「ポスト歴史」の時代に必要な暇つぶしの技術

歴史の終わり〈上〉歴史の「終点」に立つ最後の人間
安倍首相は3期目の課題として「生涯現役」をめざすという。定年を65歳に延長しても、平均寿命まで20年ぐらいあるので、年金をもらわないで働いてほしいということだろうが、それができるのは政治家と自営業ぐらいだ。この長い余暇をどう過ごすかは、長期停滞時代の最大の課題だと思う。

この点で日本は先進国である。フランシス・フクヤマは冷戦の終了後、自由と民主主義を超える価値観は出てこないという「歴史の終わり」を提唱して話題を呼んだが、この元祖アレクサンドル・コジェーヴが1970年代に来日したとき、日本は「ポスト歴史」の社会だと賞賛したという。そこでは政治的な価値観の対立はなくなり、人々は自民党の長期政権のもとで消費文化を楽しんでいた。

そういう文化ができたのは、江戸時代である。武士は戦国時代までは社会の中心だったが、平和になると失業してしまう。ヨーロッパでは軍人の仕事をつくるために戦争が繰り返されたが、徳川幕府は「天下泰平」を維持して、武士の仕事をなくしてしまった。このため暇をどうやってつぶすかが深刻な問題になったが、その技術を開発したのが町人だった。

続きは9月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「怪物」としての放射能

魔女・怪物・天変地異 (筑摩選書)
北海道が大停電になっても、マスコミが大きく伝えるのは泊原発の「外部電源喪失」という話だが、これは単なる停電のことだ。「原発を動かしておけば大停電は起こらなかった」といっても彼らは認めない。彼らの脳内には「放射能は超自然的な怪物だ」という固定観念があるからだ。

こういう発想は珍しくない。というより、歴史的にはそれがどこの文明でも普通だった。人間のコントロールできない天変地異の原因を日本人はケガレやタタリに求め、ヨーロッパ人は魔女や怪物に求めた。その原因は個別に求められたので、地域によっても人によっても異なった。それは聖書には書いてないが、ヨーロッパで魔女を認定したのは聖職者だった。

16世紀以降の大航海時代には、新大陸で既存の分類で説明できない新奇な人間や動物が大量に発見されたが、それをヨーロッパの同類だと考えた人はほとんどいなかった。それは「反自然」であり、それを征服することが文明だと考えられた。こうした「非合理性」が宗教改革で変わったかといえば、逆だった。プロテスタントはむしろ魔女狩りを強めたのだ。

続きは9月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本の「初期近代」の知的インフラ

江戸の教育力 近代日本の知的基盤
今年は明治150年なので、明治維新の画期的な意義を強調する行事が多いが、最近の歴史学では江戸時代との連続性を重視する見方が多い。これは西洋史で初期近代(early modern)と呼ばれる時代と重なっているが、ヨーロッパのこの時期が戦争の連続だったのに対して、日本の初期近代を特徴づけるのは、その長い平和である。

その政治的な原因は徳川幕府が徹底的に戦争を抑止するシステムをつくったことだが、文化的には高い教育水準だろう。本書は特に文字の習得がその鍵だったという。江戸時代末の識字率は成年男子で70~90%だったと推定されているが、これは同時代の世界でも驚異的に高い。

その原因は教育が普及したことだ。中世の武士は在地領主で、農民は隣合わせに住んでいたが、江戸時代に兵農分離で武士が城下町に住むようになると、公的な告知は文書でするようになった。それを読むために庶民が文字を習得したので、証文や手形などの文書による契約が近代日本の知的インフラになった、というのが本書の見立てだ。

続きは9月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

民主主義の内なる敵

民主主義の内なる敵
20世紀は、民主主義が全体主義と闘った時代だった。民主主義の勝利は自明のようにみえたので、冷戦の終結以降、東欧や途上国で多くの国が民主主義を採用した。しかし2010年代には「アラブの春」は挫折し、先進国では民主主義はポピュリズムになった。民主主義の敵はもはや社会主義ではなく、その内部にあるのだ。

