財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生
経済学者がMMTを相手にしない原因は、理論として数学的に定式化されていないためだが、それが(数式の読めない)素人に受ける原因だろう。「日銀が国債を買えば政府債務は消える」といった話で「目から鱗が落ちた」という政治家もいるが、これは彼らが無知なだけだ。MMTは本質的に新しい理論ではない。

本書でも「政府と中央銀行のバランスシートは一体だ」とか「国債と通貨は同じだ」といった議論が、いかにも画期的な理論であるかのように書かれているが、こういう話は主流派でも、1990年代からFTPL(物価水準の財政理論)として論じられている。

国債も通貨も、政府の債務という意味では同じである。今は国債が900兆円あるのに対して、マネタリーベースは600兆円なのに、金融理論ではマネタリーベースばかり論じているが、これはゼロ金利になったら役に立たない。通貨をゼロ金利の国債と考え、政府債務全体をコントロールする理論がFTPLである。

ケルトンも「国債の役割は金利を決めることだ」というが、それがどう決まるかは何も書いてない。MMTでは通貨と国債は同じなので(ゼロ以外の)金利はつかないからだ。これがゼロ金利の時代にもてはやされる原因だが、金利が上がったらどうなるかは何もいえない。MMTは数学的に定式化されていないので、その欠陥がわからないが、金利決定式の欠けた劣化版FTPLなのだ。

MMTでは政府に予算制約がない

そこでMMTをあえて数学的に定式化してみよう。FTPLの基本方程式

 物価水準=名目政府債務/財政黒字の現在価値(*)

ここでは政府と中央銀行のB/Sは一体で考え、名目政府債務はマネタリーベースを含むので、日銀が国債を銀行から買い入れても右辺の分子は変わらない。分母は政府の「時価総額」のようなもので、投資家の政府への信頼で決まる。

ここで財政赤字で名目政府債務を増やすと、どうなるだろうか。国債はすべて日銀が買えばいいので、政府に予算制約はないというのがビル・ミッチェルの答だ。インフレ率は政府債務で決まるが、中央銀行がそれを引き受けて相殺してしまうとインフレは起こらない。

中央銀行を通さないで、政府紙幣のようなヘリコプターマネーをばらまくと、(*)式の右辺の分子が増えて財政インフレになる。これは金融的な現象ではないので、それを止める手段は中央銀行にはない。

(*)式は、政府債務の極限はゼロになると想定するNPG条件(ネズミ講の不可能条件)の制約のもとで、政府支出を最適化した結果である。ここでは政府債務は先送りできるが、いずれは(有限の時間で)均衡財政になると考える。

これに対してMMTは「ネズミ講が可能だ」と考えるので制約条件がなく、最適化問題は解けないので、(*)式も成り立たない。これが数学的に定式化できない原因である。

MMTは財政赤字(名目政府債務)をどんどん増やし、インフレになったら止めればいいというが、政府に予算制約はないので、どこで止めるのかわからない。ケルトンは物価は金融政策とは無関係に実体経済の超過需要で決まるというが、それをどうやってコントロールするのか。

これについては、失業者をすべて公務員として雇う雇用保障(JGP)というナンセンスなしくみしかないが、完全雇用でインフレ率がゼロになる保障はないので、ケルトンは「価格統制する」などとアドホックな説明をしている。MMTには、インフレを止めるしくみがないのだ。