バブルの経済理論 低金利、長期停滞、金融劣化
貨幣はバブルである。これは150年前にマルクスが「商品の物神性」として指摘したことだが、今も正しい。1万円札の使用価値は20円しかないので、その価値はバブルだが、人々がそれを1万円の商品と交換する限り続く。中央銀行は「国営バブル」を維持する機関ともいえる。

ゼロ金利の状況では国債も貨幣と同じであり、余剰資金を社会的に循環させる合理的バブルである。これには次のような特徴がある。
  1. 長期金利(r)が名目成長率(g)より低い限りバブルは維持できる
  2. r<gのときバブルは効率的である(将来世代との利害対立が発生しない)
  3. 必要な安全資産の総量は一定なのでバブルは代替する
ここで重要なのは3の条件である。1980年代後半にも、都心の地価は収益還元価格を超え、その利回りはマイナスだったが、それは安全資産として保有された。これをGDP比でみると、90年代以降、土地と国債を合計した安全資産の比率はほとんど変わっていない。つまり土地が国債にバブル代替されただけなのだ。

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バブルの代替(本書より)

国債がこのような安全資産になったのは、実はそう古い話ではない。日本でr<gになったのは、2013年に黒田日銀の量的緩和が始まってからの10年足らずである。この不等式が逆転してr>gになると、国債バブルは終わるのだ。

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長期金利と名目成長率

無能な金融村が国債バブルをつくった

世界的にも2010年代にr<gになったが、日本の国債金利は次の図のように、合理的バブルとして説明できる水準よりはるかに低いはずれ値である。「国債の90%以上は日本の金融機関が保有しているから安全だ」というが、こんな低金利で日本国債のようにリスクの高い債券を買う投資家は邦銀だけなのだ。

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主要国の10年物国債の利回り(ニッセイ基礎研調べ)

それはなぜか、というのは日本経済のパズルである。その一つの答は日銀の量的緩和だが、それだけでは説明できない。債券市場には金利裁定がはたらくので、同じ条件なら(為替レートで換算して)金利の高い国の債券に資金が移動し、世界全体で実質金利が一定になるはずだ。

事実、2010年代後半には欧米で実質金利はほぼ均等化したが、日本の長期金利はゼロに張りついたまま動かない。これは日本国債には裁定が働いていないことを意味する。その原因は、日本の金融機関の資産運用能力の劣化だ、と本書は指摘する。

日本では誰もが国債のリスクはゼロだと信じているので、それが暴落すると、株式や不動産なども暴落する。銀行も取り付けで破綻するので、銀行預金も安全ではない。したがって国債以外の金融資産を保有してもリスクが分散できないので、国債の利回りは財政リスクを反映しないのだ。

高齢化とグローバル化でゼロ金利は終わる

今は国内の貯蓄過剰を財政赤字で相殺する形で政府債務が増えているが、Goodhartなども指摘するように、長期的には高齢化で日本の従属人口が労働人口を上回るので、家計貯蓄率はマイナスになるだろう。

残るのは企業貯蓄の「内部留保」だが、これもグローバル化で減ってゆく状況を考えると、今のようなゼロ金利(r<g)が長く続くとは考えられない。日本の大企業は海外シフトを続けており、日経新聞によれば、2020年末の対外投融資残高は4.8兆ドルと世界でもトップである。

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日本経済新聞より

この投資収益は経常収支では黒字に計上されるが、GDPにも国内の雇用にも貢献しない。これが(大企業中心の)日経平均と低賃金のずれの原因だ。現金を貯め込んで貯蓄過剰の原因になっているのは、国内で投資先のなくなった非製造業の中小企業である。

その生産性が上がらない限り、いくら財政赤字を増やしても日本経済は成長しない。貯蓄不足になると、金利が上がってr>gになり、マイナス成長とインフレの新型スタグフレーションに陥って政府債務が発散するおそれがある。

バブルは過剰な貯蓄を吸収し、有望な企業への投資を促進する点では有益だが、貨幣のように政府が維持しないかぎり、いずれ終わる。問題はそれがゆるやかに収束するか、急激に崩壊するかだが、日本ではまだ国債がバブルだという認識がほとんどないのは危険である。