量子力学の奥深くに隠されているもの: コペンハーゲン解釈から多世界理論へ
今週の「存在は意識によってつくられる」という記事には意外に大きな反響があったが、その中で多かったのは「シュレーディンガーの猫のこと?」という反応だった。これは間違いではないが、量子力学の観測問題はカント的な認識論とは違い、いまだに解決されていない物理学の難問である。

シュレーディンガー方程式では、電子は多くの状態の重ね合わせとして表現される(純粋状態)が、実験ではそのうちの一つだけが観測される(混合状態)。このミクロ的な状態とマクロ的な観測の矛盾を「電子のスピンで決定される猫の生死」として表現した思考実験が、シュレーディンガーの猫である。

これは認識論的な問題ではない。カントの立場では「物自体」は人間が認識するだけで決定できないので、観察しなくても猫が生きているか死んでいるかは決まっているが、純粋状態では電子のスピンはわからないので、猫が生きているか死んでいるかは観察するまで決まらない

実際に観察される混合状態はそのうちの一つだけで、両者には必然的な関係がない。純粋状態は「解の確率分布」だというのが標準的な解釈(コペンハーゲン解釈)だが、それだと観察という人間の主観で電子の状態が決まることになる。これは呪術的な遠隔作用のようにみえる。

続きは3月15日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)。