近代天皇の生み出した左翼的ステレオタイプ

近代天皇論 ──「神聖」か、「象徴」か (集英社新書)
本書の前半は言論アリーナでも展開された片山杜秀氏の持論で、そのとき彼が「次の課題」としていた水戸学と天皇の関係はおもしろい。徳川家の副将軍が「日本は神代の昔から天皇のものだ」という(のちに徳川家を倒すことになった)誇大妄想を397巻もの膨大な偽史で立証しようとしたのはなぜか、という謎は昔から歴史家を悩ませてきた。

水戸学の起源に儒学があることは明らかだが、それがどういう経路で光圀の妄想になったのか。片山氏は、中国(明)から亡命してきた朱舜水が光圀に影響を与えたという。このへんは諸説あり、丸山眞男も平泉澄も山崎闇斎が水戸学の元祖だとし、最近では荻生徂徠という説もある。

それはいいとして、後半は島薗進氏の「日本会議がなんちゃら」とか「アベが危ない」みたいなステレオタイプになってしまう。バズビーを根拠にしてICRPを否定する島薗氏のほうが、よほど危ない。彼のように科学も法も踏み超えて大衆の感情に迎合する左翼ポピュリストは、近代天皇の鏡像である。

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戦後左翼の偽造した「8月革命」という仮想現実

丸山眞男と平泉澄—昭和期日本の政治主義
マニアックな話が続いて申し訳ないが、「8月革命」で思い出したのでメモ。この言葉が有名になったのは、丸山眞男の1960年6月12日の講演、「復初の説」である。ここで彼は朱子学の「復性復初」という言葉を使って、安保反対のアジテーションを行なった。
初めにかえれということは、敗戦の直後のあの時点にさかのぼれ、8月15日にさかのぼれということであります(拍手)。私たちが廃墟の中から、新しい日本の建設というものを決意した、あの時点の気持というものを、いつも生かして思い直せ…
ここで「8・15」に比すべき位置づけを与えられているのは、安保条約が可決された「5・19」だが、8月革命に始まった戦後左翼の闘争は、政治運動としては完全な敗北に終わった。勝利したのは、「後楽園球場は満員だ」とうそぶいて全学連のデモを無視した岸信介だった。

左翼が負け続ける原因を、著者はもともと8月革命が仮想現実だったからだと断じる。それは現在の政治から遡及した「革命」であり、偽造された歴史だった。ガラパゴス左翼の守ろうとする「平和憲法」は、世界的にみると無知蒙昧な平和ボケでしかない。それは丸山と対照的に歴史に葬られた平泉澄の偽造した皇国史観と一対をなしている。

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丸山眞男が擁護した「ガラパゴス立憲主義」

偽史の政治学:新日本政治思想史
丸山眞男の死後20年以上たっても、東京女子大の丸山眞男文庫では、彼の録音テープや手書き原稿を刊行する事業が続いている。本書の最終章は、それを利用して丸山の幻の主著『正統と異端』の一部を復元しているが、意外な指摘は、彼の「L正統」という奇妙な概念が、江藤淳の「押しつけ憲法」論への反論だったという話だ。

江藤はポツダム宣言の受諾は「無条件降伏ではなかった」として、アメリカの「属国」になった戦後の日本を批判した。丸山は「8月15日は日本国民が自由な主体になった革命だった」と主張し、それを宮沢俊義が「8月革命」説として憲法を正統化した。これはいまだにガラパゴス憲法学者が信じている荒唐無稽な説で、そんな論理を許したら独裁国家も正統になってしまう。

丸山はその無理を知りつつ、「Legalではないが日本国民が主権者として選択したLegitimateな正統」として憲法を擁護した。保守派が憲法を批判し、リベラルがそれを擁護する「ねじれ」はこのとき始まったが、どちらも事実誤認だった。江藤も丸山も知らなかった(2001年に機密指定を解除された)吉田=ダレス会談の記録で明らかになったのは、新憲法は手続き的には押しつけだったが、実質的には日米の合意だったということである。

