科学/文化

ワクチン接種を受けるべきか

今月から本格的にワクチン接種が始まるので、受けるべきかどうか迷っている人も多いだろう。社会的にはワクチンで集団免疫が実現することが望ましいが、それが個人として合理的か(メリットがリスクより大きいか)どうかは自明ではない。マスコミではこの点を曖昧にしているので、ここでは統計データで最小限いえることを書いておこう。

次の図はワクチン接種率の高い上位10ヶ国(小国を除く)だが、接種率と死亡率には有意な相関がない。特にハンガリー・ブラジル・トルコ・インドでは、接種が増えた時期に死亡率が上がっている。これは偶然の一致とは思えない。これらの国々はワクチンの種類も違うので、その原因は不明だが、ワクチンの効果はつねにポジティブとは限らないのだ。



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コロナ対策による「過少死亡」は約3万人

国立感染症研究所に日本の超過および過少死亡数ダッシュボードができ、コロナの死亡統計が見やすくなった。それによると、2020年1月~12月の過少死亡は5650~52430人。平均すると約3万人だ。

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つまり昨年の日本の死亡数は平年より約3万人少なかった。死亡数をみても、昨年の死亡数は一昨年より約9400人少なかった。日本の死亡数は毎年約2万人増えているので、平年より約3万人少なかったわけだ。

その最大の原因は、呼吸器系疾患が約2万人減ったからだ。中でも肺炎が約1万3000人減り、これだけで新型コロナの約3000人を大きく上回った。この最大の原因は自粛などの行動制限だろう。それはコロナだけではなく、すべての呼吸器系疾患にきき、特に肺炎球菌の感染を防いだ効果が大きかった。

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人口動態統計より

他方で出生数は2019年に比べて約2万5000人減ったので、自然減は約1万6000人になった。つまり日本のコロナ対策は少子高齢化を促進したのだ。

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「ファクターX」は消えたのか



JBpressの記事がいろいろハレーションを起こしているので、誤解のないように最新の情報をアップデートしておく。インド型変異株B.1.617は昨年11月に発見されたものだから「ワクチン接種が原因で感染が拡大した」という表現は正しくない。

国立感染症研究所の報告によると、B.1.617はL452RとE484Qというスパイク蛋白質をもつ。このうちイギリス型変異株にもみられるL452Rは感染力が高いといわれるが、日本には1例しか入っていない。

E484Qは、南アフリカやブラジルで見つかり、日本でも増えているE484Kと似ている。E484Kはワクチンのきかない免疫逃避変異株(escape mutant)であることが知られている。E484Qがそういう特性をもつかどうかは不明だが、これが免疫逃避型だという報告もある。

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インドの変異株の拡大(Hindustan Times)

ただ図のようにB.1.617が、インドで3月から爆発的に増えたことは間違いない。ワクチン接種率は3月には数%だったので、これはワクチンの副反応で発症したのではなく、インド人の自然免疫(ファクターX)のきかない変異株であるため、従来型に置き換わって急速に増えたものと思われる。

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インドの感染爆発はなぜ起こったのか

インドでコロナの感染爆発が起こっている。毎日30万人が感染し、3000人が死亡するという昨年のヨーロッパと似た状況だ。その原因がインドで変異した新型コロナウイルスの「二重変異株」だという人がいるが、これは疑問である。モンゴルの感染増加率はインドより急速で、これは変異株が原因とは考えられない。

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図1:アジア各国の感染率(10万人あたり)



図2:アジア各国のワクチン接種率(累計)


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ワクチン接種のリスクはそのメリットより大きいか

大阪でコロナ感染が増えたことをきっかけに、東京都・大阪府・兵庫県に緊急事態宣言が発令される見通しになったが、これは何を根拠にしているのか。

たしかに大阪府の新規感染者数は3月下旬から激増したが、その原因は不明である。次の図のように、4月5日に大阪府に蔓延防止措置が出ても、感染の拡大は続いている。


日本経済新聞より

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戸籍を廃止して「イエ社会」を卒業するとき

選択的夫婦別姓は、法的には大した問題ではない。1996年に法制審で別姓の選択を認める民法改正案が答申されたが、閣議決定に至らなかっただけだ。菅内閣が閣議決定して法案を国会に提出すれば、自民党の一部議員を除いて公明党も野党も賛成するので、改正できるだろう。

これは「家族の絆」とは無関係だ。日本以外に夫婦別姓を禁止している国はないが、そういう国で家族の絆がなくなったという話は聞かない。「戸籍制度がなくなる」というのも誤解で、100%夫婦別姓の台湾にも(日本以外で唯一)戸籍がある。これは日本統治時代の遺物で、韓国では廃止された。

問題は、こんな当たり前の話が、なぜ25年ももめ続けているのかということだ。かつては「日本古来の伝統だ」という説もあったが、これは保守派の歴史学者も認める通り、学問的には問題にならない。日本古来の伝統にのっとるなら、夫婦別姓を義務づけるべきだ。

