くらしのアナキズム
日本人にアナーキズムの傾向があるという話は昔からある。柳田国男は、狩猟採集民の生活様式を残す「山人」の姿を描き、網野善彦は農村共同体を超えて移動する「無縁の民」の中に日本人の原型を見出した。

グレーバーも指摘するように、ホモ・サピエンスの歴史の99%以上は狩猟採集社会であり、そこには国家がなかったので、人類の歴史はアナーキーだった。

この言葉には「無政府主義」とか「テロリズム」といった暗いイメージがついて回るが、実際の狩猟採集社会(人類学者の記録した未開社会)は、無秩序とは正反対である。たとえばレヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』で描いたナンビクワラ族の首長は、部族の会合で命令せず、意見が違うときは徹底的に他人を説得し、全員一致するまで意思決定はしない。

このように全員一致の合意なしでは決定しない傾向は、日本の民俗学者の調査した村も同じだ。宮本常一が調査した対馬の寄合でも、村の古文書を貸してほしいという依頼に対して、3日にわたって話し合いが続けられ、全員が納得して初めて貸してくれたという。

これは現代の自民党総務会も同じである。多数決はとらず、全員が納得するまで話し合う。どうしても同意できない人は、会合から抜けて決定に参加しない。日本人にとっては民主主義とは多数決ではなく満場一致だが、それは人類史の中では普遍的なルールだった。

続きは12月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)