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「明治国体論」を批判した北一輝

評伝 北一輝 II - 明治国体論に抗して (中公文庫)
世界的に、リベラルの退潮が目立つ。今年は日本でも、憲法改正など保守派が巻き返すだろう。そのリーダーはもちろん安倍首相だが、彼の歴史認識のコアには、いまだに靖国神社に代表される「明治国体論」があるようにみえる。その矛盾を最初に批判したのは、岸信介が師と仰いだ北一輝だった。

一般には、北は二・二六事件を指導したファシズムの元祖だと思われているが、初期の『国体論及び純正社会主義』は教育勅語を否定し、穂積八束などの天皇大権説を「国体論の中の『天皇』は迷信の捏造による土偶にして天皇に非ず」と強く批判して発禁になった。土偶というのは、彼の表現でいえば「土人部落」である日本で国民をだます偶像のことだ。

天皇は明治政府の国体論者に利用され、万世一系なる迷信で正統化されているので、これを改めて天皇を「国家の機関」として位置づけることが、彼の革命の目的だった。それは国家社会主義というより、レーニンの社会主義に近い。1906年の段階で天皇機関説を唱えていた北が、なぜ二・二六事件で天皇を利用したクーデタを企てたのだろうか?

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カリスマ経営者はギャンブルを続ける

権力と支配 (講談社学術文庫)
来週からスタートするアゴラ政経塾「ポピュリズムの時代」では、トランプに代表されるカリスマ的支配のゆくえを考える。これはウェーバーの造語だが、カリスマは非日常的な天才であり、制度的に設計できない。国家権力を法律で制度化しても、カリスマの精神的権威は制度化できないので、アメリカ大統領は1年近い予備選と本選挙で選ばれる。大統領の法的権限は弱いが、彼のシンボリックな求心力が国家を統合しているのだ。

これは企業経営で、創業者がカリスマ的な支配力をもっているのと同じだ。経済学の言葉でいうと、例外状態についての残余コントロール権をもっていることがカリスマの条件である。これはカール・シュミットの言葉でいうと「主権者」で、定義によって非日常的な存在だから、日常化するとカリスマ的な魅力を失う。

このようなカリスマの日常化は、国家にとっても企業にとっても大きな試練だ。国家の場合はトランプのように次々に事件を起こして求心力を保つが、企業の場合は次々に大きなギャンブルをする。それ自体は悪いことではないが、あまりにもカリスマ性が強いと、まわりが誰も止められなくなる。その典型が、東芝の西田厚聡社長だった。

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資本主義より「ましな経済システム」はあるのか

株式会社の終焉
水野和夫氏のメッセージは、一貫して「反成長」である。これは成長が鈍化するという事実認識だけでなく、成長を追求すべきではないという価値観も示している。私は前半には同意するが、後半には賛成できない。

今の世界経済の成長は新興国に依存しており、そのキャッチアップが終わると成長率は低下するだろう。それは多くの経済学者が予想しているが、水野氏は「より速く、より遠く、より合理的に」という資本主義の原理をやめるべきだという。

やめてどうするのか、という問いに具体的な答はない。「それは前向きの話ではない」という批判には、あとがきで「それがどうかしたのか」と反問して「コペルニクスも前向きの解決策を示さなかった」というが、これはおかしい。コペルニクスは天動説に対して地動説という理論を出したのだから、水野氏も(少なくとも理論的には)資本主義よりましな経済システムが存在すると証明しない限り、やめたら社会主義のような地獄になるだけだ。

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ポピュリズムの創始者ルソー

社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫)
ルソーは「フランス革命を生んだ近代民主主義の創始者」として知られているが、本書を読むと、どこが民主主義かわからない。本書の中心概念である一般意志は意味不明な言葉で、普通の民主制のように選挙で選ばれる代表ではない。そもそも「社会契約」は対等な契約ではなく、「一般意志への服従を拒む者は、団体全体によってそれに服従するように強制される」。

