「人工知能」の幻想をヒュームが破壊する

人間本性論 第1巻 〈普及版〉: 知性について
西洋の近代哲学はカントに始まったといわれるが、彼を「独断のまどろみ」から覚ましたのはヒュームだった。カントはヒュームの問題を解決して「コペルニクス的転回」を実現したというが、それは間違いだったとラッセルは『西洋哲学史』で指摘している。

ヒュームの問題は、きわめてシンプルである:経験的な観察から法則は帰納できない。きのうまで太陽が昇ったという事実から、あすも昇るという普遍的な法則は論理的に導けないのだ。

これは当たり前のようにみえるが、それが正しいとすると、ニュートン力学に始まる近代科学は単なる経験則で、厳密な法則ではありえない。同時代に、このパラドックスの深刻さに気づいたのはカントだけだった。

彼はそれを解決するために『純粋理性批判』を書いてニュートン力学を正当化しようとしたが、これは「太陽があすも昇るという先験的主観性があるから昇る」という循環論法だった。それを批判したヘーゲルは壮大な観念論の体系を築いたが、彼も解決できなかった。近代哲学はヒュームに始まり、ヒュームで終わったとラッセルはいう。

これは単なる哲学の問題ではない。「ビッグデータ」を集積したら法則が帰納できると考えた「人工知能」は挫折した。フレーム問題が解決できないかぎり、コンピュータが人間のような知能をもつことはありえないのだ。「深層学習」で確認されたのも、どんなに膨大なデータを集めてもコンピュータは自分でフレームをつくれないというヒュームの問題だった。

続きは11月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

ニューラルネットは民主主義

脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす (ブルーバックス)
いま人工知能と呼ばれているのは知能ではなく機械学習で、そのハードウェアはPCなどとは違うニューラルネットである。これが実装されるようになったのは1990年代だが、甘利俊一氏は70年代にその原理を論文で数学的に定式化した。時代の先を行きすぎてハードウェアに実装できなかったが、これが今の深層学習の原型である。

脳の情報処理は、外界からの刺激によるニューロンの興奮の伝達で行われる。たとえば猫の映像は網膜で多くの画素に分解され、ニューロンはその刺激を隣のニューロンに伝える。こうした多くの刺激を総合して画像認識が行われ、そのとき多くのニューロンの出力の重みWの合計で出力値(猫か否か)が決まる。

zu2a
日経XTRENDより

これをモデルにしてニューラルネットでは素子の入力層と出力層の間に中間層を設定し、出力値を答と照合して誤差に応じて重みを補正する。これは1990年代に誤差逆伝播法として実用化されたが、この重みづけの変化を微分方程式で表現したのが甘利氏の確率降下学習法だった。

多くのニューロンが猫と知覚したら猫と判断する脳のしくみは、民主主義に似ているという。出力の重みは人間の影響力のようなもので、多くの人が賛成すると重みが大きくなる。他人に影響されやすい人が多いと社会全体が興奮しやすく、付和雷同が起こる。

…という話では何のことかわからないと思うが、くわしい解説は11月30日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

「地球環境は悪化している」という迷信

人新世の「資本論」 (集英社新書)地球温暖化は現代の宗教である。それは社会主義が崩壊してよりどころを失った左翼がつくった終末論だが、最近は国連も各国政府もそれを信じるようになり、「気候危機で人類が滅亡する」と騒ぐ人が増えた。本書もグレタ・トゥーンベリのような幼稚な話だが、この宗教がどういうものかを知る手がかりにはなる。

著者は1987年生まれだが、この世代には珍しいマル経の研究者である。彼は「近経」のノードハウスの「環境と成長のバランスが必要だ」という議論を(科学的根拠もなく)否定し、パリ協定の2℃目標を絶対化して「地球温暖化で人類は滅びる」と繰り返す。

CO2を削減するには成長率の低下は不可避で、両者の「デカップリング」は幻想だという本書の主張は正しいが、著者は前者を絶対化して成長を否定する「脱成長コミュニズム」なるものを提案する。

その中身は地球環境という「コモン」を共有し、市場価値ではなく「使用価値」を中心にしたアソシエーションをつくろうという陳腐な話だ。著者が生まれたころ社会主義が崩壊したので、それがいかに悲惨だったか知らないのだろう。

