貨幣はなぜ存在するのか

21世紀の貨幣論
お金はなぜ存在するのか。そんなこと当たり前じゃないか、と思う人が多いだろう。お金がなかったら、ものが買えない。物々交換でいちいち売り手が買い手をさがしていたら、市場経済は成り立たないので、買い手と売り手の「欲望の二重の一致」を実現する交換媒体としてお金が生まれたのだ――これが経済学の普通の説明だ。

だとすると未開社会では物々交換が見つかってもいいはずだが、グレーバーの実証研究では、物々交換で成り立つ社会は世界中どこにもない。本書の紹介する太平洋のヤップ島の経済は非常に単純だが、大きな石でできた通貨をもっている。しかもその一部は海に沈んで、誰も見たことがない。これは明らかに交換媒体にはなりえない。

貨幣は物々交換から生まれたのではなく、逆に貨幣があって初めて取引が始まったのだ。貨幣は交換媒体ではなく、売り手と買い手が取引を決済するための契約書なので、具体的な商品である必要はない。本質的なのは契約が本当に実行されるのかという信用だから、そういう信用のある国家が通貨を発行する。

ところが貨幣価値が安定すると、貨幣は必要なくなる。すべての商品の価格がわかっているなら、それをいちいち貨幣に交換しなくても、価格は「実質ベース」で考え、貨幣はすべての商品の価格を合成したニューメレール(基準財)でよい――それがワルラスの一般均衡理論だった。それ以来、現代のDSGEに至るまで、新古典派経済学には貨幣が存在しない。

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植民地支配を永久に許さない儒教のエートス

韓国を蝕む儒教の怨念: 反日は永久に終わらない (小学館新書)
徴用工問題は、慰安婦問題より根が深い。韓国大法院は日韓請求権協定を踏み超え、日本の植民地支配が不法行為だったという根拠で日本企業の民事責任を認めたからだ。この論理に従うと、植民地ではすべての労働は奴隷のような強制労働だから、慰安婦も出稼ぎ労働者も、すべて日本に対する請求権をもつ。

これは本書も指摘するように、昔から韓国政府の方針である。1910年の日韓併合は日帝の侵略であり、それ以来ずっと韓国人は「抗日戦争」を戦い、1945年に勝利して独立を勝ち取ったというのが韓国の公式史観である。むしろ日韓基本条約はその国是に反する妥協であり、大法院判決は建国の理念に戻ったのだ。

国際法で「侵略」という概念ができたのは1928年の不戦条約だから、それを遡及適用して1910年の日韓併合を侵略と呼ぶことはできないが、儒教圏ではそうではない。国際法や条約より上位に儒教的な「天」があり、ここでは社会秩序は自然秩序と同じく絶対的なので、事実と価値の区別がない。法は人為的な制度だという考え方がないのだ。

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韓国の「歴史のねじれ」が反日を生む

韓国 内なる分断: 葛藤する政治、疲弊する国民 (平凡社新書)
韓国に対する半導体材料の優遇措置解除が閣議決定された矢先に、あいちトリエンナーレでは慰安婦像をめぐる騒ぎが持ち上がった。 韓国は日本にとって政治的にも経済的にも重要な国ではないが、いつもネタを供給してくれる貴重な国だ。

普通は旧植民地と旧宗主国は仲よくなるものだが、韓国の軍事政権が「日帝に対する独立戦争に勝利した」という建国神話をつくったため、歴史がねじれてきた。1970年代までは北朝鮮が朝鮮半島の優等生であり、韓国は腐敗した軍事政権の国とみられていた。 朴正熙のような独裁者に対して民主勢力が戦い、政権は彼らを「北のスパイ」として摘発したが、日本の革新勢力は民主化運動を支援した。

この構図が民主化後も残っている。政治的には日本と同じ西側だが、民族的には北朝鮮と同じだという分断国家に特有のねじれが、保守派と左派の南南葛藤を生んだ。保守派は朴槿恵大統領のように軍事政権や「親日」の系統を引き、アメリカや日本と友好関係を保とうとするのに対して、金大中大統領から文在寅大統領に至る左派には北朝鮮の工作員が入り込み、「反日」を前面に出す。

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イトマン事件は「失われた10年」の始まり

住友銀行秘史
日本の戦後史は、1990年を境に大きく変わった。それを象徴するのがイトマン事件だった。90年10月に住友銀行の磯田会長が辞任したとき、それは山口組の企業舎弟による単純な詐欺事件と思われたが、そうではなかった。同じような不良債権問題(当時はそんな言葉もなかった)が、全国で発生していたのだ。

1989年の1年間に、尾上縫は延べ1兆2000億円を借り入れ、すでに債務超過になっていた。住友はイトマン事件をきっかけに全国の不動産融資を見直していち早く撤退したが、興銀はその後も融資を増やし、黒沢頭取は1991年8月に尾上と面会した。その直後に尾上は逮捕された。

