中央銀行の独立から財政政策との協調へ

Evolution or Revolution?: Rethinking Macroeconomic Policy after the Great Recession (The MIT Press) (English Edition)
本書は2017年の会議の論文集で、Blanchard-Summersはその内容をアップデートしているが、日本についての言及が目立つ。20年前にゼロ金利が世界で最初に始まったのが日本だが、今はそれが先進国全体に広がっているので、他の国は日本の経験に学ぶ必要がある。

日本の政府債務の激増と過激な量的緩和は、おおむね正しかったと彼らは評価しているが、それでもゼロ金利は脱却できない。財政政策の余地は限られ、金融政策はきかなくなった。もっと大きなマイナス金利にすることも(理論的には)考えられるが、銀行の経営不安をまねき、かえって貸し出しが減るリバーサル・レートの問題が発生するおそれがある。

GDPの1.5倍を超えた日本の政府債務を、これ以上増やすのは危険だ。今のところ国債は順調に消化されているが、投資家が不安を抱いて金利が上がると大幅な歳出カットを迫られ、財政が混乱するおそれがある。そのリスクを減らすには、国債以外の(返済しなくてもいい)政府債務を増やすことが考えられる。その一つの方法は、賦課方式の社会保険料を増やすことだという。

日本に必要なのは、民間の貯蓄を減らすことだ。その方法としては(彼らは具体的に書いていないが)預金課税も考えられる。いずれにせよ金融政策は有効性を失い、財政政策との協調が必要になったので、中央銀行の独立性というドグマを捨てるときだ。経済政策は1970年代のスタグフレーション以来の転換期を迎えている。

続きは5月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

遊牧民から見た世界史

遊牧民から見た世界史 増補版 (日経ビジネス人文庫)
ヨーロッパ中心主義の世界史が批判されるようになって久しいが、その裏返しで語られるのは、『大分岐』に代表される中国中心史観である。そこではChinaが歴史の大部分で最先進国だったという世界史が語られるが、このChinaとは何だったのか。

「漢民族」が北方の「夷狄」と戦うために専制国家をつくったと思われているが、中国の歴史の中で(狭い意味での)漢民族が支配した王朝は、漢と宋と明ぐらいしかない。つまり農耕民と遊牧民の戦争で漢民族は夷狄に敗れ、その支配下に入ったのだ。漢民族の最初の王朝といわれる秦も西方の遊牧民族が樹立した王朝であり、その後も北魏や隋や唐は遊牧民族の王朝だった。

そして世界史上最大の「遊牧民の帝国」を樹立したのが元である。これはモンゴル人のつくった特異な征服王朝だと思われているが、中国の王朝の大部分は(漢民族からみると)征服王朝だったので、元は例外ではない。モンゴル帝国の版図は最盛期には現在のモスクワやバグダッドまで及び、ユーラシア大陸の半分以上を支配した。これが世界最初のグローバリゼーションだった。

mongol-empire@824

モンゴル帝国がわずか100年足らずで、これほど急速な拡大を遂げたのは、凶暴な遊牧民族が騎馬戦で他民族を虐殺したためと思われているが、モンゴルの世界支配はヨーロッパ諸国のやったような植民地支配ではなく、それほど多くの戦争はしていない。他民族がモンゴルの支配下に入ったのは、そのメリットが大きかったからだ。

続きは5月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

紙幣を廃止して大幅なマイナス金利を

現金の呪いーー紙幣をいつ廃止するか?
ゼロ金利で伝統的な金融政策はきかなくなったが、理論的にはもっと大きなマイナス金利にすることができる。政策金利を(たとえば)マイナス2%にして、日銀が市中銀行に貸し出すとき2%の金利を払うか、預金に2%課税すればいいのだ。これによって預金者は貯蓄を取り崩して消費し、貯蓄過剰は解消されるだろう。

