だけではなく、移動や情報伝達、あるいは商取引や経済においても、馬の能力は圧倒的だった。

この時代は中国史では、唐宋変革として知られる国家統一の時代だった。それまで各地を分割していた異民族を統一する王朝が生まれたというのだが、それを統一したのは漢民族ではなかった。唐を建国した李淵(高祖)は鮮卑系の遊牧民で、それが後のモンゴルに至る遊牧民の国家の始まりだった。続きを読む

朝鮮人は日本に同化して「皇民」になった



日本と韓国の問題は本質的には歴史認識、特に日韓併合をめぐる認識の違いである。その答は、国際法的には明らかだ。1910年の日韓併合条約は大日本帝国と大韓帝国の間で合法的に結ばれ、英米にも承認された。それが武力による威嚇の結果だという証拠は何もない。

続きはアゴラで。

約束を破れない日本人

韓国が「約束を守れない国」だとすると、日本は「約束を破れない国」である。これには歴史的な原因がある。日本は江戸時代まで対外的な戦争を経験しなかったので、平和の中で安定した中間集団(社団)ができ、血縁集団を超える約束ができるようになった。これを「封建制」と呼ぶのは正確ではないが、東アジアの他の国とは明らかに違い、ヨーロッパのfeudalismに似ている。

堂島の米市場では米の現物は取引されず、「米切手」の売買で先物取引まで行われた。米商人は互いに血縁も地縁もなかったが、米市場の中で商人の評判を共有する評判メカニズムの完成度が高かったためだ。約束を守るレントが大きく、それを破ったときは商人の仲間から追放される損失が大きいと、約束は自発的に守られる。

このような約束を守るメカニズムができた原因は、長い平和の中で「家」という親族を超える社団が根づいたことだが、もう一つは日本語が全国で通じたことだ。これは自明ではなく、中国で漢字の読める人は歴史的に人口の1割程度で、今でも北京語と広東語の発音はまったく違うので、漢字が読めないと通じない。

日本語の均質性のおかげで、血縁集団を超えて約束を守る社団が機能した。家はもともと武士と農民の地縁集団だったが、そのうち商人にも広がって地縁にも拘束されなくなった。この点で、日本の家はヨーロッパのギルドのような職能集団に近いが、個人と家族を組織に「丸抱え」で拘束するシステムなので息苦しい。

続きは8月26日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「男系男子」の天皇に合理的根拠はない

新天皇の即位で、皇室典範に定める「男系男子」の皇位継承者は3人になり、「皇室の危機」が論じられている。普通に考えれば皇室典範を改正して愛子様が継承できるようにすればいいのだが、それに反対する(安倍首相を含む)人々がいる。その顔ぶれは、かつて「生前退位」に反対した人々と重なっている。
この話は論理が破綻している。男系男子は「権威と権力を分ける日本独特のシステム」ではなく、権威と権力が一体化した中国から輸入したものだ。それは皇帝の血統を受け継がない男子を後継者から排除し、王家の分裂抗争を防いで権威と権力の一体性を守る制度として、それなりの合理性があった。

続きはアゴラで。

「例外なき男系天皇」はフィクションである

NHKの番組で「天皇の母親は3人を除いて側室だった」と報じたのをきっかけに、また「男系天皇」をめぐる論議が盛り上がっている。保守系の人は産経新聞のように「女性宮家に皇位継承資格を与えたら126代にわたり例外なく続いてきた男系継承の伝統」が絶えるというが、これはフィクションである。

皇室典範で天皇を「男系男子」に限ると定めたのは明治時代で、それ以前には明文の定めがない。「事実として男系が続いてきた」ともいえない。中国では皇帝の正統性を守るために後宮に出入りする男を去勢する宦官があったが、日本にはなかった。後宮は物理的に隔離されていなかったので一般男性も出入りできたから、天皇の側室が産んだ子が天皇の子であるかどうかはわからない。

中国の皇帝をまねた日本になぜ宦官がなかったのかについては諸説あるが、基本的には天皇の血統をそれほど厳格に守る必要がなかったからだろう。男系の皇統というのは儒教思想だが、日本の「家」は女系だった。古代には天皇も「婿入り」することが多く、平安時代の天皇は「藤原氏の婿」だった。男系天皇というのは明治以降の「近代の制度」であって、日本古来の伝統ではないのだ。

続きは5月6日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

人間はなぜ「ミニマックス原理」で行動するのか

リスク(期待値)の定義は「被害(ハザード)×確率」だが、この考え方は直感になじまないので、小泉元首相にもわからない。普通の人々は確率なんか考えないからだ。彼が「プリントアウトしていつも手帳にはさんで持ち歩いている」という大飯原発3・4号機の再稼働を差し止めた福井地裁の判決は印象的である。
被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。
ここではリスクと便益を比較する計算そのものを拒否し、確率も考えないで最大の被害を最小化することだけが問題になっている。これは経済学でいうとミニマックス原理で、不合理な行動ではない。命の危険が迫ったとき恐怖を感じないで確率を計算するような人は、進化の過程で攻撃されたり捕食されたりして淘汰されただろう。

だから人々の心の中には、この判決のような「命は金より大事だ」というレトリックに共鳴する感情があると思われる。個人にとって死は最大の問題なのでこれは当然だが、大きな社会では困ったことになる。交通事故や老人医療を考えればわかるように、命と金のトレードオフは日常的に発生しているので、そこにミニマックス原理を適用すると、命を救うために無限の金を注ぎ込めという話になる。

続きは1月14日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

韓国の「反日感情」は合理的である

韓国の駆逐艦による自衛隊機へのレーダー照射が、アゴラでも話題になっている。韓国側の説明は二転三転しているが、今まで報道されている事実から判断すると、偶然や過失とは考えられない。しかしそれを「敵意のあらわれ」とはいえない。その理由は自明である。日本と韓国が交戦する状況にはないからだ。

だから韓国政府が謝罪すればよかったのだが、日韓の局長級協議では謝罪を拒否した。これも今までの韓国政府の行動から予想されたことだ。もし今回の事件で韓国政府が謝罪したら、国内から「弱腰だ」と強い批判を浴びるだろう。韓国はそういう国なのだ。

続きはアゴラで。

理性を超える「無意識」の正体は何か



来年1月からのアゴラ読書塾は「感情の科学」というテーマだが、人間を動かすのが理性を超える感情だという思想は新しいものではない。マルクスは意識を超える「イデオロギー」が人間を動かすと考え、フロイトは意識を超える「無意識」が人間を動かすと考えた。こういう二元論は20世紀の思想に大きな影響を与え、構造主義やポストモダンにも受け継がれている。

ドゥルーズ=ガタリはフロイト的な発想で資本主義を精神分析し、「欲望機械」としてのグローバル資本主義が国家を破壊すると考えた。彼らは非合理的な感情を「コード化」して抑圧するのが国家であり、それをイノベーションで破壊して「脱コード化」する資本主義との矛盾が分裂病(統合失調症)をもたらすと主張した。

しかし最近の脳科学が示すのは、逆に感情が人格を統一し、理性をコントロールしているということだ。感情をつかさどる機能を失った患者は対人関係が崩壊し、支離滅裂な言動を繰り返すようになる。その知的能力が保たれていても、社会人としての生活ができなくなる。「私は私である」という同一性を維持しているのが感情なのだ。続きを読む






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