散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)
マリウポリの戦いで、沖縄戦を引き合いに出して「もっと早く投降すべきだった」といった橋下徹氏は、つくづく戦争を知らないんだなと思った。沖縄で日本軍がすぐ投降したら米軍は九州に上陸し、本土決戦でもっと大きな犠牲が出ただろう。

沖縄戦の直前の硫黄島もそうだった。1944年6月にサイパン島が陥落してB29が東京を爆撃できるようになったとき、日本が挽回できる見通しはなくなったので、日本政府は降伏すべきだったが、東條首相は時間稼ぎの戦いを繰り返した。それは戦略的には不合理だが、本土の民間人を救う戦いだった。

栗林忠道は硫黄島の司令官として2万の兵をひきいて戦い、米軍を震撼させた。5日で終わる予定だった硫黄島上陸作戦は36日に及び、米軍の死傷者は2万8000人で、日本軍より多かった。日本軍は全滅したが、米軍は栗林を高く評価し、硫黄島の戦いは2006年に映画化された。



栗林の作戦の特徴は、バンザイ突撃などの無駄な犠牲を出さず、地下壕にもぐって生き残り、敵に最大の打撃を与えることだった。もとより敗戦が確実であることは承知していたが、彼は「子供らが日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら、この島を守る一日には意味がある」と考えたのだ。

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