この解決策の難点は、預金者が取り崩した預金を消費しないで、紙幣のまま保有することだ。そこで著者は紙幣の廃止を提案する。通貨をすべて電子化したら、タンス預金は不可能になり、マイナス金利をつけるのも簡単になるので、試しにマイナス3%にして、インフレになったらすぐゼロに戻すこともできる。

日銀券を全面電子化したら、金融政策の自由度が飛躍的に高まるだけでなく、脱税は不可能になり、地下経済もなくなる。しかしそれが、この種の提案が実現しない政治的障害だ。本書はそういう難点を解決する具体策もいろいろ提案している。仮想通貨などの技術は飛躍的に発展したので、向こう50年ぐらいを考えると、これが究極のマイナス金利問題の解決策かもしれない。

続きは5月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

日本のバブル崩壊の教訓は世界の教訓

平成金融史-バブル崩壊からアベノミクスまで (中公新書)
平成の時代はバブルとその崩壊で始まった。それは当時は日本の間抜けな金融行政のせいだと思われていたが、2010年代の世界は「日本化」して長期停滞し、その教訓が世界に共有されつつある。その教訓は次のようなものだ。
  • 政治がバブルを崩壊させる:1980年代後半のバブルは公平にみて避けられなかったが、それを無理やりつぶしたのは「地価対策」を最重点課題に掲げた海部内閣のやった1990年3月の不動産融資規制だった。日銀は1989年5月から公定歩合を上げたが、最初はまるできかなかったのに、1990年後半から一挙に不動産バブルが崩壊した。

  • 銀行に「自己責任」を求めてはいけない:日銀は1991年には異変に気づいたが、大蔵省は公的資金の投入を拒否した。マスコミは「バブル再燃」を恐れて国土法の規制強化や利上げを求め、銀行は「自己責任」で不良債権を処理すべきだという論調だった。これが結果的に体力のない銀行の処理を遅らせ、「飛ばし」などの原因になった。

  • 「公的資金」の投入は早いほどいい:宮沢首相は1992年8月の軽井沢セミナーで「銀行への公的援助をすることにやぶさかでない」と述べたが、大蔵省も財界も反対だった。その後も宮沢内閣が続いていれば、もう少し早く手が打てたかもしれないが、そのあと政権交代の大混乱で、不良債権問題が政治に利用された。

  • 「モラルハザード」を恐れてはいけない:政府が「大きすぎてつぶせない」(too big to fail)銀行を保護することがモラルハザードをもたらすというのは、多くの専門家の通念だった。それを防ぐためには、銀行も破綻処理しなければならないという意見が経済学者にも多かったが、それは政治的に困難で、不良債権の清算を遅らせて大きなダメージをもたらした。

  • 金融政策にできることは少ない:金融政策で資産バブルが過熱するのを防ぐことはできるが、日本のように短期間(1985年のプラザ合意以降)で起こった場合はそれに対応することはむずかしい。日銀が利上げに踏み切ったのは1989年5月だったが、当時は円高で年率0.1%のデフレだったので、そのときも政治の抵抗が強かった。不良債権処理には資本注入が必要だが、それは財政支出がないと不可能だった。
続きを読む

安倍首相には「属国」を脱却する気はない

脱属国論
戦後日本の国体を決めたのは憲法ではなく、日米地位協定である。それはアメリカの世界的覇権を守るために日本の司法権を制限し、首都の上空をアメリカの管制権のもとに置く異常な協定だ。これは行政上の取り決めなので国会の同意は必要ないとされ、その骨格だけを書いた日米安保条約が結ばれた。

まだアメリカの占領統治下にあった日本がこういう「属国」状態の協定を結んだのはやむをえないが、それを戦後ずっと放置し、補強してきたのは保守勢力だ。自民党は憲法改正を掲げて結成されたが、岸信介が安保改正に殉じたあと、保守本流は安保条約にも地位協定にも手をつけなくなった。

