中曽根康弘の「新自由主義」

中曽根康弘 - 「大統領的首相」の軌跡 (中公新書)
中曽根元首相は1918年5月生まれだから、今年満100歳である。世間的にはロッキード事件やリクルート事件で逃げ切った「汚い政治家」というイメージが強いが、政治的な実績は大きい。特に国鉄と電電公社の民営化は、他の政権にはできない大事業だった。これはレーガン政権の「小さな政府」の日本版だが、「新自由主義」という言葉は中曽根が1977年に使ったのが最初だといわれている。

弱小派閥の出身で「田中曽根内閣」といわれたほど政権基盤の弱体だった彼が5年の長期政権になった背景には、日米関係の変化があった。70年代までアメリカの忠実な部下だった日本の位置づけは、レーガン政権で大きく変わった。日本はアメリカの最大のライバルとなり、経済的な「自立」を求められたのだ。

中曽根首相は「戦後政治の総決算」を掲げたが、憲法改正は提案しなかった。彼が総決算しようとしたのは、戦後の「福祉国家」路線だった。その第1弾が民営化で、第2弾が間接税による財政再建だった。そのため中曽根は「売上税」を導入しようとしたが失敗し、「増税できる首相」として竹下登を後継者に選んだ。

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朝鮮半島は日本の「植民地」だったのか

矢内原忠雄――戦争と知識人の使命 (岩波新書)
共産党の小池書記局長が在日韓国民団の機関紙で「日本側には、朝鮮半島を侵略し、植民地支配した過去の歴史に対する姿勢が問われる」と語ったが、これは誤りである。日本が朝鮮半島を「侵略」した事実はない。

日韓併合は国際法にもとづく条約で、英米など世界の承認を得た。韓国政府でさえ「侵略」と呼んだことはない。そもそも侵略という概念は、1928年の不戦条約で戦争を非合法化したときできたので、1910年に日本が朝鮮を侵略することは不可能だ。

しかし一部の人のいうように、日本は大韓帝国を同格の国として「併合」しただけで「植民地」にはしなかったというのも間違いだ。朝鮮は大日本帝国の支配する植民地だったが、それは合法的な支配だった。東京帝大で「植民政策」の講座を担当した矢内原忠雄は、非戦論をとなえて大学を追われたが、植民地支配が悪だとは考えていなかった。むしろ朝鮮半島を近代化する政策として植民政策を論じた。

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使用ずみ核燃料を「核のゴミ」にしない方法

核兵器と原発 日本が抱える「核」のジレンマ (講談社現代新書)
著者は原発反対派ではないが、核燃料サイクルには反対で、「核の傘」は神話だという。私は核兵器についての意見には賛成できないが、原発についてはおおむね賛成だ。特に核燃料サイクルは技術的に行き詰まっており、高速増殖炉なしでは採算が合わない。

余剰プルトニウムをプルサーマルですべて消費することは不可能で、六ヶ所村の再処理工場を動かすと膨大な赤字を生み出す。再処理工場が稼働する見通しが立たないので、むつ市に完成した中間貯蔵施設も使えない。これはあくまでも再処理工場に「早期に搬出」するための施設なので、再処理工場が動かないとサイクル全体が止まってしまうのだ。その拒否権は青森県知事がもっている。

この打開策は政府が直接処分のオプションを認めるしかないが、これには電力会社が反対している。使い道のなくなった使用ずみ核燃料が「核のゴミ」になるからだ。電力会社のバランスシートでは使用ずみ核燃料は「資産」として計上されているが、直接処分にするとそれは膨大な「負債」になり、巨額の減損処理が発生して債務超過になる会社も出てくる。電力会社はそれを恐れているのだが、本書も指摘するように、現実にはすでに負債は発生している。

これは会計処理上の問題なので、法改正で対応可能だ。日本の所有する47トンのプルトニウムのうち、海外に再処理を委託した37トンは、まだ海外に保管されている。イギリス政府はこれをそのまま保管し、その維持費を所有国(日本)が負担するという方法を2011年に提案した。これは実質的に日本の所有するプルトニウムをイギリスに譲渡するものだが、引き続き電力会社の資産として計上できるなら、検討に値するのではないか。