宗教とは疑いえない思い込みを共有する集団だとすると、環境派の思い込みは資本主義が地球環境を破壊するということだが、これは迷信である。資本主義で地球環境は劇的に改善されたのだ。その原因は経済成長で世界の人々が豊かになったからである。

global-extreme-poverty-timeseries-660x462

続きは11月23日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

ニュートンはなぜ万有引力を発見したのか

ニュートンの海―万物の真理を求めて
ニュートンがリンゴの実が木から落ちるのを見て万有引力を発見したという話は、世界一有名な科学的発見についてのエピソードだろう。彼の著作にはそういう記述はないが、彼がそう語ったと同時代の少なくとも4人が証言している。そのポイントは、リンゴが落ちたことではない。

ペストが流行した1666年、ケンブリッジ大学は休みになり、ニュートンは故郷に帰って月の軌道について考えていた。小さなリンゴが地上に落ちるのに、それよりはるかに重い月が地球に落ちてこないのはなぜだろうか、と彼は考えた。それは地球から遠い月に働く力が、リンゴよりはるかに小さいからではないか。

この話をニュートン自身が語ったとすれば、彼の世界観の特徴を示している。それはリンゴと月に同じ力が働くという発想である。凡人はリンゴと月に共通点があるとは思わないが、ニュートンは同じ法則をリンゴと月に適用したらどうなるかと考え、重力が距離の2乗に反比例するという法則を発見したのだ。

しかし彼がそれを『プリンキピア』で発表したのは1687年だった。発表まで20年もかかった原因は、彼の宗教的信念だった。20世紀になって競売にかけられた彼の遺稿には、膨大な錬金術と神学についての論文が発見され、それを買い取ったケインズはニュートンを「最後の魔術師」と呼んだ。遠く離れた天体が互いに引き合うという理論は、異端的な魔術思想だった。

さらに彼はユニテリアンだった。これは三位一体説を否定して世界を一元的な神の秩序として理解する神学だが、当時ケンブリッジ大学教授は国教会の聖職者でもあったので、このような異端は大学から追放されるおそれがあった。このため彼は自分の神学思想を秘密にし、万有引力の概念を封印したのだ。

続きは11月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

科学革命の構造

科学革命の構造
「パラダイム」という言葉は今では日常語だが、1962年に本書が初めて使ったときは大論争が起こった。それは当時まだ主流だった論理実証主義やポパーの反証理論を否定する概念だったからだ。この論争は学問的には決着がついているが、「ビッグデータ」が万能のように思われている現代では、思い出す意味もあるかもしれない。

たとえば西内啓氏は「統計学は原データから帰納して法則を導き、計量経済学は理論から演繹する」という。このように演繹と帰納のサイクルで理論が検証できるというのは、100年前の論理実証主義と同じ錯覚である。いくら膨大なデータを集めても、そこから法則は帰納できないのだ。

きょうまで太陽が東から昇ったとしても、それを根拠にしてあすも昇るという事実は証明できない。きょう何かの理由で地球の公転軌道が変わって、太陽が地球から見えなくなるかもしれない。これはヒュームの問題として知られる近代科学の最大のパラドックスである。

ポパーは理論は観測で証明できないが「反証」できると考えた。これについては、本書のあげている年周視差のエピソードが有名である。地球が太陽のまわりを回っているとすると、遠くの恒星の見える角度は季節によって少しずれるはずだ。そう考えた16世紀のティコ・ブラーエは恒星の位置を実際に測定したが、年周視差は観測できなかった。これは地動説の反証といえるだろうか?

