進化の意外な順序

進化の意外な順序ー感情、意識、創造性と文化の起源
人間は自分が知性の進化の最高段階にいると信じているが、たとえば自分で家を建てることはできない。それに対してアリやハチのような社会性昆虫は、何も教わらなくても巣をつくることができる。彼らが遺伝的にもっている巣の構造についての「知性」は、人間よりはるかに高度なものだ。

このような利他性は、単細胞生物にさえみられる。バクテリアのコロニーが絶滅の危機に瀕したとき、個体にとっては不利だがコロニーが生き延びるには必要な「自己犠牲的な行動」を取ることがある。これはもちろんバクテリアに道徳があるからではないが、その原因は何だろうか。

それはホメオスタシス(恒常性)を維持する感情だ、と著者はいう。これは生物の体のバランスを取るという従来の意味ではなく、集団が生き延びるための調整機能という一般化された概念であり、バクテリアでもアリでも人間でも同じだ。集団が維持できなければ個体は維持できないので、全体は個に先立つのだ。

続きは3月11日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「定住革命」はなぜ起こったのか

人類進化の謎を解き明かす
人類の歴史上最大の革命は、新石器時代の始まった1万2000年ぐらい前に、人々が住居に住むようになった定住革命である。従来はこれを「農業革命」の結果と考えたが、最近の調査では農耕の始まりは定住より数千年も遅いことがわかってきた。つまり定住するようになった結果、農耕が始まったのだ。

定住したのは農業の生産性が採集より高かったからだ、という従来の説も成り立たない。農耕社会と狩猟採集社会が共存していた時代の人骨の調査によれば、農耕民は狩猟民より小柄で、農耕社会では食糧が不足していたことを示している。農業の生産性が上がったのは、畑や潅漑設備が整備された後の話である。

では定住が始まった原因は何か。今のところ決定的な説はないが、著者は近隣の集団からの襲撃ではないかという。石器時代の人類の15%は、戦争や暴力で殺された。定住時代初期の住居は、戦争で身を守る要塞の役割を果たしていたように見える。戦争には規模の経済があるので大集団は小集団に勝つが、集団があまり大きくなると食糧や女性を奪い合う喧嘩が起こり、集団は内部崩壊する。

このように集団の規模とその求心力にはトレードオフがあるので、大集団の秩序を維持するには個人を集団に組み込む圧力が必要だ。しかし狩猟採集社会の移動生活に最適化した人間の脳は、そういう定住社会の同調圧力にはストレスを感じる。この矛盾を解決することが定住社会の維持にもっとも重要だった、と著者は論じる。

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すべての進化は「集団淘汰」である

Does Altruism Exist?: Culture, Genes, and the Welfare of Others (Foundational Questions in Science)
経済学で「合理的」というのは「利己的」と同義である。人間は利己的に行動するので、それとは別の利他主義(altruism)は存在しないというのが常識だ。これを進化に拡張したのがドーキンスの「利己的な遺伝子」で、ここでは淘汰は個体レベルだけで起こると考える。

それに対して著者は「集団レベルでも淘汰が起こる」と考える多レベル淘汰の理論の提唱者である。それによれば淘汰は個体だけではなく集団の競争でも起こり、各レベルの淘汰に適応した遺伝子があるという。

個体も多くの細胞からなる集団であり、それを一つのまとまりと感じるのは、神経系で統合されているからだ。個体間の競争も細胞集団の競争と考えれば、すべての進化は集団淘汰の結果ともいえる。これはこれは生物学だけではなく、社会科学にも「ダーウィン革命」を起こす可能性があるという。

人間には文化的レベルでも、集団を維持する感情が(おそらく遺伝的に)そなわっている。それが信仰である。宗教は今では生存上の意味をもたないが、かつては人々を利他的に行動させて集団が生き残る重要な武器だった。1851年にaltruismという言葉をつくったオーギュスト・コントは無神論者だった。彼は神なしで人々が利他的に行動する社会をつくろうとしたのだ。続きを読む

オスは何のために存在するのか

生きものとは何か (ちくまプリマー新書)
生物の目的は生きることだが、厳密にいえば同一の<私>が生きているわけではない。体細胞は分子レベルではつねに入れ替わっており、私は1年でほとんど別の物体になる。DNAのゲノム配列は死ぬまで同じなので、<私>とは私の遺伝子であり、進化とは遺伝子がコピーをつくることだ。

だとすると進化の簡単な方法は、単純に細胞分裂することだ。現にバクテリアなど単細胞分裂のほとんどは無性生殖であり、個体数では彼らが地球上の生物の多数派だが、多細胞生物のほとんどは有性生殖だ。それはなぜか、という問題には今も決定的な答はない。

有性生殖は無性生殖よりはるかに複雑で、オスとメスの出会えないリスクも大きい。そういうコストを上回るメリットは何だろうか。著者は有性生殖のほうが多様性が大きいからだというが、これもちょっと考えるとおかしい。自然淘汰で生存に適した個体が生き残るのだから、その親が卵を産んだほうが生き残れる確率は高く、多様化する必要はない。メスは明らかに必要だが、オスは何のために存在するのだろうか?

