新石器革命は「宗教革命」だった

人類進化の謎を解き明かす
人類の歴史の大部分はつねに移動する狩猟採集社会だったので、脳はそれに適応するように進化したが、ここ1万年ぐらいの新石器時代以降は定住社会なので、文化はそれに適応した。つまり人間は遺伝的には移動に適しているが、文化的には定住するように進化したのだ。この矛盾が、現代人の行動にも影響を与えている。

狩猟採集社会で移動する集団(band)の規模は50人程度で、それより小さいと外敵から身を守れないが、あまり大きいと集団の中で紛争が起こる。このため遺伝的には150人程度が限界だが、定住社会ではそれをはるかに超える人数が集団で暮らすようになり、紛争やストレスが多くなった。それを解決するしくみが(広い意味の)宗教である。

狩猟採集社会にも同族意識による信仰(シャーマニズム)はあり、共同体の内部で紛争が起こると、その長(シャーマン)が調停し、定期的に祝祭や儀礼で人間関係をリセットした。しかし定住して集団が大きくなると、そういう素朴なしくみでは維持できないので、体系的に世界観を共有する宗教ができた。この点で新石器革命は「宗教革命」だったと著者はいう。

続きは11月19日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

人類は石器時代から戦争に明け暮れてきた

War Before Civilization (English Edition)
レヴィ=ストロースはルソーを「人類学の父」と呼び、彼の描いた「高貴な未開人」のイメージに人類の原型を求めた。暴力や戦争で混乱した現代社会とは違い、未開社会は平和な「冷たい社会」だと思われていた。しかし著者は1970年代に新石器時代の遺跡を調べるうちに、そのまわりに砦があり、柵や溝が張りめぐらされていたことを発見する。それは明らかに戦争の痕跡だった。

「人類は石器時代から戦争を繰り返してきた」という著者の発表は最初は学界に無視されたが、90年代には戦争の遺跡が世界中で発見され、頭蓋骨からも凶器で破壊された痕跡が多く見つかった。次の図はいろいろな部族の戦争による死亡率だが、石器時代や未開社会では平均25%の男性が戦争で死亡し、女性や子供を入れても平均15%ぐらいが戦争の死者だったと推定されている。戦争は多くの部族で2年に1度ぐらい起こり、負けた部族は皆殺しにされた。

war

戦争による死亡率(%)

この発見は、社会科学の多くの分野に影響を与えた。戦争が石器時代から頻繁にあったとすると、それに適応するメカニズムが脳に遺伝的に埋め込まれているはずだ。生存する上で重要なのは個人の利益を最大化する合理的行動ではなく、戦争に勝つための集団行動であり、その根本は「敵か味方か」を区別して敵を憎み、味方を愛する同族意識(tribalism)である。人類は経済的動物ではなく、政治的動物なのだ。

続きは11月12日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

文化の進化をもたらした「長期記憶」

Not By Genes Alone: How Culture Transformed Human Evolution (English Edition)
獲得形質は遺伝しない、というのが中学生も習う生物学の根本原理である。あなたがいくら勉強しても、その記憶は子供には遺伝しない。だからラマルクの進化論は否定されたが、文化レベルでは間違いとはいいきれない。記憶は遺伝しないが言語習得能力は遺伝するので、子供に言葉を教えれば、勉強できるようになる。

これは遺伝的な進化と似ているが、メカニズムはまったく違う。DNAのゲノムは固定されたハードウェアだから、環境が変化したとき、それに適応できない個体が淘汰されるという形でしか、遺伝子の進化は起こらない。これには長い時間がかかり、急激な気候変動などがあると種が絶滅してしまう。

それに対してホモ・サピエンスは大きな脳が発達し、文化や言語を長期記憶にソフトウェアとして記憶する能力を身につけた。文化は遺伝子より柔軟で変化の幅が広く、蓄積できる。しかも適応のスピードは遺伝子よりはるかに速いので、これが人類が短期間に驚異的に繁殖した最大の原因だ、というのが本書の主張である。

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言語はなぜ進化したのか

心の進化を解明する ―バクテリアからバッハへ―
ホモ・サピエンスの最大の特徴は言語をもっていることだが、その原因ははっきりしない。チンパンジーにもプリミティブな言語はあり、イルカにも音声コミュニケーションはあるが、人類の言語は格段に複雑で柔軟だ。本書もいろいろな説を紹介しているが、音声は証拠として残らないので決定的な答はない。