その原因は民主主義と一体で語られる自由主義にある、と著者はいう。その起源を彼は、5世紀初めのアウグスティヌスとペラギウスの神学論争に求める。アウグスティヌスは「原罪」の概念を確立したが、これをペラギウスは批判した。神は自分に似せて人間をつくったのだから、人間が罪を犯すはずがない。そもそも人間の運命が神の意志ですべて決まっているのなら、罪を犯すこともできない。

これは論理的には強力な批判だったが、ペラギウスは論争に敗れ、異端として追放された。しかし18世紀の啓蒙思想は彼を再発見し、「個人が自由意思で政権を選択し、その結果に責任を負う」というペラギウス主義が民主国家の原理になった。それを大規模に実験した最初の試みがフランス革命だが、結果は悲惨だった。何が間違っていたのだろうか。

続きは9月10日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「敗戦革命」の危機はあったのか

日本占領と「敗戦革命」の危機 (PHP新書)
戦後史を国際的な文脈で理解することは重要である。1945年、東ヨーロッパを支配下に収めたソ連は、次に東アジアをねらった。敗戦を機に軍部の中の「共産勢力」がソ連と呼応して「敗戦革命」を起こす可能性がある、と昭和天皇に進言したのが1945年2月の近衛上奏文だった。
敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存侯。[中略]敗戦だけならば、国体上はさまで憂うる要なしと存侯。 国体護持の立前より最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴うて起ることあるべき共産革命に侯。
敗戦の後に起こる共産革命を防止するために軍の中の共産勢力を一掃して戦争を早期終結すべきだ、というこの提言は天皇に却下されたが、「敗戦革命」への警戒はアメリカの占領統治にも影響を及ぼした。アメリカはソ連の参戦前に戦争を終結し、単独で日本を占領しようとした。天皇の在位を認めたのも、共和制にすると共産勢力が強まると考えたからだ。

しかし当時の日本に「敗戦革命」を実行できる政治勢力はあったのか。1946年の総選挙で日本共産党が得たのは5議席だった。GHQ民政局は社会党を支援したが、それは短命な片山内閣を生んだだけに終わった。知識人の中には社会民主主義に共感する人もいたが、大部分の国民は共産主義も社会主義も知らなかったのだ。

続きは9月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本型資本主義は江戸時代に生まれた

日本型資本主義-その精神の源 (中公新書)
非西欧世界で日本だけに資本主義が自生したのはなぜか、というのは多くの歴史学者が取り組んできた問題だが、明快な答は出ていない。最近では資本主義は普遍的な経済システムではなく、18世紀のヨーロッパに一度だけ出現した突然変異のようなものだった、というのが通説的な理解になりつつあるが、だとすれば極東の日本がそれを輸入してうまく行ったのはなぜか。

その原因が江戸時代にあったことは、ほぼ間違いないだろう。本書はその答を社会資本(social capital)の蓄積に見出すが、その源泉は何だったのか。一つの有力な答は勤勉革命説だが、著者はこれを「おそらく経済理論的に整合的な仮説としては成立しない」としりぞける。もう一つは日本を含む東アジアを「儒教資本主義」とする説だが、これも実証的に成り立たないという。

では社会資本が蓄積された原因は何か。それは「鎌倉新仏教による道徳律の確立」だというのが本書の仮説である。著者はそれがプロテスタンティズムに似た役割を果たしたというのだが、この仮説には疑問が多い。そもそも元のウェーバー説が、現在ではほぼ否定されている。プロテスタントの国だけで資本主義が成功したわけではなく、その教義(予定説)が資本主義の精神になったという証拠もない。

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日本国憲法に正統性はあるのか

異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)
正統という概念は日本人にはなじみがないが、キリスト教では「正統か異端か」をめぐって、血で血を洗う戦争が続けられた。丸山眞男はこの概念を日本にも適用しようとして、教義上のO正統(Orthodoxy)と事実上のL正統(Legitimacy)という対概念を考えたが、40年かかっても著作は完成しなかった。本書の前半は、キリスト教神学の立場からこれを批判する。

正統としてもっとも有名な三位一体説は聖書に根拠はなく、イエスを神と考えるローマ帝国の民衆の信仰と、神は父なる神だけだとするユダヤ教の教義の妥協だという。それは初期には多くの人々の合意によるL正統だったが、教義として確立するとO正統になり、それを批判する人々は異端として排除されるようになった。

