日本の先史時代-旧石器・縄文・弥生・古墳時代を読みなおす (中公新書 2654)
弥生時代という時代区分は、かなり適当なものだ。そのもとになった「弥生式土器」という命名は、本郷弥生町で最初にみつかったというだけの話で、その時代を「弥生時代」と呼ぶ根拠もあやしい。それはかつて紀元前500年ごろからといわれたが、最近では紀元前1000年ごろ始まったとされている。

その区分も土器の特徴ではなく、水田稲作とともに弥生時代が始まったというのが最近の考え方である。これはアジアの中でも日本に特徴的で、大陸では畑作が中心で、熱帯から稲作が北上したが、水田という複雑な耕作はかなり後になってできた。

ところが日本では、畑作とほぼ同時に水田稲作が始まり、それが中心になった。これは徐々に発展したのではなく、大陸から輸入されたとみるべきだろう。水田は日本の土地柄(やせていて雑草が多い)に適していたこともあるのだろうが、縄文時代に定着した定住社会に適していたことも原因だろう。

潅漑が必要で、田植えなどの共同作業を要する水田は、人口の流動的な土地では発達しない。先祖代々同じ土地を守る家族が協力しないと成り立たず、イネがとれれば1年それで暮らせる。つまり水田というサンクコストの大きな耕作方式なので、途中でexitできず、他人と話し合わないとうまく行かない。これが日本の平和の一つの原因だろう。

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