ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)
プーチンを見て連想するのは、レーニンやスターリンである。1990年代に冷戦は終わったと思われているが、現在のロシアとソ連には相違点より共通点のほうが多い。10月革命はマルクスやエンゲルスの理想とした共産主義とはほとんど関係なく、ツァーリをボリシェヴィキに置き換えたクーデタだった。

帝政ロシアが第1次大戦で崩壊した無秩序状態でボリシェヴィキが出てきたというのも逆である。1905年の革命でストルイピンなどの改革がそれなりに成功し、軍備が近代化されて総力戦体制ができ、戦争でナショナリズム(民族主義)が昂揚した。だがロマノフ朝は多くの民族を抱える帝国だったので、各地の民族が自立するとツァーリの求心力が弱まり、地方に農産物が退蔵され、首都に食糧危機が起こって帝政が崩壊した。

各地に生まれた革命勢力は、多かれ少なかれ社会主義的だったが、ロシアのインテリの多くは西欧の自由主義にあこがれており、ボリシェヴィキのように暴力革命をめざす勢力は少数派だった。しかし戦時体制が社会全体を「一つの工場」にするという戦時共産主義にリアリティを与え、レーニンは反対派を暴力で排除して権力を確立した。

だからロシアのような後進国で革命が成功したのは逆説ではなく、むしろ西欧的な自由主義も法の支配も欠如していたから成功したのだ。その原動力はマルクス=レーニン主義の理論ではなく、農民が分裂する民族を再統合する新しいツァーリの役割をボリシェヴィキに期待したからだ。その伝統は、プーチンまで継承されている。

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