カーボンニュートラル革命
本書は菅政権の打ち出した「2050年カーボンニュートラル」にあやかって出てきた本だが、ほとんど一次情報がなく、ネット検索で読める話の切り貼りだ。冒頭の「不名誉な化石賞」のくだりから笑わせる。

これはCOPのたびに環境NGOが会場の片隅でやる余興で、日本以外のマスコミは報じない。世界最大のCO2排出国は中国だが、化石賞は授与されない。中国が環境NGOに多額の資金援助をしているからだ。

日本のCO2排出量が多いのは原発が止まっているからだが、猪瀬氏は「原発一本足打法」を非難し、「カーボンニュートラル革命」を提唱する。脱炭素の手段からなぜ原発を除外するのか。「再エネ一本足打法」でカーボンニュートラルは可能なのか。可能だとしたら、国民負担はいくらになるのか。

本書のどこにもその数字はないが、IEAの計算では化石燃料への投資をゼロにし、(電力だけでなく熱供給を含む)全エネルギーの90%を再エネで供給するには250ドル/トンの炭素税が必要だ。これは日本では毎年36兆円、消費税17%分である。

ところが猪瀬氏はそういうコスト計算をまったくしないで「産業革命以来の大変革」を語る。その大言壮語は、彼の好きな戦争の比喩でいうと「大東亜共栄圏」の理想を語って青年将校を煽動した大川周明に近い。

途上国の「産業革命」が地球を救う

今のカーボンニュートラルも、大川と似たような誇大妄想だが、その盲点はまずカーボンニュートラルは経済的に可能なのかということだ。IEAもいうようにそれは技術的には不可能ではないが、そのためには先進国のGDPを10%以上下げる必要があり、途上国は成長の手段である化石燃料を奪われる。

日本についていえば、RITEの試算のようにカーボンニュートラルで電力コストは2倍以上になり、再エネ100%では4倍になる。その効果は、100年後の地球の温度を0.01%下げるだけだ。

第2に、国民はカーボンニュートラルを望んでいるのかということだ。100年後に生きている人はまずいないので、2050年を考えても、日本では海面が30cm上がることが最大のリスクだろう。日本人がどんな努力をしても、それを防ぐことはできない。

日本のCO2排出量は世界の3%しかないので、日本がCO2排出量をゼロにしても、100年後の地球の平均気温は0.01℃下がるだけだ。そのためには消費税20%ぐらいの炭素税が必要だ。

アメリカ人が地球温暖化を防ぐために負担してもいいと思う金額は、毎年1ドル。カーボンニュートラルに必要な炭素税(4000ドル)とは桁違いだ。猪瀬氏の推奨するSDG投資のキャッシュフローは大幅なマイナスだが、それを埋めるFITのような補助金は出せないのだ。

産業革命は資本家を豊かにしたが、それ以上に労働者を豊かにし、世界の飢餓を減らした。産業革命以降、1日2ドル未満で暮らす最貧層は94%から10%に減り、乳幼児死亡率は43%から4.5%に下がり、自然災害の死者は1/100に減った。途上国にはまだ「産業革命」が必要なのだ。

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猪瀬氏のいうカーボンニュートラル革命は、人々にどんなメリットをもたらすのか。人々は未来の地球の気温のために、どれだけ負担する気があるのか。その負担は政治的に可能なのか――そういうデータは本書になく、日経新聞の切り抜きのような話が続く。このように数字を計算しないで「必勝の信念」があれば戦争に勝てるという妄想が、かつて日本を滅亡に導いたのだ。