本書を読み直してみると、住友は早い時期から事態を察知していたことがわかる。1990年3月の段階で磯田は「ヤクザがからんでいる」と認識し、「どのくらいくれてやって別れるかがポイント」と割り切って処理しようとしていた。本書の著者(当時のMOF担)は大蔵省の介入を求めて内部告発の手紙を出すが、大蔵省の動きは鈍かった。

致命的な失敗は、1990年11月に住友がイトマンの会社更生法申請を決め、大阪地裁に書類まで出したのに、大蔵省が直前で止めたことだった。理由は「地方銀行などに取り付けが起こったら、いつシャッターを下ろし、どうやって預金を払い戻すのか、預金保険法の手順が決まっていない」ということだった。あのとき会社更生法でイトマンを整理していたら改革が早まり、「失われた10年」はなかったのではないか、と著者はいう。

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不良債権はどう処理すればよかったのか

バブル経済事件の深層 (岩波新書)
バブル崩壊は、私の世代の戦争体験のようなものだ。あの前と後で、日本はすっかり変わってしまった。1990年ごろまで世界中が日本の成功を賞賛し、その脅威を恐れていたが、90年代にその評価は180度変わり、日本は嘲笑の対象になった。その原因はバブル崩壊ではなく、その不良債権処理に10年以上かかり、企業が萎縮してしまったことだ。

ではどう処理すればよかったのだろうか。結果論で歴史的なifを議論してもしょうがないが、バブル崩壊や金融危機は、また必ずやってくる。あえて結果論で、当時どうすればよかったか考えてみよう。

本書に出てくる事件を見て気づくのは、銀行が不良債権を処理し始めた時期は意外に早かったということだ。長銀の破綻の原因になったEIEが銀行管理になったのは1990年12月、日債銀が関連ノンバンクの財務内容を調査する「特別スタッフ」を審査室に設けたのは1991年1月である。本書は扱っていないが、イトマン事件で住友銀行の磯田一郎会長が辞任したのは1990年10月だった。

しかし大蔵省や日銀の対応は周回遅れだった。日銀が公定歩合を6%に上げたのは、1990年8月。これが銀行の資金繰りを悪化させた。このとき逆に公定歩合を下げて流動性を供給すれば、銀行が早めに不良債権を処理できたはずだが、「平成の鬼平」と賞賛された日銀の三重野総裁は最高水準の金利を1年間続けた。

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資本主義と闘った男

資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界
本書は宇沢弘文の伝記だが、戦後日本の経済学の歴史にもなっている。彼は1950年代にアメリカに渡り、数学的な論文で世界の経済学界のスターになったが、40歳で日本に帰ってきた後の業績には見るべきものがない。この落差の原因は何だったのだろうか。

彼は資本主義と闘ったわけではなく、新古典派経済学と闘ったが、その闘いに敗れた。「新古典派は非現実的だ」とか「人間不在だ」という話は誰でもできる。経済学者の仕事はその理論を変えることだが、彼はその闘いに挫折して環境問題の活動家になった。コメの輸入自由化に反対し、晩年にはTPP反対の先頭に立って支離滅裂な話をするようになった。

本書で宇沢の仮想敵になっているのは、ミルトン・フリードマンである。彼の人格は高潔ではなかったかもしれないが、学問的に勝利したのはフリードマンだった。彼の自然失業率理論はルーカスの「合理的期待」を生み、それは数学的にエレガントだという理由でマクロ経済学の主流になった。宇沢は「合理的期待は水際で止める」と宣言し、複雑怪奇な不均衡理論をつくったが、使い物にならなかった。

宇沢が「市場原理主義」と呼んで闘ったのは、経済学そのものだった。それを否定することは経済学者の自己否定であり、彼のように学界で地位を確立した学者以外にはできない。彼の提唱した「社会的共通資本」の概念は曖昧で、学問的には何も生み出さなかったが、21世紀の資本主義で価値を生み出すのが市場化できない「無形資産」だとすれば、彼の闘いは無駄ではなかったかもしれない。

続きは7月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

アメリカ資本主義の黄金時代は終わった

大分断:格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像
労働者が転職しなくなり、起業が減り、大企業のシェアが増えて経済に活気がなくなっている――これは日本のことではない。アメリカの現状である。州を超えた移住は50年前の半分になり、起業率も40%減り、生産性上昇率は1%を下回った。

その原因はアメリカ資本主義の成長期が終わって成熟段階に入り、「現状に満足する階級」が増えてきたからだ(原題は"The Complacent Class")。起業や新規参入が減る一方で企業の集中が進み、4割の業界で上位4社のシェアが半分を超えるようになった。

