イエの問題は奥が深い。これは日本が明治時代に非西洋圏で唯一、自力で近代化できた原因であり、その成長に限界があった原因でもある。梅棹忠夫や村上泰亮が指摘したように、日本社会の構造は中国とは異なり、西欧に似ている。どちらも「封建社会」(最近では社団国家)と呼ばれる分権的な社会が成熟し、その集合体として国家ができた。

しかし戦前の日本の成長率はそれほど高くなかった。図のように一人あたりGDPは明治以来、70年かかってアメリカの4割(対数目盛)ぐらいになっただけで、それにキャッチアップした高度成長は戦後の現象である。なぜ戦後これほど成長したのか、という問題には多くの答があるが、なぜ戦前これほど成長しなかったのか、についてはほとんど答がない。

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その数少ない答が、Hayashi-Prescott(2006)である。彼らの答は単純だ。次の図のように日本の農業人口が1940年まで約1400万人で変わらず、生産性の高い都市への人口移動が起こらなかったからだ。これは近代化とともに人口の都市集中が起こる発展途上国とは異なる日本の特徴だが、なぜ人口移動が起こらなかったのだろうか?

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