岩田健太郎氏の知らない「ロックダウン」

丁寧に考える新型コロナ (光文社新書)
新型コロナで感染症の専門家と称する人々の化けの皮がはがれたが、その最たるものが本書に登場する岩田健太郎氏と西浦博氏だろう。ところが彼らは今なお意気軒昂で、「日本もロックダウンしてコロナを制圧すれば経済は回る」と主張する。

ロックダウンというのは外出禁止令の通称だが、日本の法律では不可能である。特措法45条は「特定都道府県知事は、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことを要請することができる」と定めているだけで罰則はない。

岩田氏は「罰則がなくても政府が外出禁止できる」というが、それは違法行為である。移動の自由は憲法22条に定める基本的人権で、根拠法なく侵害できる権利ではない。憲法に非常事態条項のない日本では、ヨーロッパのように警察が外出を取り締まることはできないのだ。

それほどロックダウンが結構なものなら、ロックダウンしなかった日本のコロナ死亡率が、ヨーロッパの数十分の一なのはなぜか。これについて本書は自然免疫やBCGの効果を否定し、「日本の感染はヨーロッパより遅かったので感染初期に対応できた」という。

これは1月に武漢から感染が始まってアジアで流行した事実と矛盾するが、著者は下水データを根拠にして「ヨーロッパには2019年末に新型コロナウイルスが入った」と主張する。それなら3月にイタリアで流行が始まるまで、ヨーロッパで患者が出なかったのはなぜか?続きを読む

21世紀は「新しい中世末期」

新しい中世 相互依存の世界システム (講談社学術文庫)
プラットフォームをめぐる最近の動きは、資本主義と国家の関係という古い問題に新しい光を当てている。多くの人が誤解しているように、資本主義は近代国家によって生まれたものではない。ウォーラーステインが指摘したように、資本主義は「長い16世紀」からのヨーロッパの植民地支配で近代世界システムとして生まれたものだ。

本書はそれが冷戦とともに終わり、「新しい中世」に回帰しているというが、今はむしろ中世末期にヨーロッパの封建社会が崩壊した時代に似ている。中世にはヨーロッパが精神的にはキリスト教で統合される一方、政治的には領邦が分立していた。このころまで日本とヨーロッパは(キリスト教を除いて)よく似ていた。

しかし12世紀ごろから領邦を超える商取引や遠距離貿易が盛んになり、領主の支配を逃れてヨーロッパ全域を商圏とする商人が増えた。彼らは個人の契約による株式会社を組織し、株式でリスクを分散して全ヨーロッパ的に活動したが、領邦はローカルな統治機構を維持し、カトリックは教会による精神的支配を維持しようとした。

それに対して教会を超える「聖書による救済」を主張し、全ヨーロッパ的な普遍主義を掲げたのがプロテスタントだった。その組織が株式会社のモデルになり、個人が地域を超えてヨーロッパを移動するようになった。これと伝統的な地域支配を維持しようとした領主とカトリック教会が戦ったのが宗教戦争だった。

中世末期に起こった領邦を超える商人の活動とパラレルな現象が、いま起こっている主権国家を超えるGAFAMなどのグローバル化である。それが宗教戦争のような内乱をまねくことは考えにくいが、アメリカの現状をみているとその可能性はゼロではないようだ。

続きはアゴラサロンで(初月無料)。

「グリーン成長」という幻想

資本主義の新しい形 (シリーズ現代経済の展望)
本書は資本主義が21世紀に「非物質化」し、エネルギー集約型の製造業から情報産業やサービス産業に比重が移っているという。それ自体はよくある話だが、著者はこれを「脱炭素化」と結びつけ、CO2削減で成長できるという。これは政府の「グリーン成長戦略」もいうが、本当だろうか。

たとえば化石燃料を再生可能エネルギーに変えたとき、再エネのコストが化石燃料より安ければ収益が上がるので成長できるが、再エネ投資の収益率は大幅なマイナスである。それを埋めているのがFIT(固定価格買い取り)で、その賦課金(再エネ-化石燃料コスト)の総額は2030年には44兆円、2050年には69兆円にのぼる(電力中研)。

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この69兆円は再エネ業者の利益になるが、消費者にとっては電気代の超過負担である。その社会的なメリットは、地球の平均気温が30年後に0.01℃下がるかもしれないというだけだ。脱炭素化の私的収益率はゼロに近いので、民間企業には適していない。これはFITのような国民負担でやる公共投資である。

本書は脱炭素化とエネルギー節約を混同して「脱炭素化で収益が上がる」というが、収益の上がる省エネ投資はすでにやっている。これから政府が規制や補助金で民間にやらせるのは採算のあわない脱炭素化投資であり、経済的には純損失になって成長率は下がる。「グリーン成長」は幻想なのだ。