つまり日本で起こっている長期停滞は、世界的な現象なのだ。今週のVOXにも、次の図のようなデータが紹介されている。企業の新規参入は、1980年代の14%から2010年には9%に減った。大企業の利潤率は上がっているが企業間の格差が拡大し、労働者の格差も拡大している。労働者の所得の中央値は、1969年より低い。

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続きは7月15日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

徳政令はなぜ消えたのか

徳政令 なぜ借金は返さなければならないのか (講談社現代新書)
21世紀の先進国でゼロ金利やマイナス金利という現象が起こっている最大の原因は、平和である。日本国債を買うとき、戦争や革命で政府が消滅するリスクは誰も考えないが、歴史的にはそうではなかった。もともと借りたものは返さなければならないというルールは自明ではなく、一定の条件を満たせば返さなくていいというルールもあった。

中世の金利は月5%が一般的で、年60%だった。今ではありえない高利だが、当時は貸し倒れのリスクが大きかったので、これでも金貸し(土倉)の経営は楽ではなかった。借金については地域ごとにルールが違い、各地の領主がバラバラに借金を免除したので、債務者はそれを都合よく使い分けて借金を踏み倒した。

徳政令を広域的に始めたのが鎌倉幕府だった。当初は戦争で生活の苦しくなった御家人の借金を救済するものだったが、その後は借金の返済に困った百姓が一揆を起こし、幕府が徳政令で債務を帳消しにする事件が頻発し、11世紀から16世紀にかけて全国で徳政令が横行して、貨幣経済が崩壊した。

その混乱を収拾したのが織田信長だった。彼は各地の徳政令を廃止し、度量衡を統一し、関所をなくして織田家の「法度」に吸収して近畿地方を統一した。その改革は暗殺で挫折したが、各地の徳政令はなくなり、借金は返すものだという規範が江戸時代には確立した。それが日本の近代化の一つの基盤だった。

続きは7月1日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。

父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。
本書は「反緊縮」の元祖となったギリシャの元財務相が書いた、反緊縮の入門書である。その思想のコアは、資本主義の本質は借金であるということだ。資本主義が伝統的社会よりはるかに高い成長を実現したのは、資本家が大きなリスクを取って投資したからだ。それを可能にしたのは、事業に失敗したとき返せない借金を合法的に免除する有限責任のシステムだった。

銀行が企業に融資するとき、預金を集めて貸すわけではない。銀行員が企業の口座にキーボードで「100,000,000」とタイプした瞬間に1億円の貸し出しが行われ、借り入れはその企業の預金口座に振り込まれる。つまり銀行貸し出しが預金を生むのであって、その逆ではない。

だから日常的には、銀行はキーボードをたたいて無限に貸し出しできるようにみえる。銀行は預金のほとんどを企業に貸し出すことができ、それは他の銀行の預金になるので、社会全体では預金の何倍も信用創造ができる。銀行は短期で借りた預金の何倍も長期で貸し出す、危険なシステムなのだ。

しかし企業が借金を返せなくなると、破産処理で銀行が借金を免除する。このとき銀行は巨額の損失をこうむるので、多くの預金者が同時に取り付けに走ると、銀行が破産して信用収縮が起こる。それを防ぐために政府は銀行を救済するが、ギリシャのように政府が破産したら、その借金はどうするのか?

続きは6月24日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「頭脳資本主義」で日本は没落する

純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落
1980年代にPCが登場したときは「コンピュータが小さくなるだけだろ」といわれ、90年代にインターネットが登場したときは「電子メールができるだけだろ」といわれた。それによって社会が変わると思った人は少なかった。人工知能(AI)は今、同じような状況にあるが、これによって社会を変える大変革は起こるだろうか。

私は起こらないと思う。なぜなら、すでにITで変化は起こったからだ。いまAIと呼ばれているものは「機械学習」であり、それほど画期的な技術革新ではない。画像認識や音声認識などのインターフェイスはよくなり、日常言語で命令したら動くロボットもできるだろうが、それは今のITの延長上であり、質的に違うことが起こるわけではない。

しかし長期的には、ITは社会を大きく変えるだろう。すでに工場は自動化され、外食ではタッチパネルで注文できるようになった。こういう変化が、あらゆる分野で起こるだろう。労働市場が機能していれば雇用が絶対的に失われることはないが、労働の質は変わるだろう。ホワイトカラーは減り、医療・介護・外食などの対人サービス業が増える。雇用は非正規化し、格差は拡大するだろう。

この意味で変化は1990年代に始まったのであり、それが「長期停滞」の本質である。アメリカはITによるグローバル化の中で「頭脳」に特化して一部の企業が高い収益を上げ、中国は「製造」に特化して成長したが、どっちにもなれなかった日本は没落するしかない。本書はこういう技術のおさらいとしては便利だが、本質的に新しいことが書いてあるわけではない。

続きは6月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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