東大入学式の河瀬直美氏の祝辞が問題になっている。この祝辞は全文を読んでも、悪文で論旨が不明だが、問題になったのは次の部分である。

例えば「ロシア」という国を悪者にすることは簡単である。けれどもその国の正義がウクライナの正義とぶつかり合っているのだとしたら、それを止めるにはどうすればいいのか。

なぜこのようなことが起こってしまっているのか。一方的な側からの意見に左右されてものの本質を見誤ってはいないだろうか?誤解を恐れずに言うと「悪」を存在させることで、私は安心していないだろうか?

自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性があるということを自覚しておく必要があるのです。そうすることで、自らの中に自制心を持って、それを拒否することを選択したいと想います。

これは「節分には「福はウチ、鬼もウチ」という掛け声で、鬼を外へ追いやらない」という寺の話を受けているので、一般論として寛容や価値相対主義を述べているだけとも解釈できるが、「自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性がある」という言葉には政治的意図がある。

論理的には「ロシアにもウクライナにもそれぞれの正義がある」という命題は正しい。それは「強盗にも被害者にもそれぞれの正義がある」という命題が正しいのと同じである。それではなぜロシアの行動は「悪」なのか? それは河瀬氏の考えているほど簡単なことではない。

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