つまりO正統とL正統に本質的な違いはないのだ。これは丸山批判としては成功しているが、それを現代に適用する後半は、お約束の反原発とか新自由主義批判が出てきて、陳腐になってしまう。むしろ問題が大きいのは(本書が避けている)日本国憲法だろう。それを「押しつけ憲法」だと考える人々は民主的正統性がないと批判し、それを守ろうとする人々は「八月革命」で正統性が与えられたという倒錯した論理で擁護する「ねじれ」が続いてきた。

続きは8月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

経済学に未来はあるのか

現代経済学-ゲーム理論・行動経済学・制度論 (中公新書)
経済学は、物理学と同じ意味の科学ではない。たとえば「価格が限界効用と等しくなる」という命題は、実験で完璧に反証された。これは物理学でいうと万有引力の法則が否定されたようなもので、厳密な意味の科学ならそこで終わりだが、経済学の教科書は変わらない。

私の学生時代にはもう経済学は終わりだと思われたが、1980年代にはゲーム理論で救われた。90年代以降は行動経済学や実験経済学などが出てきたが、科学としては「収穫逓減」だ。はっきりいって、アカデミックな学問としての経済学の未来は明るくない。これから研究者になることはおすすめできない。

だが社会人の基礎知識としての経済学の必要性は高まっている。たとえば「ゼロ金利でマネタリーベースを増やしても物価は上がらない」というのは大学1年の試験問題レベルだが、安倍首相にも黒田総裁にも理解できない。その実害は、きわめて大きい。

続きは8月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

植民地支配が近代科学を生んだ

A Culture of Growth: The Origins of the Modern Economy (Graz Schumpeter Lectures)
人類の歴史の大部分で世界最高の文明国だった中国で「産業革命」が起こらず、なぜヨーロッパの小国イギリスで起こったのか、というのは歴史の謎である。その一つの要因が近代科学だが、中国の技術的知識はヨーロッパよりはるかに進んでいたのに、それが「科学革命」に結びつかなかったのはなぜだろうか。

それは中国が文明として完成していたからだ、というのが本書の答である。中国の学問は四書五経を解釈することであり、エリートの条件は古典を暗記することだった。論理は重視されたが、その論証の根拠は古典の記述であり、事実で古典を否定することはできなかった。ここではオリジナリティは重視されず、イノベーションには価値がなかった。

ヨーロッパ中世でも最高の知識人は、聖書やアリストテレスを読んだ聖職者だったが、それを変えたのは16世紀以降の植民地支配と戦争だった。特にイギリス人が自国よりはるかに広い新大陸を支配し、多くの異民族を統治するには、古典は役に立たなかった。フランシス・ベーコンは古典より観察や実験にもとづく科学を主張し、それを未知の大陸を発見するコロンブスの航海にたとえた。

続きは8月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

戦後民主主義という偽善

文化防衛論 (ちくま文庫)
戦後73年たっても日本人の中には歴史感覚をめぐる溝があり、そのコアには天皇がある。占領軍は憲法で「菊と刀」を断ち切ることによって、天皇を無力化した。菊(天皇)は刀(武力)と一体で文化的な価値をもちえたのだが、日本人は武装解除されて国民としてのアイデンティティを失った、と三島由紀夫はいう。

こういう喪失感は、今の80代ぐらいにはあるかもしれない(三島が生きていたら93歳だ)が、その下の団塊の世代(70代)は、彼が本書のあとがきで書いている感覚に近いのではないか。三島は戦後25年間を回顧して「その空虚さに今さらながらびっくりする」と書く。
25年前に私が憎んだものは、多少形を変えはしたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえている。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべきバチルス[細菌]である。こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終わるだろう、と考えていた私はずいぶん甘かった。おどろくべきことに、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである

天皇制は明治期に「発明」された信仰であり、それが戦後民主主義という別の信仰に切り替わることは、日本人にとって大した抵抗はなかった。非武装平和主義は「平和憲法を守って侵略されたら、抵抗しないで死んでもいい」という思想だが、これは三島が指摘するように、天皇のためなら死んでもいいと考える「戦時中の一億玉砕思想に直結する」。戦前の偽善は戦後の偽善に陰画として継承され、定着してしまった。

続きは8月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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