昭和陸軍の軌跡 - 永田鉄山の構想とその分岐 (中公新書)
本書は今日では陸軍についての古典といってもいいが、最初読んだときは、固有名詞がたくさん出てきて、それを覚えないとあとの話がわからなくて困った。陸軍の意思決定がすべて「**さんがいうことだから」という人間関係で決まっていたからだ。

昭和に入ってからの陸軍は、それまでとは違う組織になった。明治の陸軍は薩長の武士だったが、大正期にその世代は引退した。1921年にドイツのバーデン・バーデンで、永田鉄山、小畑敏四郎、岡村寧次の3人が、長州閥を打破して国家総動員体制をつくる誓いを結んだ。これが昭和陸軍の誕生である。

そこから統制派と皇道派の派閥抗争が始まり、1935年の永田暗殺事件に至る。二・二六事件の後は粛軍人事で皇道派が排除されたが、統制派の中で武藤章や田中新一のような強硬派が実権を握り、石原は日中戦争に反対したが武藤が強行し、武藤は日米開戦には反対だったが田中が強行する…というように次第に強硬派に主導権が移った。

昭和陸軍の意思決定は、統制派の20人余りのグループの中で引き継がれ、彼らの微妙な方針の違いが、軍全体の戦略を決めた。チャンドラーの「組織は戦略に従う」という言葉とは逆に、統制派という組織が戦略を決めたのだ。

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