The Dawn of Everything: A New History of Humanity (English Edition)
社会をホッブズのように「万人の万人に対する戦い」とみるか、ルソーのように「高貴なる未開人」の堕落とみるかは、人生観の違いだろう。最近は政治史を戦争の歴史として描くフクヤマや、文明を暴力からの脱却として描くピンカーのようなホッブズ派(性悪説)が主流である。

彼らの議論の出発点は、石器時代の人類の最大の死因は殺人だったという考古学のデータである。ホモ・サピエンスは20万年前から戦争を繰り返しており、平均15%が殺されたという。文明を築いたのは、王が多くの民衆を支配する国家だった。

Graeber-Wengrowはこの通説に挑戦し、実証データをもとにして、性善説で人類の歴史を描く。その大部分を占める狩猟採集社会では、戦争は少なかった。他の部族と戦争するより、強い相手から逃げるほうが楽だからだ。戦争が増えたのは定住社会になってからだが、黄河文明にもメソポタミア文明にもインダス文明にも初期には国家はなく、王もいなかった。

合法的な暴力装置というウェーバーの意味での国家は、ヨーロッパのローカルな現象であり、ホモ・サピエンスの歴史の1/100にもならない。暴力の強い国が戦争に勝利し、彼らに都合よく歴史を書いただけで、人類が暴力的な動物だというわけではない。人類は協力する動物であり、国家をきらうアナーキストなのだ。

戦争は定住社会の現象

グレーバーは昨年9月に59歳で急死したが、世界でもっとも有名なアナーキストだった。本書は実証的な立場から、フクヤマやピンカーなどの使った2次資料はバイアスがあると批判している。これは山極寿一氏も指摘している。

化石全体をみると頭蓋骨の損傷率はそれほど高くない。損傷した頭蓋骨だけをみると人為的につけられた傷が多いが、それは特殊な人骨だけを見たからだ。普通の頭蓋骨は論文にならないので、学会報告に出てこない。

旧石器時代には暴力による死亡率は約10%だったが、新石器時代に増え、紀元前500年ごろには約30%に増えた。その原因は、遊牧民が農耕民を襲撃するようになったためだ。この説明はスコットと同じである。

戦争に勝った国家が歴史を書いた

人類の大部分は移動民であり、定住民に寄生していた。1年かけてつくった穀物を収穫期に襲撃して奪う遊牧民は、農民より圧倒的に有利である。メソポタミアではこういう略奪が毎年繰り返され、中国の王朝の大部分は遊牧民の「征服王朝」だった。

ローマ帝国を滅ぼしたゲルマン人も遊牧民であり、ヨーロッパ人はその末裔である。船が発達してからは海賊がもっとも効率の高いビジネスになったが、その末裔がイギリス人である。最終的に戦争に勝った国家が歴史を書いた。文字は国家とともに始まったからだ。

国家がなくても文明はできる。日本の三内丸山遺跡(紀元前3000年ごろ)では、国家なしで住居や墓地が建設された。日本人はほとんど大きな戦争を経験しないで、日本列島全体に文化を築いた。強い指導者をきらい、ボトムアップでものを決める日本人の習性は、意外に普遍的なのかもしれない。

そこから「現代でもアナーキズムは可能だ」というグレーバーの主張は飛躍が大きいが、主権国家やデモクラシーは戦争に最適化した制度なので、コストが重すぎる。人々を自由にする新しい文明は、都市国家なのかもしれない。