教養としての社会保障
日本の社会保障は年金も医療も、ほぼ国民皆保険である。これは珍しいことで、アメリカでは公的医療保険がほとんど機能していない。ヨーロッパでも年金は企業中心(日本でいう厚生年金)で、国民年金や国民健保のような全国民が保険に加入する制度は少ない。

国民年金をつくったのは岸信介である。その動機は一種の国家社会主義だったようだが、このときつくらないとできなかっただろう。賦課方式の社会保障は、負担と給付が「助け合い」だという擬制がないと維持できないからだ。アメリカのように所得格差が大きいと、負担が給付よりはるかに大きい富裕層の反対が強く、皆保険にはできない。

国民年金のできた1959年の就業人口は4000万人だったが、そのうち厚生年金に入っていたのは1200万人だけだった。中小企業の労働者は無年金で健康保険もなかったので、そのセーフティネットとして国民年金と国民健保がつくられ、1961年からサービスが始まった。

そのころはみんな貧しく、若者が多かったから、負担が少なかった。それまで大家族で養っていた老人を政府が養う方式は、都市化を進める上で役に立った。核家族化によって、戦前にはほとんど減らなかった農村の人口が急速に減った。この人口移動が、戦後の高度成長のエンジンだった。

それが今、大きな曲がり角にさしかかっている。当初は農民が主な被保険者だった国民年金は、今では非正社員のものになったが、彼らの捕捉率は低く、国民年金の未納率は48%にのぼる。1990年代から増えてきた非正社員は、最高齢で50代になり、「高齢フリーター」が増えている。国民皆保険という「国のかたち」が崩れ始めているのだ。

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