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トリチウムも流せない安倍政権には何もできない

復興の日本人論 誰も書かなかった福島
福島第一原発事故とは何だったのだろうか。それが初期に多くの人に恐怖を与え、避難で多大な被害が生じたことは事実だが、避難は結果的には無意味だった。国連科学委員会などすべての科学的調査が指摘するように、福島で人体に影響を及ぼす放射線障害は生じておらず、今後も起こるとは考えられない。

莫大な損害が発生したにもかかわらず、人的被害がゼロだということは、発生した被害はすべて風評被害だということを意味する。福島第一では毎日、7000人の作業員が廃炉作業に携わっている。最大の仕事はサイト内の「汚染水」を貯水タンクに集める作業だが、その水が流せないのでタンクは1000基にのぼる。

著者は「これを見たとき、私はほとんど絶望のような感じをもった。こんなことを10年も20年も続けられるはずがない」という。特に問題なのは、浄化装置で除去できないトリチウム(三重水素)である。これは水素の放射性同位体で、ごく微量のベータ線を出すが、化学的には水素と同じなので、世界では薄めて流すのが普通だ。日本でも他の原発はそうしているが、福島第一だけは「汚染水」をいやがる漁協の反対で流せない。

原子力規制委員会の田中前委員長は「トリチウムは薄めて流せばいい」と助言し、東電の川村会長もその意向だったが、今年7月に吉野復興相が反対して流せなくなった。安倍首相が「流せる」といえば流せるが、政権は動かない。電力関係者は「トリチウムも流せない政治には何もできない」と自嘲する。

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沖縄の「核密約」は必要だったのか

佐藤栄作 最長不倒政権への道 (朝日選書)
戦後の日米関係は密約だらけで、その全貌がわかってきたのは最近である。特に重要なのは、沖縄返還の際に佐藤栄作がニクソンと結んだ「核密約」だ。1969年に日米共同声明で「核抜き・本土並み」の返還が決まったのと同時に「有事の核持ち込み」を日米首脳の「議事録」で約束していた。

その存在は佐藤の密使としてキッシンジャーと交渉した若泉敬が著書で明らかにし、「密約なしで沖縄返還は実現できなかった」と主張した。2009年に民主党政権が密約の存在を確認したが、正式の外交文書とは認めなかった。それは日米首脳が私的にかわしたメモであり、のちの首相にも引き継がれていないからだ。

実際には返還以降、沖縄に核が配備されたことはない。米軍の核兵器の主力は原潜に搭載したSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)になっており、沖縄の基地に配備する必要はないからだ。では返還交渉で「核抜き」が最大の争点になり、密約までかわされたのはなぜか?

本書は交渉の経緯を最新の資料で検証した結果、「核密約が必要だったかどうかは疑問だ」という。当時すでに沖縄に配備された戦術核(メースB)は旧式になり、SLBMの射程距離のほうが大きかった。もともと米軍は戦術核を撤去する予定だったが、日米交渉でそれを返還の条件にして(本当の目的である)基地の自由使用を維持するのがねらいだったのではないか。

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世界の共同主観的存在構造

世界の共同主観的存在構造 (岩波文庫)
戦後日本の古典といってよい廣松渉の代表作が、やっと岩波文庫に入った。彼の世間的な主著は『存在と意味』だろうが、その内容は本書の表題作に尽きている。これは東大文学部哲学科の卒業論文だが、彼の哲学はそこで完成しており、よくも悪くも晩年まで変わらなかった。

彼の難解な論文が左翼の熱狂的な支持を集めた一つの原因は、生産性がなくなったと思われていたマルクス主義を思想的によみがえらせたことだろう。マルクスの唯物論はレーニン的な素朴実在論ではなく、むしろ彼が敵視したマッハの「経験批判論」に近いというのは重要な発見だった。

60年代には『経済学・哲学草稿』を中心とする「疎外論」的なマルクス理解が流行したが、それを「人間主義」として批判したのがアルチュセールだった。これは当時「構造主義」として流行したが、それよりはるかに精密なマルクス読解にもとづいて、フッサールやメルロ=ポンティの「相互主観性」の概念を取り入れたのが廣松の理論だった。彼の「共同主観性」はそれと似ているが、微妙に違う。