続きは3月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

社会主義の何が間違っていたのか

The Socialist System: The Political Economy Of Communism (Clarendon Paperbacks)
世界的に社会主義が復活している、とアゴラで書いたら反発してくる人がいるが、私が安倍政権の「社会主義2.0」を肯定的に評価していないことは記事を読めばわかるだろう。しかし社会主義の何が間違っていたのか、という問題は自明ではない。

1960年代まで、経済学者(いわゆる近経)も、分権的社会主義が資本主義より効率的だと考えていた。新古典派経済学をつくったワルラスもパレートも、社会主義者だった。成長理論では今も「計画経済」が明示的に仮定される。経済学は今も社会主義の理論なのだ。

本書はそのインサイダーが社会主義経済のしくみを詳細に記述した教科書だが、それは資本主義とはまったく違うシステムだ。そこでは官僚は「効率的な資源配分」や「公平な所得分配」を追求することはなく、自分の社会的地位と所得を最大化する。これは個人としては当然だが、その結果は経済学の想定するような予定調和にはならない。

企業の経営者が赤字を出し続けたら企業はつぶれるが、政府はいくらでも赤字を出せるので、官僚が財政支出を減らすことはない。国営企業が莫大な赤字を出しても決済は際限なく延期され、経済が完全に行き詰まるまでシステムは変わらない。このような甘い予算制約が、社会主義の本質的な欠陥である。

続きは3月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

財務省と日銀は「平成の悪役」だったのか

平成の教訓 改革と愚策の30年 (PHP新書)
竹中平蔵氏は、平成の日本の最大の功労者の一人である。彼が小泉政権で不良債権の清算を強行しなかったら、日本経済の回復は大きく遅れていただろう。平成の時代を改革と愚策のまじった「まだらな30年」とする総括もおおむね同感だが、財務省と日銀を悪役に仕立てるストーリーには違和感がある。

特に彼が「平成最大の愚策」として強く糾弾するのが、日銀の金融政策だ。たしかに1990年のバブル崩壊のとき公定歩合を上げ、下げるまでに1年半かかったことは失敗だが、それは結果論だろう。当時は「バブル再発」を恐れる声が強かった。「インフレ率は1%程度だったので利上げすべきではなかった」という批判もおかしい。むしろ過剰流動性が資産価格に与える影響を日銀が軽視したことが問題だった。

1990年代に金融政策がきかなかったことは著者の指摘する通りだが、それは銀行が巨額の不良債権を抱えて貸し出しできなかったからだ。日銀は銀行に資本注入するスキームを考えていたが、大蔵省が反対した。すべてのマスコミが「公的資金の投入」に反対していたので、中途半端な処理しかできなかった。

量的緩和についての評価も疑問だ。90年代末から日銀がマネタリーベースを増やした最大の原因は、金融危機に直面した銀行への流動性供給と、それに続く銀行の破綻処理のための資本注入だった。それは竹中氏の改革を支援する政策だったのだ。彼はいかにも日銀が資金供給を渋ったように書いているが、次の図をみれば明らかなように、日銀のマネタリーベースはGDP比で世界最大だった。


続きは2月25日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「ユダヤ人化」する人類

ユダヤ人とユダヤ教 (岩波新書)
普通の日本人がユダヤ教について知っているのは、ユダヤ人の選民思想にもとづくローカルな宗教で、イエス・キリストがそれを否定して人類の普遍的な救済の思想を生んだという程度だろうが、これは間違いである。ユダヤ教は、キリスト教のような意味での宗教ではない。古代ヘブライ語には「宗教」という言葉もなかった。

というより宗教という概念は、ほとんどキリスト教にしか当てはまらない。それはヨーロッパの雑多な社会を包含する信仰としてつくられたので、世俗的な生活と切り離された教義体系になったが、ヨーロッパ以外のほとんどの社会では、信仰とは「何をすべきか」を決める規範であり、それとは別の法体系はなかった。

ユダヤ教もそういう規範だったが、歴史上ほとんどの時代を流浪の民(ディアスポラ)として過ごしてきたユダヤ人には、法の基盤となる国家がなかったので、規範は「律法」として明文化され、それが「持ち運びのできる国家」になった。世界のどこに住んでいても、律法を守る限りユダヤ人というアイデンティティを守ることができた。

