豊田社長の記者会見で印象的なのは、自動車メーカーの国内生産比率が34%しかないことだ。トヨタはまだ「国内300万台」で38%と踏ん張っているが、日産とホンダは16%しかない。

海外生産比率の推移をみると、輸送機械(自動車)の46.9%をトップに、情報通信機械、汎用機械、鉄鋼など、かつて日本の輸出産業だった部門の海外生産比率が20%を超えている。

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海外事業活動基本調査(2020)

つまり日本の生産性が下がった大きな原因は、生産性の高い製造業が海外に出て行ったことであり、こうした空洞化による国内投資の不足(貯蓄過剰)が、1990年代以降の長期停滞やデフレの最大の原因である。

そのきっかけは1990年代以降、中国がグローバル市場に参入して、安価な労働力が大量に供給されたことだ。次の図のように1994年にはGDPの10%程度だった海外直接投資が、2000年代前半に倍増し、リーマン後の円高で30%まで上昇した。

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日本の海外/国内投資比率(経産省)

生産拠点のグローバル化は、株主にとっては悪いことではない。むしろトヨタが「国内300万台」でがんばっているのは、収益最大化を求める株主にとっては不合理な経営である。日本の高い賃金と高い法人税で生産するより、低コストのアジアで現地生産することが経営合理的だ。

空洞化で国内の雇用は失われ、賃金はアジアに近づいて格差は拡大するが、それは海外から安い輸入品が入ってくるのと同じだ。理論的には要素価格均等化によって日本とアジアの単位労働コストが等しくなるまで雇用の喪失は続くが、それは運命ではない。空洞化を避ける政策はある。

円安誘導と法人税の廃止

第一は為替レートの円安誘導である。今の1ドル=105円前後のレートは、ISバランスを均衡させる均衡実質為替レートに比べると大幅に円高なので、これを150円ぐらいに誘導すれば生産拠点は国内に回帰し、投資不足は解消できるだろう。

これは中国が人民元でやっていることで、日銀が米国債を大量に買えば、誘導することは不可能ではないが、日米関係を考えると政治的には不可能だろう。為替介入で一時的に円安誘導しただけでは、生産拠点は帰ってこない。原油価格が上がってエネルギー産業は打撃を受ける。

第二は法人税の廃止である。といっても企業への課税をゼロにするのではなく、国境調整税(DBCFT)に置き換えるのだ。

EUがもくろんでいる国境炭素税はこれに近い発想である。これはEU域内で排出権取引(EU-ETS)を行ない、域外からの輸入には同等の関税をかけるものだ。これは一方的に課税できるので、WTOで協議する必要がない。

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国境炭素税の考え方(市川真一氏)

EUは今年6月までに具体案を提示する方針で、米バイデン政権とも協議している。米民主党内には「グリーンニューディール」を提唱する過激派も多いが、アメリカは莫大な炭素税を負担することになるので困難だろう。豊田社長も危惧するように、EUが国境炭素税をかけると、最大の打撃を受けるのは日本である。

日本がこれに対抗するには、日本も同率の国境炭素税をかける代わりに、法人税を大幅に減税して税収中立にすることが考えられる。これによって法人税の安い台湾やシンガポールに移転した製造業は、日本に帰ってくる可能性がある。

これも現実的とはいいがたいが、国境炭素税は3500人の経済学者が提案している。法人税は不合理な税なので、これを炭素税で置き換えることは合理的である。