コロナでも原発でも、日本人がゼロリスクを好む傾向は顕著だが、その原因は何だろうか。まずこれがアドホックな観察ではないことをみておこう。図1のように日本の計金融資産に占める現預金の比率は52.8%と先進国では群を抜いて高く、この比率はゼロ金利になってもまったく変わらない。

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図1 ガベージニュースより

この特異なポートフォリオが合理的な資産選択の結果か、それとも文化的なものかという問題は、昔から議論されているが、世界価値観調査の国際比較でも、日本人がリスク回避的だという傾向は確認されている。

これは資産選択理論でおなじみの平均=分散アプローチでいうと、日本人のポートフォリオは、図2の左下に寄った「コーナー解」のような状態で、ここでは限界代替率と資産の最適配分線が接していないので、ポートフォリオが最適化できていない。

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図2 平均=分散アプローチでみた日本人のポートフォリオ

この原因が文化的なものだというと、昔は「思考停止だ」とか「宿命論だ」と批判されたが、最近は文化遺伝子の研究が進んで、実証的な議論ができるようになった。では何が決定的な要因だったのか?

日本人はゼロリスクで大きく損している

第一にいえるのは、定住する傾向の強い国はリスク回避的になるということだ。ヨーロッパの農業のかなりの部分は牧畜で、定期的に移動したが、東アジアは稲作が中心で、1年中おなじ所に住んでいた。こういう地域では新しいリスクを取るインセンティブがなく、共同体の他のメンバーへの同調圧力が働く。

第二に、平和な国ほどリスク回避的になるという傾向である。歴史的にみると、東アジアは相対的に戦争が少なく、日本は特に少なかった。このためリスクを取るより現状を守るほうが安全だった。同じ傾向は中国や韓国にもみられる。

第三に、直系家族の国はリスク回避的になるという傾向だ。日本とドイツにはほとんど共通点がないが、トッドの分類では、どっちも直系家族(親子3代の同居する大家族)が中心だった。これに対して核家族の西欧はリスク愛好的である。

核家族は狩猟採集社会の古い家族形態であり、直系家族は農耕に適応した新しい家族形態だと考えられているので、東アジアが定住社会(農耕社会)であることが、リスク態度に影響を及ぼしているともいえる。特に日本人がリスク回避的なのは、上の三つの要因がそろっているからだろう。

しかしこれによって日本人は大きな損をしている。図3のように日本の70歳以上の世帯が保有する金融資産額は1994年から20年間で横ばいだが、アメリカの同年代はほぼ同期間に3倍に増やしている。

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図3 米英日の家計金融資産(金融庁調べ)

日本人のゼロリスク志向は、かつては銀行預金を通じて低コストの資金を企業に大量に供給して成長のエンジンになったが、今はリスクテイクを阻害して社会の足枷になっている。これを論理的な説得でなおすことは容易ではないが、その機会損失が大きいことは知らせるべきだろう。