自民党右派が反対している(隠れた)理由は、旧民法の「戸主」を中心とする「家」制度を守るためだが、これにも誤解がある。戸主は明治31年(1898)に初めて定められたもので、このとき夫婦同姓(実質的には妻の同姓義務化)が定められたが、これは日本の伝統に反する制度だったのだ。

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「ジェンダーギャップ」という錯覚

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きのうアベマプライムで「ジェンダーギャップ」の話をした。今年も日本が120位だったというが、こんな指数に客観性はない。政治・経済・教育・医療の4分野で、男女比を出しているだけだ。政治分野が突出して悪い(147位)のは女性の国会議員が少ないからで、その原因は「ジェンダー差別」ではなく、女性にはドブ板選挙ができないという政治の質の問題である。

経済分野が悪い(117位)原因は、大企業の幹部に女性が少ないからだが、その原因は終身雇用・年功序列の雇用慣行である。日本の大企業では、15年以上勤続している女性社員の比率は男性の半分以下だ。年功序列では勤続15年未満の社員が役員になることはありえないので、幹部に女性が少ないのは当たり前なのだ。

ところがスタジオのコメンテーターには、このしくみがわからない。「日本人の意識が遅れている」という精神論を繰り返し、「大企業の管理職の男女比を同じにしろ」などと結果の平等を求めるが、結果を変えて原因を変えることはできない。そのとき思い出したのが、この絵である。

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Angus Maguire

これはequalityとequityの違いを示しているが、近代社会で保障されているのは、equalityであってequityではない。フランス革命の「自由・平等・博愛」の平等はegaliteで、日本語でいうと機会均等なのだ。

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企業の事なかれ主義が「キャンセルカルチャー」を助長する

呉座勇一さんのツイートが炎上して謝罪に追い込まれた。彼はアゴラでも八幡さんと炎上騒ぎを起こしたことがあるが、元のツイートはこんな感じで、大した話ではない。



この騒ぎが大きくなったのは、NHKが呉座さんを大河ドラマの時代考証からおろしたことだ。これは本人の申し出ということになっているが、「NHKに電凸しよう」というツイートがあり、抗議が来たことがトラブルになったと思われる。

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夫婦別姓が日本の伝統である

政府の「男女共同参画基本計画」が選択的夫婦別姓を認める方向になったことで、また論争が蒸し返されている。自民党内にも賛成の議員連盟ができ、流れは変わり始めているが、わからないのは夫婦別姓(正確には別氏)に反対する人々の論理だ。

たとえば高市早苗氏などの国会議員でつくる50人の議員連盟「『絆』を紡ぐ会」は、全国の自民党の道府県議会議長あてに出した文書でこう書く。
現行の夫婦同氏制度は、日本人が大切にしてきた家族の絆や一体感を維持する上で重要な役割を果たしており、同時に、子育てや夫婦親族相互扶助の環境づくりの土台になってきた。

選択的夫婦別姓導入の動きは、氏が個人に属すると考える人が、この時代の中で出てきたことに影響しているが(原文ママ)、そのことを以って、子育てや相互扶助に悪影響を及ぼしてよいはずがない。人間の中心は情緒であり、家族の絆は、その情緒のなかで紡がれてきた。何より子供たちへの心の影響(原文ママ)を考えれば、慎重になるべきだ。

一段落に二つも文法の誤りがある悪文だが、要するに夫婦同姓(同氏)が「家族の絆」だから守れという「情緒論」で、論理はない。夫婦別姓を認めない民法は世界中で日本だけだが、日本以外の国には家族の絆はないのだろうか。

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存在は意識によってつくられる


この冗談がバカ受けし、350以上も引用RTがついている。その謎解きは今週のブログマガジンでやったが、おもしろいので補足しておこう。

電子顕微鏡に映った映像がSARS-CoV-2のウイルスか従来の風邪(コロナウイルス)どうかを判断できる専門家は、世界にほとんどいない。大橋眞氏は「新型コロナのRNAは従来型と分離できていない」と主張した。

もしこの主張が正しいとすると、従来型コロナとは違う新型コロナウイルスは存在しないが、国立感染症研究所は新型コロナウイルスが分離されたと発表し、大橋氏の動画はYouTubeから削除された。この場合の存在は「何かがある」という意味ではなく、従来型コロナと新型コロナの差異が認められるという意味である。

マッハとニーチェ 世紀転換期思想史 (講談社学術文庫)
これはむずかしくいうと存在論と認識論の問題である。「存在は意識によってつくられる」というのはカントではなくヒュームの議論で、彼は自己を「感覚の束」と考えた。この感覚一元論はマッハに継承され、20世紀の認識論の主流になった。それはポストモダンにも継承された常識だが、世の中ではほとんど知られていないようだ。

これはややこしい問題なので、くわしくはアゴラサロンで(初月無料)。








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