可能なるアナキズム──マルセル・モースと贈与のモラル
日本人の脳内に古代から続く「古層」があるという丸山眞男の説は、「検証不能な印象論だ」と実証主義の歴史学者には評判が悪いが、最近の行動経済学の「システム1」の概念と共通する面がある。これは最近の生物学や人類学で検証できるようになってきた。

ただその中にも2層ある。最下層の「第1層」にあるのは、文字通りの遺伝子(DNA)である。ホモ・サピエンスの歴史のほとんどは狩猟採集生活だったので、われわれの脳は移動生活に適した構造になっている。たとえば子供がしつけないと排泄の始末ができないのは、狩猟採集民が移動して生活していたので、排泄物をコントロールする本能が欠けているためだろう。

定住して農耕を始めるようになると、その上の「第2層」には定住に適した文化的遺伝子が発達したと思われる。モースが『贈与論』で探究した贈与は、このような文化的遺伝子だと思われる。なぜならその具体的な表現は部族によってさまざまで、遺伝的に決定されていないからだ。

たとえばアメリカ原住民の「ポトラッチ」と呼ばれる大規模な贈与は、儀式に招待した客に家に貯蔵した食物をすべてふるまったり、財産を村中に配ったりする。これは食糧を平等にわけるシステムといわれたが、それだけでは宴会で食物を使い果たしてしまう浪費は説明できない。

モースはこれを「対立しながらも殺戮し合わないようにする」ためのしくみだと考えた。つまり互いに贈り物をして相互依存的な「貸し借り」をつくり、部族の平和を維持するシステムだというのだ。

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