ただ多くの人類学者が同意するのは、人類の真社会性(巣をつくって社会的分業を行う能力)が言語の原因であって、その逆ではないだろうということだ。言語なしでも叫び声や身振りで共同作業はでき、そういう民族もいるからだ。では言語がここまで複雑に発達したのはなぜだろうか。

この答を本書はミーム(文化的遺伝子)に求める。それはDNAで遺伝するものではなく慣習や教育で伝えられるので、生物学者には疑わしい比喩だと思われているが、人類が短期間にここまで繁殖した最大の原因は文化の蓄積だ。ミームは人類の脳に「感染」して人類の共同作業を容易にし、人類の繁殖で爆発的に拡散したウイルスのようなものであり、その感染を媒介したのが言語である。

続きは11月5日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

江戸時代化する日本

文明としての江戸システム 日本の歴史19 (講談社学術文庫)
21世紀の日本は、よくも悪くも「江戸時代化」している。これは與那覇潤氏が「中国化」と対比した特徴だが、少なくとも次の3点で現代は江戸時代と似ている。

 ・平和が長く続く
 ・人口が増えない
 ・経済が停滞する

これは江戸時代全般ではなく、18世紀以降の特徴だ。江戸時代前期は経済が成長し、人口も急増した。著者の推定によれば、1600年の人口は1500~1600万人だったが、1700年には3100~3200万人ぐらいになったと思われる。100年で2倍の急成長だが、その最大の原因は平和になって農業が発展し、市場経済が拡大したことだ。

それはわかりやすいのだが、人口増加は1700年ごろぴたっと止まり、幕末までほとんど増えていない。150年間で90万人ぐらいしか増えなかった。その原因は気候の寒冷化による飢饉だとか出生抑制(間引き)だとかいわれるが、決定的な理由はわからない。はっきりしているのは、その結果、経済が停滞し、大名の財政が悪化して武士が貧しくなったことだ。

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中央銀行という不思議な存在

中央銀行: セントラルバンカーの経験した39年
日銀の白川前総裁の回顧録だが、マスコミの期待するような内情暴露やアベノミクス批判はなく、淡々と一般論で「中央銀行のあり方」が語られる。著者もいうように「中央銀行は不思議な存在である」。日銀は政府機関でありながらジャスダックに上場し、日銀法で独立性が保障されているが、これは自明のルールではない。

理論的には政府と中央銀行のバランスシートは、統合して考えることが合理的だ。法的にも、民主国家で行政機関が内閣から独立すべきかどうかには議論がある。独立性が保障されるようになったのは、スタグフレーションで政府の介入がインフレを加速させた経験によるもので、独立性が明文化されるようになったのは1990年代である。1998年の日銀法改正も、バブル崩壊の影響で実現したものだ。つまり中央銀行の独立性は、インフレを防ぐ制度なのだ。

とすればインフレにしようとしてもできない時代に独立性を保障する必要はない、という議論もあるが、著者はこれに反論する。中央銀行の仕事を「インフレファイター」に限定するのは、経済の不均衡はインフレやデフレという形で出てくるという考え方にもとづいているが、これは一面的だ。不均衡は資産バブルという形で蓄積され、その崩壊による金融危機として表面化する、というのがここ30年の先進国の経験である。

この点で、著者は「主流派マクロ経済学のバイアス」にも疑問を呈する。世界の中央銀行が採用している動学マクロ理論(DSGE)によれば、経済の動きは成長トレンドとその攪乱で成り立っており、中央銀行の役割は金融政策で攪乱を最小化することだということになっているが、これでは金融危機は説明できない。

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高坂正堯の孤独な現実主義

高坂正堯―戦後日本と現実主義 (中公新書)
今の学生が高坂正堯の本を読んでも、あまりおもしろくないだろう。たとえば彼の代表作といわれる『国際政治』の「力の体系」として国際政治をとらえる現実主義は、モーゲンソーやキッシンジャーとあまり変わらない。その意味で普遍性はあるのだが、独創性はない。

だが論壇では、高坂は孤独だった。それは彼が京大出身だったことと無関係ではないだろう。1962年に彼はデビュー作「現実主義者の平和論」で坂本義和の中立論を批判したが、坂本は反論せず、議論は噛み合わなかった。東大法学部を中心とする論壇の主流は非武装・非同盟の理想主義であり、彼らにとって現実主義とは既成事実に屈服する保守政治だった。