一般意志は、ルソーのイメージではジュネーブのような都市国家の独裁者で、直接民主制で選ばれるとも解釈できるが、多数決で決まるわけではない。バートランド・ラッセルは『西洋哲学史』で「ヒトラーはルソーの帰結であり、ルーズベルトやチャーチルはジョン・ロックの帰結である」と酷評した。ルソーは、ポピュリズムの創始者なのだ。

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明治憲法は「有罪」か

明治憲法の思想 日本の国柄とは何か PHP新書
憲法論議の中で、自民党案に対して「明治憲法に戻すものだ」といった批判がよくある。ここでは明治憲法=悪ということになっているが、著者はこれを否定し、明治憲法が「護憲派」のいうような絶対君主制ではなく、内容的には今の憲法とあまり変わらない立憲君主制だったという。

本書も憲法の起草における井上毅の役割に注目し、彼の原案に「シラス」という言葉があったことを重視している。これが日本の伝統的な「国柄」だと著者はいうが、露骨にいえば国体だろう。constitutionの訳語としては「憲法」より「国体」がふさわしい。

著者は(井上に従って)シラスという受動的な統治の起源を古代の天皇に求め、それを「国民を私的に支配する」という意味のウシハクと対立させている。これは学問的には根拠がないが、少なくとも江戸時代から続く「日本型デモクラシー」の主観的な根拠だろう。著者は安倍首相に近いので、これが彼の国体についてのイメージかもしれない。

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戦前日本の「グローバリズム」

戦前日本の「グローバリズム」 一九三〇年代の教訓 (新潮選書)
冷戦後しばらく続いた「リベラルな国際主義」の時代が終わり、世界は1930年代のような孤立主義と保護主義の時代に向かっている。いまだに「日独伊がブロック経済化してファシズムが生まれた」などという人々がいるようだが、これは逆だ。

英米は1920年代からブロック化を進め、30年にアメリカはスムート=ホーリー法で保護貿易を拡大し、32年にイギリスは帝国特恵関税制度でスターリング・ブロックを形成した。これに対して日本政府は国際協調主義で自由貿易を維持しようとしたが、陸軍は満蒙を「生命線」として満州事変を開始した。

外務省は国際連盟に残留しようとしたが、石原莞爾は錦州爆撃を行なって「国際連盟を爆撃した」と豪語した。日本の「グローバリズム」は挫折し、全権代表の松岡洋右は連盟を脱退するとき「失敗した」とつぶやいたが、新聞は彼を英雄として迎えたのだ。

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トランプはヒトラーになるか

ブラックアース(上) ―― ホロコーストの歴史と警告
NYタイムズに、ハーバード大学の2人の教授が「トランプはデモクラシーへの脅威か?」と題する論文を書いている。答はもちろんイエスである。NYTにもハーバードにも、それ以外の答は最初からありえない。

彼らは合衆国憲法が大統領の権限を制約しているため法案も予算も出せないことを認めながら、トランプがヒトラーに似ているとほのめかすが、「ヒトラー」とか「ファシスト」という言葉は(訴訟を恐れて)使わない。

しかしヒトラーは、トランプのような間抜けなオヤジではなく、それなりに一貫した思想家だった。ユダヤ人の殲滅は優生学という「科学」にもとづく世界史的な事業で、共産主義との戦いはその手段にすぎなかった。「ロシア革命はユダヤ人の陰謀だ」という見方は、当初はチャーチルやウッドロー・ウィルソンとも共通していた。

歴史上、ナチス・ドイツのような大惨事が起こるのは、ヒトラーやレーニンのように狂った人物が軍事的な権力を取って思想的な権威をもったときだが、トランプには一貫した思想も権威もない。よくも悪くもアメリカ人は(キリスト教以外の)思想とは無縁であり、それがファシズムの歯止めになっている。

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