安倍晋三氏の死去で驚いたのは、それを公然と祝賀する人が多いことだ。反原発派として有名だった小出裕章氏(元京大助手)はこう書く。

アベさんにはこれ以上の悪行を積む前に死んでほしいとは思ったが、殺していいとは思っていなかった。悪行についての責任を取らせることができないまま彼が殺されてしまったことをむしろ残念に思う。多くの人が「民主主義社会では許されない蛮行」と言うが、私はその意見に与しない。

これにFacebookで5000以上も「おすすめ」がついている。最近では安倍氏以外の政治家に、ここまで憎まれた人はいない。彼はそういうリスクを承知の上で「右寄り」のポジションを取ったのだろう。それは彼の世代(私と同じ)では特異な感覚で、岸信介の孫という使命感が強かったのだと思う。

岸と統一教会が深い関係にあったことは周知の事実だが、これには特殊な要因があった。それは彼を支えたのが、戦後日本の裏の国体だったことだ。拙著でも書いたように、丸山眞男が戦後日本の「表の国体」を体現したとすれば、その「裏の国体」を体現したのが岸だった。

韓国とつながっていた「反共」の人脈と金脈

平和憲法という表の国体で国を守ることはできないので、現実に国家権力の基盤になったのは、日米同盟という裏の国体だった。それを守るイデオロギーが反共だった。共産主義は、全学連(ブント)が暴力革命を公言していた当時は、リアルな脅威だった。

しかし日米同盟だけでは国内の治安維持には不十分だった。1960年の安保条約改正のとき、国会にデモ隊が乱入し、女子学生が死亡する事故が起こって、岸は退陣した。このとき彼は自衛隊を出動させようとしたが反対され、警官隊がデモ隊を阻止できずに国会内に入れてしまった。

占領軍が警察を解体して都道府県警に分散したため、国内秩序を守るには、反社会的勢力を使わざるをえなかった。岸は児玉誉士夫や笹川良一などの資金を利用し、CIAの工作資金まで使った(これは公文書で明らかになっている)。反共は国内に共産主義が浸透する間接侵略に対する防波堤の意味があったのだ。

統一教会は朴正熙の軍事政権やKCIAとつながっており、そのルートで岸とも深い関係ができた。組織暴力団も「反共」を標榜し、一時期は警察を補完する役割を果たした。そういう「裏の社会」を使いこなすことが、政界でも財界でも重要だった。

しかし1990年代に冷戦が終わり、こうした反共勢力の必要はなくなった。統一教会の勢力も90年代に集団結婚式をやったころがピークで、その後は自民党との関係も弱まった。岸が統一教会と一緒につくった国際勝共連合も、ほとんど実態がなくなった。

その意味では、2010年代に安倍氏が「裏の国体」だった日米同盟を表に出し、法的に位置づけた意義は大きい。国内でも警察力が整備され、反社によって治安を維持する必要はなくなった。そんな時期に、警察力の間隙をぬって今回の事件が起こったのは皮肉である。