世界的なインフレの短期的な原因は、コロナ後の景気回復にともなう半導体などのサプライチェーンの混乱だが、これはいずれ市場メカニズムで調整される。問題はそういう攪乱要因がなくなったあともインフレが続くのかということだ。

その原因は電力自由化(発送電分離)と脱炭素化である。発送電を分離して短期限界費用だけで電力卸価格を決め、FITで再エネを全量買い取る義務を送電会社に負わせると、変動費ゼロの再エネが有利になる。火力の操業率が落ちるため発電会社は限界費用の高い火力を廃止し、供給が不安定になる。これを安定化するコストがシステム統合費用である。

これはテクニカルな話のようにみえるが、電力のように固定費の大きい産業では、産業構造を変えるぐらい影響が大きい。再エネTFなどが主張するようにサンクコストを無視して限界費用だけで価格をつけると、設備投資が回収できないので、発電会社は火力発電所を廃止する。これは経済学でホールドアップ問題としてよく知られている。

サンクコストの無視が過少投資をもたらす

これを超簡単なモデルで定式化してみよう(拙著の補論A参照)。

電力が自由化され、発電会社と送電会社が完全に分離された世界を考える。送電会社は発電会社から火力発電の卸電力をR(x)で買う長期契約を結ぶとする。このとき送電会社の利益π、発電会社のコストをCとし、発電量をxとすると、両社の利益の合計Wは

 W=R(x)-C(x)

この利益を1/2ずつわける完備契約を結ぶと、両社の利益はR(x)/2ずつとなるので、Wを最大化する1階の条件は、RとCを凹関数とすると、これを満たす最善の投資水準x^は

 R'(x^)=C'(x^)

ところが第1期に発電会社が投資C(x)を行ったあと、再エネのコストが安くなったので、送電会社が卸電力の価格について「値下げしないと契約を破棄する」という再交渉を行ったと考えよう。

このときすでに発電会社は火力への投資を完了してサンクコストになっているので、発電会社は電力が売れると収入R(x)を得るが、送電会社が「再エネのほうが安いので買わない」と契約を破棄すると、利益はゼロになる。

これがホールドアップ問題である。両社の交渉力が同じで、その事後的な利益を二等分すると考えると、発電会社の利益πは

 π=R(x)/2-C(x)

だから、πを最大化するx*は

 R'(x*)/2=C(x*)

R(x)は凹関数なので、x*は最適水準x^より小さい。つまり火力発電に投資してから卸値が下がると発電会社は損するので、投資を削減する過少投資が起こる。それが現実に起こっている問題である。

電力自由化の見直しが必要だ

これは不完備契約理論でよく知られており、最適水準を実現する方法は存在しないが、次善の方法としては垂直統合がある。送電会社が発電会社を買収してWを最大化すれば、全体最適が実現できるからだ。これが昔の総括原価主義である。

しかしこれによって市場が独占されると、送電会社が過大な価格を設定するので、投資を効率化するために発電会社と分離して競争させるのが電力自由化である。これは火力発電のように発電と送電の独立性が高い場合はホールドアップ問題が発生しないので、次善の投資水準を実現できる。

しかし再エネのようにベースロード電源との補完性が高くなると、悪天候の日や夜間は火力や原子力がないと送電できないが、送電会社は送電義務を負う。特に自前の発電設備をもっていない新電力は、どんな高価格になっても買うしかないので、ホールドアップ問題が発生する。この問題を解決する方法は、理論的には三つある。

第一は電力自由化を巻き戻し、昔のように送電会社が発電会社をすべて垂直統合することだが、これは政治的に不可能だろう。

第二は蓄電技術に大規模な投資を行い、天気の悪い日も再エネで発電できるようにして、発電部門の独立性を高めることだ。これは水素やアンモニアを蓄電媒体に使えば不可能ではないが、そのコストは現状では100円/kWhをはるかに超える。これが火力並みの10円台になる日が来るとは思えない。

第三はシステム統合費用を発電費用に課金することだ。再エネ企業が古い火力を保有して、足りなくなったら動かす。そのコストは再エネが負担する。これが容量市場の発想だが、河野太郎氏などの再エネ議連が反対して進んでいない。エネ庁は大手電力に事実上の供給責任を負わせたまま、「2030年までに石炭火力を100基減らせ」などといっている。

この状況が変わるのは、ウクライナで戦争が勃発してLNGの価格が今の10倍ぐらいになり、東京大停電が起こるときだろう。それは電力自由化した国では必ず起こることで、日本だけが例外とは思えない。

統合費用を含む非化石電源として最低コストなのは原子力であり、2100年にはほとんどの電力は(核融合を含む)原子力になるだろう。原発が政治的に受け入れられるまで、電機メーカーにがんばってもらうしかない。