カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)
ウクライナを侵略する直前のプーチン演説を聞いて、なぜかドストエフスキーを思い出した。KGB出身らしい鋭い目つき。無表情で抑揚のない語調。そして「ネオナチの脅威からロシア系住民を守る」という空疎な(たぶん本人も信じていない)内容。

そこから連想したのは、『カラマーゾフの兄弟』の中の有名な劇中劇「大審問官」である。異端審問の嵐の吹き荒れる中世のスペインに、奇蹟で死者をよみがえらせる「彼」があらわれる。人々は彼をイエス・キリストの再臨として歓迎するが、異端審問官は彼を投獄する。その夜、審問官は牢獄を訪れ、彼に告白する。
われわれはこの仕事を、最後までやり遂げたのだ。おまえのためだ。15世紀間、われわれはこの自由を相手に苦しんできたが、いまやその苦しみかも終わった。彼らは自分からすすんでその自由をわれわれに差しだし、おとなしくわれわれの足もとに捧げた。

ウクライナの人民も、西欧から押しつけられた自由主義に苦しんでいる。プーチンという大審問官は、人民を服従させてその苦しみを終わらせ、彼らを自由という牢獄から救い出すのだ。
おまえは自由の約束とやらをたずさえたまま、手ぶらで向かっている。ところが人間は単純で、生まれつき恥知らずときているから、その約束の意味がわからずに、かえっておののくばかりだった。なぜなら人間にとって、人間社会にとって、自由ほど耐えがたいものはいまだかつて何もなかったからだ!

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