もちろんそうではなく、年周視差はあるが、恒星との距離が非常に遠く位置の差が小さいので、当時の観測技術では測定できなかっただけだ。事実は仮説によってつくられるのであって、その逆ではない。この仮説をクーンが「パラダイム」と名づけ、本質的に宗教と同じだとのべたことが論議を呼んだ。

続きは11月16日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

トランプが退場してもアメリカの分断は終わらない

アメリカの政党政治-建国から250年の軌跡 (中公新書)
アメリカ大統領選挙ではようやくバイデンが勝利宣言したが、彼が誓ったように「分断するのではなく団結させる大統領」になれるかどうかはわからない。トランプはアメリカ社会の分断の原因ではなく、その結果だからである。

アメリカの政治システムは「三権分立」といえば聞こえはいいが、バラバラである。大統領には法案提出権も予算編成権もなく、宣戦布告もできない。立法するのは議会だが、上下両院のねじれが恒常化している。今回の下院議員選挙では民主党が過半数を守ったが、上院では共和党が過半数を取り、今後もねじれが続く見通しだ。

民主党も共和党も、他の国の政党とはかなり異質な組織である。トランプは2016年の大統領選挙に出馬したとき共和党員ではなく、サンダースも民主党員ではないが、予備選挙に勝てば大統領候補になれる。組織も指揮系統も地域ごとにバラバラの個人の集合体なのだ。

この状況を変え、大統領の権限を強化したのがルーズベルトだった。彼は戦時体制で「ニューディール連合」をつくり、議会の多数派を民主党が占めた。戦後アメリカ経済は急速に成長したので、その恩恵を貧困層に分配する「大きな政府」が半世紀にわたって主流になり、共和党が上下両院で多数派になったのは2回だけだった。

しかしベトナム戦争やスタグフレーションで1970年代には政府への信頼が失われ、レーガン大統領が「小さな政府」を提唱して、共和党が連邦議会の多数派になった。他方で貧富の格差が拡大し、オバマ大統領がマイノリティの支持を集めて当選したが、連邦議会は共和党が多数のままで、提出された法案の成立率はわずか2.7%に低下した。

続きは11月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

暗黙知と「言語論的転回」の逆転

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)
かつて日本的経営が世界を席巻したころ、日本人が会社の中で「暗黙知」を共有していることが日本企業の優位性の原因だといった話が、野中郁次郎氏などによって流行した。この流行はその後の日本企業の凋落で終わったが、いまだに経営学業界では信じられているようだ。

しかしポランニーが暗黙知という言葉で呼んだのは、学校で習う「形式知」と違う職人芸のような技能ではなく、人が外界を認識するとき共有する枠組である。化学者だった彼はこの概念を科学的発見の論理として考え、これがクーンに影響を与えて「パラダイム」の概念になった。

本書を読み直すと、人間の認識の基礎に非言語的コミュニケーションがあり、その過程は生物の進化に似ていることが強調されている。当時の生物学ではこれはトンデモだったが、今では文化的遺伝子として学問的にも論じられるようになった。

これは20世紀の思想の主流だった言語論的転回の逆転ともいえる。ソシュールに始まってポストモダンまで受け継がれた記号論のドグマは、記号(シニフィアン)に先立つ意味(シニフィエ)はなく、意識は言語で構造化されたものだということだ。本書はそれを逆転し、意味は身体と事物の衝突から生まれる創発(emergence)だという。ここでは意味が記号に先立つのだ。

続きは11月2日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

憲法は社会主義の代用品

戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗
学術会議騒動の一つの原因は、任命されなかった6人に宇野重規氏と加藤陽子氏が入っていたことだろう。彼らは極左というわけではなく、宇野氏については私もブログで高く評価したことがある。加藤氏も公文書管理法に協力した「御用学者」で、政権が敵視すべき人物とは思われない。

2人が拒否されたのは、安保法制反対の中心となった「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人だったからだろうが、戦時期の日本を専門とする加藤氏が日米同盟(集団的自衛権)を否定するのは信じがたい。この背景には、日本のリベラル固有のバイアスがあると思われる。

本書も指摘するように、近代戦の勝敗を決めるのは軍事同盟による戦力のバランスであり、日米戦争に突入した最大の分岐点は1940年の三国同盟締結だった。日本の指導者が、来たるべき大戦でドイツが英米に勝つと信じていたからだ。こういう歴史記述はよくも悪くも常識的だが、そこから得られる教訓は、現代でも日米同盟で中国に対する戦力の優位を維持することが重要だということだろう。

ところが終章になって唐突に憲法論が展開され、長谷部恭男氏の孫引きで「戦争の目的は他国の憲法を書き換えることだ」という話が出てくる。この根拠はルソーの草稿だというが、これは最近の研究では文献学的に疑問とされている。最近公刊されたルソーの『戦争法原理』には、そういう記述は見当たらない。

