武士とはなにか 中世の王権を読み解く (角川ソフィア文庫)
日本社会には、古代から一貫して小規模な集団を超える権力を拒否する日本的アナーキズムともいうべき傾向がみられる。その一部は小集団を守る遺伝的な集団主義(利他主義)かもしれないが、大部分は日本人の文化的遺伝子だろう。

古代には、律令制でも荘園でも農民は自律的な集団ではなく、領主の提供する土地や農業技術なしで生活することはできなかった。それが中世から自律性が高まり、「加持子」と呼ばれる余剰農産物を地元に貯蔵できるようになった。

このとき荘園領主と戦って農作物を守ったのが初期の一揆だが、土地の所有権は明確なものではなかったので、一つの土地を複数の領主が支配するリゾーム的な支配構造になっていたと著者はいう。

このように所有権の重複している状態は「職(しき)の体系」と呼ばれる。経済学でいうとアンチコモンズだが、この状態は不安定で、紛争が起こりやすい。農民は村(惣村)を結成し、土地を支配する領主と戦った。リゾームには特定の支配者や指導者はなく、初期に「一味同心」を団結させたのは神仏だった。

それに対して、神仏の代わりに武士が一揆の支配者になったのが戦国大名だった。ここでは領主によるツリー状の「家」ができた。それは命令系統が確立していたので戦争に適しており、一向一揆や島原の乱などを通じて、ボトムアップのリゾームからトップダウンの家が主流になった。

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