The Theory of Corporate Finance
岸田政権の「新しい資本主義」が何を意味するのかよくわからないが、新しい資本主義実現会議の資料を読むと、少なくとも事務局はこれをステイクホルダー資本主義と理解しているようだ。

この資料は内閣府審議官の新原浩朗氏(元経産省産業政策局長)が書いたといわれる。ここでは首相の意図を忖度し、2001年のティロールの論文が「企業は株主価値を最大化するものという伝統的な考え方に対して、ステークホルダー全体を考慮すべきとの考え方を提示」していると書いている。

これだと経済学は株主の利益しか考えない偏狭な学問みたいだが、これはお門違いである。このティロールの教科書(2006年)を読めばわかるように、経営インセンティブ理論の目的は、もともと経営者や労働者を含む全ステイクホルダーの利益の最大化である。

しかし全員の同意で意思決定する企業が、全員の利益を最大化するとは限らない。それは次のような欠陥があるからだ。

 ・利益の配分を契約で決められない
 ・意思決定が行き詰まる
 ・経営陣に明確な目的がない

これに対して株主がすべて決める株主資本主義はバイアスがあるが、GAFAMやソフトバンクやユニクロのように、最近はステイクホルダー型より高いパフォーマンスを上げている。それはなぜだろうか?

Voiceからexitへ

その答はティロールの整理に従うと、企業ガバナンスの重点がvoiceからexitに移ったらだ。一般論としては、移動しにくい(サンクコストになりやすい)資源をガバナンスで守り、移動しやすい資源は契約ベースで取引することが合理的だ。

株主資本主義は、英米型の生産要素が移動しやすい社会に向いている。経営者が株主の利益を無視したら株式を売り、労働者の賃上げをしなかったら会社をやめればいいからだ。そういうexitオプションの広い社会では、みんなの同意をえないで独裁的な資本家が経営する19世紀型の資本主義が効率的になる。

他方、日本のように銀行融資の比率が高いと、経営がおかしくなっても銀行はexitできないので、経営に介入する。労働者も長期雇用で会社をやめるオプションがないので、労使協調の労働組合の影響が強く、雇用を大事にする調整型の経営者が出世する。

いま世界的に起こっている変化は、企業のコアが人的資産からソフトウェアのような無形資産に移り、その移動性が高まったことだ。たとえばグーグルもマイクロソフトも、本社機能はアイルランドにある。法人税率が12.5%と、アメリカの半分以下だからだ。

人的資産をコアとする製造業では、こうは行かない。日本の製造業もこの20年で海外に拠点を移したが、国内では依然としてexitに対する禁忌が強いので、国内の賃金は上がらない。岸田政権のような温情主義は、結果的に日本企業の国際競争力を劣化させ、分配の原資を減らすのだ。