田原氏によると安倍首相は地位協定の改正に意欲を示したというが、井上氏は「それは甘い」という。安倍改憲案にみられるのは「戦後レジーム」の矛盾を是正するという自分のテーマから逃げ、公明党に迎合して政権を維持する選挙対策であり、戦後レジームの根幹になっている日米関係に手をつける気はないだろうと井上氏は批判するが、それは安倍首相の一貫した戦略ではないか。

戦争や災害のようなテールリスクに備えることは政府のコア機能だが、政治的コストは高い。厄介な軍事的リスクはアメリカに丸投げし、日本はその属国として気楽にやっていく自民党ハト派はそれなりに合理的だった。安倍首相のゼロ金利に賭ける経済政策も、平時には高いリターンをもたらす。政治的リスクがリターンよりはるかに大きい地位協定に、彼が手をつけるとは思えない。

続きは5月6日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

平成の名著ベスト10

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質平成もあと1週間で終わりなので、この30年に私が書評した本のベスト10を選んでみた。
  1. タレブ『ブラック・スワン』
  2. ウィルソン『人類はどこから来て、どこへ行くのか』
  3. フクヤマ『政治の起源』
  4. ネグリ&ハート『<帝国>』
  5. ノース&ウォリス&ワインガスト『暴力と社会秩序』
  6. 篠田英朗『集団的自衛権の思想史』
  7. ポメランツ『グローバル経済の誕生』
  8. 白川方明『中央銀行』
  9. デリダ『マルクスの亡霊たち』
  10. ミルグロム&ロバーツ『組織の経済学』
続きはアゴラで。

GDPは豊かさの指標ではない

幻想の経済成長
20世紀は史上最大の成長の時代だったが、先進国では成長のピークを過ぎた。だが「もう成長する必要はない」とか「脱成長の時代だ」というわけには行かない。財政や社会保障などの制度が成長を前提につくられているので、成長をやめると将来世代の負担が重くなるからだ。

しかし成長の指標はGDPだけではない。それはもともと1930年代の戦時体制で国家の戦力を集計するためにつくられた指標で、豊かさを示す指標ではない。GDPは国内市場で生産された財・サービスの「価格×量」、つまりコストの集計であって豊かさの集計ではないのだ。

この違いは本書も指摘するように、経済学でおなじみの消費者余剰の概念でわかる。消費者の効用を集計して需要曲線を描くと、消費者の得る豊かさ(効用-コスト)は価格P1の上の部分の消費者余剰で示せるが、市場で評価されるのはP1×Q1であり、その集計がGDPである。たとえばスマホの価格がP2に下がって供給量がQ2になると、GDPは下がるが消費者余剰は増え、消費者は豊かになる。

n1401050

価格低下による消費者余剰の変化(情報通信白書)

ここにはスマホを通じて無料で供給される情報の価値も出てこない。10年前にスマホが登場したころに比べると情報量は飛躍的に増えたが、それはGDP統計には反映されていないのだ。だから長期停滞の時代は、人々が貧しくなる時代ではない。GDPの代わりに情報量という尺度をとれば、将来世代は今よりはるかに豊かになるだろう。今週から始まるアゴラ経済塾では、21世紀の豊かさの意味も考えたい(申し込みはまだ受け付け中)。

続きは4月8日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

世界経済 大いなる収斂

世界経済 大いなる収斂 ITがもたらす新次元のグローバリゼーション
先進国の長期停滞の背景にあるのは、グローバルな産業構造の変化である。歴史の大部分で世界の最先進国は中国だったが、ヨーロッパの植民地支配で19世紀以降の大分岐が始まり、ヨーロッパとアジアの格差が拡大した。それが1990年以降の大収斂で逆転し始めたのだ。

大分岐をもたらしたのは、第1のアンバンドリングだった。ローカルに閉じていた伝統社会がヨーロッパ諸国の植民地支配で統合され、貿易が始まった。商品はローカルな社会からアンバンドルされて国際的に流通する一方、情報は国内に閉じていたので、東西の格差が広がった。

