クニがあっても「国家」のない国

ネイションとエスニシティ―歴史社会学的考察―
ネット上で右派と左派がもめる最大の原因が国家である。右派は「国難」を強調し、安倍政権を「中韓に弱腰だ」と批判するが、左派は「強すぎる国」を批判して「国家はフィクションだ」という。確かに主権国家はウェストファリア条約以降の制度だが、それは国家に何の根拠もないことを意味するわけではない。

アンソニー・スミスのいうエトニ(ethnie)は、氏族社会より大きな文化的・言語的に同質の集団として古代からあった。日本語のクニは、このエトニに近い自然生長的な集団で、古代には「郷土」という意味だったが、次第に地方国家という意味になり、明治以降には国民国家になった。

このようにエトニが同心円状に拡大して「国家」になった文化圏は珍しい。漢語の「国」は人口の1%に満たない「皇帝と官僚機構」のことで、「中国」という名称は20世紀になって梁啓超のつくった言葉である。ヨーロッパでは、内戦で国(地方国家)が他の国を征服して統一国家になるのが普通で、イギリスもドイツもスペインも、いまだに地方対立を抱えている。

だからヨーロッパでは国家=国民(nation)としての意識が形成されたが、日本人は内戦をほとんど経験しなかったため、福沢諭吉が嘆いたようにネーションという主体がない。明治政府は長州藩というクニを拡大した藩閥政権で、国家という抽象的な概念を理解できない人民には天皇という記号が与えられたが、その意味は空白だった。

続きは2月26日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越しました)

吉田茂はなぜ不平等条約を結んだのか

安保条約の成立―吉田外交と天皇外交 (岩波新書)
1951年のサンフランシスコ条約は戦後史の最大の分かれ目であり、このときの吉田茂首相の判断が今なお政治に決定的な影響を及ぼしている。このとき講和条約は「単独講和」として批判を浴びたが、いま考えればそれ以外の選択はなかった。「全面講和」は不可能だった。

問題は米軍基地を日本のどこにでも置ける安保条約(および行政協定)で、これは明らかな不平等条約だった。当初は吉田は、日本側首席全権としてサンフランシスコに行くことを拒否した。最終的には講和条約には全権6人が署名したが、安保条約には吉田が1人だけで署名した。これは安保条約への不満を示したものと思われるが、日米交渉の最高責任者としては異常な行動である。

なぜ吉田はこんな不平等条約を急いで結んだのか。安保条約に不満なら、なぜ時間をかけて対等な条約にしなかったのか。これは今も謎だが、本書はそれを説明する「仮説」を提案する。それは安保条約の早期締結が昭和天皇の意思だったというのだ。この仮説を裏づける証拠はまったくないが、状況証拠はないわけではない。

続きは2月19日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

人間原理という「コペルニクス反革命」

宇宙は無数にあるのか (集英社新書)
近代科学の元祖は、コペルニクスの地動説である。それは天動説という人間中心の宇宙を否定し、普遍的法則にもとづく宇宙を示したからだ。地動説では絶対的な存在は宇宙を支配する法則であり、それは神の摂理のメタファーだった。科学はキリスト教を否定して生まれたのではなく、キリスト教から生まれたのだ。

だが最近の物理学は、この「コペルニクス革命」を逆転しているようにみえる。1973年に人間原理(anthropic principle)が主張されたとき、それは「コペルニクス原理の逆転」だったと本書はいう。この宇宙のあらゆる定数が人間の生存に都合よくできているのは人間が生存しているからだ、というトートロジーは、当時は反証不可能な茶飲み話として一笑に付された。

いま人間原理を冷笑する物理学者はいない。無数の可能な宇宙の中でこの宇宙だけが存在している原因は、人間原理以外では説明できないからだ。ニュートンが万有引力の法則によって神の摂理を証明したとすれば、人間原理は科学の法則を疑い、あらゆる普遍的原理を否定する知的アナーキズムである。

続きは2月19日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

進化は万能である

進化は万能である:人類・テクノロジー・宇宙の未来
宗教を信じる現代人は少ないが、ほとんどの人が科学を信じている。その法則が神の決めた必然のようにみえるからだが、これは錯覚である。物理学者は重力の加速度が与えられると微分方程式を解けるが、重力の加速度がなぜその値なのかは説明できない。本書もいうように、それは人間原理というトートロジーで説明するしかない。

つまり宇宙は本源的には無限に多様なマルチバースであり、このユニバースが存在するのは偶然なのだ。宇宙はニュートン的な法則だけで決まるのではなく、偶然の初期値と必然の法則という二つの次元で決まる進化だが、この宇宙しか見えないので、それが唯一の法則に見えるだけだ。

だから21世紀の科学のモデルは物理学ではなく、進化論だろう。ダーウィン以来おなじみのように、進化は偶然の突然変異と必然の自然淘汰で決まる。カタツムリの殻が右巻きか左巻きかは偶然に決まるが、右巻きの世界で左巻きの個体が生存できないことは必然である。

そして人間の社会では、偶然の初期値が歴史を大きく変える。あなたが妻(あるいは夫)と出会うのは偶然だが、それが人生に大きく影響する。新卒でどこの会社に就職するかは偶然だが、それが人生を決定する。大事な問題はほとんど初期値で決まってしまうので、現状を理解するには歴史を理解することが不可欠なのだ。

続きは2月19日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

高度成長は「例外時代」だった

例外時代
21世紀の長期停滞は歴史的にみると、それほど異常な現象ではない。1948~73年に地球上の全住民の所得は一人あたり年3%増え、25年で倍増した。これほど高い成長率はそれ以前にはなく、その後は半減した。当時その屈折点は「石油危機」だと思われたが、変化はもっと大きく深いものだった。