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タダで仕入れた個人情報を売るおいしいビジネス

邪悪に堕ちたGAFA ビッグテックは素晴らしい理念と私たちを裏切った
ツイッターがトランプ大統領のアカウントを停止した事件は、世界中に反響を呼んでいる。問題が「リベラルのトランプたたき」に矮小化され、党派的な対立になっているが、この背景には本書の描いているプラットフォーム独占の問題がある。

こういう状況は、20年前にグーグルやアマゾンが登場したころは想像もできなかった。インターネットは国境を超えて世界のユーザーが情報を共有するツールで、それを規制しようとする政府からネットを守ることが正義だった。通信品位法230条はそういう時代のなごりだが、状況は大きく変わった。

今やネット企業は政府が保護すべき弱小スタートアップではなく、国家権力を脅かす存在である。昨年アメリカの独禁当局がグーグルとフェイスブックを提訴したことは潮目の変化を示すが、これは従来の独禁政策の枠組に収まらない。独占の指標として使われるのは価格の高止まりだが、プラットフォームは無料だからである。

製造業ではカネは「消費者→小売店→メーカー」と動くが、ネットでは個人情報が「ユーザー→プラットフォーム→広告主」と動き、カネはその逆方向に動く。その顧客は広告主であり、ユーザーは広告を売るための「商材」だが、グーグルはその原価をユーザーに払わない。タダで仕入れた個人情報を売るプラットフォームの収益率が高くなるのは当たり前である。続きを読む

地球環境は資本主義のイノベーションで改善する

MORE from LESS(モア・フロム・レス) 資本主義は脱物質化する (日本経済新聞出版)
地球の資源は有限だが、資本主義はその制約を考えないので、その「無政府性」で地球は滅びるという予言は、マルクスからローマクラブに至るまで多い。最近は役所までそれを信じて「グリーン成長戦略」をとなえているが、それは本当だろうか。

もちろん資源は無限ではないが、石油や天然ガスの確認埋蔵量は増えている。これはシェールオイル・シェールガスなどの非在来型資源が開発されたためだ。図のように金属の確認埋蔵量も増えており、見通せる将来に枯渇する可能性はない。

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世界の銅と亜鉛と鉛の確認埋蔵量(Sverdrup et al.

その原因は、新しい採掘技術の開発だけではない。資源価格が上がると、資源節約的イノベーションが起こるからだ。自動車の燃費は、この30年で半分になった。石炭の消費量は2014年にピークアウトし、CO2排出量も2019年がピークだった。「ピークオイル」という言葉の意味も変わり、石油の需要は2028年にピークアウトすると予想されている。

社会主義は冷戦に敗れたが、環境問題に政府の介入を求める左翼の活動家は、それを復活させようとしている。しかし環境問題でも、資本主義は脱物質化して社会主義に勝利したのだ。続きを読む

今年の良書ベスト10

社会はどう進化するのか――進化生物学が拓く新しい世界観
  1. ウィルソン『社会はどう進化するのか』
  2. 深尾京司『世界経済史から見た日本の成長と停滞』
  3. マクニール『疫病と世界史』(合本)
  4. Lomborg: False Alarm
  5. ロー『適応的市場仮説』
  6. スコット『反穀物の人類史』
  7. Goodhart & Pradhan: The Great Demographic Reversal
  8. 今野元『マックス・ヴェーバー』
  9. ハインドマン『デジタルエコノミーの罠
  10. 岡山裕『アメリカの政党政治』
続きはアゴラ

ニュートン的科学からダーウィン的科学へ

ディープラーニング革命
コロナ騒動は、ニュートン的科学の限界を示す事件かもしれない。ウイルスの複雑な動きを単純なSIRモデルで記述した疫学者が世界中で大失敗し、予測にも対策にも役に立たなかった。ウイルス感染のような非線形の現象をニュートン力学をモデルにした微分方程式で近似する方法論が間違っていたのだ。

計算機科学でも1980年代にニュートン的合理性で人間の知性を再現する試みは失敗し、ダーウィン的なニューラルネットが始まった(著者はそのパイオニアである)。これも最初はだめだったが、インターネットの「ビッグデータ」が使えるようになった2000年代から急成長した。

ディープラーニングは、それまでコンピュータが手も足も出なかった画像や音声のパターン認識を可能にした。こういう「機械学習」はテクノロジーとしては有望である。それが「人工知能」になる見通しは今のところないが、その可能性はゼロではない。

かつて生命という複雑な現象が単純な分子構造で表現できると思った人はいなかったが、その予想は1953年にDNAの発見でくつがえされた。もし人間の脳の機能を完全に再現できる学習アルゴリズムが発見されたら、すべての科学が計算機科学を中心に再編成されるかもしれない。続きを読む

言葉の意味はどうやって決まるのか

肉中の哲学―肉体を具有したマインドが西洋の思考に挑戦する
20世紀の社会科学のスターが新古典派経済学だとすれば、人文科学のスターは言語学だった。チョムスキーの生成文法は言語をアルゴリズムに置き換え、自動翻訳や自然言語理解を可能にすると思われた。1980年代には、日本の第5世代コンピュータを初めとして、全世界で人工知能に生成文法を実装する国家プロジェクトができたが、すべて失敗に終わった。

挫折の原因も新古典派経済学と似ている。数学的に記述できる統辞論は言語のごく一部で、大部分は意味や文脈などの例外処理なのだ。それを処理するデータをアドホックに手作業で入力すると、そのコストが膨大になって行き詰まってしまう。

それを批判したのがレイコフだった。彼は1960年代にチョムスキーを批判し、自然言語を記号論理で書き換える「生成意味論」を提唱したが、70年代には一転して、言語の本質は論理ではなくカテゴリーだという認知意味論を提唱した。本書はこの理論にもとづいて、プラトン以来の西洋哲学を批判する。

これ自体はポストモダンによくある「ロゴス中心主義」批判だが、ポストモダンの場合は知的アナーキズムで決定不能になってしまう。言語の意味が相対的だとすれば、なぜ多くの人が同じ意味を共有するのか。それを決めるのがカテゴリーだとすれば、そのカテゴリーはどうやって決まるのか。遺伝的な普遍文法がないとすれば、経験からどうやって言葉が生まれるのか。

本書は、基本的カテゴリーは身体のメタファーで決まるという。脳は思考のためにできたのではなく、身体を動かすために進化したので、その機能は身体の各器官と結びついている。子供は外界を認識するとき、それを自分の身体の一部として認識するので、日常語には「顔をつぶす」とか「手先になる」というように、身体をメタファーにした表現が多い。そういう空間・時間認識が言語の原型になるというのだ。

続きは12月14日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

資本主義の独占と停滞は宿命か

BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか
JBpressでも書いたように、資本主義がグローバル独占に向かう傾向は、少なくとも当面は避けられないようにみえる。それが長期停滞の一つの原因だというのも多くの経済学者が認めるところだが、これは本当に長期の現象だろうか。

マルクスは資本主義が独占に向かうのは歴史の必然と考え、全世界で一つになった株式会社を労働者が乗っ取る世界革命を構想した。ケインズは金利生活者が資本を浪費して、資本主義は長期停滞に向かうと考えた。シュンペーターだけが「創造的破壊」で独占と停滞は回避できると考え、それが正しいと今までは思われていた。

しかし資本主義が驚異的に成長したのは、20世紀後半の先進国だけだった。新興国では今も成長が続いているが、世界の労働人口はピークアウトし、成長は減速している。ロバート・ゴードンもいうように急成長はエネルギー革命がもたらした一時的な現象で、資本主義は19世紀以来の独占と停滞のトレンドに戻るのかもしれない。

ではどうすればいいのか。欧米の規制当局はGAFAの規制に乗り出したが、それで独占が阻止できるとは思えない。タイラー・コーウェンは「自由放任でいい」という。これはリバタリアンの彼としては当然だが、競争がなくなると資本主義の活力が失われるのではないか。彼は「公共の利益を追求することが長期的には株主の利益になる」と主張するが、それは本当だろうか。

続きは12月14日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

日本の医療のボトルネックはどこにあるのか

日本の医療の不都合な真実 コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側 (幻冬舎新書)
コロナで「医療が崩壊する」と騒がれているが、アゴラで著者も指摘するように、日本の人口当たり病床数は世界一、CTやMRIの数も突出して世界一である。おまけに死亡率はヨーロッパの1/50なのに、医療が崩壊するとすれば、問題は医療資源の配分にあるとしか考えられない。これは医療問題というより経済問題である。

こう書くと「命を経済で考えるな」などという批判が来るが、人間の死亡率は100%なので、必ず何かの原因で死ぬ。90歳で老衰で死ぬはずだった人が85歳でコロナで死ぬとすれば、それは5年という時間を失っただけだ。経済を破壊して現役世代が自殺すると、失われる時間はそれよりはるかに多い。

資源配分を最適化するときは、どこにボトルネックがあるかを考える。ベッドが余っているのに医療現場が逼迫するのは、それを使う医師の数が少ないことが一つの原因だろう。日本の人口あたり医師数はOECDで下から6番目だ。しかし看護師は先進国でも多いほうで、人手が絶対的に足りないわけではない。ほとんどの病院はガラガラだ。

それなのにボトルネックが発生するのは、人的資源を機動的に配分するシステムが整備されていないからだ。その一つの原因は、日本の病院や診療所の7割が民営で、公的な命令で配分を変更できないことにある。感染症指定医療機関でも、ベッドをどう使うかについて厚労省は「お願い」しかできないのだ。

続きは12月14日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。








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