それに対して大収斂をもたらしたのは、第2のアンバンドリングだった。コンピュータや通信の発達によってグローバルな情報の流通コストが下がり、高技術国から技術をアンバンドルして低賃金国に移転する水平分業が急速に進んだ。これによってアジアが豊かになり、1820年から上がっていた先進国のGDPシェアが、1990年から下がり始めた。

baldwin
世界のGDPに占める先進国(G7)のシェア


続きは4月1日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

新しいダーウィン革命

This View of Life: Completing the Darwinian Revolution (English Edition)
「社会的ダーウィニズム」という言葉は、現代ではタブーに近い。それはダーウィンの進化論を社会に適用し、弱者や障害者は「淘汰」されるべきだという優生学の思想で、それを実行に移したのがヒトラーだった。しかしこれはダーウィン自身の思想ではない。彼は個体だけではなく集団が淘汰の単位になると考えていた。

このような集団淘汰の理論は一時は否定されたが、21世紀によみがえった。本書はその理論を社会に適用する。遺伝子レベルで集団淘汰が起こるかどうかは論争中の問題だが、社会的に起こることは明らかだ。集団で戦う利他的な集団はバラバラに戦う利己的な集団に勝つので、利他的な感情(ミーム)が継承される。

近代社会が機能しているのも、集団を守る法秩序が確立しているからだ。殺人や泥棒を禁止することは個人の自由に優先するので、近代社会は自由放任主義ではない。このシステムは遺伝的な集団淘汰と本質的には同じだ。人体は37兆個の細胞からなる「社会」であり、たとえば癌細胞が利己的に増殖すると人間は死に至る。

しかし人体は、脳や中枢神経だけがコントロールする中央集権システムではない。癌細胞を殺すのは脳とは無関係な免疫機構であり、それもつねに癌細胞との戦いで組み替えられている。人体でも集団淘汰が起こっているのだ。このような多レベルの集団淘汰という考え方が政治や経済にも応用できるのではないか、というのが本書の提案する「ダーウィン革命の完成」である。

続きは4月1日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

MMTについての超簡単な解説

Modern Money Theory: A Primer on Macroeconomics for Sovereign Monetary Systems (English Edition)
最近は日本でもネトウヨがMMTを受け売りして「これこそわれわれの理論だ」と宣伝しているが、経済学者のアンケートでは、MMTに賛成する人は1人もいない。誤解したまま政治的に利用されるのはよくないので、簡単に解説しておこう。

本書はMMTのほぼ唯一の入門書だが、これは金融理論というより素朴な財政哲学で、数式も統計データも出てこない。その考え方は通貨は税であるというものだ。管理通貨制度では政府と中央銀行は一体だから、自国通貨はいくらでも発行できる。政府に徴税能力がある限り国債は通貨でファイナンスできるので、政権が崩壊しない限り政府がデフォルトすることはありえない。

経済政策の目的は失業をなくして物価を安定させることであり、財政はその手段なので、「財政健全化」を自己目的化してはいけない。不完全雇用のときは財政赤字を拡大して需要を増やし、失業を減らすべきだ。これはケインズが1930年代に失業対策として提案したことだが、MMTはそれを雇用保障として制度化すべきだと主張する。これは政府が失業者を(公務員として)雇用して最低賃金を保障するものだ。

これには巨額の財源が必要だが、増税はしなくてもいい。中央銀行が通貨を増発すれば、需要が拡大して失業が減るという。そんなことをしたらハイパーインフレになる、という批判に対してMMTは、不完全雇用(需要不足)がある限りインフレにはならないと反論する。完全雇用になると失業もなくなって財政拡大も止まるので、雇用保障はインフレを防ぐ「自動安定化装置」になるというのだが、そううまく行くだろうか。続きを読む






Twitter
記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons