ここ1年のコロナ対策で、ECBやヨーロッパ各国の中央銀行では3兆ユーロの政府債務が積み上がっている。これを帳消しにする徳政令を出すべきだ、とピケティなど100人以上の経済学者や政治家が2月5日に提言し、論議を呼んでいる。

もちろんECBのラガルド総裁は「考えられない」と一蹴したが、これは理論的には、それほど荒唐無稽な話ではない。統合政府で考えると、政府の債務は中央銀行の債権なので、帳消しにしても連結の政府債務は変わらない。徳政令でECBは債務超過になるが、ユーロを印刷すればいい。MMTの信じているのとは異なり、自国通貨建てでなくても(関係国が合意すれば)政府債務は帳消しにできるのだ。

日本でも日銀は500兆円以上の国債を保有しているが、それを日銀が売却することはありえない。国債金利も日銀納付金として国庫に納めるので無利子である。償還期限が来てもすべて借り替えに応じれば、徳政令と同じだ。理論的には問題がないようにみえるが、ここには落とし穴がある。

徳政令は「ヘリコプターマネー」

これは統合政府で考えると、政府(財務省+日銀)が国民に現金を渡すヘリコプターマネーと同じである。ターナーもいうように「日銀はすでにヘリマネをやっており、必要なのは正直になることだけだ」。

しかしターナーのヘリマネ提案は、二転三転している。2015年のIMF論文では、ヘリマネはデフレ予想を変えるために1回だけやるものだとしていたが、2016年の著書では、財政ファイナンスは金融政策のオプションとして考えられるという。

この点はシムズのほうが一貫していて、どういう会計処理をしても政府と日銀を合計した名目政府債務(純債務)は変わらないが、国債をインフレで減価させる実質債務のデフォルトが起こると投資家が予想すると財政インフレになる。

しかし財政赤字が増えると将来の税負担が増えるリカードの中立命題で、将来世代の消費が減る。それに対して通貨は返済する必要がないので、徳政令は将来世代の債務を減らして消費を増やすポジティブな効果をもつ。

徳政令は1回で終わらない

問題は、徳政令が政治家のインセンティブに及ぼす影響である。財政赤字を増やしても日銀が帳消しにしてくれるなら、政治家は無限に政府債務を膨張させ、国民もそれを予想してインフレが起こる。

今の安定したインフレ予想は長期金利<名目成長率という状態が長期的に続くという予想に依存している。徳政令でその予想が逆転すると国債が暴落し、

 金利上昇→インフレ→円安→金利上昇

というスパイラルに入ってしまう。この点で「金利>成長率」だと主張しているピケティが徳政令を提案しているのは奇妙である。彼の理論が正しければ、徳政令は金利とインフレのスパイラルをもたらす。イタリアやギリシャでは金利が数十%になって財政が破綻するだろう。徳政令はECBが「イタリアやギリシャは借金の返せない国だ」と烙印を押す結果になるからだ。

日本でも、すでに日銀が国債の50%以上を保有している。銀行は自己資本規制で一定の国債を保有する必要があるので、日銀がこれ以上国債を買うと金利が上がるおそれがある。国債価格が下がって日銀の資産が劣化すると、日銀の保有するETFや不動産に連鎖して、バブル崩壊を誘発する可能性がある。

歴史的にみると徳政令は珍しいものではなく、むしろ借金をちゃんと返す国が例外である。そういう信頼は長年の財政規律で形成されてきたものなので、それを破壊する徳政令は、やはり危険なギャンブルである。