成長の単純な説明は、第2次大戦で資本ストックが大幅に失われたことだ。特に日本とドイツの成長率が高かったのもそれで説明できるが、資本が蓄積されると成長は減速する。各国政府は1970年代には「景気対策」で危機に対応しようとしたが、スタグフレーションで行き詰まった。それを「小さな政府」で解決しようとした保守革命でも、成長率は上がらなかった。

資本蓄積以外にも成長の要因は多いので、それが減速した原因について経済学者はいろいろな仮説を立てた。どれにも決定的な説明力はないが、要するにいえるのは、戦後の成長は例外で今が普通だということである。だとすると、政府が成長を阻害することはできるが、黄金時代を取り戻すことはできない。

続きは2月5日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。(まぐまぐに引っ越します)

【再掲】なぜ世界は存在しないのか

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)
訳書が出たので再掲。世界が存在することは自明だが、カント以来の近代哲学はこれを証明できない。カントは「物自体」の存在を前提しただけでその証明を放棄し、ヘーゲル以降は存在を「括弧に入れて」そのありようを論じるのが哲学の仕事になった。それに対して「世界は存在する」と主張したのが唯物論だが、素朴実在論は認識論として成り立たない。

ヘーゲルの観念論を徹底するとニーチェのいうニヒリズムになり、超越的な存在を否定する「言語論的転回」が20世紀の哲学を支配した。ポストモダンはその極限形態だが、この種の「新ニーチェ派」にはみんな飽きた。そこで出てきたのが、ポストモダン的な「相関主義」を否定して、世界は主観に依存しないで存在すると主張する新実在論である。続きを読む

仮想通貨の信用は仲介業者の信用


コインチェックの事件が話題になっているが、これは仮想通貨のセキュリティの問題ではなく、仲介業者の盗難事件にすぎない。コインチェックは全資産をインターネットからアクセスできる「ホットウォレット」に置き、複数の電子署名で確認する「マルチシグネチャ」も導入していなかったというから、銀行の裏口をあけっぱなしで営業していたようなものだ。

続きはアゴラで。

君たちはどう生きるか

君たちはどう生きるか (岩波文庫)
原著は1937年に書かれた子供向けの小説だが、そのマンガ版が本屋にたくさん積んである。宮崎駿監督が映画化するおかげで、100万部以上売れたそうだ。アマゾンではずっとベストセラー第1位で、この岩波文庫版も第10位だが、大人が読んでもおもしろくない。それは子供向けだからではなく、中身が「科学的社会主義」の絵解きだからである。

主人公コペル君が発見した「人間分子の関係、網目の法則」を、おじさんは「生産関係」のことだと解説し、「まだ人間らしい関係になっているとはいえない」という。それは(資本主義では)人々が他人のためにではなく、報酬のために働くからだ。貧しい豆腐屋の子がいじめられるエピソードは、解説で丸山眞男が指摘しているように、階級闘争の寓話である。

もちろん80年前の児童文学の「限界」を語ってもしょうがないが、吉野源三郎は戦後の平和運動のプロデューサーだった。岩波書店の『世界』の編集長として平和問題談話会や憲法問題研究会を組織し、憲法改正を阻止する上で決定的な役割を果たした。本書の「国と国が争うのではなく、すべての人がよい友だちであるような世の中が来る」という心情倫理は、いつまでも幼児のまま大人になれなかった日本の左翼を象徴している。

続きは1月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。

「保守主義」に未来はあるのか

保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱 (講談社現代新書)西部邁氏の自殺は、意外に大きな波紋を呼んでいる。私は20年ぐらい前に彼と縁が切れてからまったく交流がなかったが、本書を読むと、そのころから進歩してないなと思う。彼の「保守主義」は反語であり、思想としての中身がないのだ。

彼が「朝まで生テレビ」でマスコミにデビューした1980年代には、新鮮だった。社会主義や一国平和主義を信じる人が多かった時代に「悪役」として登場した彼は、戦後のモダニズムの盲点を突いた。彼の保守主義は、伝統や慣習にもとづく漸進的改良のみを認め、フランス革命のような大変化を否定したバークの思想だった。

続きはアゴラで。

アデナウアーと西ドイツの「西側結合」

アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)
ドイツ放送協会(ZDF)が「もっとも偉大なドイツ人」の人気投票をしたところ、182万人の投票で3位はマルクス、2位はルターだったが、それをおさえて第1位になったのはアデナウアーだった…といってもピンと来ない人が多いだろう。彼は戦後初の西ドイツの首相として、1949年から14年間にわたって戦後復興を指導した。その最大の特徴は西側結合と呼ばれる西欧寄りの政策だった。

それは日本でいうと「単独講和」のようなもので、当初は国民の評判はよくなかったが、アデナウアーはNATO加盟を急ぎ、再軍備を実現した。それが成功した最大の原因は、ドイツが分断国家だったことだろう。西ドイツは軍備もなく、英米仏ソ4ヶ国に統治されていた。冷戦の激化で多くの国民が「主権回復」というアデナウアーの目標に共感したので、1955年に西ドイツはNATOに加盟し、基本法も改正した。

日本では、吉田茂は安保条約を結んだが、憲法改正は拒否した。岸信介は安保条約をNATOと同じような相互防衛条約に改正しようとしたが、憲法の制約でできなかった。西ドイツはNATOで核兵器をアメリカと共有したが、日本は「核を持ち込ませない」という建て前で、なし崩しに軍備を強化した。この50年代の「初期設定」の違いが、その後の日独の運命を大きくわけた。

続きは1月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。






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