こうしたユダヤ人の特性を受け継いだ国が、アメリカ合衆国である。そこには先祖も伝統もなく、アメリカで生まれた者は自動的にアメリカ国民になる。すべての国民がディアスポラだから、そのアイデンティティは合衆国憲法を守ることにしかない。そういう状況は人々が国境を超えて行き交う現代には、普遍的になりつつある。人類が「ユダヤ人化」しているのだ。

続きは2月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

タコの心身問題

タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源
邦題は奇妙だが、原題は"Other Minds"。タコなどの頭足類が、人間などの脊椎動物とは別のタイプの「心」をもっているという話だ。進化論的には、頭足類と脊椎動物は5億年以上前の「カンブリアの大爆発」のころ分岐したと考えられている。共通の祖先は体長が数ミリの生物だったが、そのあと独立に神経系が進化した。

したがってタコの体の構造は脊椎動物とはまったく違うが、ニューロンは5億個もある。これは人間の1000億個には及ばないが、犬とほぼ同じで、脊椎動物以外では異例に多い。ニューロンの大部分は脳ではなく8本の足の中にあるが、タコの目は人間とよく似ており、知能も意外に高い。

タコは水槽から出しても自分のいた場所を覚えており、人間を識別できるという。迷路を通り抜けて、餌を取ることもできる。驚くのは瓶に閉じ込められたタコが、内側から足を使って蓋を回転させ、瓶から脱出できることだ。脊椎動物とはまったく別に、こんな高度な知能が進化したのはなぜだろうか。



続きは2月18日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

人間はチンパンジーとどこが違うのか

Becoming Human: A Theory of Ontogeny (English Edition)人類は現在の地球ではもっとも繁栄している大型の動物だが、それは他の動物と何が違うのだろうか。人類の特徴だと思われていた次のような能力は、最近の研究ではゴリラやチンパンジーのような大型類人猿にもみられることがわかってきた:
 
 ・言葉を使う
 ・道具を使う
 ・集団で狩猟をする
 ・友達をつくる
 ・他の個体を助ける

もちろん人間と同じではない。チンパンジーに言葉を教えても使えるのは単語だけで、複雑な文はつくれない。石などの道具を使うことはできるが、石器をつくることはできない。友達の範囲は、毛づくろいできる程度に限られている。しかし人類だけができて、大型類人猿にまったくできない能力はほとんどない。

では人類がここまで繁栄した原因は何だったのか。本書はその秘密は個体発生にあるという。多くの動物の能力は肉体的なハードウェアで決まるが、人間は「半製品」で生まれ、知能の大部分は子供が育つ段階で、環境との相互作用で形成される。その成果は文化として次の世代に継承され、社会に蓄積される。これが人類の驚異的な進歩の原因だという。続きを読む

死の恐怖という錯覚

自殺について (角川ソフィア文庫)
死の恐怖は人間のもっとも強い感情だが、すべて「本能」だとは限らない。それが文献に出てくるのは意外に新しく、16世紀にモンテーニュが死について考え続けたのが最初だ。多くの社会では人は死を自然に受け入れ、キリスト教では死後に永遠の生命が得られることになっているので、死の恐怖はありえない。

死が恐怖の対象になったのは、近代ヨーロッパで人々が神を失ってからだ。ヘーゲルは神の代わりに「絶対精神」にもとづく壮大な観念論を構築したが、ショーペンハウエルはそれを否定する「反ヘーゲル主義」の元祖であり、ニーチェから20世紀のポストモダンに至るニヒリズムの元祖でもある。

本書はショーペンハウエルの主著『意志と表象としての世界』の付録のようなもので、根本的実在は意志だとする。これはプラトンのイデアやカントの物自体と同じ普遍的な概念だが、それ自体は認識の対象ではなく、世界を動かすエネルギーである。意志のみが本質で表象はすべて幻想であり、生は意志の長い歴史の中で、ほんの一瞬この世に現われる閃光のようなものだから、個人は死ぬことによって本質的な意志の世界に帰る。

個体を超えて増殖を続ける意志というイメージは、生物学の「利己的な遺伝子」に似ている。個体は遺伝子のコピーを最大化するための乗り物であり、個体が死んでも遺伝子は子供に受け継がれて増殖を続ける。人間が死を恐れるのは子供をつくって遺伝子を残すためだから、子供が生まれたら死んでもかまわない。死の恐怖は、個体を保存するための錯覚なのだ。

続きは2月4日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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