大東亜戦争肯定論 (中公文庫)
ウクライナ戦争をめぐっては「憲法9条で日本を守れ」という話は出てこない。さすがに空想的平和主義の賞味期限も切れたようだが、それに代わる物語がない。いま人気があるのは『日本国紀』のような右翼史観だが、そのネタ元は1964年に出た本書である。

その歴史観は、明治以来の歴史を西洋の外圧に対する自衛戦争と位置づける点で一貫している。出発点は明治維新より20年前、ペリーが来航したころである。1953年に黒船が来たときは、日本がアメリカの植民地になる確率は低くなかったが、幸運にもアメリカでは南北戦争が始まり、日本は植民地化をまぬがれた。

尊王攘夷論は、このような侵略の脅威に対抗するナショナリズムだった。明治以降の戦争も、日清戦争は近代化に失敗した朝鮮を清の支配から救う戦争で、日露戦争は朝鮮をロシアから守る戦争だった。朝鮮半島は今のウクライナのようなもので、それを守ることが自衛に必要だという状況認識は、伊藤博文から福沢諭吉に至るまで同じだった。

問題は満州である。これが日中戦争から日米戦争に至る「15年戦争」の発端だというのが、戦後の歴史学の主流だったが、著者はこれを否定し、満州事変はアジアを解放する東亜百年戦争のハイライトだったという。それを正当化する論理は、かなりアクロバティックである。

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