そもそもルソーの時代には、憲法(Constitution)は存在しなかった(世界最初の憲法は1789年の合衆国憲法)。戦争は憲法どころか文字もない石器時代から続いてきた普遍的な現象なのに、日本の左翼はそれを憲法論でしか語れない。第9条の「平和主義」が戦争を防いでいるというフィクションを守らなければならないからだ。

かつての左翼には社会主義という普遍的な思想があったが、冷戦が終わって失われた。日本でその代用品として使われたのが憲法だが、これには思想としての中身も普遍性もない。第9条の一方的非武装主義は、海外の左翼にもない主張だ。

続きは10月26日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

日米戦争をしたくなかった東條英機

東條英機 「独裁者」を演じた男 (文春新書)
学術会議をめぐる議論では「戦前に回帰するものだ」という話がよく出てくる。こういう人は東條英機がトップダウンで反対派を排除して戦争に突入したと思っているのだろうが、史実は逆である。東條は日米戦争で勝てる見込みがないことを知っていた。彼の迷いを押し切ったのは、ボトムアップの強硬派の圧力だった。

1941年10月14日の閣議で東條陸軍大臣は、中国からの撤兵を求めるアメリカの要求を断固として拒否する演説を行なったが、同じ日に彼は木戸内大臣と会談して「海軍の決心に何か変化ができたのか」と質問し、変化があったのなら「既に定まった国策(日米開戦)がそのままやれるかやれぬか」考えるとのべた。杉山参謀総長にも同じ話をしている。

ところが彼は、閣議では「海軍の肚が決まらぬなら内閣総辞職しかない」という強硬論を主張した。近衛内閣を倒して東久邇宮内閣をつくり、開戦の責任から逃れようとしたのだ。そのもくろみ通り内閣は倒れたが、近衛の後任として大命が下ったのはなんと東條だった。

これは強硬派の東條しか軍を抑えられないと考えた木戸の奇策だったが、東條を高く買っていた昭和天皇も賛成した。天皇の意を受けて東條は外交による打開の道を模索したが、すでに陸軍と参謀本部の大勢は開戦論で固まっており、これを「大臣の変節なり」と攻撃した。東條は自分の主張した強硬論に自縄自縛になってしまったのだ。

10月23日、東條は嶋田海軍大臣に「今更後退しては支那事変20万の精霊に対して申し訳ない。されど日米戦争ともなれば更に多数の将兵を犠牲とするを要し、誠に思案に暮れている」と述懐した。彼は嶋田に「戦争はできない」と言ってほしかったのだろう。

続きは10月19日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。

社会はなぜ左と右にわかれるのか

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学
学術会議をめぐる論争を見ていると「またか」という既視感を覚える。
  1. 政府が学術会議の名簿のうち6人を任命しなかったのは違法か?
  2. 学術会議の会員になれないことは学問の自由の侵害か?
  3. 学術会議は科学に多大な貢献をしているか?
以上はいずれも正しいか否かで答えられる事実問題だが、その答はきれいに二分される。たとえば木村草太氏と百田尚樹氏がこの3問にどう答えるかは、目をつむってもわかる(彼らはその予想どおり答えた)。

こういう傾向はアメリカでも同じで、最初から党派的に意見を決めて答える人が多い。これを「アメリカが分断されている」などというが、そういう傾向は今に始まったものではなく、アメリカだけの問題でもない。上のように日本でも(対立軸がちょっと違うが)みられる。

それはヒュームが指摘したように、理性は感情の奴隷だからである。人は感情にもとづいて行動し、それを理性で正当化するのだ。このような感情と理性の関係を、本書は象とそれに乗る人にたとえる。

脳の情報処理の90%以上は進化の初期に発達した象の部分で行なわれており、反応も速い。乗る人の部分は処理が遅くコストがかかり、教育しないと発達しない。政治的な議論が、政策の中身ではなく「右か左か」というイデオロギー論争になるのも、人々を動かすのが象だからである。

続きは10月19日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。








記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons
  • ライブドアブログ