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原子力のコストは民主主義のコスト

小池・小泉「脱原発」のウソ
本書は専門家が書いたエネルギー問題の入門書だが、こんなキワモノ的なタイトルで「右派」の出版社からしか出せないところに日本の深刻な状況がある。著者もなげくように、出版業界でも「原発推進派」の本は企画として成り立たない。

民主党政権は「原発ゼロ」という間違った戦いを始めてしまったが、自民党政権もそれを止められない。マスコミが原子力に莫大な恐怖のコストを上乗せしたからだ。たとえば福島第一原発の「汚染水」は薄めて流せばいいが、安倍首相がOKしないので100万トン以上タンクに貯水したままだ。こういう政治的コストを「廃炉費用」に算入したら、原子力のコストは際限なくふくらむ。

本書はそういう政治的コストを除き、原子力の技術的コストだけを考えると、核燃料サイクルも実用化できるという。たしかに中国もロシアも、核燃料サイクルを続けている。独裁国家は政治的コストを考えなくてもいいからだ。これは民主主義のコストともいえるが、その有権者に将来世代は入っていない。100年後の世代は、安倍政権の選択をどう考えるだろうか。

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沖縄は「戦後日本の国体」の矛盾の集約

米国と日米安保条約改定ーー沖縄・基地・同盟
1950年代までの左翼の影響力は、今では想像もつかないほど大きかった。特に知識人の中では、講和条約から安保改正までの論争では左翼が優勢で、自民党政権にもアメリカにも影響を与えた。本書はその歴史をアメリカ側からみたものだ。

吉田茂は再軍備を棚上げして講和条約を結び、結果的には戦後の日米関係を決めてしまったが、その「ボタンの掛け違え」を直そうとしたのが保守合同だった。自民党政権はたびたびアメリカに安保改正を働きかけたが、アメリカは拒否した。米軍基地は大きな既得権だったからだ。続きを読む

本居宣長の「言語論的転回」

宣長学講義
右翼の心情倫理は、和辻哲郎や折口信夫に受け継がれた皇国史観だが、それは国定教科書とともに葬られ、戦後は危険思想として封印された。その元祖は本居宣長だが、いまだに国学をそういう「日本主義」として批判する人がいるのは困ったものだ。

宣長の学問的な革新は、彼の文献学的な方法論にあった。このオリジナルは、荻生徂徠である。彼の古文辞学は漢文の訓読を否定して外国語として理解する方法論で、「テキストそのもの」に即して意味論を括弧に入れる言語論的転回の一種だったともいえる。それを宣長は古事記や日本書紀に適用したが、彼は漢文テキストの裏に「やまとことば」という本質を読み込んだ。

特に彼が重視したのは、古事記の背景に口承というパロールがあったことだ。『古事記伝』は暗号としての古事記を「復号化」して口承を再現する作業だったが、著者も指摘するように、そういう本質が実在したかどうかはわからない。与えられているのは古事記という原エクリチュールだけで、そこから「やまとごころ」というシニフィエを導いたのは宣長の想像力だった。

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折口信夫の物語としての「古代」

折口信夫 - 日本の保守主義者 (中公新書)
枝野幸男氏は「和を以て貴しとなす」日本の伝統を保守するというが、こういう「素朴保守主義」は、昔から珍しくない。その元祖が折口信夫である。彼の「古代研究」は日本社会の近代化の中で、そのアイデンティティを古代に求めるものだった。

それは文字に書かれた史料に頼らないで口承から昔に遡及しようとした点では柳田国男を継承したが、「折口君は古い方から下りてくるような形をとった」と、柳田は批判した。しかし本居宣長以来、「日本」を探究する学問は多かれ少なかれそういう物語だった。古代に日本人という統一された国民は存在しなかったので、それは文学にならざるをえない。

折口の場合には、その物語のコアは(宣長と同じく)やまとことばであり、それを支える実在が天皇だった。有名な「まれびと」は神の別名だが、この概念が古代に実在したかどうかは疑問だ(柳田は否定した)。しかし折口が「神の国」としての日本の存在を証明するために使ったのは、キリスト教神学のような論理ではなく情緒だった。この点では、彼の本質は(釈迢空の)短歌に表現されている。

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