こういう論壇の空気を読まないで「日米同盟なしで日本は守れない」という常識を説くことが、高坂の独創性だった。彼には「御用学者」のイメージがつきまとい、マスコミでは数少ない保守派の代表として使われるようになったが、その後継者はいない。論壇はなくなったが、今もマスコミの主流は彼の批判した一国平和主義である。

続きは10月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

「新自由主義」を生み出した英国病の末期症状

マーガレット・サッチャー: 政治を変えた「鉄の女」 (新潮選書)
サッチャー首相とレーガン大統領が戦後の世界政治を変えたことには疑問の余地がないが、それは「新自由主義」といわれるほど普遍的な主義だったのだろうか。少なくともサッチャーに関しては、彼女が経済政策について最初から信念をもっていたとは考えにくい。本書も指摘するように「サッチャリズムは20世紀後半にイギリス社会が直面した状況から生み出された、すぐれて歴史的な産物なのである」。

のちにマネタリズムとかサプライサイド経済学と呼ばれる政策を彼女が実行したのは、1970年代の「英国病」が完全に行き詰まった状況で、他に手段がなかったためだ。最大の敵は長期にわたってストライキを繰り返す労働組合、特にその中核である炭鉱労組だった。この点では保守党内の意見は一致していたが、違うのは手法だった。

ヒース首相は保守党の本流だったが、イギリス的な紳士だったので、炭鉱労組との対決を回避した。彼は財政出動で失業とインフレを止めようとしたが、スタグフレーションが悪化し、それを所得政策などの介入で止めようとして党内の反発を呼んだ。おりからの石油危機でイギリス経済が崩壊する大混乱の中で、党内の異端だったサッチャーが「反ヒース」の急先鋒としてかつぎ出されたのだ。

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人類は「集団主義」で生き残った

友達の数は何人?―ダンバー数とつながりの進化心理学
近代社会では個人主義が当たり前で、「集団主義」というのは悪い意味に使われるが、人類の歴史の大部分だった狩猟採集社会では、先祖は数十人の集団で移動しながら生きてきた。集団が滅びると個体も滅びるので、脳には集団主義の感情が遺伝的に組み込まれている。

霊長類が進化で生き残った原因は、大きな集団をつくる脳が発達したことだが、中でも最大の集団をつくるのが人類だ。集団の自然な大きさは脳の新皮質の大きさで決まり、人類の場合は150人だ、というのが「ダンバー数」という著者の説である。これは狩猟採集社会の話なので、現代社会にはもっと大きく複雑な集団があるが、個人が顔を覚えられるのは150人ぐらいが限界だという。

人類の大きな脳は敵と味方を識別し、集団をつくって身を守るために発達したと考えられている。類人猿は「毛づくろい」で集団をつくるが、人類は言葉で集団をつくる。だから猿がしょっちゅう毛づくろいをするように、人間はいつも無意味な噂話をしている。その目的は話の中身ではなく、互いが仲間だと確認することなのだ。

続きは10月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。

戦後の「裏の国体」を代弁した読売新聞の権力ゲーム

渡邉恒雄 メディアと権力 (講談社文庫)
来年10月に消費税が10%に引き上げられるとき、軽減税率が導入される予定だ。圧倒的多数の専門家がこれに反対しているが、マスコミはまったく取り上げない。新聞が軽減税率の対象になっているからだ。これをリードしてきたのは読売新聞であり、その社論を決めるのは92歳の「主筆」である。

こういう点で、読売の影響力は意外に大きい。朝日新聞が戦後日本の「表の国体」を代表したとすれば、読売は自民党を中心とする「裏の国体」の代弁者だった。朝日の左翼的な美辞麗句は、論壇では多数派だったが、政治的には多数派になれなかった。それは既得権を守って現状を維持する、自民党的な日本人の本音をとらえることができなかったからだ。

渡辺恒雄を通じて本書の描く読売の戦後史は、およそジャーナリズムとは縁遠い、政治部と社会部の派閥抗争の歴史だ。渡辺は「番記者」として得た自民党の権力を利用して社内で出世し、社内で得た地位を利用して自民党を動かした。こういうきわどい権力ゲームを演じるのは、特異な才能である。彼もたびたび危機に直面したが、きわどく生き延びた。

続きは10月15日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで。






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